泣いた○○にはならない
プリシラは溜息をついた。目の前で行われる展開はこちらの予想と何一つ違わない。
今は小規模といえど国中の貴族の子息・子女達が多く集まるパーティーだ。だというのに、その場にとても似つかわしくない奇妙な雰囲気が広間を包んでいる。
その奇妙な雰囲気の原因は宮廷魔術師の卵のフィリップが、滞在中の隣国の王女へと不敬を働いていたことだった。この場で暴かれた彼の企みは不敬なんてものではすまない、とも言えるだろう。
広間の中心よりも少し外れた位置で、しかし室内の人々の視線を集めているフィリップは、この状態に戸惑っているのか視線を時折彷徨わせつつも、一点を見る時はどこか恍惚とした表情を浮かべている。
「私はただ、ステラマリア様のお美しさを今このままで留めておきたい! 今のこの女神の様なお美しいこの輝きをこのままで、と思ってこの術式を開発しただけで」
「ふざけるな。フィリップ、貴様が生み出した術式は人を人と思っていないではないか!」
フィリップに抜き身の剣の切っ先を向けたのは、騎士団長の子息・ジェレミアだ。フィリップとも古くからの友人。その彼も怒りに震えているらしく、切っ先が少し揺れている。
少し身体のバランスを崩せば刃に触れる距離だというのに、フィリップはそれに怯えていないらしい。それどころか、騎士団長の子息も刃も気に留めず、視線は奥のステラマリアへと向けられている。
「ステラマリア様」
フィリップに名前を呼ばれたステラマリアは、離れた位置にいるプリシラからもわかるほど身体を震わせた。隣にいたウィリアム王子と宰相子息であるリチャードが一歩前に出て小柄な彼女を背に庇う様にしても、フィリップは彼女に視線を注いだまま話を続けている。
「この様な術は不要でしょうか? 人はいつか老いるものです。老いなければといつかあなたは必ず後悔されるはずなのです。そうならない為にも、私はあなたの憂いを取り払いたい。そうしていつまでも美しいあなたの傍に」
「フィリップ、もういい。黙れ」
ウィリアムが感情を抑えた低い声を発した。その後項垂れて、小さく首を左右に振っている。
「優秀な魔術師であったお前が、なぜ神の意思に背くような真似を。ここまで人を愚かにさせるものなのか」
低い声で呟いたあと、次に顔をあげた時には彼は為政者の顔をしていた。
そろそろ、頃合だろう。プリシラは動向に注目したまま動かない人々の間をすり抜ける様にして、彼らの傍へと静かに近付いていった。ウィリアムの視線を受け、リチャードは頷くと朗々とした声をだした。
「フィリップ・シルベスター。これら一連の術式はステラマリア・グリフォニア王女へ危害を企てたものである。今を持って宮廷魔術師の任官は解く、ならびに刑罰については」
「お待ちください」
荒ぶらず、しかし室内に通る様にして声をあげたプリシラに自然と視線は集まった。一歩、二歩。徐々にプリシラの周りから人が下がっていき、自然と彼女はウィリアム達の前へと促される。
ウィリアム達とプリシラだけが室内に多く集まっている人々から離され、ぽっかりと中央に開いたスペースに佇んでいた。少し視線を動かせば人垣の様にぐるりと囲まれていて、見世物にでもなった気持ちになる。
「あなたは……」
「バートレット侯爵が娘、プリシラと申します」
礼をとったプリシラを見て、ステラマリアとウィリアムは覚えがない様子だったが、ジェレミア達は少し間が空いてから頷いた。
「バートレット侯爵といえば宮廷魔術師長だな。プリシラ嬢もその血を色濃く受継ぐと話には聞いている」
「プリシラ嬢、この場は下がっていてもらえないだろうか。いくら宮廷魔術師に内定していたフィリップのこととはいえ」
「いえ、だからこそです。そして我バートレット家は彼の後見人でもございます。どうぞ発言をお許しくださいませ」
プリシラの視線を受けたジェレミアは、どうしたものかといった様子でリチャードを見るだった。プリシラとしても、この行動自体賭けのようなものだ。
父は宮廷魔術師長で、自身の治める機関のことについては間違いなく発言が許される。が、見習いの自分だ。しかもプリシラはフィリップとは違い、結果らしい結果を表せていない。この場に割り込んだことも発言の許可すら不敬ととられてしまう可能性はあった。
まっすぐジェレミアを見続けていても、彼がどう動くのか。プリシラには判断がつかなかった。どのくらい無言だったのかはわからないが、見つめ続けているとジェレミアの方が折れてウィリアムを見た。
「……仕方ない、発言を許そう」
「ありがとうございます」
再度礼をしたプリシラは、フィリップへと視線を移した。恍惚とした眼差しでステラマリアを見ていた時とは違い、フィリップは何の感情も浮かべずにこちらを見ている。まるでガラスの様だ。それもじいっと覗き込んでくる、双眼鏡のレンズ。
いささか居心地が悪いが、それと向き合ったままプリシラははっきりと声に出した。
「魔術の腕は、この者は素晴らしいのです。この術式も問題は少し、いえかなりあれど他の術式に展開することも可能と思われます」
「たとえば?」
「たとえば、そうですね……。食物などの長距離輸送時、特に海上輸送に使えるようにできると思われます。永遠に若さを留めることが出来る、などとシルベスター殿は仰せですがこの様な術式での結果が永遠に保たれるとは思えません。生物であればせいぜい一か月から二か月保てばいいのではないでしょうか」
プリシラが告げると、室内のあちらこちらから小さな声があがった。聞き取れなくともざわめく声は、これも予想通りではある。プリシラは手をきつく握りしめて、再度ウィリアムにしっかりと向き合った。
「ともあれ生者へ、しかも貴人であるステラマリア様への使用を企てたことは大罪です。この術式の破棄、ならびに宮廷魔術師の任官の解除を求めます。また、シルベスター殿については、その他術式の利用、知識の承継の為、我バートレット侯爵領での幽閉を望みます」
言い切った。そうしてプリシラの発言を受けざわめいた室内に対し、ウィリアムの手が上がり静かになる。
「何故バートレット侯爵領で、と?」
「我が一族は魔術に特化した一族です。領内外の境界地には一定の術式を常に展開していることは周知の事実ですが、そちらに領外へと無闇に出ようとすると起動する術式を……シルベスター殿へ埋め込みます」
再度室内がざわめいた。先程までのものとは違い、引き攣るような声が多い。バートレット家に対して恐怖を抱かれるのは問題は、たぶんないだろう。元々魔術特化の一族だ。そういった風潮は存在していた。
ただ、ウィリアム達はそういった感情を表には出していない。流石にステラマリアも可憐な王女とはいえ王族だ。予想はしていたのかもしれない。術式を埋め込まれると言われたフィリップにいたっては、眉すら動かしていなかった。
「あなた方バートレット家が嘘をつく可能性は? バートレット家というよりも、プリシラ嬢といった方がよろしいでしょうか。あなたはフィリップ殿と幼馴染だったはずでしょう。この場をしのぎ、彼を逃がすことも考えられますが」
「我バートレット家は、建国より魔術と忠誠の全てを王家へ捧げています。我らが必要とするのは、シルベスター殿のココだけです」
リチャードの指摘を受け、プリシラがとんとんと自身の頭を指でつついてみせると、リチャードの表情が歪んだ。それを指摘することなくプリシラがウィリアムへと視線を移すと、ウィリアムはしばらく思案した後「いいだろう」そう、確かに呟いた。
「いやぁ、困ったことになるぞ」
全く困ったと思っていないだろう口調で、フィリップはそう言った。久しぶりに学院から戻ってきて、バートレット邸に来るなりの一言だ。
雑な口調だというのにソファに腰をかけて紅茶を口に運ぶ仕草は流麗で、この男はどうなっているのだろう。プリシラは彼と同じ様にしながらも、何度目かになるかわからない感想を抱いてしまった。
フィリップ・シルベスターは将来有望な魔術師だ。シルベスター家という没落寸前ともいえる男爵家の末子である彼は、その才能を認められバートレット家の後ろ盾を得ている。休暇の事に挨拶に来ることはいつものことで、バートレットが格式張る家系でないこともありいつの間にかこの調子になっていた。
流石にもう慣れてはいるけれど。何とも言えない気持ちになりつつ、プリシラはフィリップの話を聞くことにした。今回ばかりは興味が無いならいいというものではなさそうだ。
「学院のことでしょうか?」
「それも含まれるが、国家全体のことだな」
学院と国家。それを両方含むとすると、フィリップの周りでは一つしかないだろう。ウィリアム王子だ。
プリシラは学院へ入学する16歳を迎える年まであと1年あるので、学院の内情についてはフィリップともう一人、先生と呼べる相手の話からしかわからない。が、それ程問題となることについては一度も聞いたことがなかった。
「フィリップ、ウィリアム殿下とは仲が良かったはずでしょう? 聡明でお優しい方と伺っているわ」
「それは間違ってはいないし、俺もよくして頂いている」
「じゃあいいじゃない」
「だが、そこが問題なんだ」
フィリップの言っている意味がよくわからず、プリシラは目を瞬いた。時折、フィリップは会話や説明で真ん中を飛ばす。それも推測の為の道筋や材料すら説明しないで、なんでわからないんだという言葉をつけるほどだ。
またそんなことを言われるかもしれない。それを言われたプリシラが手に持っているカップの中身をかけてしまっても、仕方のないことだろう。火傷を負う様な温度でもない。まぁ染みにはなるだろうし、最悪火傷を負うかもしれないが、有望な魔術師だ。魔術で何とかなるはずだ。
そんなことを考えていたが、今回のフィリップにはきちんと説明するつもりがあるらしい。カップをテーブルに置くと、組んでいた足の上に手を載せた。極自然に行うその姿も様になるのだから、プリシラは少しむっとした。
「ウィリアム殿下はな、優しすぎるんだ。人を疑うということをしない」
「信じるということはよいことでは?」
「そりゃあ素晴らしいことだ。だが、殿下は王になる方だ。腹に一物も二物も抱え込んだ貴族連中を信頼しつつも疑う目を持たねばならんだろう。この国が平話だからといってもな。側近のジェレミアは見た目通りの筋肉バカだ。期待出来ん」
「フィリップがその役目になれるのでは? あとリチャード様」
「俺は立場が弱すぎる。リチャードは確かにまぁ使えるが、あいつは腹黒すぎる」
「すぎるくらいなら、ちょうどいいのではないですか?」
腹黒なら要件に合うのでは。そう思って口にしたのだが、フィリップは溜息をついた。やれやれと言わんばかりに首を振っている。紅茶のカップは陶磁器製だが握りしめ過ぎていて、プリシラの手元からは軋んだ音が聞こえてくるような気すらした。
「必要なのは、疑う目だけでいいんだ。身内からも脅かされる、裏切られる可能性があるということをわかって頂きたい」
憂いた表情で告げる彼の様子にプリシラはその時、何も言葉を返すことは出来なかった。
突如として話が進んだのは、その次の休暇の際だった。
いつもの訪問時と違うことは、フィリップと共にリチャードが来ていることだろう。リチャードはプリシラが図書館にいる際に時折勉強を教わっていたので既知ではある。が、同じ王都にあるとはいえバートレット邸を訪れるのは初めてのことだった。
二人揃って神妙な顔をしている。これは余程の事態が起こった。何を訊かなくてもプリシラにもよくわかった。
「プリシラ」
「はい、なんでしょう」
「お前が以前幼い頃に教えてくれた、レッドデーモンの話はまだ覚えているか?」
「といわれましても、どのお話でしょうか」
「ブルーデーモンが芝居をして悪役になる話だな」
言われて、あぁ覚えていますよとプリシラは返した。よく覚えていたのはフィリップの方だろう。『泣いた赤鬼』を彼に教えたのはもう10年近く前の話だ。
ある日、プリシラは今の家族ではない家族を、違う生活文化の記憶を断片的に思い出した。戸惑い、一夜にして大人びてしまったプリシラの言うことを、3つ上のフィリップは素直に信じて受け入れてくれた。
今思うと知的好奇心で、その文化があるとした方が面白いから。という理由かもしれないが、そっくりそのまま受け入れてくれたフィリップは今でもプリシラにとっては恩人だ。フィリップがうまく伝えられないプリシラに変わって家族にも伝えてくれたから、今がある。そう思っていた。
フィリップが告げた『泣いた赤鬼』はプリシラが思い出した文化の一つだ。多少世界観に合わせて修正して伝えてはいたが、今更それがどうしたのだろうか?
そう思って首を傾げると、フィリップは何とも言えない表情を浮かべた。それからリチャードに促されて、表情を切り替えた。
「プリシラ、俺は国の為にあの話のブルーデーモンになる。そして来年の2の月。昨年社交デビューして早々でお前には悪いが、あの話のレッドデーモンを引き受けてほしい」
告げられた言葉に、流石に大人びているや冷静と謳われるプリシラも思考が停止してしまった。
何を言っているのだろうか。とりあえず冷静になろうと思い紅茶を口に運ぼうとしても上手く運べない。フィリップがもしかしたら振動の魔術でも展開しているのではと思えるほどだ。
「プリシラ嬢、一度紅茶はソーサーへ戻しましょうか」
そう言って優しく紅茶を奪っていったのはリチャードだ。彼はプリシラと目が合うと、涼しげと言われるその双眸を柔らかく細めた。
「リチャード様は、この話の意図をご存知ですか?」
「えぇ、まぁ。共犯者の様なものですから」
「共犯者……。ということは、ウィリアム殿下に身内を疑わせる、ことを実践されるおつもりですか?」
「えぇ。その辺りはフィリップに聞いてらっしゃるんですね」
そう言われて、プリシラは一度こくりと頷いた。リチャードは心得たとばかりに鷹揚に頷いた後、実はと切り出した。一度フィリップを見ていたが、フィリップが何か関係あるのだろうか。プリシラの脳内にそんなことが過ぎった直後だ。
「実は、フィリップが新たに生み出した魔術式が問題なんです」
「はぁ……魔術式、ですか」
フィリップが生み出した新たなものについては、すぐに後ろ盾であるバートレット家へあげるようにと伝えている。けれど上がってきてはいないので、それほど問題な術式なのだろう。リチャードが差し出した書類に目を通したプリシラは目を疑った。
「あの、これはまさか……不老の術式がある程度、いやほぼ完成しているのでは」
嘘であってほしい。そんな気持ちで、引き攣る笑みを浮かべながらプリシラは対面している二人を交互に見ていた。けれど二人揃って微笑みを崩さず、無言のままだ。
プリシラはもう一度書類に目を通した。くまなく読んでも当然ながら文章は何も変わらない。頭痛がしてきて額をおさえてしまった。
――人が老いることなく、魔術をかけられた時のままで過ごすもの。ただし、活動はできず半永久的に眠り続けることになる。解除方法は、書いてないのか見つけられていないのか。
とんでもない術式だ。大発明といってもいいが、対象が問題すぎる。人も自然の一つである、とうたう国教に見つかればどうなることか。
「何故この様な術式を……?」
「プリシラが昔話してくれた、眠り姫の魔法は可能なのかと考えてな。試してみたら案外いけてしまった」
「教会には知られてませんよね? あと国教を侵すことについては考えませんでしたか?」
「知られていない。それと、そこは特に気にしていなかった」
けろっとした顔をしているフィリップの様子に、プリシラは頭痛が更に酷くなってしまった。それはリチャードも既に経験済みらしく、彼も深く溜息をついている。
「プリシラ嬢、この事は今のところ私しか知りません。フィリップもまずいだろうということは術式を完成して気付いたからこそ、バートレット家にも報告をあげていないのです。気がつくのが遅すぎますが」
それでも、気がついただけましだろう。バートレット家へ公的に情報をあげるとなれば、幾人かにこの術式の存在が知られる。宮廷魔術師であっても学院のものであっても、そこに属するものの大半は貴族だ。知られれば貴族社会ではきっと、表には出ずに話は広がる。
この術式が生者でなく死者に向けたものへ変換されれば、弔いの一つとなる。生者のものであっても、永遠の美貌を手に入れることができるものだろう。起きていられる様に変換しなければならないが。しかし今のこの術式は永遠の若さと謳って、一種の暗殺の手段などとして使うものが表れる可能性もある。
「フィリップが自ら気がついてくださったこと、リチャード様がこちらを隠してくださったことに感謝致します」
溜息がプリシラの呼吸の大半になってしまった様な気がした。これ程の術式を独自に作り上げるフィリップが天才であることを喜べばいいのか、フィリップが魔術研究にしか興味の無いバカだということを嘆けばいいのか。プリシラにはもうわからない。
「それで、ここからが本題です」
リチャードの声が少し低くなった。プリシラも居住まいを正し、次の言葉を静かに待った。
リチャードの目が一度室内をぐるりと見渡して、プリシラに戻る。
「この術式の問題点、実行までに溜め込む魔力と魔法石が非常に多くなるということを利用し、実行を企てているというふりをしてウィリアム殿下には仲のいいものであっても疑う目を持って頂きます」
「……それは、誰にかける流れに」
「先頃隣国から留学されたステラマリア王女殿下に」
ステラマリアといえば、ウィリアムの婚約者候補と話されている人物だ。とんでもない話になってきている。頭痛はひいたが、プリシラに目眩が襲ってきた。
「これは眠り姫の術だ。隣国から来た美しい王女への恋に足を踏み外し、頭がいかれてしまった友人の魔術師が、彼女の美しさを保ち自分の手元に置く為に生み出した、てシナリオにすればわかりやすいだろう。宗教、外交ともに問題ありだ。術式も完全に葬らないとまずくなる」
完璧だろう。そう笑うフィリップにプリシラは少し尊敬できるほどだ。この男、どこまで問題を大きくしてくれるのだろう。小さなトゲの様なものがプリシラに刺さった気がした。
「目的は術式の完全破棄、ウィリアム殿下に身内を疑う目を持たせる。ということでいいんですね?」
「あぁ、それだけの予定だ」
「しかしこれ程のことにするのでしたら、フィリップは斬首刑になるのでは。もしくは、どこかでの幽閉に」
「そこで、来年の2の月なんだ。3の月になれば、我々は学院を出ていく。つまり3の月になれば社交界は大人と同等になる。2の月であれば、子息達しか居ない場もあり、尚かつ君の様に次の年から入学する生徒も招ける」
「その場での私の役目は?」
「多少混乱しているだろうウィリアムが外部評定へと持ち込まない様に、その場で処罰を促す役目だな。君の父上は宮廷魔術師長で、君も既に宮廷魔術師だ。フィリップも既に宮廷魔術師に内定していて、後見の家と立場から、ということでその場はしのげる。ウィリアムが既に裁定を下した、となれば後から変えることも難しい」
リチャードの言葉に納得した。全ては、子供のうちに終らせてしまうということだろう。暴露も処罰も。
しかし、これは。
「なかなか、無謀な賭けですね」
「あぁ、だが最後のチャンスともいえるだろう。悪いが、協力をお願いできないだろうか」
そう言って頭を下げたリチャードとフィリップに、プリシラは苦笑するしかなかった。
賭けには何とか勝てたのだろう。父には詳しくは後で話しますと伝えているので、何かしらの事情があるとはわかってくれるはずだ。これもフィリップが幼い頃にプリシラのことをきちんと説明してくれたおかげでもある。
あのパーティーの後、フィリップをつれてバートレット領に戻ると、プリシラは早速彼が作り上げた眠り姫の術式の資料を火にくべることにした。
きちんと全て燃えているか、何度も火かき棒で確認してしまっていると、全く令嬢らしくないなと笑われた。確かに庭にしゃがみこんでそんなことをしている姿はそうかもしれない。が、
「一体誰のせいだと思っているの」
「俺のせいだな」
フィリップは全く気にした様子はない。分かりきっていたことだ。プリシラがわかっていると知っているからこそ、フィリップも笑っているのかもしれない。
「どうせなら芋や果物も焼いてしまえばよかったか」
「食べたいのならシェフに焼かせましょうか?」
「ここで焼くから美味いんだよ。やったことないのか、たき火で焼き芋」
「ないですが、そもそもこれはそういったたき火ではないでしょう。フィリップのやったことの後片付けよ」
「わかってるさ、そんなこと。しっかし、あの芝居はなかったんじゃないのか?」
こんな風につついたりとかは。とあの時のプリシラの仕草をフィリップは真似てみせた。特に意図はなかったが、たしかに必要はなかったかもしれない。
「バートレット家はフィリップ・シルベスター個人には興味を持ってない、必要なのは頭脳だけ。外に出たらその頭脳を奪われない為に吹っ飛ばすぞ、って意味で」
「わかるけど恐ろしい。お前リチャードの表情見てただろ、引きつってたじゃないか」
「リチャード様は笑うのをこらえてましたけど?」
必死に笑いをこらえているリチャードのあの姿は、図書館でよく見かけている。それを告げると、フィリップの表情は歪んだ。これは笑いをこらえているものではなく、引きつっているとすぐにわかるものだ。
「バートレット家のイメージは大丈夫なのか。噂になってるだろ」
「今更でしょ。元々魔術に特化しすぎて、気味が悪いと言われるくらいなんだから。フィリップも利用しておいて今更心配?」
そう返すとフィリップはばつが悪そうにしていた。後見して貰っていた家に何も返せていない内に、利用したというところに思うところがあるのだろう。
そんなに気にしなくてもいいのに。火かき棒で確認したが、書類の文字は残っていない。大丈夫だろう。
戻りましょうか。プリシラがそう言うと、フィリップも従った。
「なぁ、プリシラ」
「はい」
「術式の埋込みはしないのか? リチャードに言っていただろう」
「あぁ、あれ。必要ないでしょう?」
当初の予定では、フィリップは術式を破棄、魔術への知識を奪い国外追放の予定だった。それこそ童話においての青鬼になるはずだった。変更したのは、赤鬼の様に泣くことにはなりたくなかったプリシラの独断だ。
バートレット領での幽閉といいつつ、実際は王都・宮廷魔術師の組織ではなくバートレット家の管理下で行うというだけだ。勿論国家に還元するが、バートレット家に利があることは多い。それに、恩義を感じているフィリップが裏切ることもないだろう。
そう思っていたのに、フィリップは溜息をついた。この仕草にはプリシラも覚えがある。これは、物分りの悪いプリシラを嘆く時のフィリップの仕草だ。
「プリシラ、俺の今回の目的は?」
「術式の破棄と、ウィリアム殿下に身内の裏切りの可能性を意識させることでしょう。フィリップは私を裏切るの?」
「裏切るつもりはないけどな。ふりとはいえ他人を裏切った人間を手元に置くのだから、首輪くらいつけておくべきだろう?」
「そんなこと? フィリップが幼い頃に私のことを信じてくれたのだから、私は何があってもフィリップのことを信じるわよ」
そう告げると、フィリップは参ったと両手をあげた。こればっかりは勝てたのかもしれない。その仕草に微笑んでから、プリシラは思い出した。
「あぁでももしステラマリア様への気持ちが本当なら、やっぱり首輪をつけておくべきかしら」
わざと小首を傾げたプリシラに、フィリップは引きつった笑みを浮かべて首を手で覆い隠した。




