闇の中の決着
一方、マージの銃殺を諦めたケーヒスは逃走していた。大礼拝堂にある、最高幹部しか知り得ない脱出口からの逃避行である。
「まだだ、まだ諦めんぞ」
執念深く呟く。夢にまで見た神殿長だ。このぐらいの失敗で諦めてたまるか。
ジェーンの予想通りケーヒスはドーン公爵の子孫だった。母は小さいときからケーヒスにそのことを教え、密かに誇りにしていた。夜、寝るときはドーン公爵を初めとした先祖の話をせがんだのだ。そして、結びは必ず「帝国さえいなければ」で終わった。
帝国さえいなければ、自分たちは王族だったのに。心の底に奥深く刻まれたその言葉はやがてケーヒスの原動力となり、帝国への復讐は宿願になった。
神殿長になって、ライン、ひいては都市同盟の力を結集して西部にある神聖王国や東部諸国とともに帝国包囲網を築き上げる。これが彼の夢だった。
だが、その夢も神殿長選挙で敗れて諦めた。諦めたはずだった。神殿長が病気で倒れるまでは。否、あの者達が現れるまでは諦めていた。
それにしても忌まわしきはあの小娘達。絶対にゆるさんぞ。呪いの言葉を呟く。
そんなケーヒスの前に黒い衣装を着た女性が立っていた。一瞬、ケーヒスはジェーンを連想をするが、違った。ジェーンのような全身を覆う衣装ではない。肩や胸の谷間を露出したセクシーな服を着ている。女性は呟いた
「ああ、つまんない」
生気のない目でケーヒスを見た。
「おお、お前か。不味い事になった。逃げるのを手伝ってくれ」
ケーヒスは女性の姿を見ると喜色を露わにする。
ケーヒスの諦めていた妄執と言うべき夢を煽り、魔法薬の載っている資料をを提供をしたのがこの女性の一味だった。名前は知らない。呼ぶときも仮名とはっきりと告げられた。彼女は「テルツォ」と名乗っている。
「テルツォ。また協力してくれるんだろ」
テルツォは常にこんな感じだ。生気のない顔で常に「つまんない」と呟いている。しかしそれでも仕事はきっちりとしているので文句はない。
「……つまんない」
ぽつりと呟き、テルツォはケーヒスに近づき……。
「がは!」
ケーヒスの口に一房の髪の毛が刺さった。自在に動いた髪の毛は硬質で、細剣のように口から後頭部まで貫通した。それは身振りも、呪文詠唱も、力ある言葉すら発しない攻撃だった。
ケーヒスはしばらく口の中から後頭部まで貫いた髪の毛を排除しようと藻掻いていたが、やがて力を失ったように事切れた。
「本当につまんない」
テルツォは吐き捨てると髪の毛を元に戻して屍体を解放した。
「殺したのか」
テルツォの背後に神経質そうな禿頭の男が立っていた。他に小柄な女性と大柄な男もいる。女性は顔が猫に似ており、長い爪が特徴的な牙爪族。男は体が機械で構成されている機人だ
「だってつまんないんだもん」
「つまらないじゃない。この男にもまだ利用価値はあったのに。あの御方からまだ殺すなと言われているんだぞ。叱られる私の気持ちにもなって見ろ」
「本当につまらないんだもん」
「お前はそれしか言えないのか」
禿頭が頭を撫でた時、機人の男が口を開いた。
「プリーモ、武装勢力の発生を確認。数4。推定、重装甲歩兵3、軽装魔術師1。会敵予想時刻は5分後。我々の戦力なら迎撃可能です」
プリーモと呼ばれた禿頭の男はフムと少し考えて口を開いた。
「今は我等の存在を知らせるのは得策ではないな。よし。セコンドはそのまま監視。クアルト。そこに落ちている拳銃に弾丸を装填しろ。弾丸と炸薬はそこの屍体の中にある」
「了解」
「えー」
無表情に肯いた機人とは対照的に牙爪族の女は嫌そうな顔をした。
「クアルト、早くしろ」
「分かったよ」
そう言うと拳銃を手に取り、屍体の懐から弾丸と炸薬を取り出すと装填し始める。禿頭の男はそれを見ると死体を魔法にて空中に浮かせた。
「クアルト、拳銃を寄越せ」
「あいよ」
拳銃を受け取ると屍体の口にくわえさせ、そのまま引き金を引いた。くぐもった銃声とともに周囲に血と体液と脳漿がぶちまけられる。
「プリーモ、今の音により敵勢力の侵攻スピードが速まった。会敵予想時刻修正。4分後」
「分かった。撤収だ」
ワンは肯くと屍体をそのままに踵を返した。途中にある分岐を魔法を使って塞ぐつもりなのだ。一同もそれに従う。
「そういえば……ジェーン・ドゥだっけ。何かあの子なら面白くさせてくれそうな予感がするよ……」
笑みという初めて感情らしい物を浮かべたテルツォの呟きは誰も聞こえなかった。




