思惑と決意
ミディール国第7王子、カイル=レネ=ミディールは上機嫌でレンディア城の廊下を歩いていた。
日の光を宿してきらめく金髪や、新緑のごとく鮮やかな翠眼は、様々な国の人間が入り乱れるレンディアの中にあってもひときわ異彩を放つ。15でこの国に来たときは少女と見まごうばかりの容姿だったが、2年たった今では顔立ちもすっきりと精悍に整い、背も伸びた。城内の人間とすれ違えば、誰もが振り向くほどの恵まれた容姿だ。
だが、ミディール王家を良く知る者ならば、彼の姿を見てただ美しいと見とれるばかりではないだろう。血統を重視するミディール王族の誰もが持つ、「ミディールの碧玉」と呼ばれる氷のごとく青き瞳を、彼は宿していなかったゆえ。
通常ならば二月ほどの留学が、もう二年以上になっている理由もそこにある。彼はその異端な容姿ゆえ、性格には異端な容姿に生まれざるをえなかった卑しき血統ゆえに、故郷を離れているのだ。
とはいえ、この厄介払いされているとも言える状況はカイルにとっては逆に喜ばしいものだった。古くさい慣習や規律に縛られたミディールにも、陰湿かつ幼稚な嫌がらせを繰り返す異母兄弟達にもいい加減辟易としていたからだ。このレンディアでは容姿を卑下されることもなく、かと言って他国の王族だからと必要以上にもてはやされることもなかったので、実に居心地のよい環境を彼は満喫していた。
彼がめざしているのは城の外れにある兵舎だ。去年の終わりに国王であるバハラムが病死して以来外出を控えていたのだが、3ヶ月ぶりに騎士団が遠征から帰還したと聞き、久々に剣の稽古でも見てもらおうと思っていた。
(武闘会前で警備が厳しくなってるからって、こう毎日勉強ばっかりじゃな。)
王族とはいえまだ17になったばかりの若者だ。勉強は決して嫌いではなかったが、体を動かして汗をかきたいという欲求には抗いたいものがある。
(できればレギオンと直接手合わせをしたい所だけど、疲れてるだろうしな。ルイかジークでも捕まえるか。)
あれこれと考えながら、騎士団の兵舎に向かおうと玉座の間の前を横切ろうとしたその
時、扉の向こうから人の話し声が聞こえた。
「・・・すぎる。シエラの身に何かあったら・・・。」
「でも・・・・。」
(レギオンと・・・姫か?)
思わず足を止めて、そろりと扉に近づく。まずいことなのだろうという自覚はあったが、普段カイルが目にする、王女と臣下としての節度を保った会話とはどこか違ったその空気に、よからぬ好奇心が頭をもたげた。
「・・・あれは、絶対に兄様が死んだと思っているんです。戴冠式の話を聞けば、必ず兄様の姿を確認しにやって来るはず。『神の子』である兄様を、生かしておくはずがないのだから。」
「見破られたらどうするのです。確かに見た目は瓜二つがだが、他国の王族を騙す事は出来ても、あの魔物の目を欺けるとは思えない。」
「今しか無いんですレギオン!あれはまだ父様の体を借りずして動くことが出来ない。封印を完全に解くために、どんな機会でも逃すまいと焦っているはずです。時が経ち、更に力を取り戻すようなことがあれば、もうどんな知恵や力を使っても倒せなくなる!」
何の話だか全くもって分からないが、どうやら先日亡くなったバハラム王と、病に伏せって姿を見せないサーディン王子に関する話のようだ。つまりは国家機密といってもいいような話題なのだろうが、若さゆえの好奇心はとどまることを知らず、カイルはますます扉に耳を近づけた。
「・・・随分と余計な入れ知恵をしたようだな。危険な推測ばかり吹き込んで王女を惑わすとは、宰相らしからぬ振る舞いではないのか、シース。」
「・・・レンディア王家に知を授けるのが私の役目。」
新たな声、宰相のシースがよどみ無く言葉を紡ぐのが聞こえた。
「確かに、いい加減な推測ほど危険なものはないだろう。だが推測ひとつ立てられない者が戦で勝利することは出来ない。国を救うこともまたしかり。」
自信に満ちた台詞が扉の向こうから響いてくる。カイルにとって、宰相のシースはどこかつかみにくい人間だった。ここ数年での外交、政治で、彼の采配がレンディアにもたらした恩恵は数知れない。紛れも無く「天才」と呼ばれる部類に入る人間であることは明らかだが、それを匂わせるような雰囲気や態度は微塵も感じられない。
城のあちこちで昼寝をしていたり、花街にふらりと出かけては娘たちと戯れる姿ばかりを目にし、一体いつ仕事をしているのかと首を傾げるばかりだ。飄々として人を食ったような態度ばかりとっているが、その本音や心の内が全く見えないことも、逆に油断ならない何かを感じさせた。
「私はこの知の力であらゆる厄災をこの国から退けなくてはならない。今回の危険は、そのための代償だと判断したのさ。」
「・・・厄災?今のこの状況ですら代償に過ぎないと言い張るほどの厄災が、この国を襲うというのか?」
「・・・襲うというより、再びこの国に戻ってくると言うべきかな。レギオン、去年の暮れに我が国を襲ったあの脅威、忘れたわけではあるまい。いや、忘れていないからこそ、遠征と称して緘口令が緩んでいないかを確認してきたんだろう?自らすべての国境を回ってまで。」
「・・・・。」
レギオンが息を呑む気配がした。
「あの魔物は自分の姿を見られたにもかかわらず君達には何もしなかった。そして王の姿をしている間も実に大人しく病人の振りをしていた。その気になれば、我々を皆殺して王の姿のまま国を乗っ取ることも出来たのに。」
「・・・何が言いたい。」
「奴の目的はただ一つ、『神の子』・・・雷の神具ゲイボルグに選ばれしサーディン殿下の命を奪うことのみだったのだ・・・そして、この仮説が正しければこの国は再び脅威に曝されることになる、なぜなら。」
シースはそこで言葉を切ると、眼鏡の奥の灰色の瞳で射るようにレギオンを見つめた。
「なぜなら、この国には新たな『神の子』がもういるから。」
「・・・・・・。」
レギオンのものであろう、重苦しいため息が扉の内から聞こえる。それだけではない、緊迫した彼らの空気は扉ごしに体を突き刺すかのような威圧感があった。相変わらずさっぱりな内容だが、あまりに深刻すぎる雰囲気に(いよいよまずいか)と思い、カイルは慎重に扉から身を離しはじめた。
「状況は分かっただろう?さしあたっては何も言わずに明日の武闘会の警備を例年の倍に増やして欲しい。東西南北の城壁の警備もだ。それと、君の部下を一人、参加者として武闘会に潜入させることは出来ないか?」
「・・・確かに、どこにどんな姿で現れるか分からないのなら、参加者に扮して内部を探る人間もいるだろうな。しかし・・・緘口令を布いている以上、騎士団の騎士すべてに真実を話すわけにもいくまい。信頼のおける部下を選ぶことば出来るが・・」
言葉を濁らせたレギオンの後を、シエラが継いだ。
「騎士団は我が国の力の象徴。遠征や戦だけでなく、祭典にも必ず参加します。国民に
とっては憧れの的のようなもので、顔を知られている騎士が多すぎるんです。レギオンの直属の部下ならなおさら・・・」
苦い面持ちでうなずくレギオンを見、今度はシースが重いため息をついた。
「長く平和が続いたことが、こんな所であだになるとはね・・・」
「・・・真実を話せるような信用のおける人物で、なおかつ国民に顔を知られていない人物・・・。」
「それだけではない、武闘会の参加者として潜入するのであれば、多少剣の腕もなければ怪しまれるだろう。」
「・・・。」
長く会話の続いていた玉座の間に沈黙が流れ、一瞬だけ静寂が満ちた。すると扉の向こ
うで微かな物音がするのが聞こえる。
「誰だ!」
「いてっ!」
レギオンが勢いよく扉を開くと、何かがぶつかる鈍い音とうめき声が聞こえた。鮮やかな金髪の頭を抑え、緋色の絨毯の上にうずくまっていたのは・・・。
「カ、カイル王子・・・!」
シエラの顔がさっと青ざめた。
「あ、ちが、ごめ・・・別に盗み聞きとかそんなことは・・・いや、してたけど・・・ってあれ?何で姫王子の服・・・。」
後ろめたさと焦りで呂律が回らなくなっているカイルと、驚きで絶句しているシエラ。その横では眉間を押さえながらレギオンが項垂れている。先程までの緊迫した空気がこんな形で壊されたことに、誰もがまともに対応出来ていなかった。
「・・・なるほど・・・そうか。」
ただ一人、カイルを見つめながら何やら思案しているシースを除いては。
久々の投稿です。戦闘シーンは難しい・・・相手が人間じゃないとなおさらです。