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「捕まらないわ…」
真莉亜の協力要請から数日、今日も今日とて直巳たち三人はあの日と同じ外のテラス席を陣取り、真莉亜が落ち込んだ声を出す。ぐったりとテーブルに突っ伏すので「行儀が悪い」と直巳が注意すると、とりあえず上体を起こし頬杖をつく。
「朝もいつの間にか来てて、昼はいつの間にかいなくなってる…。講義は結構同じなのに、一向に話しかけられない」
むーっとむくれる真莉亜の子どもっぽさに、竜一が苦笑を浮かべる。
「僕らもチャンスがないか窺ってはいるんだけどね。何だろ、注目しているはずなのに、本当にいつの間にか姿が見えなくなるんだよねぇ…不・思・議。もしや忍者かも。えーと、今のところわかっている事は…」
「名前は三枝蓮ちゃん、十八歳。長野県出身」
「おや長野。忍者もあながち間違っていないかも?」
「何でだよ?」
「戸隠流っていう忍術の流派のひとつがあってだね――」
竜一が活き活きとしだし身を乗り出してきたので、直巳は思わず身体を引いた。だが竜一がいざ語り出そうとしたところで、パンッと真莉亜が手を叩く音が響いた。
「はい、脱線しない。そういえば竜一はそういう不思議系というか、好きだったわね…でも今は情報の共有なんだからちゃんと聞いててよね」
真莉亜の咎めに、竜一は渋々ながら一旦引いた。
「で、上京してきて現在はひとり暮らし。場所まではわからないけどね」
「話もしてないのに、どうやったらそこまでわかるんだよ」
直巳の真莉亜を見る目が、ストーカーという犯罪者を見る目になる。やはり協力など早まったかと胡乱気に彼女を見る直巳を、まあまあと竜一が宥めた。
「何言ってんの、こんなのまだまだよ。住所も電話番号も地元でのエピソードも!誕生日も血液型も趣味も好きな食べ物も好きな色も!まだ何もわかっていないわ!」
「自重しろよ」
暴走する真莉亜との会話は直巳を精神的にとても疲れさせる。
「そう言えば彼女、三枝さんはとても頭が良いみたい」
「え、どういうこと?何で竜一がそんなことわかるのよ」
何であんたがそんな情報知ってるのよ、と真莉亜が嫉妬のこもった視線を向けるので、もう末期だと直巳は諦めた。
「偶然だよ。教授と講師かな?その二人が話しているのを偶々聞いてさ。なんでももう少しでこの学部からトップ入学者が出たって、是非ゼミに来てもらいたいものだってね」
「それがあの子の事なの?」
「らしいよ」
食後のおやつにと用意していたクッキーを摘まみながら、すごいよねぇと竜一が感心したように言う。直巳も無言でクッキーに手を伸ばすと、何故か真莉亜に睨まれる。その目はどことなく恨みがましく直巳の手にあるチョコとナッツのクッキーを見ているようで、食べづらかった。
真莉亜は仕切り直すようにひとつ咳払いをして、話を再開する。
「先生たちにはもっと個人情報について考えてほしいものだけど、まあいいわ。それにしても、トップ狙えるくらいってすごいわね!」
「お前が個人情報とか言うのか…」
「しっ!佐原黙ってて」
ぼそりと直巳が呟くと、竜一が瞬時に口を塞いできた。にこにこ笑いながらも恐ろしい速度であったので、口周りが痛い。竜一も真莉亜も呟きが聞こえないよう必死だったのかもしれなかった。
「せめて講義で隣か、近い席に座りたいのよね。それが今のところ一番近づきやすい手段だと思うの」
難しい顔で考え込む真莉亜は、それでも美人だった。話す内容とのギャップが酷くて、巻き込まれると笑えないと直巳は心の中で思う。
「受ける講義はだいたいわかったしほとんど同じだから、やっぱりもっと早く来て待ち伏せしかないかしら…」
「もっと早くって…今でもその作戦で早く来てるじゃないか。で、失敗してる。小さいから見逃しちゃうのかなぁ?三人わかれて配置してみる?」
「おい」
「いいわね。携帯で連絡取りあえばいいんだし。一限目の方がやりやすいかしら…ということは、決行は明後日ね。明日は一限は無いし」
それじゃあ詳細を決めようか、と竜一と真莉亜は計画を煮詰めていく。その中に、当然直巳を巻き込まれていた。
「さあ、捕獲作戦よ!」
張り切った真莉亜の、勇ましい声が上がる。