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清き風は麗しく舞う  作者: 斎木伯彦
手鏡と耳飾りと
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手鏡と耳飾りと

平日毎朝8時に更新。

「シェラ、貴女は……」

「イアール様、せめて貴方様がいらっしゃる前で、わたくしはこの耳飾りを見たいのです。今少しの我儘をお許し下さい」

「貴女がそう仰いますのなら」

 イアールは馬の手綱を握ったまま、その場を動かなかった。沈黙が流れる。彼女は何と声をかけて良いのか戸惑っており、イアールは黙したまま口を開かない。気まずい雰囲気を破るかのように、先程の騎士が戻って来た。

「お待たせ致しました。言い付け通り、殿下の手荷物を持って参りました」

「ご苦労様」

 手渡されて彼女は嬉しそうに微笑んだ。手荷物とは、彼女の化粧道具などが入った小袋だ。彼女はその中から、一枚の手鏡を取り出した。それは全体を銀で作り、裏面にはバラの花を浮き彫りにした、細工の凝った手鏡だった。シェラはそれで自らの耳元を映す。そこには小さく光る赤い耳飾りがあった。続けてもう片方の耳元を見ると、そこには青い宝石が光っている。全体的に見て、彼女の印象は左右で異なっていた。それがまた、えも言われぬ美しさを醸し出している。彼女は嘆息を漏らした。

「イアール様、有難うございます。わたくし、けして肌身離しませんわ」

「そう仰って頂けると、私も嬉しい限りです」

 イアールが深々と頭を垂れる。その様子を見ていた彼女には閃くところがあった。

「そうですわ」

 小さく手を叩く。

「こちらをお持ち下さい。この耳飾りの返礼として」

 彼女は手にしていた手鏡を彼に差し出した。

「そのような大切なものを?」

「構いません。返して頂くのは、次に会った時でよろしいですから」

 そう言って彼に受け取らせてしまえば、次に会う約束を取り付けたのも同然である。我ながら上出来だと、彼女は満足気に微笑んだ。

「分かりました。それでは預かりましょう」

 イアールは彼女から手鏡を受け取る。その一部始終を騎士のオースティンが見ていた。彼は一言も言葉を発しない。

「それでは、必ず会いに来て下さい」

「ええ、必ず、これは返しに上がります」

 イアールは一礼すると、手にしていた手綱を騎士のオースティンに渡した。

「ではイアール殿、必ず参られよ。その折には陛下からも何かしらの褒美があると思われる」

「オースティン!」

 彼女は騎士を制止しようとしたが、既に遅かった。これでは身分が露見してしまう。恐る恐る振り返った彼女の目には、変わらぬ微笑みを浮かべる彼が映った。 

「では、お元気で」

 軽く手を振る彼に見送られて、彼女たちは帰途に就いた。馬を操ろうと前に向き直り、それからもう一度振り返る。しかし、イアールの姿は既になかった。

「え?」

 目を(しばたた)かせてもう一度見るが、彼の姿は煙のように消え去っている。

「幻?」

 思わず耳たぶに手が行く。そこには彼から贈られた耳飾りが、しっかりと存在していた。

「いいえ、あの方は実際におりましたわ」

 温もりを感じ取った。人ではないと言っていたが、幽霊や物の怪の類いでもない。彼女は再会できると強く念じて帰路を急ぐ。その彼女たちを上空から見下ろす人影があった。

「シェラ、貴女と私は……、人と私は結ばれぬ間柄なのですよ」

 それはイアールと名乗った、あの男だった。

姉妹作品もよろしければご一読下さい。

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