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直巳が思わず大きな声を上げて真莉亜を振り返るが、彼女は気にしてなどいない。
「今日も本当はお昼を一緒に出来たらと思ったんだけど、すぐいなくなっちゃったのよね。食堂にもいなかったし、何処行っちゃったのかしら」
「あの短時間でいなかったってわかったの?流石だね、真莉亜」
「当然でしょ」
「おいちょっと待て。協力ってなんだよ、なんでそんなこと」
のらりくらりとした竜一と独自思想をひた走る真莉亜とでは会話は収束はもちろん、一向に進みもしない。よって口をはさまなければとんでもない方向に自分が流され巻き込まれると危機を感じ、直巳は非常に不本意ながら会話に入ることにした。
「そんなこと?そんなことですって?私の悲願を直巳はそんなこと呼ばわりするわけね」
「いや、別に――」
「それとも何?女の子とはお友達になれない?それどころか私とも友達ではないと?」
「だからそういう事じゃ――」
会話に入ったのは間違いだったかもしれない。口をはさむ隙もなく、真莉亜の怒涛の口撃が直巳に襲いかかり何も言えないでいると、どんどん心の狭い酷い人間になっていく。
別に友達ではないとか、なりたくないとか言おうとしているわけではない。しかし、友達になる為に協力なんて小学生の時ですらやったことはない。話にのぼった事もない。直巳は正直昔から、人とつるむことを苦痛に感じる事があった。嫌いなわけではない。ただ、ずっと一緒ね、ずっと仲良しね、なんて言葉や態度に出されると息が詰まりそうになるのだ。付かず離れず適度な距離でいいじゃないかと思っていたが、それに共感してくれる人間ばかりではない事はわかっている。
間近であの(・・)兄を見て育ったからかもしれない、がそれはともかく。とにかく直巳はあまり人を寄せ付けない人間になった。だから竜一が友達にと近づいてきた時も身構えたが、彼はどうやら頭のいい奴だったようでずかずかと入りこむだけではなかった。
だがこの真莉亜の「友達になる!」という勢い、戸惑いと恐れを抱く。
「あのなぁ、お前の一方的な願望だけでなれるもんじゃないだろ。あっちの気持ちはどうなんだよ。はっきり言ってそっちの方が重要だろ。望んでないなら協力も何も出来はしない」
溜息をつき感情を高ぶらせないように気をつけながら、漸く直巳は話し出す。
よく動く彼女の口だから、当然すぐさま反論が飛んでくると思っていたが、予想に反し何も聞こえてこない。訝しく思いながら直巳が視線を向けると、真莉亜も竜一もきょとんとした顔をしていた。その視線は、不快ではないがなんとなく直巳をいたたまれない気分にさせた。
「何だよ」
再び眉間にしわを刻み、ぼそりと不機嫌な声を出す。
「いやなんというか…面倒臭いというか勝手にやれとでも言われると思ったんだけど、佐原が予想外にあの子の事を考えた発言をするもので」
「予想外って、あのな…」
「…うんそう、そうよね。ただただ追いかけてその結果怯えさせてんじゃダメよね。今までの二の舞になるだけだわ。私が間違っていたわ。大丈夫、もう落ち着いたわ」
今までから学ばなかったのか、と直巳は若干呆れるが、真莉亜が本当に落ち着きを取り戻したようなので懸命にも口にはしない。彼女の瞳に理性が戻っているだけ良しとする。
「だめだってわかってるのに…つい突っ走っちゃうのよね。それでいつも失敗…。ただでさえ警戒されたりするのに、ますます怯えさせちゃう。もうあんな顔で見られたくない…目に涙を溜めてぷるぷるして…まるでチワワの様に可愛い、そんな顔で」
「あれ?悲壮感が伝わらないよ、真莉亜」
「そうよね。ぐいぐい行くのはダメ。冷静に作戦を練らないと」
竜一の言葉は当然の様に流された。が、もう直巳も気がつかなかった事にする。
「私だけの考えで行動したらまた暴走して、あの子を怖がらせちゃうかもしれない。そんなの嫌なの。だからお願い、協力してください」
真莉亜は意地を張りもせず、すんなりと二人に向かって頭を下げた。気の強さや暴走を目の当たりにした直後だからか、以外にすら感じられる素直さに直巳は驚き竜一を見ると、竜一は笑みを深くした。それは仕方がないなあ、という思いが滲み出ているまるで兄が妹を見守るような表情だった。
「僕はいいよ。相手の気持ちが優先ではあるけど、友達が増えるのは良い事だよ」
竜一と真莉亜がじっと直巳を見つめる。あまりにも見つめられて視線を逸らしていた直巳もついに耐えきれなくなって陥落した。
「あー…わかったわかった。協力する。何が出来るかはわからねえけど」
頭をがしがし掻きながら頷くと、真莉亜は純粋に喜び、竜一は面白そうににやにやしていた。とりあえず、直巳は竜一の頭を軽くはたいておいた。