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05.衆合 (しゅうごう)(1/2)

 あなたを夢を見てる。

 あなたを想っている。

 あなたに堕ちている。


 あなたは誰?


 輝く朝が来るまで、まだ嘆き続けるのですか?

 七月二十一日



                      ――昔の夢を見た――



 遠方から聞こえる蝉の大合唱。命燃ゆる、生死の狭間の合唱。頂点を迎え、それはより一層激しいものとなっていた。

 何処までも続くような深緑の草原、その真ん中に一本の樹が立っていた。あまりにも大きな樹、まるで御伽噺(おとぎばなし)の中のような、どこか記録に在って、だれの記憶に無いはずの光景。そこまで現実離れをしていながら、私には違和感は無かった。


 くぬきの樹、と呼ばれていたはずだ。


 その樹を境に分けて、対峙するように白い女性と黒い女性、そして、白い女性に隠れるように立つ小さな、子供の頃の私。

 麦わら帽子を被ったセミロングの女性。麦わら帽子の下の白いワンピースは、同じ様に女性の白い肌に吸い付くように羽織られている。傍らの私には、優しそうなお母さんに見えた。

 その女性に、私は手を握られていた。

 樹を境に反対側、目の前には蒼く長い髪をポニーテールにし、黒いタンクトップに、黒い皮のズボン、鰐皮のブーツを履き、何故か鉄パイプを肩に掛けた咥え煙草の女性がいた。

 ……不良にしか見えなかった。


「もう、行っちゃうんだね?」

 突然吹いた夏風。浮き上がりかけた麦わら帽子を押さえながら女性は言う。

「あぁ、もう行く」

 咥え煙草の女性は応える。女性の足元には、何処か見覚えのある、魔女の工房作成のための道具が詰まったズタ袋。

 天に佇む蒼穹を銀色のプロペラ機が音と競うように駆ける。陽光が翼に照り返され、咥え煙草の女性は煙草を持った手でその反射光を遮る。 

 逆光になっているためか、それとも記憶が曖昧だからか? 黒い女性の顔はぼやけて、とにかく鮮明ではない。


「死ぬよ、地獄に行ったら?」


 白い女性の言葉。プロペラの音で聞き取りきれなかったが、その単語に幼い私は震えた。

 それは、奥深く、無限に囚われる牢獄の名。

「その時は、その時。人間、誰でも死ぬ」

「あなたは、父親のエイキュウが、あの『殺神鬼』が、この娘よりも大事なの?」

 そっと蒼い空を仰ぎ見て逡巡。でも、彼女の決意は、変わらない。

「……両方大切。片方、家族失いたくない、本当に大切だからこの子置いていく。……ダメか?」

 麦わら帽子の女性は長く、ひたすら長く、まるで世界記録でも作るような溜息を吐いた。

「……あーあ、六十年前から喋る時に助詞入れないところから、家族が大好きなところまで全ッ然ッ変わってないし……、もう【時守(ときもり)】にでも遇っていっぺんくらい殺されてきな、ばーかばーか」

 頬をリスのように大きく膨らました表情。

 不良な女性よりはいくら大人びたように見えた、傍らのワンピースの女性。それはどうやら見掛けだけのようで、そのしぐさは不良の女性よりも大きく子供じみていた。

「……あぁ、【夜の(とばり)】、手に入れたら」

 静かに、大人らしく、不良な女性はプッと口元の煙草を吐いて掌の中に入れると、それを 【魔法】 を使ったかのようにそのまま消滅させる。

 ワンピースの女性が、膝を草原に降ろして、私の目線と合わせる。

「さ、在姫ちゃん。最後に……、今度、また会える時まで、お母さんにバイバイしよ、ね?」

「あなた、男出来て変わった」

「うるさいなぁ、いいでしょー、ダーリン最高なんだからねー」

「……色ボケ?」

「どの口が言うか!!」

 私はおそるおそる、怖そうな不良の彼女、私の母に向かって小さく手を振る。

 逆光にあったはずの視界がクリアになった。魔女のような白い肌、薄い桜色の唇、そして、その澄んだ目、澄みすぎて、逆に心から済まないと、言葉数少ない母の思いを感じさせる、済まない眼。

 それまで何一つ表情に出さなかった顔のパーツのうち、目尻だけが少し下がっていた。

「また、いつか会おう、在姫」


 あぁ、これだ。私が、魔女となった決定的な瞬間。

 魔性の瞳。

 母の瞳。


                        そして、優しい、女性の瞳。


 私は、本当に綺麗で、優しい眼に、狂おしいほどに憧れたのだ。


「……さらばだ、大魔法使いアーキ・オリアクス・ゲヘン・ユキ・バシレイオス。いや、戸上 悠紀(とがみ ゆき)が……、で、の、……でいいか?」

「どっちの呼び方でも、どっちの日本語の使い方も、とにかくどっちでもいいよー。……では、さようなら。くぬきの魔女 九貫 愛媛(くぬき あやひめ)。貴女の進む道に幸福と安寧、そして更なる幸せのための闘争を……」


    ズタ袋を背負い、そして、私達に背を向ける不良魔女、母が歩く先。

    そこには一人の巨人が居た。


 その巨人の背景は、何故か蒼穹が壊れて割れて、アカイ空が見えている。何処までも続く、何も無い、いや、何かも死んで、何も()い場所。


「地獄から王の持ち物を持ち出すのは重罪だぞ。古き付き合い『と伝え聞く』故に、直々に門を開けてやると言うのに、俺の物を盗むとは不愉快な女だ」

 野獣にも似た顔で、『終わった瞳』の、何処か見慣れた顔の巨人はそう言った。

「その時は、その時」

 巨人を見上げながら母は続ける。

「人間、誰でも死ぬ。だから、『元は人間の』お前でも死ぬ」

「ふん、魔女如きが。門番にして、王となった【魔人】と闘り合うのか? 不愉快を通し越して愉快だ。この間の、闇殺舎の男と女騎士を思い出すぞ、だいたい魔女は、……っ」


 私の母は、おおよそ隙と言うモノが見つからないはずの、その男の不意をつくように、片手をその巨人の頬に掛ける。むろん背伸びをしながら。

 その表情は我が子を慈しむ、母親そのものだった。

 私の記憶では少し冷やりとする、それでも暖かい手。


「悲しい人。未だ……、囚われている」


 男の終わった瞳が、微かに揺れた。

 人を忘れた、自らを忘れた、忘れられる時を過ごした瞳は、その想いを言葉にして吐く。


「…………世迷いごとを……、俺は昔から、地獄の底に、奥底にただ独り、

 叶えられなかった夢のため、

 永遠に続く復讐を求め、

 最後まで失敗した覚悟によって、

 自らに科した業を背負い、

 過去を捨て、

 それらに続くモノを使って、ただ生き延びるのみ、

 故に俺は【地獄使い】と呼ばれるのみだ。貴様こそ、下らない世界の秘密に執着したまま、同じ底で死ぬがいい」



 何故かは分からない。私には、ただ、男は強がって、歯を食いしばって、勘違いした絶望に、…………泣いているように見えた。

 何故かは分からない。

 だから、それが分かった私はいつか、その男を、途轍も無い勘違いを犯している大馬鹿野郎を、地上まで引きずり出して救わなくてはならないと思った。

 もしかしたら、何時か会える。いや、もしかしたら大昔に会っているかも知れない、その時からの再会のために。


「じゃあ、あるかもしれない決闘のため、約束。もし私、死んだら、『あの娘』、責任取って、―― 守って」

 私の母は私を見ない。目を合わしたら最後。もう、前には進めないから……

 その魔女の覚悟を見て取り、大きな男、境界の王、【地獄使い】は頷いた。

「了承した。王と、境界の門番たる【国定】の名にかけて、命を賭けてあの娘を―――――――



  ――目が醒めた。


 白い壁に、白い天井。本棚には摩導書が上から下までぎっしりと積まれ、テーブルには霊薬の実験道具が重なっている。薬理実験途中のフラスコがコポコポと音を立てている。

 ……私の家だ。

 ベッドに寝かされている。血の付いた服は壁に掛けられ、妙に身体の疲れた、大儀式を三連続でやった時くらいに疲れていた私は、下着姿で寝ていた。お陰で涼しく、グッスリ眠れたみたいだ。まぁ、今度からはお腹が冷えるから腹巻くらいは……


 下着姿?


「にょわぁぁ!? なんで、どうして!?」

 落ち着け、落ち着け、昨日から不思議な事が続いて、魔女にも関わらず混乱している。いや、魔女でも混乱するのは普通か? いや、普通は混乱する。魔女である以前に、私は女の子であります!

 ……昨日?


「国定ッ?!」

 あの負傷をした国定は何処に!?

「……なんだよ、朝っぱらからウっセェなぁ」

 私の叫び声が聞こえたのか? 何故か師父から渡されたペアルックの白いエプロン(フリル付き)にハーフサイズのジーパンの格好で国定が私の部屋に入ってきた。

「国定ッ!」

「ウワッ!」

 私は何故か顔を赤らめた国定に駆け寄って飛びつくと、その勢いで地面に転がした。倒れて「?」を浮かべる彼を余所に、エプロンの更に下の赤いTシャツを捲くってみる。その下の上半身は眼を見張るほど古傷だらけだったが、昨日の、上下に分かれたグロテクスな傷痕はなかった。飛び出た(はらわた)も御腹に行儀良く(?)収まっているようだ。まったく、腸をブチ撒けるのは少年漫画の中だけにしてもらいたいものだ。

「…………良かったァ」

 本当に良かった。あんな簡単な口約束程度で死なれたら、こっちだって目覚めが悪い。

 あれ、……口約束って、何だけ? 何だか寝ていた時の方が鮮明に覚えていたのだけれど、ぬるま湯に入浴剤が溶けるように、あの時の映像と説明を出来る言葉が形から溶けていっていた。

「君は……、その、なんて言う格好をしているんだ」

 努めて無表情にし、それでも赤い顔を軽く背けながら、己の腹の上に乗っかる、もとい、国定の腹の上に乗っかる私の格好を指差した。


 着の身着のまま出た結果、下着姿。『性少年』の逞しい想像力を刺激する白黒でストライプの柄の上下。勿論、靴下と同色。わぁお。

「見るなぁァァァ!!」

 真空アッパーカット。非常警戒、矮躯撲殺天使降臨。

 天井に飛ぶ腹だし少年がさらに空中で錐揉み。昔の某ワイヤーアクション系サイバーファンタジーなら、銃で撃たれて避けた時みたいに部屋の色んな角度から撮られているだろう光景。

 地面に不時着のうえ、尻もちをついた国定の一言。

「もしかして、その格好……誘ってるのか?」

 意識してしているであろう下卑た笑いに、踵落としを喰らわせた。



「なぁ、だから許してくれって言っているだろう?」

 十五分後、私は一切の口を閉ざして、リビングのテーブルにつきながら、国定が作った朝御飯を食べていた。むろん、代えの制服は着ている。でもスパッツは破れていた。替えは洗濯中なので今日はスパッツは穿いていない。お陰でスースーするのは乙女の秘密である。


 この家は代々、九貫の魔女が管理する、自然の霊気装甲の大きな流れを持つ場所。大きな自然の霊気装甲の流れ、龍脈をおさえた曰く付きの、自分で言うのも何だが豪邸での食卓である。まぁ、品は質素だが。

 その広すぎるリビングにポツンと、六人ほどの座れるテーブルを使って長い底辺部分で対面するように、国定は座っている。

 十八分前、暖か御飯に焼き鮭、小松菜を茹でて糸カツオ節を掛けた御浸し、目玉焼きが並んでいたがその殆どが胃の中にある。ちなみに御飯のお代わり三杯は通常仕様である。

 国定は僅か三分の間で二桁の中盤の回数まで差し掛かった溜息を吐く。

「なぁ、いい加減に……」

「ごちそうさま、美味しかったよ」

 突然、礼を言われた国定。しかし、それが皮肉でもなく心からの礼だと理解したのか、頬を掻きながら私から軽く顔を背けながら笑った。素直で宜しい。

 手元で急須からお茶を注ぐと、緑茶の渋みを噛み締めて言った。

「で、アレからどうなったの?」

「ようやく聞いたか。馬鹿者にして未熟者、飯を食う前に聞け」

 眼を『ー』の形にして、「オイオイ今更聞くかよ、未熟者」って感じで聞き返す男。……いつかコイツ生贄にする。

「君の気絶直後、君の師父が即席の治療魔法を飛ばしてくれてね。キレイにちぎれた部分は繋がったよ。直前の頭の時と違って意識を失うほどでは無かったからな。複雑な記憶復元の魔法など必要なかった。龍脈からの聖域作用を考慮しなくてもアレだけの詠唱と機転を使える、役に立つ魔法使いはそれほど居ない。優れた魔法使いと言うのはあぁ言った人間を言うのだな」

「えぇえぇ、そりゃぁー、私はバカみたいに突っ込んで悪ぅございました」

「バカみたいな形容じゃない。『バカ』そのものの代名詞だ。後方支援、砲台と言っても過言でない魔法使いが、在ろうことか白兵戦に特化した騎士に突っ込んでいくなんて話は聞いた事がない。ハッキリ言おう。君はバカを通り越して大馬鹿者だ。何ならWBOの定例会議で世界クラスのバカ指定稟議書を出してもいいぞ」

 プチリ、とコミカメで、霊気装甲とか関係無しに血管が鳴った。

「バカバカって言っているけどね。アンタだって、バカみたいに死に掛けていたじゃない!」

 こちらの見下した視線に「これだから未熟者は……」と溜息を混じらせる子供。腹の立つガキだ……

「俺は君ほど絶望的でもない。俺の見せた隙は相手の攻撃のための的、それに攻撃を限定させれば、予測された攻撃は容易く避けられ、その自らの隙を相手の隙に転じられる。後の先と言う武の、高度な駆け引きをしただけだ」

 「理解したかね?」と言うと、私が虎の子で残していた沢庵を目にも止まらぬ早さで奪い取った。しかも箸で。……あぁ、朝っぱらからその武とやらにすら、殺意が芽生える。


 だが私は、それ以上に彼が自分の身を省みずに守ったあの瞬間を思い出してしまった。

 必死だった。あんな僅かな瞬間にも関わらず、焼き付いた表情。騎士の剣をまともに受けた痛みすら通り越して、私を救えた事に浮かんだ、小さな安堵の笑み。

 自らの苦痛よりも、失われる絶望の回避のために奔走した男の表情だった。

 やっぱり、コイツの方が大馬鹿野郎だ。そう結論付ける。


 何故かその記憶に妙に動揺してきた私は、精神安定剤代わりに国定側の皿の縁についた、向こう側が透けて見えそうな薄い沢庵を口の中に放り込む。

「で、それはそれで、結局。騎士をどうやって撃退したの?」

 国定はユックリ、マッタリとした咀嚼を止め、一度眼を瞑る。

 さらに沈黙。流石に沈黙にしては長過ぎるだろ、と突っ込もうとした瞬間、

「分からない」

 なんて、意味の分からない台詞を吐きやがりました。

「目の前で見ていた、ってか自分で撃退したんでしょ? 分からないなんてことはないじゃない?」

 苛立つ私に平然とした顔で国定が応える。

「昨日から記憶の混乱が続いていると言ったが、それは特に『俺の能力』について顕著だ。昨日の『槍』も無意識の内に呼び出したモノであるし、『ワケの分からない攻撃』もそうだ。俺のモノだとは分かるがそれ以上は分からない。ただ、確実に勝てると、そう言う自信は俺の記憶よりも、確かにあった」




  私たちを爆殺せんと、剣を振り上げた騎士を横殴りに吹き飛ばした。それは巨大な、騎士の剣とは比べ物にならない、拳のような硬い鋼鉄の何か……

  

  鋼鉄は、あの夢の中の紅い虚空から裂けて出てきていた。


  一撃、その一撃を喰らって、騎士は速やかに退散した。



 私の質問に確固たる意志を持って、野獣の面が答える。 

「安心しろ、憶測でも何でもない。本来より多少の遅れがある感があるが、やはり俺は強いぞ」

 腕を組んだ素振といい、自分の能力が分からないわりにむやみやたらと自信はあるのね。

「……ふん、まぁ、いいわ。とにかく、今はどうするかだね……」

「とりあえず、俺のお薦めは篭城して、君の自宅の結界を強化し……」

「じゃ、学校に行こうか」

 私の発言と同時に国定は頭をテーブルに打ち付けた。

「何してんの? 新喜劇なんて今時流行んないよ」

「君は、…………狙われているのに外を出歩くと言うのか」

 プルプルとテーブルに突っ伏して、拳を握り締めながら震えている。コイツ気付いてないなぁ。

「国定、【死神】がいるから、あえて私は外を歩くんだよ?」


 【死神】、太古から冥府に魂を運ぶ存在であり、厳密には一部の人外の一族、虚宮(うつろのみや)一族に継承された、生きているものに絶大的なアドバンテージを持つ種族である。

 百二十七年前、人を守る最大の魔『過日の魔王 鉄神 芭王(てつがみ ばおう)』と人外のカリスマ『非人食いの神 近江影 春(オウミカゲ ハル)』の集団がぶつかり合った、世界でも稀に見る大戦争が起きた。百二十七年前とは、魔に関係するものには大きな意味を持ち、他にも新しい世界の調律者【時守】が生まれたり、欧州の吸血鬼同士が白昼にも関わらず殺しあったりなんて大事件もあった。

 さて、三千世界を揺るがす、爆風雷火。人類への七つの反逆者に十五人の守護者。憎悪の饗宴と狂演のための憎悪。嵐が嵐とすら認知されず、ただ暴風のみが世界を砕き、潰し、蹂躙した混沌時代の黄金時代。

 激しい戦闘に次ぐ戦闘の後、【魔王】の勝利が確定した。その後、人外から人を守るために魔王は、人外と人の均衡となるための対魔機関、魔を退けるモノでなく、共存のために対峙する機関、【死神公社】を作る事を決めたのだ。

 それ以降、死神公社は非公式ではあるが日本では最大の対魔機関として、警察官のように部署分け、階級分けされながら、実際に警察官のように人外からの脅威に対して人を守っている。いや、むしろその役割を考えれば魔の為の警察官と呼んでも遜色はない。


 死神は、死神転生手術と呼ばれる――天才的な魔術師『偶院 鵺(グウイン ヌエ)』の手によって、唯一天然の死神である虚宮の身体を研究され、作られた――死神に生まれ変わる手術の体系によって、最低クラスでも下級神域の人外と同じ霊気装甲を持つ。また、その力を効率よく伝える対魔兵装【死神の鎌】、触れただけで並みの妖魔を蒸発させる【不壊黒縛衣】など、特異な力を持つ日本、いや、世界に誇る調停武装集団なのだ。



「【死神】は【亡霊騎士】みたいに自然界の呪いじゃないから、拙いながも【魔術結界】を張った私の工房には簡単には入れない。それなら死神が巡回する経路を常に取っていた方がいいじゃない? それなら亡霊騎士と互角の死神が運良く『現行犯斬殺』でバッサリ()ってくれるかもしれないしね? それなら後は魔女と魔術師の人の問題。死神は魔術師が『人』だから手は出せない。でも、私は魔女だからね。魔術師をしばくことは出来る。私を狙う奴等は容赦しない。むしろ、同朋を殺ってくれた奴等なんて目にモノを見せてあげるつもりよ」

 私の不敵な笑みと握りしめた拳に、国定は吊り目気味の目を大きく開いて、頷いた。

「なるほど、その考えには賛成だ。君は思ったほど、未熟ではないようだな。分かった。君の意見に従おう」

「思ったよりってのが気になったけど、……それより、国定ッ! あんたなんで未熟者ってばかり言って、私のことを名前で呼ばないのよ!」

 私が箸の先でビシッと叩きつけると、それに反応するように箸を見て、私を見た。

「まったく、行儀の悪い。睨むな……あぁ、分かった。名前で呼ぶのだな? 確か君の名前は、九貫 在姫だったな」

「そうよ、九貫でも何でも好きに呼びなさい」

 国定は私の言葉を無視してブツブツと呟いていた。それは紛れもなく、私の苗字と名前を言い比べているものだった。

「九貫、九貫、在姫、九貫、在姫、在姫、在姫。……では、在姫と呼ぼう。うん、この呼び方は気にいった。在姫、在姫。良い名だな」

 私の名前の呼び方を気に入りながら、笑みを浮かべた少年。

 何だか分からないけど、その少年、いや、男が、女の子の名前を普通に呼ぶのが久しぶりなのではないかと思って、急に胸が熱くなった。

 何だろう? この胸の高鳴りは? 魔女の律した流れでなく、無秩序な暴走。

「ん? 顔色が優れないようだが、どうした? 熱があるのか? 昨日の今日だ。具合が優れなければ休むといい。その間も俺が、命がけで守る」

 その言葉でさらに温度上昇、沸騰必死、カップラーメンは三分、カヤクは事前、お湯きり必須。

「ま、ま。まま、まさか、私、着替え、学校、行く」

 私はダッシュで自分の部屋に戻る。どうした、私? 顔が熱いぞ。止まれ、魔女の心臓、えぇい、うるさいぞ! 助詞が、名詞だけが、何て代物が母から遺伝したんだ!

 後ろの方から「既に制服に着替えているというのに……、変なやつだ」と言う声が聞こえた。


 ……落ち着いて学校の鞄を取り、私が戻る頃には、彼は皿洗いも終わっていた。

 ……魔術師が撃退し終わった後も家政婦として残ってもらっちゃダメかな? スゲェ役に立つんだけど。一家に一人くらい、いや魔人だから一家に一台くらいか?

「さて、行くぞ」

 私よりも先に玄関に出るチビッコ野郎。黒のスニーカーはいつの間にか履いている。

 ちょっと、待て。

「ねぇ、国定もちゃんと付いて行かなくちゃイケナイの?」

 すると、彼は不思議そうな顔をする。当然だろ? と言いたげだ。

「でもさ、高校生くらいの体格ならまだしも、そんな子供の格好だったら校舎内どころか、一人で道すら歩けないよ? 学校の外で待っていたら補導されるよ」

 まぁ、大人の格好であっても、高校の外で待っていたら死神でなくても、普通の警官に職務質問をされるけど。

「未熟者、昨日、俺は言っただろ? 俺は【魔人】だと」



 その瞬間に彼の姿が消えた。


「あっ、なるほど、付いて行くワケではなくて、憑いて行くワケですか」


 【魔人】。

 魔法使いの限界、霊気装甲の【伝導率】自体を、代を重ねる事で百%の直前までに近づけるのが魔女なら百%まで行き着いた者を【魔人】と呼ぶ。

 言わば、その身全てが霊気装甲。このように自然の霊気装甲に溶け込んでしまうことすら瞼の開け閉めより簡単に出来る。でも、そんな便利な【魔人】になるためには何か条件が……


「この姿なら大丈夫なはずだ。一流の魔女でも感知されず、特別級の魔眼持ちでない限りは俺を見つける事は出来ない。そう言えば、昨日のほどの大怪我でも時間を使えば、霊気装甲の流動で完全に自動で回復できる事もあの戦闘以降で思い出したしな」

 私の思索を邪魔するように「フン」と言う意味のない掛け声が虚空で聞こえた、大方腕を組んで偉っそうにたぶん踏ん反り返っているのだろうが、昨日の群体の幽霊や強力な亡霊騎士ならともかく、普通は不可視の霊体は私には見えない。あー、良かった。

 と言うか、回復なんて大事な事を忘れているあたり、実は間抜けではないか? なんて私は思ってしまった。何だか、それを考えると面白くて、普通に笑ってしまった。

「ハッハハ、はいはい、分かった分かった。じゃあさ、ピンチの時には助けてね?」

「? あぁ、了承した。君のために俺はこの身全てを賭けよう。君も、……在姫も未熟者なのだから俺の指示に従うように」

「未熟者は余計だ、……バカ」

 私達は、ドアを開け、晴れやかな陽光のヴェールに踏み入れた。









「……ところで、私の制服を脱がしたの誰?」

「俺が重症だったため、気絶した君を運んできた師父だったが、問題が?」


   アイツ、あとでブッ殺す。



       ―Side B―


 街を一望できる高台の一番奥に位置する、九貫の洋風の屋敷は二階建てだ。

 周りの住居や周辺の風景も、それに合わせたように同じような洋風の屋敷やレンガ造りの道などになっているため、異国風の情緒を醸し出しながらも違和感はない。

 魔女の管理する地、九貫の領地を囲む壁は薄くはない。だが一般人には視線を遮断することには使えても、常識外の魔術師や亡霊騎士には目隠し以外の役にも立つかどうか分からない。そして、高い壁の内側、魔女の庭には各種、霊薬の原料となる植物がこっそり植えられている。ユリ科水仙の一種であるアスフォデルやニガヨモギ、朝鮮朝顔、トリカブトなんかが……、オィ、毒物ばかりではないか。捕まるぞ、在姫。

 嘆息しつつも、簡単な封印魔法で扉に鍵を掛けた在姫の隣りに俺は位置する。

「在姫、とりあえず襲撃を予測するためにこの街の地理条件を知りたいのだが、歩きながらでも話していいか? どうやら事前に採取した記憶が欠けているようだ」 

 虚空に突如浮かんだ俺の質問に「別に構わないけど?」と、何でそんな事を聞くのかと不思議そうな顔をしている。本当にコイツは、自分が襲われそうなのだと理解しているのだろうか?

 思ったよりも早く起きたわりに、白色の太陽は天頂を目指して高々と昇りつめている。

 遠くに見える街、その先の水面では(さざなみ)が陽光を同じ白色で照り返す。

 初夏か、魔人以前の、思い出の一つでもあったら嬉しいのだがな……

「ここから見える二つの街の風景があるでしょ? 二つの町を分ける河が太臥河(たいががわ)で、その河を挟んで港側の発展している街が神南町で、反対側のな――んにも無いのが十院町(じゅういんちょう)って言うの」

「何もないのに町なのか?」

 俺の素朴な疑問に「なんでだろうね?」と、一本一本が絹糸のように細い黒髪を揺らしながら苦笑交じりに答える。

 あまり大きな声で話すと怪しまれると思うのだが……。まぁ、朝も早いせいか、誰も注目していないのでいいだろう。

「北は海、南はグルリと山に囲まれ、都会と田舎の二つの町を合わせたのが日本国冥府の政霊指定都市、日本で妖魔人外魔女鬼畜が住める、十七の街の一つ、和木市でございまーす……」

 神南町側となるこちら側は東西に、中国の伝説の大鳥、(ほう)のごとく広げられた幹線道路で、発展した街に存在する新興住宅街側の平地と山に合わせて段々となった古い住宅街と分け隔てている。戦闘の際はここでは避けるようにしよう。結界を張ったとしても、余波で住宅街には様々な被害が出そうだ。その更に外の山側、高速道路付近まで誘き寄せれば大丈夫かもな。と言うか、とりあえず突っ込むが、鬼畜そのものは人外の鬼と関係はあまり無いぞ?

「……神南町の海側と十院町の山側を繋ぐのが私鉄東堂線で、国定を昨日拾ったのが南神南町駅。駅と河に挟まれた、西の方にあるのが、私の通う高校。私立 坤高校、近くにコンビニの道尊(どうそん)があって便利なんだよね。そして綱魔世(ツナマヨ)おにぎりはなんと言おうと絶品」

「ひつじさるこうこう?」

「そうそう。ちなみにコレがうちの制服」

 白い前開きのセーラー服には黒い襟縁と半袖の縁には二本の白いラインが置かれ、絞られるように合わせられた襟の胸元にはスカーフ止めに収められた純白のスカーフ。車ひだの黒いプリーツスカートは、最近の女子高生らしく短めの仕様。下は『先ほども確認した』白と黒のストライプのソックスに黒のローファー……って。

「ちなみに、冬はブレザー」

「いや、別に見せびらかすように回転しなくてもいいぞ」

 胸の奥を突かれたかのように苦い顔を見せる少女。

「……いや、つい癖で。ほら、私って小柄だからさ。友達、てかある知り合いと洋服を買いに行くと『君はとても小さくて、本当に、可愛いな、ふふっ』て言われながら着せ替え人形にされるのよ」

「……君は、友達をもう少し選んだ方がいいぞ」

「失礼ね。選ぶほど魔女の私は友達多くないのよ」

 それは本当に失礼。

 それにしても、これは校長の、まさか教育委員会を通した公然の陰謀だろうか? 白いセーラー服は目を凝らせばその下の下着が透けるほど薄く、朝っぱらから照りつける日差しのためか、胸元の胸当ての部分を在姫は豪快に開けてある。まったく、ただでさえ貧相な体格だと言うことを考えてないのか? ……背が高い男なら上から見えるぞ。それに、薄いと言えば、スカートも黒にも関わらず、コレだけの生地の薄さでは……

「男子学生も勉学に励むのが大変だろうな……」

 初夏の太陽が……眩しいぜ。

「何言ってるの?」

「いや、学生の生活行動と権力構造を憂いていただけだ。続けてくれ」

 首を傾げながら、高台の九貫の屋敷から長い急な坂を下る。人の身ならば帰りの上り坂の事など考えたくもないだろうな。

「うちの高校と真反対にあるのが県立神南高校(かんなみこうこう)、一般の人には知られていないけど、基本的に人外が通う高校が神南で、人が通うのがウチ――」

 在姫が霊体と同じ状態である俺が見えないと知りながら、コッソリと僅かに覗き見るように改めて彼女を眺めた。

「――で、昨日行った師父のお店『ディープスタンド』はより市内の側のオフィス街のあの辺り。えっと……ウチの高校の、東の方にあのやたら大きな複合ビルが見えるでしょ? そうそうあれが『季堂ツィンタワー』ってやつで、その近くにあるのが地下に死神の和木市本部がある和木市の市役所――」


 確かに小柄な部類に入る身体だ。眼を当てられるほどの成長も見れないかもしれない。


「――南の神南駅と同じ様に北の方にもちゃんと商用港と隣接した駅が北神南駅で――」


 だが、凛と意志を発するような大きな瞳、桜色の小さなくちびるに磁器のように白い肌。手足も細いように見えて、しっかり筋肉がついている。だが、それは女性としての美しさを損なわない、瞳はあの女に似て、って俺は何をじろじろと眺めているんだ。


「――だから、神南座はダメなのよ! バカみたいにハリウッド大作~、みたいな駄作ばっかり上映してッ!! たまにはキューバリックやティランターノ様を――」


 ……いや、確かに見惚れるのは仕方がないかも知れない。彼女は自覚していないが美少女の部類だ。本当に成長して大人になれば、本当に万人を魅了する、文字通り魔性の女となるだろう。


「――街には噂に寄れば、あの人喰いの神がバラバラにされて封印されて――」


 ルビー色の小さな球体のついたピンから洩れた、僅かな髪をかきあげる仕草も今でも大人然としていて、それだけで鼓動が早鐘を打つ。長い髪は魔性を腰まで蓄えて、質素な銀の髪飾りで止めた箇所が眩しく――


「――この間ニャスコに行ったら二週間前ぐらいに常寵が蹴散らしたチーマーが、って国定は話を聞い、ッアタ!!」


 ――百年の恋も冷めると言うのはこう言う所なのか? 在姫は話に夢中になり過ぎて電信柱にオデコをぶつけていた。星とヒヨコと、あとは名状しがたいスライムみたいなのが頭上を廻りながら飛んでいるのが俺には見える。魔人なのに疲れ目だろうか?

「未熟者」

 とりあえず、一瞬、見惚れていた自分が情けなく感じ、一言呟いた。

「アイタタ……、もう、目の前に電信柱があるなら言ってよね!」

「仕方ないだろう、俺は――」

「俺は?」

 君の姿を――

「俺は――、君の未熟な姿が見たかっただけだ。予想通りで嬉しいぞ、未熟者」

「……最ッ悪」

 涙を溜めたままオデコを擦り、幹線道路脇の停車場からバスに乗って、南神南駅の隣りの駅である上四帖駅(かみしじょうえき)へ。乗り換え十分で電車内へ。

「意外に人が少ない、と言うより俺たち以外はまるで人が居ないのだな」

「何だかんだ言って地方都市だしね。それに通勤ラッシュ前の朝だし人も少ないね」

 がらんとした電車内で気にもせずに喋り続ける。傍から見たら独り言を大声で喋っているようにしか見えないな。

「国定、そう言えば国定は魔人って言うくらいだから人間よりかは長く生きているんでしょ?」

「まぁな、今年で……大体千年くらいか?」

「千年?! 魔人でもそれって最古の部類に入るんじゃない!?」

「さぁな。とりあえず、知りうる限り、俺以外で同じくらい息が長いのは後二人くらいしか記憶にないな」

「ふーん。……で、昔は生きていたって事は、その子孫とかいるでしょ?」

 在姫のその言葉は虚空で暫く、俺の言葉を止めさせた。


 ――遥か遠くで霞む笑顔の稚児。そして、その偽りの母にして、妻。

 

 そして、アカイ――


「……、まぁ、おそらくな」

「ふーん、もしかしたら、君を祖先とする人が学校にいるかもよ?」

 何だか、他にも色々とイラナイ事を聞かれそうな気がしたので、ふと、疑問に駆られた事を口走ってみた。

「在姫、君は……無理をして喋っていないか?」

 ピタリと、目に見えないはずの俺の方を見つめると、僅かに眼を反らして「そうかもね」と淋しそうに呟いた。

「……魔女だからさ。世界の神秘に触れる以上は危険と隣り合わせ出し、人と一線を引かなくちゃいけないんだよね。そのために付かず離れずの位置にいる人としか私はあまり付き合わないし、……それだからかな。自分の事とか気にせずにバーっと喋りたくなる時が、やっぱり、あるよね」


 彼女は魔女である以前に年頃の女の子だ。それだけは、ハッキリしている。魔女である心と少女である心、不安定(アンバランス)不当性(アンビバレンス)


「あっ、駅についた」

 優雅に、電車の揺れにも関わらず立ち上がる。その姿はいつでもハキハキとした不思議で元気な魔女と言った感じではなく、冷徹な仮面を被った優等生に変わっている。変わり身、というか猫かぶりが早過ぎる……。さっきまで淋しがっていたのは嘘なのか?


「じゃあ、ここからは中々喋れないから静かにしていてね?」

「了承した。気兼ねせず、上手く猫を被ると良い」

「……後で、家に帰ったらお話があるので宜しく」

 その無邪気、に見せ掛けた魔の篭った笑顔に、思わず残った霊気装甲で生き残れるかと考えたのは言うまでもない。


* * *


       ―Side A―


 流石に高校の前は駅と違い、朝の登校生達でごった返している。

 油蝉の奏でる旋律が、嫌が応にも今日の昼、最高潮までに茹だる暑さを高めていく。この間みたいに事件で冷房が止まると死んでしまうから、一年D組の先生には逐次、一部の生徒を特に注意して頂きたい、マジで。


「ふぅ」

 既に自己主張など通り越して存在感を丸出しで照りつける太陽に蒸され、私は思わずスカーフ止めを持って、胸元をパタパタとさせる、アヂッ。

 並木道の樹木が時折、灼熱の暴力を遮るように歩む私の上に覆い被さる。

 そして、高校の校門まで後一歩の信号待ち。

 暴力を完全に遮るように、不意に私の身体を大きな影が覆った。


「おはようございます。国定先輩」

「おはようございます。九貫さん」


 頑強そうな面に、私と好対照を為す色黒の肌。百五十センチを切っている私からすれば見上げるような体躯。いや、むしろ意識して顔を見せなければ身長差で顔は見えない。短く刈られた髪に、柔和そうな表情は子供などに絶好の『玩具』とかで好かれそうだ。


 こんな事を言うのは何だが、うちの高校、坤高校は変な人間が多い。

  「あなたは、死について考えた事があるのか?」と、先代の校長の説教中に聞き返したと言う卒業生、遠谷。

  「クラーケンは時折、少女の心、あなたの心すら奪うのですか……」と、西洋の化け物級大烏賊と共に今の恋人に告白した卒業生、虚言師 戸上。

  「君の人生を何割か預かっても、たかが神如きは文句は言わないだろう」と、その告白を受けた卒業生、漫画家 谷津峰。

  「武器が人を殺すわけでない、人が人を殺すのだ」と、その告白を評した卒業生、自称多重人格者 当宮。

  「体操着を中にしまう、これ人類の悟りなり」と、その告白に何かを悟った在校生、自称『有明は我が牙城』、岩代。まぁ、これは変人じゃなくて、師父と同じ方向性の人間か。


 他にも、矢戸岐や、等々力など、教師や養護教諭と言う面の皮を被った変人も多数存在する。

 そして、うちらの一つ上の代でその頂点に君臨するだろう男が、この人。知り合いでも極少数からしか【怪人】と呼ばれないにも関わらず、何故かあだ名として浸透している国定先輩。変人、そして、フルネーム不明。

 弓道部の魔女(本当の魔女ではないらしいが)の葉桜先輩の恋人と噂される方である。ちなみに本人の方である弓道部の魔女は、挙動不審な動作を真顔でしながらそれを否定するとか。

「最近、夏の気配が急に近づいてきましたね、九貫さん」

「本当ですね。授業など先生方も熱心になさらずに、悠々と納涼などしながら教鞭を取れば宜しいかと私は思いますね」

 国定先輩はさりげなく、私の日陰となるように立って居てくれている。こう言う事を嫌味なく出来る事から、変人と言われつつも周りから好かれるのだろう。そして、弓道部の魔女にイジメられるのだろう。

「確かに、水桶に氷と井戸水でも入れて足元だけでも浸かりたいですね」

「えぇ、でも、教室でそんな事をしたら騒がしい生徒に引っ繰り返されるかもしれませんからね」

 チラリと手元を見た。皮製の鞄を持つ反対の手には網に入った……西瓜。

 現実を受け止めよう。

「私のような一生徒が有名人に声を掛けていただけるなんて思っていませんでした」

 なんで名前まで覚えていたか分からないけど。

「それは言うまでもないじゃないですか。校内テストで学年トップなら自然と目立ちますよ」

「そんなぁ、目立つお株はアノアマ、じゃなかった、島田さんにお任せしますよ」

 国定先輩の表情の乏しいパーツが驚きを示す。やばッ、魔女として目立たない事を目指していたのだが……ムムッ。しかし、同じ一年の、副会長の『あの女』が二位だった時の私を見て悔しがる顔と言ったらない。あんまり面白くて赤飯を小躍りしながら炊いて、鯛の尾頭つきまで晩御飯に添えてしまった。出費は重なって色々ヤバかったけど……、畜生。

「は、はぁ、そうなんですか?」

 しまった。日頃の隠していた、魔女らしい邪悪な笑いがつい素で出てしまったのかもしれない。変人にすら退かれてどうするんだ。

 慌てずに「彼女とはウマが合わなくて~」と適当に綺麗な笑顔で誤魔化しながら長い信号待ちを待つ。


 赤から青へ。

「どうも、私の詰まらない談笑に付き合っていただき有難うございます」

 長い髪の重さを感じながら軽くお辞儀をしつつ、校門の前で別校舎の国定先輩と別れる。

 河に面した学校だけあって時折、吹く風は涼を帯びている。


「九貫さん」

 背後の変人が呼び止める。

 寥々とした、拙い風。


         「……あなた、悪霊などには、取り憑かれていませんよね?」



 背筋が凍った。鼓動が、魔女の心臓がサイクルを始める。変人、いや【怪人】は、【魔人】が私の背後に憑いている事に気付いたのだろうか?

 怪人の横を一般生徒が「国定君、おはよう」と言いながら私を抜くように通り過ぎ、「おはようございます、頼島(よりしま)さん」と怪人は、相も変わらず、普通の口調で問い掛ける。


 日常と非日常の狭間。

 早鐘を打つ魔女の心臓。

 ここで、……始まるのか?

 何が?

 ――魔術師との殺し合い。








       そこで、目に見えない『誰か』の手が、落ち着けとでも言うように置かれた。


「……気のせいですよ。いくら夏だからって、伊奈川さんみたいな怪談話は流行りませんよ? 女の子は怖がらせるモノではありません」

 心拍サイクルを強から弱に変えながら、怪人にユッタリと振り返りながら応じる。

「……あぁ、すみません。何かへんなモノが見えたような気がしたので……あっ、気を損ねたようでしたら、……西瓜、食べますか?」

 丁重に断った。

「じゃあ、甘納豆はどうでしょう?」

 なんでそんなモノを学校に持ってきているのか分からないが、そちらも丁重に断った。

 お辞儀をして別れると一年生の学舎に入る。


 私のクラスがある二階への階段の踊り場で誰も居ない事を確認すると、国定は国定でも【怪人】でなく【魔人】の方に話し掛けた。

「なんで? もし魔眼の保持者なら必ず分かるはずなのに」

 ギリリと噛み締めた歯が鳴る。魔女同士が何と無く魔女だと分かっても、まさか一般人の【怪人】ごときに私が魔女だと気付かれたのはすごく屈辱だ。

「いや、アレは能力ではない。ただの勘だ」

「国定、貴方本当に霊体になり切っているの? そうじゃなかったらなんだか、怪しいもんじゃない?」

 突っ撥ねるように言う錬仁に怒りの矛先を向けた。

「未熟者。魔導師級の君でも見えない状態であるのを君は忘れたのか? それに、あの鞄の中以外からは交霊武装のような魔力は感じなかっただろ? しかもアレは、武器ではなくおそらく防具の類か? まぁ、気にするほどの事ではない。それに、彼からは純度の高い霊気装甲が魔人の目から見えた。彼は霊気装甲のない【魔術師】ではない。安心しろ」

「……でも、何で気付いたのかしらね?」


 階段を昇り始めた私に、

           「君の言っていたとおり、縁……、なのかも知れないな」

 と静かに言った。確かに苗字同じだし、祖先としての縁があるのかもしれない。



「おはよう、君が私よりも遅く来るとは珍しいじゃないか」

 私と同じ長さの髪、それでありながらまとめずに垂らし、それでもなお、一つのうねりとなった漆黒の瀑布。細いフレームの眼鏡からはみ出すのではないかと思うほど、大きく、吊りあがった理知的な目。その口元には常日頃から、まったく似合わないような甘いお菓子が捧げられている。

「おはよう、ジョウチョー。貴女が私より早く登校なんて珍しいじゃない」

「おや、君が早朝から言葉遊びモドキに興じてくれるとは、天変地異の前触れかもしれないな」

 クツクツと円筒状の『アポロ十三号』(バナナ味)を笑いと供に口の中に押し込むジョウチョーさん。

 それだけ甘い物を食べて太らないのは牛みたいに胃が四つくらい別にあるからだろうか? 実際、ホルスタインのような羨ましい体つきだし……。

「なんて事ないってば、昨日は色々と所用で忙しかったから寝るのが遅かっただけよ。それなら、いつも夜更かしの多い貴女こそ、また何で早起きしたのか聞きたいね」


 なんて、冗談交じりに言ってみた彼女の顔は……。

「な、なんて、事はない。知り合いが家に泊まりに来た故に、騒がないように消灯を早めただけだ」



 ……スミマセン。その知り合いは鉄面皮のジョウチョーを顔を背けながら真っ赤にさせるほどのパワーを持っているのですか?

 ……男か。

 確か、ジョウチョ―は性癖はノーマルのはず。しかし、ジョウチョーの美的センスはレオパルド・アカプルコなる俳優を「坊ちゃん野郎」と言うほどなのだから、当然身内であっても破壊力抜群な、相当な色男なのだろう。あぁ、そういえば、アカプルコも色男(ロミオ)を前の作品中で演じていたね。


 そのジョウチョーの顔を見て、「モエ――」っと聞き慣れない言葉を吐いた別のクラスの男子が居たが、二秒後、ジョウチョーの視線で圧殺された。



 そして、朝のHRも早々に一時間目。

「おはよう諸君。燦燦たる陽光を通り越して地獄の業火と化しているだろう今日この頃。そんな時に我々に必要なものは、なんだ? 勿論数学だ。人類が死滅してもこの真理は不変である事を憶えておきたまえ。さて、号令だ」


 予鈴とほぼ同時に、肩の所でバッサリと切った黒髪の女性が黒板の前に立つ。眼帯をつけ、夏にも関わらず長袖の内側。その右腕側を何も無い状態でヒラヒラと揺らす新任の教師、三枝 石火(ミツエ セッカ)非常勤講師。彼女は教職課程中に車の事故で片手と片目を持って行かれたのだが、今日もそんな事を感じさせずにハキハキと左手一本で数式と図形を書き綴っている。

 たまに、フェルマーの最終定理を「あれは大した事がない」と発作的に説明しだしたり、「素数を数えて心を落ち着かせろ」と何処かの神父みたいに言い出したり、ディラック作要素がツイスター理論、曲面論、部分多様体論と、数学の専門家じゃないと絶対分からない幾何図形と数式をドイツ語とかで書き出すのが珠に傷だ。(ジョウチョーは理論自体を理解していなかったが、ドイツ語で大体話は理解したとか)

 だが、それ以外は非常に分かりやすい指導にメリハリのある口調。それと思い出したように話す数学の小話(アラビア数字は実はインド数字だとか、三歳の時に親の計算間違いを指摘したガウス、自分が死ぬと予言した日に餓死したカルダーノなど)が生徒に受けているようで、C組の国語常勤講師 毒島とは段違いの圧倒的な人気を誇っている。何気に大人な美人だしね。日本人にしては珍しい、灰色の瞳が、たまに光の加減で銀色に見えるのが異国情緒な感触だ。もし、未だかつて見た事のない、最高の魔眼の持ち主ならこんな色だろうなんて想像も難くない。

 つまり、私も彼女に好感を抱いている一人でもある。教師としての情熱もある良い人だとも思う。てか、自分とは色々な面で掛け離れているからだろう。……大人な美人はいいなぁ。


「九貫くん、相変わらず良い成績を出しているようだね」

 授業が終わって休み時間に入ると同時に、三枝先生が不本意ながらもくじ引きで決まった、不良席(窓際の一番後ろ)に陣取る私の元に来た。担当のクラスとして何度も目には掛かっているが、こうして個人的に面識を交わすのは初めてだった。

 間近で見ても、独眼の、灰色の瞳が光の加減で艶めかしい銀色に見える。日常にハンディキャップを持つ教師と言うよりも、激動の時代を駆ける賢人と言った風情をかもし出している。そんな女性は同性からも憧れを引き出すだろう。ジョウチョーとは似ているようで似ていない。常寵が詩文の優雅さがあるなら、対照的にこの人は幾何学的な、あるいは一本の筋の通った大人の女性らしさを感じる。うわー、美人ってかっこいいなー。

「……三枝先生、何か御用ですか?」

 優等生のような独特の、「あたくし、下々の方とは違いますことよ」的な、隔たりを見せると、三枝先生はそれを気にせずに続けた。やっぱり大人の美人だー。

「いや、校内でも卓越して優秀な生徒がどんな者かと個人的な興味に惹かれただけだよ」

 その笑みはこの女性の雰囲気からおよそ量れない、冷たさよりも暖かさに満ちたものだった。いいね、大人の笑み。この先生なら絶対恋人とか居そうですね。

「九貫くん、君は私の個人的な理由から理数系のクラスに行く事を薦めよう」

「な、何ですか? 個人的な理由って」

 思考が大人の色気に女性ながらも囚われていて、慌てて口に付くままに言った。

「先ほども言っただろ? 『個人的な興味に惹かれただけ』だよ。将来的に君が、私が担任するであろうクラスで伸び伸びと勉学に励むと考えると喜びに満ちてくるのだよ」

 暖かい笑顔の背後。不謹慎なようだが、私は外でざわめく蝉の音が、何故か、それは違うと声高に言っているように聞こえた。それを頭の端で打ち消すように忘れる。

「――おや、しまった。学生の貴重な休息を奪ってしまった。私は教師失格だ」

「そんな事ないですよ。先生は生徒の事を考えて授業をしていると思います」

 毒島と違って、と付け加えるように私は小さく言うと「違いない」と彼女も苦笑をした。

「あと、数日で夏休みだ。それまでも、夏休み中も、気を抜かずに勉学に励みたまえ」

 その言葉で締めると三枝先生は休み時間で騒がしい教室を後にした。

 当たり前のように静かにしていた国定。それでも、何故か怖いくらい、無言だった……。


 時は変わって十二時。

 昼食は学食での日替わり定食、もし人目の無い自宅なら、豪快に焼肉定食と天丼とカツカレーをセットで、それぞれ大盛りで頼みたい。だがあくまでも目立たない生徒を意識して、私は空腹を抑えながら野球部と柔道部の猛者と同じ、通常の二倍の特盛カツカレーを頼む。ちなみにカツも二倍なのが学生に取って嬉しいところ。

 目の前のジョウチョーは小月見うどんを、耳から零れる髪を片手で抑えながら食べている。

「ジョウチョーがお昼をそんなに食べないのはお菓子ばかり食べているからじゃない?」

「君の胃袋が宇宙規模だからだ。比較対象は人類以外にしてくれ」

 などと軽口を叩かれた。

 その反応直後にカツが一つ、キャトルミュティレーションの如く消え去っていた。

 耳元の虚空で聞こえた、衣がサクサクと破れる咀嚼音。それと同時に、私の金属スプーンが魔法を超える己の不思議ハンドパワーで曲がる。



       ――国定、食べ物を恨みは怖いって意味は知っているのかな……? かな?――


 食事後、教室でギルガメッシュ叙事詩を解読しながら読むジョウチョーの対面で、知り合いの学生から少女漫画を借りながら「こんな展開ありえないなぁ」と評しつつ、まったりと過ごす。国定はおそらく学生の様子を珍しそうに眺めてでもいるのだろう。

 ハァ……、漫画に触発されるのもなんだが、私も、何か運命的な恋とかしてみたいな。

 もし、魔女で家族が居ないと言う境遇を許してくれるような、心の広くて、家事が全自動で出来て、年収二千万のキャリアで、長身で、誰から見ても男性的魅力に溢れている株式投資の出来る公務員の男性なら私は手を打つ。間違ってでも、一人で店番するような根暗で少女趣味(いや少女嗜好か?)な味覚障害男や、人を未熟者呼ばわりする子供戦士だけには、いくら身近で男分(?)が足りなくて切羽詰まって、人類と人外が残り一人と一台になっても絶対的に拒否したい。……乙女心は複雑なのだ。


 それにしても、国定か。あの先輩も何だか、昔話で有名な人の子孫だったから国定は、もとい錬仁の方はその本人かもしれない。何だっけな? 確か唄になるまで有名だった人物なんだけどなぁ。……ど忘れしちゃった、まぁいいか、国定だし。



 そして、昼休み後の授業。冷房の効いた快適な教室内で、昨日の疲れがまた出たのか?

 午睡と(うつつ)の狭間をテンポ八十のメトロノームの様に穏やかに揺れる。

 その白昼夢のような、淡い光の中、




                      ――昔の夢を見た――




     少年は一人だった。生まれた同時に野に捨てられ、彼の者は獣と戯れ、闇の狭間に生きた。

     人は『土蜘蛛』や『鬼童』などと呼んだ。だが、彼に非はあらず。ただ、始めから孤独だっただけだ。

     やがて、人は少年を狩った。闇を怖れた古来の民族は、例え人でも、それは闇と変わらなかった。

     殺した。少年は生きるために狩り返し、借り返し、狩り尽した。殺した。善悪などは無い。殺そうとするなら生きるために殺す。

     だから、少年は守りではなく攻撃に転じた。生きるため。



     もし、それすら否定するなら、彼には生きる意味すらない。



     少年は一人で麓の村を全滅させた。



     時は微かな、闇の動乱の時。山中にすら徒歩の歩兵が蔓延り、少年の山も村とは別の人間に侵されていた。

     少年は討ってでた。だが、相手は予想を大きく超える、百戦錬磨の兵士達。

     しかし、天性からの野生とその能力が彼を単独でありながら生き残らせた。

     多くの強兵を従えた、


     「お前は熊でも投げ飛ばせそうな怪力だな」




                少年は、一人の小さな運命に出会う――




 ――起きろ、未熟者。古文の教諭が君を注視しているぞ」


 耳元で囁かれた声に一瞬にして覚醒。

 現世と幽界の狭間、もとい寝惚け状態から抜け出す。

 窓際の席、そして一番後ろの席であることが幸いして、桟にもたれて考え込んでいたようにしか見えないだろう。

「ありがと」

 小声でお礼を言うと、私を見ていた国語教師と視線を合わせて微笑み返す。

 フン、教師のくせに目を逸らすなんてだらしない……。


 放課後のだんだらに染まった橙色の図書室に残りながら、極限の集中で古文教師の捨て土産である最後の宿題を終わらせる。ジョウチョーは「家族との用がある」とかで心持ち浮付いた感じで帰っていった。やっぱり訪問者ってそんなに特別なひとなのだろうか?




 長い長い、無駄に長い宿題を終わらせた。

 シャーペンをノックして芯を内側にしまうと、椅子の上で背中を鳴らしながら伸び。

 それから、周りに誰も居ない事を確認する。

「国定、退屈した?」

 ……沈黙。何処に行ったんだ奴は?

 と机から立った時、その異様な気配に気付いた。

 下校時刻前。それにも関わらず、



                 ――人が誰も居ない。


 部活で遅くまで残る生徒。同じく、図書館に残って勉強する生徒。

 そう、人っ子一人、誰も居ない……。


「これは、『人払いの結界』?」


 外界が、別の外界を遮断する別の空気は間違いない。魔術による人の行き来を遮断し、音を回折し、視線すら惑わし、閉ざす領域。狩場。

 そして、遠くから(ジン)(ジン)と、金属同士がぶつかり合う音がする。

「国定ッ!?」

 私はその方向、体育館に向かって駆け出した。


* * *

>>-Side B- 国定視点へ続く。

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