12話 祝福
「其方たちが、新しい異人か」
このオンボロ屋敷で過ごして、およそ数日。
待ち望んだ来訪者が来た。
俺達の支援者――といっても、まだ顔を見た事もないが――の娘であるレミー嬢だった。
「妾が、レミーだ」
ハナコが言っていたように、13歳という年齢相応にあどけない顔だち。
素人目でも、高価な素材が使われていると分かる装飾品。
どこか傲慢さと気品を感じさせるその動作。
まさに、令嬢というべき言葉が似あう少女だった。
「貴殿らが、『祝福』を希望する異人達か?」
「はい」
とりあえず、短く答えておく。
ある程度のこの世界の常識は学んできたつもりだが、どんな言葉が無礼になるかわかったものじゃない。
「妾も『祝福』自体は何度か執り行って居る。さして時間もかからずに終える事ができよう」
「この場にいる5人になります」
4人を見渡すようにすると、レミーは言った。
「分かった分かった。一人一人執り行う事とする。それでハナコよ」
「はい、何でしょう」
「祝福5人となれば、妾も相当に体力を消耗しよう。帰りの弁当は豪勢に頼むぞ。材料は積んできておいた」
「分かりました。私がお作りしますね」
「えっと……そんなに疲れるんですか?」
サラの質問にんー、とハナコは考え込むようにしてから、
「大体、一人の『祝福』で10キロぐらい走った分くらいの疲れらしいよ」
「10キロ分!?」
「まあ、大体の目安だよ。あくまでね」
それでも相当に疲れるというのは間違いないようだ。
何というべきか、サラは言葉に迷った様子で、
「えっと、小さいのに偉いんですね。レミーちゃ、様」
今ちゃん付けで言いかけていたな。
まあ、普通に日本で暮らしていれば年下の少女を様付けで呼ぶ機会なんてほぼありえないだろうから仕方ないか。
が、本人は褒め言葉のつもりで言ったであろう言葉にレミーは思いのほか憤慨したらしく、
「小さいとは何だ! 妾は既に13。今年で14になるのだぞっ」
一応、この世界でも年齢の取り方は同じくらいのようだ。
もしかしたら、平均寿命は300歳ですとか、この見た目で実は200歳ですとか言われるかと思っていたが。
妙なところでふと安心する。
「で、でも13っていったらまだこど」
「何だと!」
どうやら、サラの言葉は火に油を注ぐようなものだったらしい。
「何を言うか! 再来年には成人する歳なのだぞ! とてもそうは見えないほど妾が幼いとでも言う気か!」
どうやらまずい雰囲気だ。
まさか、怒って『祝福』取りやめにでもなりはしないだろうか。
「落ち着いてください。御嬢様」
「落ち着いておれるか! こやつはだな――」
「私達異人にとって、成人は20なのです。彼女もそのつもりで話してしまったのでしょう」
「む――」
「サラも。御嬢様に謝って」
「は、はい。ごめんなさい……」
自分の発言が予想以上に目の前の少女を激怒させてしまったと知り、しゅんとした様子で謝る。
「まあ良い。妾は寛大だからな! 無礼を承知で言ったのならばともかく、無知であるからなら仕方あるまいっ」
機嫌も良くなったらしい。
再び笑みを浮かべている。
「再来年には、妾も成人の儀を迎える。そうなれば、今以上に父上の助けになる事ができよう」
「御嬢様は、今この瞬間にも父上の助けになっていますよ」
ハナコの言葉にそうかそうか、とレミーは破顔する。
「そうかそうか。妾は父上の助けになっておるのかっ」
「はい、とても」
ハナコは、既に何度かこの少女と面識があるせいなのか、扱いが達者だった。
「それで、御嬢様。そろそろ――」
「うむ。では、一人ずつ隣の部屋に来るが良い。すぐに準備を整える」
そういうと、レミーは隣室に移動した。
「……で、誰からいくの?」
レミーが出て行ってからハナコは訊ねる。
皆は顔を見合わせている。
「俺から行くよ」
前に出て言った。
「ユタカさん、いいんですか?」
「いずれ受ける必要があるんだろう。なら、早い方がいいさ」
ナオキの言葉にそう答えると、時間が過ぎるのを待った。
部屋に入ると、部屋の中央にローブを羽織ったレミーが座っていた。
何やら魔法陣と思しきものが床にある。
ここで儀式をするようだ。
「よく来たな。異界の民よ」
「はい。此度は――」
「良い。先ほどの小娘のような無礼は許さんが、そうかしこまる必要はない」
「そうか。じゃあ、これで良いか?」
「うむ」
子供扱いは許さないが、タメ口で話すのは問題ないという事か。
難しいお年頃、というやつだろうか。
……そんな事を口に出したら怒り出しそうだが。
「既に準備は整って居る。そこへ座れ」
ぐい、とレミーは握っている杖の尻の部分で床を示す。
そこは、魔法陣の中心部分だ。
「ここでいいのか?」
奇妙な色に魔法陣は輝いている。
紫になったかと思うと、金色に、真っ赤に、そして黒にと変化していっている。どういう原理なのか知らないが、そういう魔法の類なのだろう。
「それでは、『祝福』を授ける」
「普通に黙っていればいいのか?」
「そうだ。余計な事はする必要はない」
「そうか」
黙る。
そして、レミーの杖が俺の肩へと乗る。
「始めるぞ」
レミーは杖に力を籠める。
杖にはまっている宝玉のようなものが光った。
「――」
「――」
「――んっ」
妙な感覚が体を支配する。
どことなく、胸の奥が熱い。
「心配するな。ただ、これまで閉じておったものを開いておるだけじゃ。最初は少し痛むかもしれんがじきに慣れる」
「――」
そう言われると、どことなく不安は消えていく。
少しずつ胸の痛み――というより熱さは消えていき、どこか温かくすら感じるようになった。
「気分はどうだ?」
「悪くない。むしろ気持ちが良いぐらいだ」
「それは何より。たった今、祝福は完了した」
「もうか?」
正直、意外だ。
あっさりしすぎている。
もっと、おどろおどろしいい儀式でもするものかと思っていた。
「ああ。本来は領内で生まれた赤子を相手に、一度に大量にやる必要があるゆえな。あまり時間がかけてしまうわけにもいくまい」
そういえば、この世界の住民は皆生まれながらにこの『祝福』を受けているのだった。
「さっきかなり疲れるっていってなかったか?」
確か、10キロほど走ったぐらいの疲労だとか何とか言っていた気がするが。
「疲れておる。目に見えぬ疲労という奴だ。察せんのか」
そんな事を言われても困る。
「じゃあ、次を呼ぶか?」
「うむ。 ……ああ、少し待て」
「何だ?」
「一つ聞いておきたいのだがな、良いか?」
うむ、と好奇心をむき出しにした表情で訊ねた。
「お主らの世界の事だ。少し訊ねたい」
「意外だな。この世界の人間は俺達の世界の事を嫌っていると思っていたが」
「何、妾の祖父にあたる人物はお主らの世界の出身だし、父上もお主らを保護しておる。ならば、妾自身が興味があってもおかしくはあるまい」
「そうは言ってもな。この世界に持ち込んだものなんて記憶ぐらいだ。科学知識みたいなものも多分、役に立たんぞ」
魔法なんてものがある世界だ。
元の世界の知識なんてほとんど意味がないだろう。
そもそも、現代人なんてパソコンだのテレビなどを材料もないような状態から作れる人間がどれほどいるか。
それほどまでに、弱く脆い存在だ。
知識も広く浅い。
だが、それでもレミーは興味を持っている様子で。
「それでも、簡単な遊びぐらいは覚えておるであろう。ハナコからは以前に、『かくれんぼ』やら『おにごっこ』やらを教えてもらった」
なるほど、そういう簡単な遊びならばルールさえ覚えていれば再現できるかもしれない。
「そうか。なら、球技なんかはどうだ?」
「きゅうぎとな、それはなんだ」
「複数の人間で、球を使ってする遊びだ」
「ほう、蹴鞠のようなものか?」
蹴鞠はこの世界に伝わっているのか。
どうも妙な伝わり方をしている世界だ。
「まあ似たようなものだ。野球とかサッカーとか――は、人数的に難しいか」
「やきゅうにさっかーとな。それはどのようなものじゃ?」
「それは。あー、説明すると長くなりそうだな」
「うむ。ならば妾が次に遊びに来る時までに説明をまとめておけ。その時、実演してみせよ」
遊びに来る気なのか。
意外と伯爵の令嬢とやらは暇なのだろうか。
ふと、そんな事を思った。
「どれ、次につかえておるものも待ちくたびれておろう。そろそろ出ていってやれ」
「分かったよ」
妙な約束をしてしまった。
そう思いながら、部屋から退室した。