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ジェシガンの魔法薬  作者: Wish
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ラインの闇

 ジェーンは胡が去った後、行商としての仕事の整理をして、夜も暮れてから動き出す。


 闇に溶け込むような漆黒の衣装を身に纏い、落ち着いた色合いの外套を羽織る。顔は口元をマフラーで多い、見えないようにする。懐と腰の後ろには魔導銃。そのほか、予備の弾倉を服の隠しの中に忍ばせているのが彼女の隠密行動時の服装なのである。

 鎧は身につけない。外套自体にある程度の強度があるためと鎧を身につけたらいざというときの機敏な行動が出来ないためだ。

 ラインの街は夜でも主要道路には魔法で街灯が輝いている。その明かりは魔法を習いたての子弟が豪商達の組合に雇われて小遣い稼ぎ目的で夕方につけて回っているのだ。ジェーンはその輝きが届くかどうかの曖昧な領域を進む。やがて、主要地区から外れた、旧市街と呼ばれる雑然としたエリアに入っていく。

 様々な匂いがごちゃ混ぜになった饐えた匂いとともに時折女性の嬌声とも悲鳴とも付かない声が耳に入る。

 周囲を一瞥をすると下着同然の肌の露わな女性が煙草を片手にこちらを値踏みするかのように視線を投げかけている。春を売っているのか、もしくは警戒しているのか。もしくはその両方か。


 ジェーンはその視線を黙殺をすると一軒の看板の出ていない店に入る。


 「まだやっていないよ」


 内部は薄暗く、カウンターとわずかなスツールしかない。カウンターの中では小太りの中年の女性が椅子に座って新聞から目を離さずにうるさそうに声を投げかけた。

 ジェーンはその声に悠然と応える。


 「知っているわ」

 「ジェーン?ジェーンじゃないか」


 中年の女はジェーンの言葉に驚き、新聞から顔を上げると満面の笑みを浮かべた。ジェーンはそれにマフラーを下げて顔を出すと微笑んだ。


 「久しぶりね、バーゼット」

 「やれやれ、この前にあったのは半年振りかい。帰ってきているんなら一声かけてくれたって良いじゃないか、水くさいね。何にする?」


 「ちょっと忙しくってね。エールちょうだい」

 「あいよ、ちょっと待ってね」


 バーゼットは立ち上がるとカウンターの下にあった瓶を取り出すと、中に入ったエールを杯に注ぎジェーンの前に出した。


 バーゼットはこの街の裏側を仕切る顔役の一人である。通称〝早耳のバーゼット〟その名の通り情報を誰よりも入手し、機先を制する事が出来る。情報とは彼女の生命線であり、商売道具なのである。

 バーゼットとジェーンは、ジェーンがまだ駆け出しの頃からのつきあいであり、バーゼットが顔役にのし上がるのに手を貸した仲である。そしてジェーンも旅先で入手した情報を彼女に流す一方、帰ったら必ずこの店に顔を出し、不在時の街の動きを入手をするのである。


 「あんたが帰ったという事は街の流れを教えて欲しいんだね」

 「うん。……後それと人身売買、特に亜人の取引に関する情報が欲しい」


 ジェーンの言葉にバーゼットの顔が曇る。


 「亜人の取引?確かに竜人や機人程じゃないにしろ珍しいから網を張っていればいずれは情報が入るけど、あんたまさか亜人の取引に一枚噛もうって言うのかい?」


 ラインの街、というよりこの大陸において人身売買は違法である。当然奴隷は明確に禁止されている。しかし、それでもなお、闇の取引において人身売買が行われており、いくら司法機関が叩いても根絶に至っていない。


 「まさか。ん……。ちょっと今私が抱えているヤマにその情報が必要なの。後、その取引を潰すかもしれないからバーゼットのメンツに絡まない取引にして欲しい」

 「OK。あたしのメンツに関わらない取引ね。分かった。網を張っておく」


 ジェーンは無言で懐の中に手を入れると中に銀貨の入った小袋をカウンターの上に置いた。この街での一般的な取引は銀貨である。金貨の取引は商人同士のよほどの大きな取引か投資目的でないと用いられない。


 基本的にバーゼットの収入源は情報屋である。人身売買ではない。しかし中には彼女の顔が絡むような取引もあるのでわざわざメンツの絡まないと指定をしたのである。

 少なくともこれで最悪取引を潰すような真似に陥ってもバーゼットへの迷惑は最小限になる。

 しばらく無言でグラスを傾ける。


 「ところで、この街の最近の事情を聞かせてちょうだい」

 「そうだね。大きく目だった所では神殿長選挙の事かね」

 「話にはちょっと聞いていたけど……確か神殿長の座を巡って副神殿長と警備局長が立候補しているというあれ?」

 「そうさ。元々高齢だった神殿長が倒れて人事不省の事態になった事から緊急の選挙が行われているんだ。下馬評では五分五分……副神殿長は長らく神殿を支えてきて実績はあるけど、倒れた神殿長以上の高齢から急な事態もあり得る事で疑問符がついている。一方警備局長は若い分実績がどうしても見劣りをしてしまう。神殿勤めの中で上の連中は副神殿長派が多数派だけど、下の連中は警備局長寄り。完全に票が割れているのさ」

 「領主を初めとした貴族連と商人達は?」


 ラインの町は神殿の権力が強いが、領主を初めとする貴族達がいない訳でもない。彼等の役目は民間の商人達の調整や他の街との交渉など外交を担っている。


 「完全な中立。建前は神殿の内部の事だから口を出さないっていう訳。最も本音としては完全に票が割れている状況だから下手にどちらかに肩入れして負けても面白くはない。選挙の行く末を虎視眈々と様子見中という所だろうね」

 「そうすると裏社会は……」

 「右に倣え。あたしを含めた主立った顔役連中は様子見に徹しているよ。ここで下手に大きく動いてポイント稼ぎに利用されたくはないという事で、でかい取引もこの頃はないし。動くのは選挙終了直後から新体制が発足をするまでだろうね。その時期が一番緩いし。最も小物連中は今でもこそこそと動いているけど……。多分、今の時期にさっき頼まれたような取引を行うのはこの手の小物連中だろうね」

 「そう……」


 (するとこの事件に大手の組織は絡んでいないと見るのは……いささか早計か?)

 (そうすると……小規模の組織?あり得ないわね。これは錬金術を使った魔術犯罪。錬金術師を飼っているような実力がある少数精鋭の組織は神殿やそのほかの大手の組織からのチェックが強い。動いたら網に引っかかる。それなら私に依頼をするまでもなくマージはもちろんバーゼットの耳に入る……ならば犯人は誰?)


 「……ジェーン、どうしたの?」

 「あ、いいえ。ありがとう。ところで、その副神殿長と、警備局長の名前と人柄を教えて」

 「副神殿長の名前はケーヒス・フンベルト。倒れた神殿長かとは一、二歳ほど年上で、そのことがネックになっていることはさっきも話したね。性格的には温厚だと言う話。ただ我が強い一面があり、特に帝国相手には反感を持っている。仕事的には辣腕だね。前回の神殿長選挙にも立候補している。


 警備局長はドジャーズ・マイコネル。こちらは40代後半と若いね。元神官騎士でいかにも体育会系の豪快な男として名を上げている。だから若手の多くが慕っているという話だ。もっとも、豪快故に繊細な作業に甘い点があるのでそちら変がネックになって上の支持が得られていないのが惜しいね。こんなところかな。何だったらもっと深くまで調べるけど」


 「いいえ、いいわ。ありがとう。じゃぁ私は行くわね」

 「あいよ。またね」


 ジェーンはエールを飲み干すとその分の銀貨を置き、外へと出た。


 その後、幾人かの情報屋と接触をして情報を収集をする。聞こえてきたのはやはり神殿長選挙が当面の話題の的という事。大手の裏社会系の組織はなりを潜めているという事。

 一通り情報を集めると彼女は自宅へと戻っていった。

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