レンディアの異邦人
レンディア王国はユーグ大陸の中心となる大都市だ。
軍事、貿易、文化すべての発信地で、季節を問わず様々な国から来た人々で賑わっている。 現国王バハラム=エル=ド=レンディアの4代前にあたるグローザムが周辺の3国を統一して出来たこの国は、アルレスト山脈という天然の要塞に守られて他国の追随を許さぬ大国に成長を遂げた。国の守護の象徴として置かれたレンディア騎士団が、その軍略と智謀で安定した治安を守り続けていることも有名である。
「すごい人だな。」
「ああ、毎年この時期が一番賑わうな。どの店も掻き入れ時だろう。」
城門の前に添え付けられた机の前に、二人の兵士が座っていた。
「しかし、今年の武闘会の参加者はすごいな。去年の2倍以上だ。」
「そりゃそうだろう。建国記念祭の一番の見せ場だし、今年の優勝者は特別にサーディン殿下の戴冠式に招待されることになっている。」
「そうだな、戴冠式には各国の王族も参加する。さぞ豪華なんだろうなぁ・・・普通に生きてりゃ絶対に体験できないぜ。」
武闘会は毎年行われる建国記念祭の余興で、年齢や身分問わずに参加が出来ることになっている。優勝者には相当の報奨と名誉が与えられ、それをきっかけに政界に顔を売り出そうと考える者も少なくない。二人の仕事は訪れた参加希望者を名簿に記録することだったのだが、受付時間も締め切り間近になり忙しさがなくなってくると、自然と会話に花が咲き始めた。
「しかし、なんで今年から急にそんなことになったんだろうなぁ・・・。」
「やはり、昨年の暮れに亡くなられたバハラム陛下のこともあるだろう。」
「沈んだ国民の感情を浮上させようってことか?それにしちゃ随分と・・・」
会話に夢中になっていると、ふっと太陽の光が遮られて影が落ちた。見上げるといつの間にそこにいたのだろう。外套で全身をすっぽりと覆った奇妙な人影が佇んでいた。
「な、なんだお前は・・・」
兵士は思わず身をこわばらせた。奇怪な出で立ちもさることながら、まがりなりにも兵士として訓練を積んだ自分達が、これほど側に近づくまで気配の一つも感じなかったことに驚く。いや、こうして面と向かっている今でさえ、生きている人間の気配がひどく希薄だった。
「受付を。」
「な、何?」
「武闘会の受付を。」
ぼそぼそと喋る声に耳を澄ませると、どうやらまだ若い男であるらしいことが分かった。とりあえず亡霊や魔物の類でなかったことに心中でほっと安堵すると、つとめて平静を装いながら規定どおりの手続きを始めることにした。
「と、とりあえずその外套を脱いで顔を確認させてもらう。それから名前と職業、出身地を。」
ばさり、鳥が羽ばたくような音を立てて外套が外された。現れた姿に、兵士は声を止めて一瞬息を呑む。想像していたよりもあまりにも若い少年の姿がそこにあったからだ。
研磨した黒曜石を思わせる硬質な髪。凛々しい眉の下には、黒に見えるほど深い緑の双眸がある。象牙色の滑らかな肌と、成長期特有の痩せ過ぎた体躯は、とても武闘会に出ることが想像出来ないような軟弱さだ。異国風の緑の衣装の腰に下げられた銀色の剣とて、まともに扱えるのかどうか怪しいものだ。
「お前、年はいくつだ?」
「・・・17だ。」
二人の兵士は思わず顔を見合わせた。今年の・・・いや、今までの出場者の中で最年少だ。しかし、命しらずな少年が名誉と金欲しさに参加を決めたという雰囲気でもない。その奇妙さに、二人は動揺を隠すこともせずまじまじと少年の顔を見つめた。
「成人前だと参加が出来ないのか?」
あまりにも長く沈黙が流れたせいか、少年がわずかに困惑の滲む声で問うた。
「い、いや別に・・・すまない。出身地と名前を・・・」
「・・・アルレスト山脈の奥の、ユーミルという村から来た。」
少年は名乗ると、底の見えない濃緑の瞳で一瞬だけ遠くを見つめて言った。
「名前はクレオ。・・・・クレオ=ルーウィンド。」
またもや新キャラ登場。テンポよく話を進めるのって難しい・・・