古の力
手負いの獣が牙を剥くかのごとく、鋭さを増した一撃が空を切る。どくどくと青い血を滴らせていた傷跡が、みるみる塞がっていくのが見える。
「・・・やはり効かないか・・・。」
鋭利な爪の一閃をかわしながら。ルイが叫んだ。
「次は回復する暇など無いぞ!切り裂け!『風の刃』!」
「轟け断罪の響!『雷鳴の剣』!」
二人から放たれた魔法は、先刻とは違いドラゴンの鱗をわずかに傷付けただけだった。抉れた皮膚が瞬く間に盛りあがり、再生されていく。
(どんどん傷が治るスピードが上がっていく・・・。)
絶え間なく攻撃を繰り出す2人の後方で、クレオは緑の瞳を曇らせた。騎士達の魔法が脆弱なわけではない。むしろ他に類を見ないほど強い魔力であることは明らかだ。しかし、魔法を受ければ受けるほどドラゴンの皮膚は硬さを増し、合間に繰り出される剣撃をものともしなくなっていく。
(攻撃はもともと効かないんだ。魔法の力が足りない・・・もっと強力な魔法でないと・・・。)
なぜそう思うのかはクレオにも分からなかった。だが、確信していると言ってもいい。
(分かる・・・どうすれば勝てるのか・・・)
音も無く、クレオは剣を抜いた。銀色に輝く神剣フォルセティを。
「・・・これ以上は時間の無駄だ。ルイ、下がっていろ。」
「団長?」
レギオンは白銀の槍を水平に構えた。鏡のように磨かれた刃が目の前の異形を映す。
『力は隠して戦うんだ』
『民達を頼む』
シースとシエラの言葉が脳裏をかすめる。それは、迷いの後に決意をレギオンにもたらした。
(『神槍ゲイボルグ』よ、私と共に戦え!)
「汝は光、汝は裁き」
レギオンの周りの空気が薄紫色の輝きを帯びる。
「悠久の時より天を切り裂く・・・」
「悠久の時より空を翔る、風という名の守護者よ!」
突然、レギオンの背後から詠唱が轟いた。振り返ると、先程助けた少年が銀色の剣を翳している。
「我が名はクレオ=ルーウィンド!古の盟約により汝の力を使役する者。」
これと良く似た詠唱を、レギオンは知っていた。そして、銀の剣から発せられる力の正体も。
「まさか・・・神の子・・・!?」
「荒れ狂う天よ、全てを無へ還せ!『無慈悲なる嵐』!」
詠唱の終わりと共に巻き起こった嵐は、風というにはあまりに禍々しい凶器。強靭なドラゴンは、断末魔すら上げることなく一瞬でその身体を幾千もの肉塊へと変えた。バラバラになった鱗を巻き上げながらひとしきり暴れた後、その見えない刃はまるで嘘のように微風へと変わって消えた。
「な・・・、今の魔法は・・・。」
ドラゴンの残骸を前に言葉を失っているレギオンとルイの背後で、ドサリと何かが崩れる音がする。
力を使い果たした少年が、地に倒れていた。