赤猫先輩かく語りき
さて。
まずお前は、呪術とはどんなものだと思っている?
何でもあり便利な吃驚箱?ふざけちゃいけない。確かに、この国の呪術は汎用性に長けているが、そんなお伽噺の魔法みたいなものじゃない。呪術とは、科学の延長線上にある技術だ。
そう、確かな理論を前提に、一定の法則に基づいて様々な事象を引き起こす技術だ。ただの科学技術と違うのは、科学では手の届かない所をオカルトの理論で補っているところだ。それで、科学の枠組みでは不条理とも思える事象を引き起こすことができる。
そう、理論があるんだ。けして何でも好き勝手に引き起こせるわけじゃない。その法則を術者は理解している必要がある。まあ、その理解もこうすればこうなる、程度で使えない事もないのだけどね。理解は重要だよ。深く理解する程自在に操る事も出来るようになる。
呪術は演算、申請、実現の三つの手順で行使される。もっと詳しく細かく言う事も出来るが…まあ、三つぐらいの方がわかりやすいからな。
まず、演算。望む現象を引き起こす為にはどの法則を用いて何をどう変化させれば良いかを演算する。右脳型直感人間だと演算と言うより想定になるらしい。オカルト的に表すのなら、呪術領域の構築、と言った所かな。
次に、申請。世界、或いは己の霊力に対し、言霊を用いて構築した呪術領域に従った変化を求める。言霊は長く詳しくなる程強く働きかけられるが、対峙する相手がいる場合に解析される可能性が上がる。対抗詠唱とかな。
申請が無事受理されれば最後の実現に繋がる、と言う訳だ。受理されなければ術は発動しない。まあ、変化させるのが霊力だけの内は余程発動しないなんて事はないんだが。それはまあ、自己暗示にも等しいのだから当然と言えば当然か。
発動した呪術、或いは発動中の呪術に対してカウンターとしてその無効化を行うことも理論上可能だ。まあまず実際はやらないがな。普通に対抗する為に何らかの呪術を発動する方が早いし楽だし確実だ。呪術の無効化…術式解体を行う時、その術を理解している必要があるからな。
術式解体というのは、乱暴に言ってしまえば術の否定だ。その術の発動理論を理解したうえで、言霊を用いてそれが間違っていることを世界に訴えて実現を取り下げさせる。一度発動した呪術を否定することは難しい。俺が気に入らないから、じゃ駄目だからな。それに一度否定された理論はしばらく使えなくなるからな。良くも悪くも世界は公平だ。二枚舌は通用しない。
だからまあ、"理論"は複数用意しておくにこした事はない。それが出来るのも呪術の利点でもあるしな。神道がダメなら英国十字教、北欧古式魔術、インディアン呪術、ってな。ただ、世界というのは共通無意識という奴でもある。あまりに突飛過ぎるものでは納得しないから、その土地に馴染みのある物の方が通用しやすい。外に出ていくわけじゃなきゃ、マイナーな術を学んでもあんまり意味はないってことだな。納得させられる自信があれば別だが。
ところで呪術の究極形とはどんなものだと思う?
正解は、世界の構築だ。全ての法則を掌握し、全ての予測を付けられる世界。ぞっとするだろう?ある意味で錬金術に通じるところもある。性質上アレより節操がないが。
まあ要するに限定領域での全知全能というやつだな。実際達成できた奴がいるかは知らんが。究極形とはいえ、全ての呪術師が目指すものでもない。もっと即物的に、ピンポイントに追求するやつの方が多い。浄化特化とかな。そもそも求められている役目というのもあるし、人の知れるものには限りがある。そこまで自分の研究に集中できるやつがいないのさ。
呪術を極めようと思えば人の生命は短すぎる。性質上、ただ他者の理論を鵜呑みにしている内は浅い術しか使えないしな。どんな理論でもいいということは、適当な理論じゃいけないということだ。何より術師本人が納得できていなければ他者を納得させることなど出来る筈がない。
まあ、そういう意味ではお前のように簡単に納得できる単純頭の方が呪術には向いているのかもしれないな。後は説明能力が追い付けば、というところだが。説明せず納得してくれる程世界はやさしくない。