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29.臛臛婆(かかば)

 遥か彼方の大地で――。


 赤い、派手な衣を纏った男と白い衣の男が黄土色に枯れた、草原の中央に立っていた。

 その赤い男の名は『あるでひど』、異界の世界に住まう、次元と空間の壁を越えて現れる騎士の一人である。

 白い男は安倍晴明、陰陽寮の実力者である。

 漠然と立つ彼らの横を風が一陣駆け抜け、凪いだ後に皮の襤褸を纏った女が居た。

「龍ノ目時雨で宜しいのかな?」

「そちらの条件を満たす約束は果たした。……返してもらおうか?」

 あるでひどの問い掛けに女は殺気付いた声で返すと、晴明は朗らかな笑みを浮かべて頷いた。


 あるでひどの口が開く。


 びきびきと音を立てて、唇が有り得ない伸びを見せて、人では到底広がらないような口からにょきりと子供の足が生えてきた。そのまま藍色の着物の裾が垣間見え、歯にも引っ掛からずにスルスルと出てくる。

 そのままずるずると小さな、十歳にも満たない子供が出てきた。


 草むらにペタンと置かれた子供は不思議そうに辺りを見回すと、時雨を見つけて叫んだ。


「かぁしゃん!」

「たろちゃん!」


 二人は草むらを駆け抜けて抱き締めあう。


「三十年ぶりの親子の再会ですか。ふふふ、龍族は一生涯に一人しか子を孕めませんからね。大切にしなくてはなりませんね」


 たろちゃんを抱きながら、草木も平伏すほどの殺気で晴明を睨みつける。あまりの怒りに大気が鳴動し、周囲には放電現象が始まっていた。


「私のお役目は終わったからな。貴殿の身は守らんぞ。好きにしてくれ」

 あるでひどのすっぱな物言いに、邪な微笑みを返す。

「ご苦労でした。王によろしく」

「貴殿には紹介出来る身分ではない、もう会うことはないであろう」


 あるでひどはそう言うと、赤い衣を翻してその場から消えた。食尽騎の持つ空間移動能力である。

 一人、草むらに残った白い衣の男は顔を歪めて哂った。


「くくっ、一人の子を守るために一万を超える魔の大群を見捨てるのですか。親子とは実に興味深い。いえ、褒めているんですよ。人類との共通する感情に」

「てめぇのお喋りは終りだ。その賺した顔もそれまでにしな」


 紫電が弾けて、無手の時雨の両手に籠手が装着される。目は瞳が金色。

 金太郎と頼光との死闘時で四割も掛けていた限界を外す。手加減では無く枷。子供を人質に捕られたが故に負ける事を宿命付けられ、それ故に無意識に掛けていた枷が外された。それでも、金太郎は龍神に六割の内でのギリギリの力を打倒したのは完全な実力である。彼は人としての範疇、現世の(たが)から外れて、明らかに神話の領域、魔や神と言った人外への道を辿り始めていた。


「今回の戦で様々な記録が取れました。私の辿り着くべき道へと近付く素晴らしい結果です」


 両手を大きく広げての拍手。

 次の瞬間、彼女の体が地を蹴った。殺戮拳が晴明に揮われ、歪んだ笑顔のまま彼の体は顔から真っ二つに裂けた。

 雷の音。拳に纏った紫電が迸った。

 途端、彼の体は不自然な蠕動をし、その彼の体だったものは何時の間にか収縮されて人の形に切られた、雷で焼けて、くすんだ紙に変わっていた。



「式神……? くそ、偽者か……」


 恐ろしい相手だった。相手も最も弱い部分を突き、それをもって相手を操る。もしかしたら、人の宮中も実は誰も知らぬ間に奴の手にあるのではないか、と考え、彼女は恐ろしく思った。

 怖い顔のままでいると、その彼女の襤褸の裾を小さな子供がぐいと引っ張った。


「かぁしゃん、オラははらがへったのでしゅ」

「そうかい、じゃあ、今日は帰って芋粥にでもしようかい」

「うにゅ。オラ、べこのちちでにてほしいでしゅ」


 まぁ、どうでもいい。しばらく、三百年は人とは付き合わないさ、と愛息子を抱えて、その場を彼女は去った。


 以降三百年、記録から龍神 龍ノ目の名は消えるのであった。

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