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いのちづな。  作者: 春野
3/3


先生って屋上好きなの?


「えっ?…なんでそう思うの」


だっていっつも暇さえあればここにいるじゃん。だから好きなのかなぁーって。単純にそう思っただけ。


「いや、好きなわけじゃないよ。ただ、これがほしいからここにきてる」


煙草吸うため?ただそれだけなの?


「校内で教師であろうものが、生徒の面前で堂々と吸ってらんないだろ。だから、隠れて煙草吸ってる」


ふふっ。


「…なんだよ」


だって、先生も生徒みたいなことするんだなって思って。こそこそ煙草吸おうとするなんてさ。不良生徒の考え方みたいで笑えたの。


「大人だって不良になりたいこともあるの。…ま、俺のほかにもこうやってたばこ吸う場所を探してる先生って、結構いるからなぁ。ここだけの話だけど」


そーなの!?PTAにバレたらヤバいんじゃないのー。


「みんなでやれば怖くない、だな」


あははっ。なんか今日の先生、クラスの男子みたい。


「そうか?俺はいつも若々しくって心がけてるんだけどなぁ」


でも、その割にはなんか足りないよ。


「なにが?」


んー、なんて言えばいいのかなぁ。……きりっとした、ぱりっとした、しゃきっとした。なんかそーいうの。


「十分きりっとして、ぱりっとして、しゃきっとしてるだろ」


…お世辞にもそーだね。って言えないなぁ。私からは。


「あ、今、上からしゃべったな」


まーまー、いいじゃんっ!…私はそーいうのいいなぁって思うけど?


「“そういうの”って“どういうの”だ?」


なんかさ、しなっとした、ぼさっとした、だるっとしてるかんじ。


「…俺がそう言う感じだってこと?」


……うん。


「失礼だなぁ。一人の教師として、生徒にそんなこと言われるとは思わなかったよ」


私から見たら、先生はそんな感じに見えるんだもん。でも、若々しいよりはいーなって思うけど?


「…そうか!安岡はだらだらした人が好みなんだな。森川先生みたいな感じの」


ちがうちがう!!そんなこといってないよ!!森川みたいなのは、絶対に死んでもヤダ!


「あははっ。先生に向って呼び捨てすんなよー」


…はぁーい。










異国情緒漂う街並み。その中を、粉雪に包まれながら私は歩く。


オレンジ色の街燈が坂道に沿って、上へ上へと続いている。やっぱり、最後のとこに選んでよかった、としみじみ思った。


その景色を見上げると、坂道の中腹ぐらいに1人の男性が降りてきているのが目にとまった。


きっと、生きていれば私のお父さんより少し年下くらいだと思う。


周りにはもうすでに誰も歩いていなくて、家々の明かりも消され、カーテンも閉め切られているような時間帯にしては、その人は酔っているわけでもなく、帽子をかぶってただ歩いていた。


白いこの世界には、まるで私とその人しかいないような気がした。


知り合いでもないその人と。


…そんな不可思議な気持ちにとりつかれていると、雪道に足元をすくわれ、私はその場に尻もちをついた。


いってぇ。と言葉を漏らしながら、近くのベンチに座って靴の中に入ってしまった雪をほろった。


「そんな靴履いてれば、転ぶのも当たり前じゃないか」


気がつくとさっきの人が、私の近くまで来ていた。


「今日みたいな雪だと特に気をつけなくちゃならないんだ。つるつるした路面の上を粉雪が覆うから」


言われてみれば、向こうの感覚で冬靴じゃないものを履いてきたから、こんな道で滑るのも当たり前だった。


「観光?」


「んー、そんなかんじですねぇ」


「そうかそうか。ま、あっまり人には言えない事情があってこっちに来てみた訳だな…隣、いいか?毎日眠れなくなると、このベンチで一服するのが俺の楽しみなもんでさ」


ポケットからマルボロのつぶれかけたケースをとり出し、私に尋ねた。


どうぞどうぞと返事を返し、右側に移動した。


ベンチに薄っすら積もった雪をほろい、左側に腰掛けて、その人はケースから一本取り出しくわえた。


どこかの店名がプリントされているクリアブルーのライターで火をつけ、大きく息を吸い込んだ。


「この調子だと、明日は冷えるな」


「…なんでわかるんですか?」


そういうとその人は、ポケットに突っこんでいた右手の人差し指を立てて、天上に向けた。


指さす方向を見ると、5分の1欠けた月が独りぽかり、と浮かんでいた。


あまりの明るさに周りの雲が透けている。


「月とか星がものすごくすっきり透き通って見える夜は、次の朝、だいたい冷える。…ま、だいたいだけどなぁ」


「へぇー」


「…それでその月や星を見て、自分もすっきり透き通った気持ちになる夜は、次の朝、絶対に冷える。青空が広がる朝で」


そう言われて、もう一度上を見た。


でも、もうすでに雲で陰って月は見えなくなっていた。大きな大きな雲の陰になって。


「…雪国の青空ってどんなかんじですか?」


「見たことないのか?」


「はい。…残念ながら」


「じゃあ、どんなものだと思う?…直感でいいよ」


「直感でですか。……青々としてて、爽やかで、きれい」


「って大体の人は答えるんだよ」


「ちがうんですか?」


煙をふ、と吐き出す。マイナス気温なか、空気は煙までも美しく魅せた。


「本当はものすごく淋しげなんだよ。空の色、雲の密度、すべてが薄い。寒々として、淋しくて。…でも、空気だけがピンと張ってる。まるで琴線のように。そして、その中で目を細めると、なんだかうれしくなれる。細めた目ですべてを見渡すと、なんでもできそうな気になれる」


想像しても追い付けなかった。


だって、私の中では青空は元気な証拠の一つだと思っていたから。


でも、それが淋しげ。


でも、目を細めるとうれしい。


「…きっとわからないと思う。でも、明日になればわかるよ」


「明日までには、私、いないから」


「明日までいようと思ったら、いれるさ」


「…青空。見れるかな。……私、バカだから、空が見せてくれないかも」


その人は上をさした。つられて上を見る。


さっきまでの大きな大きな雲が去り、5分の4の月がいた。


「俺がすっきり透き通った気持ちだから大丈夫。…しなったとした、ぼさっとした、だるってしてる俺がそういうんだから」


煙草を地に落とし、ゴム底で踏みつけてベンチを立った。


「バカなんて言うんじゃない。自分のことを。…ここまでちゃんとやってきたんだから、バカじゃない。もちろん、このずっとずっと先も」


私に笑顔を送って、その人は猫背で坂を登って行った。


もう一度、月を見る。


なんか、ぼやけて二重にみえるじゃん。……バカ。


仕方ないから、青空、探してみるよ。


この先も、ずっと。


いろんな青空を。








end

感想・アドバイス・問題点などありましたら、よろしくお願いいたします。

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