#4 三年前の惨劇
―地下9階 12/22 午前10時 残り69時間―
とりあえず近くにあった部屋で休憩しながら、話の続きを聞く。
「武藤清一郎、またの名をアルフレド。日本人とフランス人のハーフで、その類まれなる才能で弱冠28歳で大手の製薬会社の重役まで上り詰めた男よ。
その製薬会社がただの会社ではなく、子会社を使って麻薬、軍用品等を作って裏社会を牛耳っている会社の一つ。武藤はその会社の力を使って、ある薬を開発した。その実験場がここよ。」
「実験場・・・」
「そう。ゲームという体のいい言葉を使ってるけど、ここはただの実験場と変わりないわ。死にかけてる人間を連れてきて、薬の実験台にする。そして、薬の効力をここで試す。」
武藤という男が仕立て上げた、ゲームという名の実験場。
正直、記憶を失っている私には突然そんなことを言われても現実味が沸かなかったし、特に何とも思わなかった。
「絵里さんは何故そんなことを知ってるんですか?プレイヤーなら全員知っていることなんですか?」
「勿論プレイヤーは皆知らないわ。そもそも私はプレイヤーじゃないわよ?元プレイヤー。
3年前、この実験場から生き残った唯一の人間よ。」
「ここから生き残ったって本当ですか?」
「本当よ、私・・・私達は武藤が仕組んだ事故によって瀕死にされてここに連れてこられた。
そこでゲームを受けさせられたわ。今やってるものと同じものをね。
私達は必死に生き残ろうともがいたわ。でも、待っていたものは絶望だけだった。
私の婚約者は武藤に殺され、私はフランス人の男性に助けられて逃れることが出来たけど、婚約者、財産、家族、そしてまともな人生。全てを失った私にはもう絶望しか残っていなかったわ。
でも、私は自分で死ぬ事が出来ないの。」
そう言うと、絵里さんは銃を取り出して銃口を左手に向ける。
「え、絵里さん何を!」
「黙って見てて。」
バァンという銃声がなる。絵里さんの手は穴が空き、血を吹き出すが・・・あっという間に元通りになる。不自然なほど元通りに。
「これが私の能力、再生。それも、レベル5なんだからほぼ不死身よ?死にたくても死ねない。」
絵里さんの声は今にでも涙が出そうなぐらい震えている。顔も笑ってはいるが、口がひきつっている。
でも、涙は出ない。もう涙は枯れてしまったのか。それとも復讐を達成するまでは涙は流さないと誓ったのか。
絵里さんの悲しみがひしひしと伝わってくる。
知りたいことはあるが、少し話題を変えよう。
「絵里さんはプレイヤーじゃないんですよね?どうやってここに?」
「ゲームから生き残った後、武藤と敵対する組織に雇われたの。そして、そこで命じられた任務が武藤の殺害。私はその組織の助けによって、タルタロス内部に侵入し、他のプレイヤーに紛れるようにエレベーターで地下10階まで降りてきたの。
で、これが組織が作った最先端のジャミング機器。
これがあれば、さっきのように素性も話せるし武藤に私が見つかることもない。」
そう言って、ポケットから小型の端末を取り出す。
武藤と敵対する組織も、かなりの力を持っているのだろうか?
「何故わざわざ地下10階に?武藤の殺害が目的なら、そのまま武藤の所へ行けばいいのでは・・・?」
「ううん、私1人じゃ武藤には勝てない。不死身だから死にはしないけど、捕まるのがオチね。そもそも武藤がそんなにあっさり殺せるなら、ダグラスを殺させたりしないわ。
じゃあ、どうやったら武藤を殺せるか?その答えが、さっき会った最強の能力者よ。」
不死身の身体ですら勝てない武藤という男。でも、確かにあの人の得体のしれない能力なら倒せるかもしれない。
「でも、情報とは違う・・・。確かに聞いていた能力と一致するけど・・・レベルが地下9階じゃ考えられないほど高かった・・・あれじゃまるで既にレベル5クラスなんじゃ・・・?」
絵里さんが下を向いて小声で何かをブツブツと呟いている。
「絵里さん?」
「ううん、何でもないわ。ちょっと話が長すぎたわね。そろそろ行きましょ。」
「はい、わかりました。」
絵里さんと共に部屋を出ようとした時、
ブルル ブルル ブルル
「何でしょう?振動音?」
「あ、私だわ。ちょっと待ってね。」
そう言って絵里さんはさっきの端末を取り出す。
無表情で端末を見つめたあと、ポケットに端末をしまって私のほうを向く。
「地下9階のボスがやられたみたいだわ。遅れてるみたいだから、ちょっと急ぎましょう。」