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心の誓い

ユーグ大陸の山岳地帯。その雄大さから「神々の額」と称されるアルレスト山脈の奥にその村はあった。ユーミルという名前だが、地図には記されていない。そこに住む者達だけが知る村だ。


「汝は翼、汝は息吹!」


 太陽が山の尾根に沈み、残光で風景が黄金に染まる夕暮れ時。村から離れた場所にある小高い丘に、凛とした少女の声が響いた。

 亜麻色の長い髪をした美しい少女だ。年は17、8といったところか。細い肢体には似合わない銀色の剣を右手に持ち、空に掲げている。周りには子供から老人まで、おそらく村人全員が集まってその光景を見守っていた。


 「悠久の時より空を翔る、風という名の守護者よ!」


 夜の帳に沈みかけた太陽の紅い光は、彼女の白い肌や銀色の剣さえをもその色に染める。自然が作り出したものとはいえ、そのあまりの映像美にその場にいる誰もが目を奪われた。

 

「わが名はシルヴィー=アルウィン!すべての属性と引き換えに、汝の力を欲するもの!この身に宿りて、その力を貸せ!」


 高らかに言葉が締めくくられると、銀色の剣から淡い緑の光が溢れ出した。光はシルヴィーの体を覆いつくすように満ち、やがて彼女の心臓の上に集うと、泡が弾けるように散じて消えた。

 

「すごい・・・すごいぞ、成功だ・・・!」


 しばし訪れた沈黙の後、興奮を抑えきれぬとばかりに村人の一人が口を開いた。それをきっかけに、次々と歓喜と賞賛の声が上がり、丘を埋め尽くす。


 「儀式は成功だ!シルヴィーは神剣フォルセウスに選ばれた!」

 「村の護り手がうまれたぞ・・・!!」


 その日、新たな神剣の使い手と、村の護り手の誕生を祝う宴は深夜まで続いた。

 




 「こんな所にいたの。」

 宴も一段落し、丘の上にはまた静寂が戻っていた。空の闇が青灰色に変わり、朝の訪れを告げようと太陽が上り始めた頃、木陰に座り込んだ人影に向かってシルヴィーは声をかけた。

 

 「!」


 がさりと音を立てて跳びあがったのは黒髪の少年だ。幼さの残る顔立ちに、黒々とした

大きな瞳ばかりがやけに目立つ。年はシルヴィーよりも少し下といった所だろうか。

 「儀式の時から、ずっとそこに隠れていたわね?クレオ。声をかけてくれればよかった

たのに。」

 腰に手をあてて悪戯っぽく睨むと、少年・・・クレオ=ルーウィンドは慌てて立ち上がった。見つめ合う視線は、シルヴィーの方が僅かに高い。

 「ごめん。声をかけづらくて・・・皆すごく楽しそうに話していたから。」

 「全く、放してもらえなくて大変だったわ。長老たちまであんなに浮かれて・・。」

 「仕方ないよ。村には長いこと護り手がいなかった・・・誰も、その剣に選ばれなかったから・・・」

 クレオは目を伏せると、今は彼女の腰に下げられている剣を見つめた。優美な曲線を描く肘ほどの長さのそれは、近くで見ると様々な彫刻が施されていて美しい。


 風のフォルセウス。


 創世神話に記されている、神の力を宿した4つの神具のうちの1つだ。神具の使い手は、かつてこの世界を支配したと言われる神族のごとく、強い魔力を扱えるようになるという。  

 過去何度も神具を巡って争いが起こってきたが、ここユーミルの村は、そういった歴史の騒乱から神具を護るために、数百年も人の交わりを絶ってきた。


 神具は自ら使い手となる人間を選ぶという。血筋なのか、能力なのか、何をもって選ばれるのかは定かではないが、並の人間には扱えぬ物であることだけは確かだ。世界では、神具に選ばれた人間を「神の子」と呼び崇めるが、この村では「護り手」と呼んでいた。  

 村と神具、両方を護る者という意味だが、なぜこの村がずっとこうしてフォルセティを護っているのか、クレオは知らない。幼い少年にとってはただ純粋な、憧れの象徴でしかなかったからだ。


 「すごい剣だ・・・こんな力を宿せるなんて・・・本当にすごいよ!」

 「・・・ありがとう、クレオ。」

 シルヴィーは微笑んで答えると、視線を落として同じように剣を見つめた。

 「本当にすごい力だわ・・・この剣は。体の中に嵐を閉じ込めているような気分・・・気を抜くと私まで切り裂かれてしまいそうよ。」

 うらやましいなぁ、シルヴィー・・・。俺は剣に選ばれなかった。男なのに・・・。」

羨望と感嘆と、少しの嫉妬のこもった声でクレオが呟くと、シルヴィーは慈愛に満ちた笑みを浮かべて言った。

 「剣に選ばれても、選ばれなくても・・・私たちは変わらないわ。二人で守りましょう。この村を・・・みんなを。」

 亜麻色の髪が朝焼けの光に透けて金色に輝く。蜂蜜のような暖かい色の瞳に見つめられ

て、クレオは我知らず頬が熱くなるのを感じた。

 「そうだね!二人で守ろう!この村を・・・みんなを!」

 そして、君も守ってみせる・・・続く言葉を、クレオは飲み込んだ。むろん照れのせいもあったが、彼女は今や神剣に選ばれた村の護り手。村人達すべての命を希望を背負う存在になったのだ。選ばれなかった「ただの人間」の自分が、どうしてそのような図々しいことを口に出来ようか。

 (でも・・・)

 だから、その誓いは彼の心の中だけに収められた。

 (いつかきっと強くなる、君を守れるぐらいに・・・。)





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