レンディア王城
「正気か?」
レンディア城の玉座の間へと続く廊下で、二人の男が言い争っていた。
「人が遠征で国を離れている間に、勝手なことをしてくれたものだな。いつからこの城の門は、どこの馬の骨とも分からん者を受け入れるほど脆弱なものになったのだ。」
眉間に深い皺を刻み、厳しい顔で相手を叱責しているのはレンディア騎士団長であるレギオン=バルトークだ。3ヶ月の遠征から今しがた帰還したばかりで、その体には白銀の
甲冑を纏ったままでいる。28歳という、一国の騎士団長としては異例の若さだが、長身のその出で立ちといい、凄味のある整った顔立ちといい、相手を震え上がらせるには充分の迫力があった。
「私とて止めたさ。誰が戴冠式に一般人を参加させようなんて思うものか。そいつが何か野蛮な振る舞いをしたら、恥をかくことは目に見えている。それどころか国の品位まで疑われてしまうかもしれない・・・。」
深刻な口調ながら、どこか他人事じみた冷めた視線でそう答えたのは宰相のシース=ド=ギルディック。くすんだ茶色の髪を伸ばしっぱなしのまま背中に流し、分厚い黒ぶちの眼鏡をかけたその容貌は、宰相というよりは冴えない学者や研究者然としている。だが、その額には、「英知の泉」と呼ばれる東大陸最高峰の学力を誇る学院を卒業した証、第三の目を模した細い銀色のサークレットが輝いていた。
「お前が首謀者ではなかったのか?では誰がこのようなことを。よりにもよって戴冠式などと、冗談が過ぎるぞ。」
「残念ながら、レギオン騎士団長殿。もう冗談という次元は超えているんだ。既に国民に触れを出してしまったし、他国にも知れ渡っている。おかげで今年の武闘会参加者は去年の倍以上さ。都のあの賑わいを見ただろう?」
「呑気に言っている場合か!一体どうするつもりなのだ!!」
堅固な城の天井を震わせるほどの怒声に、あまり物事に動じないシースもさすがに首をすくめた。緊迫した雰囲気の時ほどふざけたことを言ってしまうのは自分の悪い癖だが、立場の割に感情を抑えるということを知らないレギオンを、ひとまず落ち着かせるために口を開きかける。するといつのまにか目前に迫っていた玉座の間の扉が開いた。
「待って。シースを怒らないで下さい。」
中から聞こえた声に、レギオンがはっと我に返ったように振り向いた。声の主の姿を見た瞬間、驚愕で紫紺の瞳を見開く。
「すべて、私が命じたことなのです・・・」
ゆるく波打つ黒い髪に縁取られた蒼白な顔。琥珀色の瞳。真紅の礼服の上に黒いマントを羽織ったその姿。
「サーディン・・・殿下・・・?」
信じられぬとばかりに震える唇から紡がれたその名は、この国の新たな君主となるべき人間の名だ。だがもし本当にサーディン本人であったなら、この程度の驚きでは済まない
ことを、レギオンは誰よりも知っていた。
「レギオン、シース、お願いです。」
二人の瞳を順番に見つめながら、サーディンは・・・否、サーディンに扮して男装を纏ったレンディア国王女、シェラザード=アル=レンディアは言った。
「私に力を貸して下さい。」