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暗い山の中を女は走っていた。夜の森に入るなど無謀すぎる、自殺行為だとはわかっていたが、それでも足を止めるわけにはいかなかった。
―――早く、早く、早く…ッ!―――
呼吸が乱れ、足は草に取られ転びそうになっても必死に走り続けた。
「いたかッ?」
「いやッ見つからない!とにかく探せ!」
男たちの怒鳴り声が迫っている。
女の後ろには深い谷底が広がっている。一歩後ろへ踏み出せば、たちまちその身は底の見えない闇に吸い込まれ消える事になるだろう。
髪も服も乱れ、手足は傷だらけになり、疲労が激しいのか肩で呼吸し、立っているのもやっとの様子だ。それでも、女の瞳には強い光が宿っていた。その光は激しく、苛烈で、瞳を爛々と輝かせている。そんな眼差しで女は正面に立つ者を睨み据えていた。
「――――ッ」
「―――!」
女はその者と何かを言い争っていた。そして――――――――
「私は―――を死んでも許しはしない!」
女は叫び、谷底へと飛んだ。闇に吸い込まれるように女の姿が消えていく。
「っ!――!」
誰かが獣のように吼えていた。
* * *
(あ―…眠い…)
直巳は欠伸をかみ殺し、眠気と戦っていた。大学の講堂。同じ年頃の男女が集められ、壇上で長々と熱弁をふるう初老の男を見ていたりいなかったり。直巳も皆もほとんどスーツ姿で、要するに大学の入学式に参加していたのだ。
きっとあと何人かが同じような話をするのだろう。申し訳ないなという気持ちもなくはないが、正直飽いていた。
(真面目に聴いている奴なんて、一体どれほどいるんだか)
適度な室温、少し薄暗い空間。完全に眠り込んでいないだけ自分はマシなのでは、と直巳は思う。
(早く終わらねえかな…)
壇上の人物が交代するのが視界に入り、思わず溜息を吐いた。
一応主役であろう新入生のことなど置き去りだ。
あと何人続くのかと、飽き飽きした直巳は目を閉じぼんやり考えた。