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プロローグ 

 中身の入っていないビール瓶で頭を殴られた。

 

 たぶん死ぬ。

 

 ぼーっと薄らいでいく視界の中に、俺を殴りつけたクズ野郎の姿が映り込んだ。

 俺の方を見てぎゃーぎゃーと喚いてやがる。

 思ったより血が出たんで焦っているのかもしれない。

 いい気味だ。こいつがこんなに慌てる姿なんてはじめて見た。

 

 母親の彼氏ということ以外、この男のことは何も知らない。

 歴代の彼氏どもはどいつもこいつもロクデナシだったけど、中でもこいつは群を抜いたクズだ。

 こいつと暮らすようになってから何度殴られたか分からない。

 まあでもこいつはその暴力のせいで刑務所にぶち込まれることになるわけだから、やっぱりいい気味だ。

 

 たぶんニュースになるだろう。

 なにせ12歳の子供をビール瓶で殴り殺したんだ。

 ネットとかで叩かれまくるに違いない。

 

 ――というか、最期に見るのがこのクズとか最悪すぎるよな。

 俺は頑張って首を動かして、クズ以外のものを視界に入れようとした。

 なんでもいい、冷蔵庫とかでもいいから……。

 

 と、視界に飛び込んできたのは床で体育座りをしている母親だった。

 

 一人息子がこんなんなっているのに平気な顔をして缶チューハイを飲んでいる。

 ボロボロのスウェット、よくこれで男引っ掛けられんなというくらい傷んだ髪。

 母親は俺に見られていることに気付いたのか、缶チューハイを持ったまま俺に顔を向けた。

 5秒くらい無言。

 そのまま特に何も言うこともなく缶チューハイを飲もうとして、もう中身がないことに気付いて、もう俺に対しては何の興味もなくなってしまったみたいな感じで次の缶チューハイを取りに立ち上がる。

 

 クズは相変わらず喚いているのに、母親は何も動揺している様子がなかった。

 当然のように、救急車を呼ぼうなんて気配もない。

 

 …………。

 人生最後に見る光景で最悪なのはこのクズだと思っていたけど違ったな。

 たった今のだ。

 今のだけは見たくなかった。

 もうとっくにこんなこと理解していたけど、それでも、今ので俺の心はグシャグシャのめちゃくちゃに壊れてしまった。

 

 完全に糸が切れた、という感じだ。

 ギリギリ残っていた意識が猛スピードで掻き消えていく。

 なんだかこのまま終わってしまうのが寂しくて、俺は声を絞り出していた。


「お母さんは……俺のこと、好きじゃなかったんだな」

 

 悔しかった。

 どうしてこんな母親の所に生まれてきてしまったんだろう。

 

 もし生まれ変われるなら、特別な力なんて何もいらない。

 ただ俺を大切にしてくれる母親の所に生まれたい。

 この世界で幸せになれなかった分、他人の5倍幸せになりたい。

 普通の奴より5倍優しくされて、普通の奴の5倍愛されたい――俺のことを大好きでいてくれるお母さんが、5人くらい欲しい。

 

 そんな訳の分からないことを考えながら、気が付けば俺は死んでいた。

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