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04.幕間 鉄囲線 (てっちせん)

 彼らは闇、そして、彼らは空虚を懐く。

 彼らは七、そして、彼らは罪悪を抱く。

 彼らは魔、そして、彼らは魔術を擁く。


 彼らは呪いを携え、彼らは受難者である。


 底なしの暗闇の内、一筋の青い光の中に、若い女の前には奇怪な人形達が居た。

 一目見れば、理系の女性と推察される鋭利な眼に冷徹な瞳。それらを覆うような薄い細いフレームの眼鏡。金髪短めのボブカットだけが彼女の唯一のおしゃれであると思われる。長年の室内作業によって保たれた白さは病的な部分を感じさせる。おそらく肌のほとんどは青く透ける血管が見えるであろう。それ以外は地味な事この上ない灰色のトレーナーと紺のジーンズ、そして白衣が微かなコントラストを醸し出していた。

 彼女はその理知的な容貌にも関わらず、童女の玩具のように数多く並ぶ人形の内の一つに丹念に、櫛を解いていた。優しく、その柔らかな、人の髪とも見紛う人工毛を解く。だが、彼女の瞳を見れば、それが『技術者が自分の完成品を愛でる』歪な輝きが見て取れただろう。

 それは年も幾つもいかぬ少女が愛でるような人形ではなく、殆ど人と見紛うような少女、芸術品のようなものだった。

 わずかに赤みを帯びた頬、それを軽く撫でれば薄っすらと眠りから覚めて起きるように感じるほど、それは人と見紛うほどの出来だった。

 そして、そこには、想像力豊かな者なら創造者の(もたら)した神性を汚すほど、そこには人の冒してはならない領域、完璧さに裏付けられた危険性が見え隠れしていた。

 その常闇の中、唯一の青い光源であるワークステーションから発信音がなる。

 無表情のまま、櫛を掛けていた顔がピクリと、その作業を邪魔された事を鬱陶しいと、感じるように眉が微かにひそめられる。

 オフィス用の古い椅子を軋ませながら座ると、彼女の見た目通りに軽快にキーボードに指を走らせて、通信用の汎用アプリケーションを起動させた。

 顔前に位置するTFT画面の上方につけられたカメラの方向を一瞥すると同時に、左右に並べられた七つの画面もやや遅れて点灯する。

 それぞれの画面から動きは相当速い回線なのか、滑らかに動くことが分かる。だが、肝心のビデオ画像は一定のプロテクトを掛けて、それを解読して読み込んでいるようで、昔の8mmフィルムのようにかなり荒い。

 七つの画面には七つの異なる人物が映っていた。


 一つ目の一番右の画面には痩せすぎたゴーグル状のサングラスを掛け、その下に完全に覆面を装備した四十代ほどの男。それが首を一定のリズムで気味悪く動かしている。荒い画像と相余って気持ち悪さを倍加させているのに本人は気付いてはいないだろう。

 二つ目のその隣りの画面には目を閉じたまま、口を開き、舌の上に乗せたドロップ飴を荒い鼻息とともに玩ぶ三十代の、頬の張る程度に太った男がちょうど口の中に涎を垂らしながら飴を口にした。

 三つ目、その又隣りの画面には、十代かどうかすら疑わしい、先ほど女性の人形にも似た可憐な少女だ。少女は黒い布で目隠しをされた上、瞳の部分に釘の刺さった人形を大事そうに抱えている。見惚れるほど紅い瞳と短い金髪と共に、無邪気な、人によっては残虐にすら見える、笑みを浮かべている。その美しさは例え少女趣味の無い男性でも、理性を破壊して堕落させる曲線と色彩の完璧な構成があった。意志があるだけに、人形よりも性質が悪いかもしれない。

 四つ目、一番左の画面には厳しい顔つきでカメラ越しから人を睨むよう、額に防具である鉢金はちがねを眼帯のように斜めにつけたの女性が画面の人物を窺っている。瞳はドロドロに解けた金属のような、濁った銀色。眉間の、老人のように刻まれた皺は理性から遠く離れた、怒気しか表現しえない。

 五つ目、その隣りには軽薄さが顔から滲み出ている、口元に人を小馬鹿にしたような笑いを張り付かせている20代後半くらいの男。営業マンのようなスーツ姿の若い男が椅子の肘に自らの肘を乗せて指を組み、両方の親指を廻している。

 六つ目、そのまた隣りにはカメラに映るか映らないか位の薄さで映る金髪の騎士、亡霊騎士ガーブリエルが沈黙を保つように瞼を閉じていた。

 そして、画面の真ん中に位置する最後のウィンドウ。そこにはただ、『オンライン』と書かれた緑の文字だけが表示され、背後はテレビの砂嵐のように乱されていた。


   [こんばんわ、魔術結社アイオーンの皆様。如何お過ごしでしょうか? 定例の魔術師集会にお集まり頂きありがとうございます]


 慇懃無礼な、形式的な挨拶。

 一言聞いただけで合成音声と分かる、甲高く機械的な音が『オンライン』の画面に付属するスピーカーから漏れた。


[どう言うことだ]

 開口一番、鉢金の女性が、ギラギラと照り付ける異様な銀色の瞳から、目に見える怒声を抑えたような声を挙げた。

[Excusez-moi(すまない)、マダム セツカ]

 それに答えるように亡霊騎士、ガーブリエルは沈痛な面持ちでセツカと呼んだ女性に謝罪を口にした。

[アァーー、せっかく、移植にピッタリの魔女さんを見つけたのに、ガッカリだよねー? ドロシー?]

 その答えに紅い瞳の少女が、くすくすと笑いながら手元の人形に話し掛けている。


 移植に十分な純度の心臓。検証と研究の結果、魔術師の間で知られるそれは95%以上の霊気装甲の純度である。上位者の5%だけが持つ未知の、可能性のつまった領域。それを未だ使い切れていない上、結界関係の魔法で引篭っていないのは魔女でもただ一人。くぬきの樹の魔女にして、九貫の才女。九貫 在姫。


[で、彼女をどうして『逃してしまった』のか。ガーブリエル君の謝罪が聞きたいなぁ?]

 軽薄そうな男がクククッ、と騎士の取り逃しを嘲笑うかのような、癪に障る声を挙げる。顔を伏せながらも片目を開いて、騎士の画面を見ている笑みは何ともいじらしい。

[そ、そそ、そうだね。ぼ、ぼぼぼぼ、僕も、き聞きたいなぁぁぁ]

 指先に付いた甘味を貪るように、首のやたら太い男は、激しい舌使いで己の指をズビズバと無茶苦茶な音を立てながら舐めあげる。

[黙れ、デブ。貴様は鬱陶しい]

 言葉の端から軽蔑を読み取れる声を痩せすぎた覆面の男が掛ける。その声は何処の舞台俳優のような独特の渋い声色だが、己の首を、太った男の舌と同じくらい激しく振りながら答えている。紅い瞳の少女は「また発作か」と笑顔のまま溜息を吐きつつも、人形の首を締めたりしながら遊んでいる。いや、鬱憤を晴らしているのか?

 若干騒ぎ掛け、脱線し掛けた空気を、鉢巻の女性が [ 黙 れ ] の一言で沈黙させる。

[いいか、ワタシが聞きたいのは貴様等の汚泥に塗れて地べたを這いずるような戯言ではなく、『欧州最大の呪い』と呼ばれる男、たった一人の守護者に負けた騎士の釈明だ。それまで黙れ、私に闇討ちされて(はらわた)をブチ撒けたくなければな]

 呪いすら引き千切って殺すほど、憎悪の篭った濁った視線を向け、牙のような八重歯をギリリと鳴らす。女性の空間の軋むような迫力に気圧されて一同は静まり返る。いや、一人だけ、軽薄そうなスーツの男は「おぉ、怖い怖い」と呟いていたが。

[Non(いや)。マダム セツカ。これはアナタ方、魔術師側からの情報提供不足と不確定的な要素による失敗であり、私の失態でないことを言明し、理解していただきたい]

 ガーブリエルはチラリと横にいるスーツ姿の男を制するように見る。

 それに合わせて、「本当はどうなのやら」と言いたげに口を歪ませるスーツの男。

[騎士の言い訳とは見苦しいにもほどがあるねぇ。【死神】だろうが、【闇殺舎あんさつしゃ】の元・無形だろうが。ボランティアじみた特捜室の一人や二人ごとき、撃退できなくて何のための亡霊騎士かなぁ?]

 スーツの男の立て続けの苛めに対して、騎士の、瞼を閉じての僅かな沈黙。だが、それは名誉を汚された、既に有ってないような過去の汚れた栄光に対する怒りを鎮めるものではなかった。それは体内を、呪いに蝕まれた体の中すら這いずるささやかな畏怖にも似た感情だろう。しかも、それを楽しむ、むしろ待ちかねたと言うように楽しむ色を口元が弧を描いて見せていた。

 その喜悦に嫌が応にも魔術師たちの関心は高まる。

[……確かに、先日の決闘で『負傷』し、まともに動く事の出来ないのは私の失態だろうな。だが、一つ聞いて欲しい。これは重要な話である。









                   特捜室の派遣者は【地獄使い】だ]



 やや遅れるように、図るように、ガーブリエルは、彼らにとって最悪の言葉を吐いた。

 今まで、僅かに弛緩していた雰囲気が張り詰めた弓のごとく、引き絞られた。それは先ほどの女性の迫力によるような沈黙ではなく、場合によっては絶望とも言える、ただ一人の規格外戦力に恐怖したものだった。

[ネェ、……まずいんじゃないの? 特捜室が大陸弾道弾級の化け物なんか放ってきたら、うちらも最終戦争するぐらいの武装じゃないと無理じゃない? 『アレ』のが放たれて、人外に侵略された街が地表からまるごと消えたりするのが当たり前なんでしょ?]

 今まで、笑顔を振り撒いていた少女が美麗な眉を潜ませて、不服そうに、あくまで不服そうに言った。

[ぼぼぼぼぼぼぼぼ僕、ここここ殺されたくないよぉ!!]

 太った男が明らかに見っとも無いくらい、ちょっとそれは大人としてどうなのか?と思うくらい、動揺しながら新しい色とりどりのドロップを連続して口に入れる。

[死を賭すしかないか…… なるほど、楽しくなってきたな]

 スーツ姿の男が目を細めて、己の不幸すら楽しむように、騎士を真似るかのように口元に歪んだ孤を描かせる。そして、唇の端を舐めるのは愉悦と歓喜の味見。

 何処までも、他人が侮蔑で怒りに満ちる姿から自分の体が陵辱するように殺されていくまで、ネガティブな、様々な不幸を哄笑する価値観をスーツの男は見せる。

[『地獄使い』だろうがなんだろうが、ワタシには関係がない……]

 鉢巻で隠した目越しに手を当て、それを、音を立てて歪むほど握り締める。両手を挙げるように掲げたにも関わらず、画面には片腕しか映っていないセツカ。憎悪すら越えて、怒りの矛先は全周囲に向けたそれはただの憤怒。しかし、視線は唯一つ。抑えきれない怒りを発散させて、怒りを重ね、それを周囲に放射する事で保つ壊れた理性。

[しかし、もしも、と言う事もある]

 ゴーグルの男が、首を傾けながら、その暗いガラスを光らせて気味の悪い視線を浴びせる。海千山千の魔術師の策謀と巡らしを暗示するかのような色合いである。

[死んじゃうよぉ、ぼぼぼ僕たち死んじゃうよぉぉぉぉ]

 情けないことに太った男は滂沱の涙を零し始める。それでも、相変わらずドロップを口に入れるスピードは止まらない。

[うるさいなぁ、たかだか死ぬくらいでビビるなら魔術師になんかなんないでよねぇ]

 少女が己の髪を絡めるように弄くりながら、溜息を吐く。

「…………」

 先ほどから黙って画面の前に立つ白衣の女性も、その言葉に賛同するように僅かに目を細めている。




 [その点は心配ありません。彼は今では何らかの事故で力の殆どを失って、いえ『忘れている』ようです。力の発現は一時的なモノで不安定に他有りません。今なら、魔女を仕留めるには好機ですよ、みなさん]



 今まで沈黙を保っていたオンラインの人物が僅かな、言の葉と言の葉の隙間を見極めるように言った。


 [順番は構いませんね。心臓さえ、生きたまま取り出せればある程度は分けることができますからね。問題は一番初めに、『誰が』大きな心臓の欠片を手に入れるかです。How (如何に)なんて意味はありません。Who(誰)なのですよ?]


 場は静まり返り、誰が、もっとも大きな肉片(しんぞう)を手に入れるか、それだけを考える異常な空気に陥る。


 [だから決める方法は簡単ですよ。一番、最初の人物が最も大きな『肉塊』を手に入れられる。シンプルな事この上ないではないですか? 無論、二人同時に襲撃をして成功すれば、その二人にお鉢は廻りますがね。そうすれば、結社の契約の通り、ジャンケンでも何でもして、最初に手をつけた人物が半分の心臓を手に入れる。それが魔法使いの血の流れていない我々が持つ、血の契約であり、同盟なのです]


 オンラインの人物の高らかな、歌唱の如き演説の声色が、嫌が応にも妄執たる『魔法』への渇望を引き出す。

 無論、例えコンビで合っても、手に入れれば、始まるのは契約の執行ではなく、殺し合い。

 そして同時に、それを過去に手に入れた血の獲得者、『脱皮者』の言葉は面白いほど甘く蕩けて、理性を、魔術師達の脳を麻痺させる。


 [現在、負傷のため、騎士の加護はありませんが、それでも単独、もしくはチームで魔女に攻め入るのであれば、私には止める理由がありません。……それでは。私には自分の【魔法】の研究がありますので、お先に失礼します]


 中央のオンラインの表示が赤い表示のオフラインに切り替わり、それに合わせて次々と他の画面も同じ表示に変わった。 


 全ての画面が暗転し、暗闇の中で白衣の彼女は白いクチビルを歪める。


「…………大きな心臓は私の物。摩壁 六騎が貰うから」


 そして、彼女はクスリと小さく笑うと、その音は最も濃い色の中に消えた……

 I'm dreaming about you.

 I'm wondering about you.

 I'm falling into you.


 Who are you?


 Are you still moaning, when the shining morning would be come?

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