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「本当に、本当なの?」

 「本当だ…ってこのやり取りもう何回目だよ」

 「何回目であっても確認せずにはいられないわよ。こんな都合の良い展開。何?ご褒美?それとも罠なの?」

 「罠なんて用意しなくても真莉亜なら簡単に引っ掛かるじゃないか…イテッ!」

 竜一の脳天にチョップが落ちる。落とされた方は頭をおさえて蹲り、落とした方は何事も無かったかのように夢見る瞳で頬を上気させていた。

 「ああっ!本当に本当、現実なのね!どうしよう、何着て行こうかしら!」

 最早気持ち悪いとしか言いようがないがない言動に、やはり早まったかと直巳は後悔する。

 「張り切れば張り切るほど、引かれるぞ」

 「パステルカラーがいいかしら。優しくて柔らかい第一印象が与えられると思うの」

 「…もう好きにしてくれ」

 直巳も竜一も匙を投げた。

 


 翌日の二限目、直巳が蓮に待ち合わせの約束を取り付けた時間。高齢の教授の声はゆったりと響き、この講義は昼前にもかかわらず眠気が講義室を満たす。昼食後なら本気で夢の中に向かってしまうだろう危ない時間だ。

 そんな眠気を誘う室内に、ひとりそわそわと落ち着きの無い人間がいた。

 「ちょっと真莉亜、まだ終わってないんだからちゃんとノート取りなよ」

 「わかってる、わかってるわよ。あぁ…でもだめ!落ち着かない!ねえ、後何分で終わるの?」

 ひそひそと小声で言い合う真莉亜と竜一。刻一刻と迫る約束の時に、真莉亜はもう座っている事さえ苦痛となっている。早く時間になって可愛いあの子とおしゃべりしたい。でも大丈夫かしら。怯えられたり逃げられたりしないかしら。胸の内で、期待と不安が入り混じる。

 教授がこちらを見ているのに気付き、竜一は慌てて真莉亜を肘でつついて黙るように促す。

 直巳は講義に集中しているかのように、決して二人の方を振り向いたりはしなかった。


 「ねえ、この服どう?」

 「大丈夫だって」

 「じゃあメイクは?優しいお姉さんに見えるように二時間くらい悩んだんだけど」

 「だから大丈夫だって何度も言ったよ。ていうか優しいお姉さんて何?二時間てどこにそんなに悩むの?何時に起きたの、一体…」

 「五時よ」

 気合が怖い。

 漸く授業が終わり、ばらばらと教室から人がいなくなっていく。そんな教室の後ろで真莉亜は二人を相手に最終チェックを行うが、このやり取りも朝からもう何度も繰り返されており、直巳もうんざりしている。

 やがてあらかた人がいなくなると、彼女の姿を発見した。今日も前の方に座っていた為、他の学生たちの身長に隠れて見えなかったようだ。

 意を決し、直巳は蓮に近づいて行く。するとその小さな背中が緊張しているのがわかり、おそらく直巳の接近に気付いていると思われた。

 「…三枝さん」

 ぴくりと華奢な肩が反応し、一拍おいて振り返る。黒々とした大きな瞳が、不安そうに直巳を見上げた。

 「あー…とりあえず移動しよう。あっちの二人も自己紹介や何やらしたいらしいんだ」

 ちらりと二人の方を見ると、視界の端に真莉亜を押しとどめている竜一が映って、直巳は表情が引きつりそうになった。もう竜一がもちそうにない、早々に移動しなければと蓮に答えを促すと、こくりと頷いた彼女は立ち上がりとりあえず講義室を出る事にした。

 

 蓮はすでに昼食を用意していたらしい。立ち寄ったコンビニで購入する三人を待ち、そしていつものテラス席に向かう。ちょうど四つある椅子でテーブルを囲みそれぞれ昼食を広げると、真莉亜が驚きの声を上げた。

 「え!それだけなの?」

 視線の先には蓮の昼食だろう、小さな弁当箱があった。びくん、と蓮の肩がはねる。

 「確かに小さいね…。大丈夫?足りる?」

 竜一は怯えさせないように静かに、しかし心配そうに尋ねると、蓮も過剰な反応はせずに済んだ。

 「大丈夫…いつもこれくらいだから」

 彼女の声は風の音にかき消されそうなほどか細かった。緊張しきりで、それでも何とか返事を返したようだ。

 「そうなんだ。じゃあ気を取り直して、自己紹介といこうか」

 軽やかに話を振れる竜一がこの場を仕切ってくれるのが適しており、直巳にはありがたく思う。直巳にはとてもじゃないが無理だったから。

 「学部は皆同じだね。僕は森田竜一といいます、よろしくね。佐原は昨日紹介してるんだろうけど、一応改めて名前でも」

 「ああ。佐原直巳だ。昨日はいきなり悪かった」

 直巳の言う昨日の事を思い出したのか蓮は一瞬固まったが、すぐに首を横に振った。もう気にしていないということだろうか、と直巳は少し悩んだ。

 「佐原…一体何したの?」

 竜一が訝しげな視線を向けてくるので、直巳の脳裏に昨日彼女を呼び止めた時の光景が浮かび焦る。

 「別に、何でもねぇよ…」

 嫌そうに顔をしかめて、直巳は竜一の視線をしっしっと払いのける。掘り下げられたくはない話題だった。ただ個人的にはもう一度きちんと謝ろうと心に決める。

 「ふうん…まあいいけど。で、こっちの女子が…」

 「辻真莉亜です!一目見た時運命を感じました!お友達になって下さいっ!」

 身を乗り出し、竜一が言い終わる前に喰い気味で言いきる。直巳は頭を抱え、竜一は「あちゃー…」と天を仰ぐ。完全に失敗だと思った。逆効果だと。何故なら小柄な少女はびくりと大きく震え、目に見えて怯えだしたから。

 迫りくる肉食獣から距離をとろうと、椅子の背に張り付かんばかりに上体を遠ざけていた。その姿は哀れな弱々しい小動物にしか見えなかった。

 「どうどうどう、ちょっと真莉亜落ち着いて。ああっ、三枝さんも逃げようとしないで!お願いだから!」

 片手で必死に真莉亜を押しとどめ、もう片方の手で咄嗟に逃げようとする蓮の腕を間一髪で掴んだ竜一。直巳はどん引いていたが、竜一に睨まれ蓮には泣きそうな目を向けられ、顔を引きつらせながらも真莉亜に近づいた。

 そしてその頭に軽く一撃を加えた。

 「落ち着け。正気に戻れ」

 「…ハッ!」


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