9話 世界確認
――帝国大陸。
今から、およそ70年前に初代皇帝アルスターによって統一された大陸。
名目上、大陸全域が帝国の領土という事になっているが、全てが直轄領というわけではない。
まず、大陸大戦において異人軍によって多くの国が滅亡したが、それでもわずかに生き残った国がある。
いわゆる、外様の王国だ。
それらの国は、君主の親族の帝都在住――これは人質としての意味合いがある――に加え、税の一部の上納等の義務があるものの、ある程度の自治権が与えられている。
次いで、新興王国。
これは、初代皇帝アルスターに従った家臣達の中で、特に際立った手柄をあげた者達に、『国』といえるほどの規模の領土を賜った者達だ。
国王を名乗る事を許され、外様王国同様、ある程度の義務はあるものの、好きに領土を運営する事ができる。
そして、帝国領直轄の内、初代皇帝アルスターの子供達を始祖として統治されている地域。
これらは、『黒』の帝国、『赤』の帝国、『青』の帝国のように色で区分され、特に『黒』『赤』『青』の御三家は別格扱いとされる。
そして、その黒の帝国。
それが、この辺り一辺を支配する国の名前だった。
帝国御三家の一家にして、初代皇帝アルスターの長女を始祖としているらしい。ちなみに、他にも『緑』や『紫』などといった他の子供を始祖にした国もあるが、御三家と比べると格はかなり落ちるようだ。
……それにしても、英雄色を好むというが男子5人、女5人の計10人の子供を作っているとは。
意外とお盛んだったのだろうか。
ただし、後継者の存在が死活問題になるこの世界では普通の事なのかもしれない。
まあ、帝国についてはここまででいい。
ただ、問題は。
大陸の地図を改めて眺める。
この形はどう見ても――、
「どう見ても日本なんだよなあ……」
大陸の地図の形が、日本に酷似している。
この『黒』の帝国など、愛知県の位置にあるし、帝都の位置も東京の辺りにある。ただし、広さは10倍以上あるようだ。
それに、魔法などというものまである。
魔力そのものは、誰にでもあるらしい。
実際、俺にも共に脱出した他の5人にも備わっていた。
念話の傍受のように簡単なものならば、ただ魔力素質がある程度高ければ使用可能らしいが、ちゃんとした魔法を使うには王族や貴族から、『祝福』と呼ばれる特殊な儀式が必要らしい。
それさえ行えば、俺達異人――ハナコの言葉を借りれば現代人であっても、魔法は使えるようだ。この辺りの事は、もっと詳しく書かれた本があるかもしれない。
『帝国の歴史』と書かれた本を閉じる。
「……ふぅ」
改めて、本だらけのこの部屋を見る。
部屋の前のプレートには、『図書室』と書かれている。
この屋敷についてから、「この辺りの部屋なら好きにしていいから!」というハナコの好意に甘えて、好きにさせてもらい、読書に励んでいた。
更生施設でも、この世界の歴史に関しては説明を受けていたが、こちらの本を読む限り特に間違ってはいないようだった。
そして意外にも、これらの本は日本語で書かれている。
先人達によって翻訳されたものなのか、元々日本語で書かれたものなのかはわからないが。
ありがたい事には変わりなかった。
歴史の概要は分かった。
次の問題は、なぜ異人――すなわち、俺達の同郷の人間達が異常なまでにこの世界の人間に嫌われているかだった。
その辺りの事情は、以前にこの世界で起きたという『大陸大戦』と呼ばれるこの大陸で起きた大戦、そして帝国の大陸統一にまで遡る必要があるようだ。
ん、といったん伸びをする。
連続で文字を追い続けて、少し疲れた。
「まあ、こうしてゆっくり本を読める状態になれただけでも感謝するべきか」
ふう、と一つ息をつく。
「これからどうしたものか……」
俺にとって気になっているのは、弟の事だ。
弟の|望≪ノゾミ≫は、この世界に来る直前まで一緒にいた。もしかしたら、俺と同じようにこの世界に来ている可能性もあるのだ。
「まずは、望を探して出してやらないと……」
少なくとも、あの更生施設では一度も見かけなかった。
この世界に来たのが俺だけで、最初からこんな世界に来ていないという可能性も無論あるが……。
仮に見つけたとして。
あるいは、この世界に望が来ていないとして。
これからどうするべきなのか。
あの、ハナコとやらは何をしたいのか。
それすら分からない。
「まあ、あそこに居続けるよりはマシだけどな」
あの件の更生施設に、最短でも3年。平均で5年以上我慢して、準市民権とやらを獲得したとしても、『準』市民というのでは、なれる職業も役職も制限がついてしまうらしい。
軍にも入れるが、一定の階級で頭打ちらしい。
商人になったとしても、元異人とあってはなかなか取引相手も見つからないらしく、成功しているのはほんの一握りであり大半はうまくいかない。
例外的といえるのが、冒険者と呼ばれる存在であるが、これもあまり良い道とは言えない。冒険者などといえば聞こえはいいが、要は使い勝手の良い駒だ。基本的な仕事は、未開の地の探索。当然、危険は多いし、死んでもろくな保証はない。
そして何より。
「更生施設からの脱獄は極刑。どの道、準市民になるのは無理って事か」
そういう法律があるのだ。
何気ない顔で、再び更生施設に行けばいいかというと、それも駄目だ。
人には魔波、と呼ばれるオーラのようなものがあるらしく、それがあの更生施設に入る時にしっかりと登録されてしまっているらしい。
これは、元の世界でいう指紋のようなものであり、同一の存在はまずありえないらしい。
検査されてしまえば、一発でばれる。
「まあ、良いけどな」
この点に関して、他の5人はどうだか知らないが少なくとも俺は恨んではいない。あんなところで3年であっても耐える気はなかった。
外に出して貰えて感謝している。
今また同じ選択をしろと言われても、間違いなく同じ選択肢を選んだだろう。
「――ユタカさん」
と、黒4号――サラが部屋の前に立っていた。
「ハナコさんが、広間の方に。改めて話がしたいそうです」
「分かった。すぐに行く」
とりあえずは、今後の方針を定めなければ。
全てはこれからだ。