14話 訓練1
ロジー元上級騎士長という人物は、ハナコとレミーとの話からのイメージ通り、とでもいうべき人物だった。
老齢に入っておきながら、決して衰える事なく鍛えられている事がわかる筋肉。
既に白いものがだいぶ混じっているが、老いを感じさせない髪の毛と口ひげ。
「うむ。また来たぞ」
と、その傍らにはレミーがいる。
「お初にお目にかかります。自分はロジー・フォークナーと申します。レミー様の付き人をしております」
そう言って一礼して見せた。
「あなたが、オレ達に魔法を教えてくれるって人なの――ですか」
粗野な口の利き方をする事の多いタダシでも、つい敬語になってしまうようだ。
それほどの素養の高さをこの老人から感じる事ができた。
また、この世界の住民特有の「異人だから」と見下す様子もいっさい感じさせない。
「はい。それが私に命じられた仕事でございます」
「それはその……、よろしくお願いします!」
タダシが勢いよく頭を下げる。
「とりあえずは、全員の魔力値と適合率を。それを確認しない事には適正な指導もできませぬ」
そう言って、奇妙な機械のようなものを取り出す。
一見すると、複雑な機械部品がついたレトロなカメラといった物だ。
「魔力値と適合率を調べる魔導機械だよ。害はないから安心して」
ハナコの言葉を傍らに、ロジー老人はそれを目につけると全員を見渡す。
そして、感嘆するように言った。
「凄まじいものですな。これは」
「そんなに凄いんですか?」
「はい。全員が適合率70%超えです」
自分達では、いまいちこの魔力とやらの事が分からない。
「えっと、そもそも適合率ってなんなんですか?」
傍らから、ナオキが訊ねた。
「何だ。そんな事も知らんのか」
レミーが呆れたように肩をすくめている。
……何となくむかつくが、とりあえずは無視だ。
「簡単に言えば、魔力をうまく運用できる数字の事です。魔力だけ多くても、この数字が低い人間は才能がある、とは言えないのです」
傍らからロジーが丁重に説明してくれる。
そこには、無知を嘲笑う様子はない。
決して見下す事なく、丁重に教えてくれる教師のようだった。
「ちなみに」
ハナコが補足するように付け加えた。
「基本的に、この世界でエリート校と呼ばれる国立魔法学校への入学での基準は適合率20パーセント越えが最低ライン。キミ達は、全員が軽くその3倍の数値をたたき出しているってわけだよ」
「そんなに凄いのか」
「凄いっていうか、素質があるっていうか……」
「だからこそ、あんたがわざわざ救出したんだろう。利用する為に」
皮肉げにタダシが言った。
「まあ、そうだね」
そして、その言葉をハナコは控えめに肯定する。
素質の低い者は放置して、俺達だけを助けた後ろめたさでもあるのかもしれない。
「特に、ユタカの数値は異常とも言っていい。98%なんて実質的な打ち止めラインと言われる80%を軽く超えている」
この世界の常識に馴染んでいない俺には、いまいちその凄さが分からない。
だが、この説明の仕方からして相当なものだろうと思われた。
「アレックス殿――71%、タダシ殿85%、サラ殿91%、ナオキ殿74%ですか。他の方々も素晴らしい」
それは、お世辞ではなく素直な現実に対する称賛があった。
ハナコはふむ、と考え込むように顎に指を当てていたが、
「で、属性は?」
「アレックス殿は土。タダシ殿が炎。ナオキ殿は水ですな。そして――おおっ」
ここで、この物静かな老人らしからぬ驚いた声を出した。
「サラ殿は光でユタカ殿は闇! 帝都でも数えるほどしかいない神魔属性の使い手がまさか二人もとは……」
「神魔属性?」
危機慣れぬ単語に思わず聞き返す。
「それってどんな属性なんですか?」
どうやらサラも同様の疑問が浮かんでいるようだ。
「火とか水っていうのは、単なる魔法。いわゆる通常属性、あるいは属性魔法って言われるものなんだけどね。何もないところから、火を出したり水を出したりっていう大した事がないレベルなんだ」
ハナコが答える。
「あの、それって大した事あると思うっすけど……」
「そんな事ないよ、ナオキ君。別に火なんて、ライター使えば簡単に出せるし、水だって水道の蛇口捻れば出てきたでしょ、元の世界では」
「そりゃまあ、そうっすけど……」
「神魔属性とやらは違うのか?」
アレックスが口を挟んだ。
「そうだね。属性魔法っていうのはRPGなんかで使う魔法が分かりやすいかな。【まほうつかい の ほのお まほう】とかさ。魔力と適合率、それに練習次第で魔法の威力が決まって炎やら水やらを出したりするの」
それで、と話を続ける。
「神魔属性は、それよりも上。というか、別格。大きなゴーレム動かしたり黄金を錬金したり、心臓に穴が開いたりしたのを治療したりといった大魔法の類なんだ。ま、要は便利で強力な魔法だと思えば問題ないかな」
「治療とかって水属性だったしないのか?」
ファンタジー系の小説なんかだと大抵そうだったりする。
「違うよ。水属性っていっても、単に水を出したりできるだけ。まあ、魔力と適率次第では雨乞いモドキの事もできるけどね」
「そ、そうなんすか……」
水属性だと宣告されたばかりのナオキはどこか残念そうな表情だ。
まあ、彼としてももっと万能な感じの魔法を使いたかったのかもしれない。
彼には悪いが今は聞くことがある。
「じゃあ、光とか闇っていうのは? どう違うんだ?」
「簡単に言えば、善の魔法が光で、悪の魔法が闇かな」
ハナコが答えた。
「そりゃまたイメージまんまだな」
「ん、そういった方が一番わかりやすいからね。光っていうのは、基本的にさっき言った体の再生とか、体の加護とかみたいな善良そうな魔法が中心なんだ。それに大して闇っていうのは、気配を完全に消しちゃう魔法とか、呪いをかける魔法だとか、悪いイメージのつくもの全般かな?」
「それが闇、ね……」
「まあ、便利だけどね!」
ハナコは励ましとも皮肉とも言えない言葉を言った後、
「あ、ちなみに私もその貴重な『光』だよ!」
どうだ、とドヤ顔で胸を張る。
まあ正直言って、光とやらがどれだけ凄いのかよく分からないのだが。
「私の『光』魔法の一つに、『幻獣使い』ていうのがあってね。竜種にある程度言う事を聞いてもらう事ができるんだ」
「ああ……」
納得する。
あの更生施設からの脱獄で使われていたドラゴン――海竜の事を。
あれもまた、彼女の能力の賜だったようだ。
「ただの人にも、竜種の一匹や二匹飼いならす事だけならできるけどね。離れた場所にいる竜種数体を同時に操るなんて、光魔法を使わなきゃできない事なんだよっ」
「いや、聞いてないから。そんな自慢話」
「ひどいなー、これって凄い事なのに」
むう、と軽くハナコは頬を膨らませる。
まあ、そんな事より次だ次。
「で、だ。どんな練習から始めればいいんだ?」
「お、やる気だね。じゃ、ロジーさん」
「はい」
ロジーがす、と前に出る。
「それでは一旦外へ。外で始めましょう」