神殿長選挙
もちろん情報収集は情報屋のみに任せる訳にはいかない。翌朝ジェーンは街に繰り出し知り合いの冒険者達の定宿やギルドハウスに顔を出して情報を収集していく。
集まった情報は昨夜集めた情報と何ら代わりはしない。だがそれでも丹念に情報を集めていく。
流石にジェーンは疲れ、昼に休憩とダウンタウンにある食堂へと寄った。ここは昔馴染みの食堂で、美味しくてなおかつコストパフォーマンスに優れた食事を提供をする。ジェーンはそこで食事を摂っていると、ふと、外が騒がしいのに気がついた。
「あれは……何かしら」
「ああ、神殿長選挙の候補者が辻で演説をするんだよ」
「へぇ。相手はどなた?」
「確か神殿警備局長のドジャーズ・マイコネル師だね」
食堂の女房と話をする傍ら、辻に設置された段に上がった男をジェーンは見た。
立っているのはそもそも段など必要の無いほどの大柄な男。背ばかりじゃなく、神官服から覗かせている腕や首なども太い。神官騎士出身という前歴は伊達ではないと言うことか。
その大男が時には真剣な口ぶりで、時には冗談で観衆を笑わせ、引き込んでいる。
「へぇ。外見は力押しが好みそうだけど意外と知的なのね」
「確かに、ドジャーズ師は神官騎士の出身ですから勢い任せの傾向はございますが、かといって何も考えていないと言う事はありませんよ」
ジェーンの呟きに横から反応が来た。知らない男性の声。ジェーンが急いでそちらを振り向く。そこには金髪で痩身の男が柔和な笑顔で立っていた。
「ここ、よろしいですか?」
問いかけをしているが、了解に応える前にジェーンの隣のカウンター席に座る。
「あなたは?」
ジェーンの声に警戒が混じる。
「ああ、これは失礼。私はアーノルド・サウザント。アーニーと呼んでください、ミズジェーン・ドゥ……それとも宋・徳美様と呼んだ方がよろしいでしょうか」
「……ミスターアーノルド。私は一体いつ名乗ったかしら?」
警戒が最高潮になる。無意識に腰の後ろにある銃の銃把を握った。男はそれを見て、両手の掌を見せた。自分は何もしませんよと言う仕草だ。
「おやおや。この界隈であなたの名前を知らないとはモグリも良い所ですよ。遺跡の街有数の実力派の美人トレジャーハンター。魔導銃使いにして行商人。そして宋家の麗しきご令嬢……あなたの動向はあなたが想像している以上に周囲に関心を呼びます」
まるで立て板に水が流れるが如く言葉を紡いでくる。ジェーンはその言葉の滝の背後にある真意を見透かすように相手の目をじっと見た。銃把から手を離すのを見てアーノルドも手を下ろす。
「そんなに見つめられると困りますよ」
「あら、失礼。ただ、そんな私にドジャーズ師の秘書官が何のご用かと思って」
「ほう、私を師の秘書官だとなぜ思うのですか?」
「簡単よ。私の事をそこまで知っているなんてある程度情報に詳しい人に限定をされる。それでこの場にいる人間で該当をする人はそこで演説をしているドジャーズ師本人か、その秘書官ぐらいしか該当しない物。確かに顔を見て私をトレジャーハンターのジェーンだと分かる人はいるかもしれないけど、私が宋家の娘である事と本名まで知る人はなかなかいないわ」
「これはこれはいささかしゃべりすぎたようですね。確かに私はドジャーズ師の秘書官をしております。最も秘書官と言っても三等秘書官でして、師のフォローとか警備などは上の役職の皆様がやっているのですよ。私はいわゆる頭数あわせでして、こうしてあなたのような美しい御方が一人でお食事を取られているのを見ているとついお近づきになりたく話しかけました」
「……で、本意は?」
「本意も何もお近づきになりたくて……」
ジェーンはにっこりと笑った。しかし目は笑っていない。
「あら、ミスターアーノルド。まさか私がお食事のためだけにこの場にいるとでも?」
「やれやれ、あなたに腹芸は通じませんか。……いや、なに。今回の件……まずは忠告を。非常に危険です。十分身の回りに気をつけてください」
「ありがとう。ただ、申し訳ないけどそのことはわかりきっています。1人の少女が殺されてなお安全とは思いません」
「余計なお世話でしたね。これは申し訳ありません。では、ここからが本題。今回の一件は師も強い関心を抱かれています。出来うる事があれば何なりと協力をしたいと、そう申しています」
流石にその言葉を聞いて、考え込む。確かに現役の警備局長、しかも神殿長候補の強力はありがたい。
だが、それに関してのデメリットも考慮をする必要がある。ただでさえ自分が動いて周囲の注目を浴びている。それで神殿長候補の協力を得たのならますます注目を浴びるのは至極当然。
「そうね。まず、ドジャーズ師に謝意を述べておいて」
「ならば!」
「必要になればお力を借りる事も吝かではございません。ただ、疑問がありますわ。なぜドジャーズ師がこの件に興味を持たれたのか、それからそれならなぜドジャーズ師が動かないのか」
「そうですね。ドジャーズ師がなぜ興味を抱かれたのかとなぜ動かないのかですが、この二つは一つの答えになります。ドジャーズ師はご存じの通り警備局長として、このラインの街の治安を担う御方です。しかし今、大事な選挙を控えており、とてもではないがご自身で動く事が叶いません。それでも神官騎士達の動向は把握しており、自らが動けないのを歯がゆく思っていた折、マージ司祭があなたに依頼をしたと小耳に挟んだの是非とも協力をと。本来ならお若いドジャーズ師の信任投票になるはずでしたが、ケーヒス副神殿長が告示ぎりぎりになって突如立候補をされたのでこちらも準備不足であちこち手が回らないのです」
「なるほど、事情は分かりました。ただ、最初からお力を宛にするのもご無礼ですから、まずは自分自身の手で解決の努力を致します」
つまり丁の良い断りの台詞だ。しかし、その台詞にアーノルドはにっこりと微笑んだ。
「分かりました。その台詞、確かに師にお伝え致しましょう」
「よろしくね」
そう告げるとジェーンは料金を置いて出て行った。アーノルドが出たのはそれからしばらくしてから。アーノルドが周囲を一瞥をすると一つの大柄な影が近寄ってきた。今も演説をしているはずのドジャーズだった。
「おう、アーニー。で、首尾は?」
「師父……謝意と力を借りるのは吝かではないが、まずは自分の力で解決をしてみるとの事です」
「ふむ……予想通りだな」
「全くです」
「で、ジェーン・ドゥの人となりは?」
ドジャーズはそちらが本題であるかのように目を光らせた。
「はい……真っ先に私を師父の秘書である事を見破った事など切れ者という評判は間違っておりません。たいへん美しく個人としても是非お近づきになりたいかと」
「切れ者か……ならば、俺の味方になる可能性は?」
「可能性は高いと判断します」
「ならばよし。今後の俺の改革には彼女達若手の冒険者達が肝になってくるからな。また、彼女は水の都スージョウの豪商宋家の娘でもある。しかもライジングドラグーンを初めとした有力冒険者ギルドはもちろん裏社会に顔が利くからな。喉から手が出るほど彼女には俺たちの仲間になって欲しいところだ。アーニー、お前が彼女に近づくのはいっこうに構わん。ただ、下手を打つなよ」
「分かっております。そう言えば今演説をしているのは……」
「ああ、アメリダだ。幻影をかぶせて俺の影武者をしている」
「なるほど。やはり正体は姉ですか」
アメリダ・サウザントとアーノルド・サウザント姉弟。
二人はドジャーズ・マイコネルの懐刀であり、有能な秘書だった。二人とも三等秘書と序列は低い物の二人はドジャーズに拾われた時から忠誠を尽くしており、今回のように影武者を演じたり、ドジャーズが目をつけた人物に密かに接触をするなど特殊な活動を主にしていた。