5話 脱出2
「こっちだっ」
管理員の言葉に、牽引されるままに走る。
というか、走らされる。
周りもどたどたと、黒い囚人服を来た同じ世界出身の人間達が走っている。
この中に、例の声を聴いている奴はどの程度いるのやら。
少なくとも、不審な行動を取っていた黒1号の少年と黒4号の少女。この両名は多分そうだろう。
今見当たらないが、多分どこかにいるはずだ。
「こっちだっ」
管理員の言葉と共に、魔法でロックされていた扉が開く。
「――っ」
冷たい空気が室内に入り込んでくる。
「ついてこいっ」
管理員の言葉に、皆が続く。
そして、扉の外に出る。
「うわ――」
久しぶりに見る、外の世界。
が、あいにく太陽は出ていない。
今の季節は分からないが、明け方という事もあって空気は冷たい。
そして、外はまだ暗い。
だが、魔法か何かなのか光る石のようなものが置いてあり、その光で辛うじて橋と思しきものが見えた。
「この橋を渡って向こうにある、施設に一時的に移動する。良いか、無駄口を叩くなよっ」
……。
やっぱり、この橋か。
あの「声」の言っていた通りだ。
「――あ」
思わず小さく呟いてしまう。
皆が、橋を渡り始める中、例の黒4号の少女が視界に入った。
他の皆と橋を見比べながら固まっている。
「大丈夫」
その少女に、俺は声をかけた。
「一足先に、俺が行く」
「え?」
急に話しかけられ驚いたように、少女は目をぱちりとさせる。
「キミも声を聴いていたんだろ?」
「あ、はい。それは……」
「じゃ、行く」
その言葉と共に、橋の下にある水の中へと――俺はダイブした。
――バシャンッ!
激しく、音がしたのがわかる。
冷たい。
服を着ているという事もあり、水に体を捕まれているようだった。
服が鉛にでもなってしまったかのようだ。
はっきり言って気持ち悪い。
さあ、ハナコとやら。あんたの言う通りにしたんだ。
早く何とか――。
と思った時。
急に何かに捕まれたような感触がする。
そして、体が引き上げられた。
「――っ」
目を開ける。
そこには、唖然とした表情を浮かべる管理員の姿が映る。
視点を下に移す。
生物の鱗を思わせるものがそこにあった。
改めて、見渡す。
「本当にドラゴンなのか……」
そこには、青色の巨大な竜とでも称する生き物がいた。
大きさは、象と同じくらいか。
だが、動物園にいる穏やかな象などではありえないほど獰猛な瞳と牙をしている。
……いや、こいつ俺を襲ったりしないよな。
そんな事を考えていると、
『ユタカさん! 黒4号さん、聞こえますか!』
頭に例の声が響く。
『今、海竜があなたたちを回収したと思うんですが、大丈夫ですか!』
「大丈夫、聞こえてるよ」
思わず、そう声に出してしまう。
「……聞こえています」
不意に、近くにあった小柄な影に気づく。
黒4号と呼ばれた少女。
彼女も無事だったようだ。
彼女も同じような事を聞かれていたのか、そう呟くように言った。
念じるだけでいいはずなのだが、状況が状況な為かつい口に出してしまったようだ。
『良かった! どうやら、全員無事みたいだねっ』
「このドラゴンはあんたの言っていた奴か?」
『もちろん。あ、ドラゴンじゃなくて海竜ね。竜種と言われる存在は、大きく分けて陸竜、海竜、空竜と呼ばれる三種があって……』
「な、なにをしている貴様らっ」
ハナコが説明するのを遮るかのように、管理員の慌てたような声が聞こえた。
囚人達も、どこか信じられないようなものを見るかのような目で俺達を見ている。
『悪いけど、ドラゴン講座はまた今度にしてくれ。とりあえず、今はこの場から逃げたい』
『んー、分かったよ。じゃ、合流地点で会おう』
『合流地点?』
『うん。既に脱獄した他の4人も待っているよ。そこで会おう』
それだけで念話は切られた。
同時に、ドラゴン――彼女の言葉を借りるなら海竜――が動き始めた。
「ま、待てっ」
管理員は慌てるが、意外と海竜の動きは速い。
瞬く間に、管理員との距離ができ始める。
追おうにも、管理員は巨大な水の中を泳ぐ必要がある。しかも、他にも大量の囚人が橋の上にまだ残っている。
迂闊な動きはできないと考えたのか、ぐぬぬと凄まじい形相でこちらを睨んでいる。
「あー、それじゃ失礼しますっ」
それだけを言い残した。
と同時に、海竜の動きがさらに早くなる。
「――っ! ――っっ!!」
まだ何か言っているようだが、もう聞き取れるような距離ですらない。
管理員との距離はさらに離れていき、やがて完全に見えなくなった。
「……あの」
ここで、黒4号が口を開いた。
「と、とりあえず自己紹介しませんかっ」
「……あー、そうだね」
「私の名前は白井沙良って言います! 石じゃない方の沙漠の沙に、良い悪いの良でサラです! 高校1年生になります」
聞かれもしない、元の世界での年齢と学年まで言ってくれた。
外見通り、そう変わらない年頃だったようだ。
「あー、俺はここでの名前は黒3号。元の世界での名前は黒野大だ。大中小の大って書いてユタカね。高校4年生」
「そうなんですか。 ……って、ええっ!?」
「? どうかしたのか」
「どうかしたのか、じゃないですよ! 何ですか、高校4年生って!」
「あー、色々あってほぼ1年休学した時期があるから高校に4年通ってるんだ」
「色々ってなんなんですか……」
呆れたようにサラは言うが、それを初対面のこの少女相手に語ってやる気はなか
った。
「そんな事より、ドラゴンって初めて乗ったけど意外と乗り心地良いんだな」
「私もですよ。 ……ていうか、妙に落ち着いていますね」
「まあな。これでも適応力はある方だと自負しているんだ」
「ありすぎでしょ……」
「ん?」
不意に、視界に小さな人影が映る。
そして、それは徐々に大きくなっていく。
視界の先は水面が途切れている――陸地のようだ。
「誰かいますね」
サラも気づいたようで、口を挟む。
「ん。そうだな。例の声が言っていた4人だろ、多分」
「本当に落ち着いていますね……」
海竜は、徐々に速度を落としていき、ゆっくりと陸路に到達する。
他にも、海竜が二匹ほどいる。
この竜二匹が、他の脱獄者4人を連れてきたらしい。
そこには、俺達と同じ黒の囚人服を来た男達4人が待っていた。