手鏡の行方
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「ところで、何を知らせに来たのかしら?」
単刀直入に尋ねられて、彼は答えに窮した。話の端緒を未だに見付けられないのだ。それでも黙ってはいられない。彼は慎重に言葉を選びながら、口を開いた。
「先程も申し上げました通り、報告するべきかどうか、決心が付き兼ねておりまして、何から話せばよいのやら、皆目見当も付きません」
「それは困った事態ですわね。それはとても重要な事柄なのかしら?」
「はい、生命に関わる事柄です」
「それでしたら、何も迷わずに、率直に述べれば良いのでは?」
小首を傾げた彼女の表情は無垢な赤子のままのようで、彼はその表情に心を打ち抜かれた。
「殿下、それでは率直に申し上げます。城下への独り歩きは自重下さい。城外には予想も出来ないような危険性が常に付き纏います。例えそれが、城の目と鼻の先であったとしても……」
「オースティン、それはどういう意味かしら?」
彼の言葉を遮って、彼女は質問をぶつけた。
「皇都の治安は、あなた方、騎士団が責任をもって行っているはずです。先日のような出来事は、都市外で起こった事柄、それを都市内に於いても考慮しなければならないとは、騎士団の職務怠慢を棚に上げた言い分と言わなければなりませんわね」
ややキツイ口調で彼女は近衛騎士を睨み付ける。オースティンはそれ以上は何も言えなかった。彼女の言い分は正しい。彼ら騎士団の職務は大きく二分されている。それは彼のように要人を直接護衛する任務と、彼女の指摘した都市内の治安を維持する部隊だ。彼も治安部隊に所属していた時期があり、彼が治安の悪化を述べるとすれば、それは現在の騎士団の能力低下と直結する。彼が言い返すべき言葉を探せずにいると、彼女は落胆した様子でボソリと呟いた。
「どうやら、貴方をイアール様に会わせたのは、間違いだったようですわね」
瞬時に彼の背筋は凍り付いた。彼が言いたい事柄を、皇女は先程の会話の中から見付けてしまっていたからだ。
「よろしいですわ。もう、下がりなさい」
後は突き放すような言葉。オースティンは何も考えられないまま、皇女の部屋を辞し、自らの部屋まで戻って来た。どこをどう通ったのかすら覚えていない。気が付けば自らの部屋で、机の上に突っ伏していた。
「殿下の不興を買ってしまった……」
それは即ち、お役御免にも等しい。罷免された後の身の処し方を考えようとしても、何も考えられない。彼は落ち込んだ気分のまま、数日を過ごす羽目になる。
一方、彼を送り出した後のシェラザード。
「早めにイアール様がどのような方なのか、知る必要性がありますわね」
彼女とて不安を抱かない訳ではない。しかし、不安を上回るほどに彼を想っているのだ。
「オースティンには悪いですけれども、わたくしのこの想いは、どうにも止まりませんわ」
彼女は内心で近衛騎士に謝っていた。
「それに、貴方を暫くはわたくしに近づけたくないのです。皆を騙し切らなければならないのですから。それまで辛抱して下さい」
彼女にはあの騎士の心根が良く理解できていた。このまま放置しておけば騎士を引退するのは目に見えている。そうなる前に、赦しを与えなければならない。できれば彼女が仕組んだ事柄に気付いて欲しいと、願っていた。
「どなたも、手がかかりますわね」
軽く溜め息をついて、彼女は事態が好転するようにとも祈っていた。




