表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「僕」聖夜考

作者: 枯竹四手

 クリスマスイブ。

 今日は聖夜の前夜である。


「どう思う? 僕が思うに、僕はこれでも現実を弁えた一般的男子高校生だし、ハードボイルドが心情の身から言わせてもらえば人間毎日皆聖夜さ。誰も生まれない日は存在せず、一年三百六十五日全部誰かの誕生日で、僕の浅い知識で思うなら、ガラリヤの大工に息子が生まれた日がそうなら、神の思し召しで生を受けた日全てが聖夜であって然るべきだ。彼が神の子だったとしても、人類皆神の子さ。全員神の子なら、特別扱いはずるいだろ。君だってそうだ。この寒空の下どこに行くのかは知らないがやっぱり最期は神の御許に往くわけだよ。君がキリスト教徒ならだけどね。僕は多分念仏で送られるからそうはならないし、しかも修行もしてなければ戒律を守ってるわけでもないからどうなるか知ったこっちゃ無いけどね。僕が言いたいのはそんな事じゃなくて、呼び出された理由だ。今言った様に今日が特別な日だと思うのは大きな間違いで、つまり今日の呼び出しに特別な意味があると思うのは間違いだ。ただ、今日に何かがある可能性を、幾ばくかの可能性を検討するなら、まずもって何かあったという事だ。何も無く呼び出すほど若葉は暇じゃないだろうしね。すると何かがあるわけで、僕に来た「お時間があったらいつもの喫茶店まで来て下さい」というメール文面状況から鑑みれば妥当なところは「緊急性の低い支援」だ。例によって社会科の宿題につまずいたかも知れないし、あるいは明後日手伝う行きつけの喫茶店の大掃除に関して伝達事項があるのかも知れない。ひょっとしたら何か事件に巻き込まれて僕の助言をあおぎたいなんて思ってるかも知れない。若葉は聡明だから僕に「事件解決の助けを求める」なんて事はしない。全然関係はないけれど、彼女はどうやったらメールを件名欄じゃなくて本文欄に打ち込める様になるのかな。まあそんな事は置いておいて、理由の検討だ。では「緊急性の低い支援」とは何だろう。ありそうなのは冬休みの宿題だ。彼女がつまずきそうなのは「二学期中に学習した歴史上の人物一人についてレポートを書く」という社会科の課題で、僕の経験則から計算される確率ならこれが一番高い。誰を選んでも悩みは尽きなさそうだし、確か二学期に出たので彼女が一番楽しそうにしていたのはトルコのケマルについてだったと記憶しているから面倒になる事請け合いだ。難しく考えずに本で読んだ事を鵜呑みにすればいいものを、マリアナ海溝くらい深く掘り下げようとするのが原因だって理解してくれてると嬉しいんだけど、僕にはトルコ語の知識が無いからそっちの文献を持って来られると困るね。僕の電子辞書じゃ対応出来ない。つまりこの場合は若葉を何とか説き伏せて、ある程度のものにまとめさせる事で解決だ。結構。じゃあ次の可能性だけども、今から行く喫茶店の大掃除手伝いが今日だった可能性は否定出来ない。僕は結構忘れっぽい方だし、大掃除の事を覚えてたのはクリスマスの後だっていう分かりやすい指標があったからなんだけど、そこから間違えていた可能性は否定出来ない。前と後ろを間違えるのは結構やらかしてるからね。クリスマスの前だったら確実に今日だ。困った事に予定を書いた手帳は今手元に無いんだけど、それは別に家を出るのを急いだからじゃなくて持つのを忘れてたからだ。ほら、忘れっぽい事を物理的に証明しちゃった。まあそれはいいとして、それだった場合は時間が微妙だね。もう夕方だし、どうやら相当の大掃除をするつもりだって言ってたから、店内は勿論外側の掃除も計算に入っていると思っていい。そうすると暗くて寒い中で掃除をするのは退屈で面倒で何より非効率だ。あそこのマスターは凄くいい人だし頭もいいから、多分そんな事はしないだろう。するとこれの可能性は低く見えるかも知れないが、その実高いのはさっき言った通りマスターがいい人だからで、手伝いをお願いしといてこっちがやるのは雑巾がけと掃き掃除、なんてオチも予想の範疇だ。すると夕方でも問題無いわけだし、今日みたいな日は店を開けてると思うし、彼女がいるなら間違いなく開いてる。営業終了後に呼び出したって可能性は十二分にある。つまりこの可能性は否定しきれない。結構。最後に考えられるのは「事件が起きた」という可能性だ。この前提の元で考えるならば、まず言えるのは検討するに値すると言えるかどうかが微妙だということだ。メールを鵜呑みにするなら「時間があれば」と言う事だし、これはどう考えても緊急ではない、と言う事だ。まあ若葉は大抵こういう言い方をするから一概には言えないけど。でも馬鹿に出来ないのは彼女の事件遭遇率で、あれは末恐ろしい才能だ。日常には謎がうんとこさ転がってるけど、それら全てが彼女には「事件」だからね。僕はハードボイルドが信条だし一般的男子高校生に過ぎないから些細な事は鼻で笑って済ませるし細かい事は気にせず気の効いた台詞で受け流せる様になりたいと思ってるから、そうほいほいと「事件」に関わったりはしないさ。僕の事はさておき、若葉の場合だ。今日彼女の周りで起きてそうな事件が予測不可能な理由はさっき言った通り、彼女がやたらと「事件」に遭遇するからなんだけど、それはむしろ彼女が「事件」に巻き込まれる確率が高い事を示唆している。下手な鉄砲なんとやらという奴だね。そういう意味では、レポートも大掃除も事件みたいなものだろう。さて、状況は揃ったんじゃないかな。つまり、計算上一番あり得る「今日僕を呼び出した理由」はずばり「事件が起きた」と言う事だ。断じてクリスマスに関係あるものではないだろうし、今までの話で分かってもらえたと思うけども、僕もそんな事は期待していない。理解してもらえたかな?……あれ、どこ行った?」

「何をしているんですか」

「……やあ、若葉。こんなところで何をしているんだい」

「私の台詞じゃないでしょうか。こんな寒い中、ブロック塀に話しかけている人を見るのは、なんというか、反応に困っていました。窓から見えたので、お迎えにあがったんですが」

「いや、猫に辻説法を試みてたんだよ。途中でどこかに行っちゃったみたいだけどね」

「そうですか。ここは寒いですから、早く『ミネルヴァ』に入りませんか。というか、何故すぐそこに目的地があるのに辻説法など?」

「毎度思うけど、喫茶店の名前には聞こえないよね」

「そうかも知れませんね」

「……ところでさ」

「はい」

「僕を呼び出した理由って、何?」

「実は、その」

「別に隠すような事じゃないんだろ? 呼び出したんだから」

「ええ。少し、恥ずかしい話なんですが」

「…………」

「ムスタファ・ケマル氏のトルコ統一に関する思想とその方法について思うところがありまして、相談を、と。あと、大掃除の事でマスターからいくつかお願いがあるとかで」

「……ああ、そう」


 明日は聖夜である。ハードボイルドを標榜する僕も、浪漫を想うくらいの気概と度量の広さはある。やはりこんな日は寒いだけじゃなく、雪の一つでも降って欲しいものだ。極力僕の上に、重点的に。スポットライトも忘れないで欲しい。

 どこかで、猫が鳴いた気がした。

 むべなるかな。

 枯竹四手です。宜しくお願いします。


 せっかくクリスマスなので、高校生っぽいお話を。

 え、そんなに高校生っぽくない?


 感想等ありましたら、宜しくお願いします。

 喜びます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ