手鏡の行方
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「すると、殿下が仰った通り、山賊をあっと言う間に切り伏せたと言うのか?」
話半分として考えても、相手は騎馬である。十五騎を相手に単身で挑むのは、余程の莫迦か剣豪ぐらいだろう。それぐらいの実力差があっても無傷では済まないはずだ。
「人とは思えぬ……」
彼の感想は最終的にそこへ落ち着いた。人ならぬ身ならば、彼女の話を真実と認めても良いだろう。しかし、それはそれで彼が魔性の存在であると結論付けられていた。
「それは、殿下の身が危険だ!」
結論を導き出して、彼は立ち上がった。壁に掛かていた剣を取り、腰に帯びる。やや慌てながら彼は皇女の部屋へ急いだ。
「いや、待て」
彼女の部屋の扉を叩こうとして、彼は寸前で思い止まった。扉を叩き掛けた手を胸元へ引き戻す。
「どのように説明するのだ? 証拠があるのでなく、そもそも今日初めて会ったばかりの人物をそのように評するなど、騎士としてあるまじき行為だ」
胸の前で拳を固く握り締めた。しかしせめて危険があるのだけは伝えたいとの思いも募る。暫く扉の前で彼は葛藤を続けた。手が何度か扉に当たりそうになりながらも、彼はそれを悉く寸前で思い止める。
「殿下……」
「何をしておりますの?」
不意に言葉を掛られて彼は跳び上がらんばかりに驚いた。振り返るとそこには部屋の主がいる。彼女はキョトンとした表情で、自らの部屋の前に佇む騎士を見詰めていた。
「何か用事でもありまして?」
彼女に尋ね掛けられて彼は我に返ると、やや狼狽しながら頭を垂れた。
「殿下にご一報をと思いまして、ここまで来たのですが、決心が付き兼ねておりました」
「あら、何を知らせに来たのかしら? ここでは何ですから、部屋にお入りなさい」
皇女は微笑みながら彼に近づいて来る。心臓が喉から飛び出るほどの緊張を強いられている彼の目の前で、無造作に彼女は扉を開けた。女性特有の甘い香りが彼の鼻孔をくすぐる。さしもの彼でさえ危うく理性を失う寸前だった。フラフラと伸び掛けた手を、意志の力で引き戻す。それから呼吸を整え、彼女の部屋に足を踏み入れた。
「失礼致します」
「楽になさい」
彼女は侍女に何事か命じたようで、侍女たちはいそいそと動き回っている。やがて彼の目の前にテーブルと、椅子が用意された。
「お掛なさい」
「いえ、それがしは……」
「わたくしの言うことが聞けないのかしら?」
穏やかな口調ではあるが、彼女の機嫌を損ねようとしているのは、その雰囲気から察しがついた。彼は速やかに椅子に腰掛ける。
「お言葉に甘えます」
「オースティンは忠実ね」
微笑む彼女も椅子に腰掛けた。二人の目の前には、茶碗が差し出される。赤い液体をたたえたその茶碗は、彼女のお気に入りの一つだ。
「頂きます」
オースティンはやや緊張しながらそれを口元に運んだ。香気豊かなお茶に彼は溜め息をつきそうになる。それを思い止まって、気を引き締めた。どうやってイアールの危険性を認識させるのか、思いついていない。




