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02.等割 (とうかつ)

 狂った宙、失われた楽園、そして矛盾した悪性。

 朧げな世界は古き深き夢。

 七月 十九日

 午後十一時三十七分 警察無線


[神南町(かんなみちょう)巡回本部より、三号車、三号車どうぞ]

[コチラ神南町巡回三号車、感度良好、どうぞ]

[通報のあった被害者(ガイシャ)の確認お願いします]

[ガイシャ、女性、遺体を激しく損傷しているため身元、年齢ともに不明。うわぁ、これ、ヒドイですね。この間と同じで『心臓がありません』。鑑識が入るまで現場を維持します、どうぞ]

[本部了解、あー、今、応援がありました。別命あるまで待機、現場維持でお願いします]

[了解、――ンッ?!]

[三号車、応答願います。異常ありましたか?]

[いや、あ……、失礼しました。今、現場の聞き込みしていた巡査の報告で、甲冑を着て鉄の塊みたいな剣を持った大男とドデカイ槍を持った同じく大男の二人が逃走していたと言う、また変な情報が入りました、どうぞ]

[……そうですか。……こちらも今、連絡入りました。署長からの通達で、今回もまた『黒服(死神)』の奴らの領分みたいです]

[じゃあ……、現場を維持する班長以外は解散ですね、どうぞ]

[それじゃあ、引継ぎまで現場維持、よろしくお願いします]

[三号車、了解しました。はぁ、もう五日間も続けてまた斬殺死体か]

[私も家に三日も帰ってませんよ。新婚なのになぁ……]




 同日

 午後十一時五十二分 和木市内(わきしない)


 視界が、前から後ろへ流れていた。静かな街の情景。線路脇に無言でそびえ立つ灰色のビル群。

 その静けさを切り裂くように、暗色に練られた線路上を一両の電車が疾走していた。

 ビル群の窓から漏れるまだらな明かりに照らされ、線路上の闇の中にありながら、車両は暗色に埋没するほど無個性でなく、それぞれの側面が各々の煌きを見せていた。

 日常を走る鉄の箱がその銀色のボディを白く、暗闇の中で一つ目の魔物のように目を輝きに任せて光らせている。

 電車の中では一人の泥酔した、中年のサラリーマンが眠りこけているのみであった。

 電車の揺れに任せて酒で赤ら顔となったサラリーマンは、静けさと無縁なギシギシとうるさい古い座席上で、だらしなく口を開けながら首を前後に揺らしている。

 空調としてはあまりに微弱な役割を持つ扇風機。古い車体だから、それとも管理を怠ったためなのか、不規則に点滅する蛍光灯の一つは薄暗い車内を助長するだけで、むしろ外から伸びるビルの方が光を強く感じさせる。

 日常を疲れたいびきをかくサラリーマンを、優しく包む光のカーテンが、電車の揺れに合わせて動いていた。







 その光のカーテンから一筋、紅の電光。

 風よりも疾く早く、アカイ、何かが薙ぎ。

 と、同時に、真逆の闇の間から二つの鉄色が閃く。


 互いに弾けて、火花を散らす。


 やや遅れて甲高い、金属の音色を響かせる。


 紅と鉄、どちらも鮮烈な一撃だった。

 光の外、闇の中、電車の上で一本の槍と二本の剣が舞っていた。

 灰色のビルの間を走る鉄の舞台、強者が二人、対峙している。

 再び、始まる刃金(こうてつ)即興曲(トッカータ)


 最初の、その朱の一撃は槍。横殴りの薙ぎ、ややもすれば隙だらけの一撃が、疾走する列車よりも何十倍も速く、もう片方の剣の主を切り裂かんと疾駆。

 だがそれを受けた二振りの剣も、槍の長さで増した力で負けぬよう、片方で打ち叩き、片方で打ち殺そうと奔る。

 線路と車輪、列車の電力を受けるパンタグラフと送電線、それらとは違う鋼同士の掠れる音色が異常な戦場を支配している。擦れ合う線路と車輪。パンタグラフと送電線。そして、剣と槍の刃金と刃金。


 あまりの速さ故にビルからの光を照り返す、武器の軌跡しか見えない。

 そして、光の芸術家、否闘争者二人は視覚のみならず、音も支配していた。

 その音色の奏者達の舞台は電車の天井と言う不安定な足場。尚且つ、時折その間を分かち、稀に自身らにすらパンタグラフに弾けて迫る送電線。打ち込むのには明らかに邪魔なパンタグラフそのもの。そして、元より高速で疾走する鉄の箱。

 だが、そのどれもが、彼ら、達人に取っては好機を作るための武器であり、無用の長物にはなり得ない。ある時は相手の隙を作り、またある時は付け込ませるための隙とする。


 野獣の槍使いと西洋風の甲冑の騎士。もし、列車の天井、その上で戦闘をする強者の肉体を見える者がいたら、そう呼んでいただろう。

 野獣の槍使い。それは巨人と言って憚らなかった。甲冑の騎士とどちらが大きいかと訊かれれば男の方が大きいと言えるほど巨大な肉体。例えるなら、熊などの獣と人を比べるような単純な大きさの違い。二メートルと言う単純な杓子の指標で示す事は出来た。だが、それ以上に男の、気合とか意思、そう言ったものがそれ以上に男を超然と大きさの違いを見せていた。そして、その両手には男自身を越えるほどの長大な一本の槍が躍っている。

 その槍は長大で質素なデザインでありながら、何処かこの世のモノと違っていた。侵しがたい神性さを保つ『アカイ』色の槍。だが何故かその槍の先には『 突く部分 』がない。刃の先だけが欠けていた。長い刃は明らかに鋭さを有する刃先を持つべきなのにそれが欠けていた。それは反りが無いために薙刀の刃では無く、その半端な長さ故に中国伝来の鉤状の矛でも無い事は明白。いや、そうではなく、武器自体が自身が『槍』であると主張していたからだろうか? しかしながら、強烈な武器のタイプの主張とは正反対に、その『アカイ』色の槍には漠然としたアカと言う以外に色の統一性がなく、濃く、薄くと常に色そのものが揺らいでいる。それは魔性のためか、それとも神性か?

 対して甲冑を着込んだ大男は、幅広の、そして剛直な二本の剣で討ちかかる。一刀の長さは一メートル程の、やや長めの直剣と同じでありながら、普通の幅広など超えて尋常でない太さと幅を持った直剣。それを諸手にそれぞれ携えてもう片方の男に躍りかかる。剣の重さは量り知る事は出来ない。切るや潰すと言った機能を無視して、その剣の当たった場所はスピードと、その重さで爆発したように四散するに違いない。振るだけで爆殺させる剣なのだ。金髪に碧眼の美青年、いや美中年だろうか? 何にしろ、年齢は闘争でのあまりの速さと四方への闘気でぶれていた判明しない。もとい闇の中では顔細工の判別などつかない。

 槍使いのアカい槍が風を切って捨てるように振るわれる。甲冑の男は半身で、鼻先を擦った刃物を避け、返すように体ごと回転しながら、走る電車に添う真上、送電線の間から剣を落とす。槍が刃を逸らす。瞬間に互いの刃と刃が同じ頭部を狙って拮抗。


 電車が斜めに傾きながら、カーブを曲がる。

 車内のサラリーマンの首が、斜め後ろに反り返る。


 最も人体で硬い、頭蓋骨を突き抜く一撃が互いに外された。決して電車の動きで外れたのではない、互いが首をそらし、見切ってかわしたのだ。

 槍使い自身の思考よりも早く、戦闘本能が、槍の石突、刃とは反対の部分が反転して下から甲冑の隙間へと突き上げる。左足付け根。狙いを見据えて騎士は剣で叩く。瞬間、火の花弁が散る。

 再び反転した槍の刃が上から円を描く。だが、騎士の剣は二振りなのだ。片方の受けに使った剣は下から突きに移行しつつ、片方で(かざ)しながら受けを取る。その突きを長さで間合いを外し、槍が受ける。


 高く、より高く響く刃金の楽譜。


  ――(キン)――、

  ――(キン)――、

 と絶え間なく、幻想の如く、闘いの亡者達は死撃を打ち重ねている。音は何処かで指揮棒を振るわれているかのように調律されていた。

 打ち込みは際限りなく、この先はもう無いだろうと言うような、しかし、そのクライマックスの上限など打ち破って、幾度となくその鋼の音符達は天井知らずに加速と連符を重ねていく。

 千紫万紅の火花が百花繚乱と咲き乱れる。ビルから零れる光のカーテンを、更に彩る花弁が破羅々々(バラバラ)と花火の如く散らばる。

 素人から見れば、それは単純な、突きと振りの繰り返し。しかし、嗜む者なら確実に、時を経た達人なら嫌と言うほど分かるほどの人としての技量の隔絶ある連撃。高みを越え、神域を越え、最早魔域の戦闘空間。常識、常道、定石。あらゆる常にして定めるものを覆す。何故、円を描いて振る槍が突きより速い。何故、有り得ない重さの剣が持ち上がる。

 その答えは、ただ、彼らが『人ではない』と言う解を示すのみ。

 槍使いが、流水に笹を流すような、突きに似た撫で斬りを三度放つ。鎧の付け根、首と両肩。あまりの間隔の早さに槍が三つに分かれたような錯覚を起こす。だが、騎士は首と片方の肩を狙った斬撃を二つの剣で打ち反らし、最後の突きを肩の鎧で弾く。

 再び、剛剣は鉄塊で、鼻先で笑うかのように槍使いに打ち込まれていく。だが槍使いも、その重さとそれを苦もなく卓越した技術で操る甲冑の騎士に、槍を天然の膂力と共に鮮烈に合わせ、外している。槍の梃子と速度と力と技が双剣の削撃をかわし、なおかつもっとも反撃し易いようにギリギリまで、皮膚に薄傷を残すまで引きつけて落とす。

 互角、拮抗、見えない鉄線が熱を帯びて張り詰め、直前で切れないようなその白熱戦で繰り広げられる、


           死闘。


 常人の刀の一振り、一合と呼ばれる中でその十倍の死のやりとりを交わす刹那の打ち合い。

 それは常人の命を瞬時で奪い尽くす狂気でありながら、その立ち回りはなお、美しかった。

 黄金比。狂気と技の美しさの比率が凄惨さを一歩手前で芸術に変えているのだ。


 これが何処ぞの戦闘狂達の話で有ったなら、彼らは同時に、ニヤリ、と不敵かつ倣岸不遜な笑みでも浮かべただろう。しかし残念ながら今の彼らはどちらも悲しき運命(さだめ)の手に落ちた受難者達の足掻きだけであり、この一撃は無限永劫に続く連撃の中の、更に一つにしかならない、ただの苦痛。つまりは合わせ鏡に囲まれた自身を罵倒する行為に似ているのだ。

 癒しは遠く彼方。千の年月の更に向こうの夢想。万の年月の更に向こうの回想。億の年月へと至る、それは己の無限の牢獄に囲まれた小さな幻想……


 それはただの亡霊の狂気(パラノイア)か、それとも咎人の地獄(インフェルノ)か……


 ふと、槍使いがコマ落としのように瞬時にさがる。一呼吸の十分の一で離された距離は七歩。次の一撃で殲滅すると、その槍の長さを生かすために離した間合いの利。そのしなやかな動きは容貌にも似た野生の獣そのものである。山獣の王の筋力に、猫科の肉食獣を彷彿とさせるしなやかで天然の動き。それは同じ異形でなければ、決して立ち向かう事は出来ない圧力だろう。

 それに対して、異形そのものである甲冑の騎士は、右手の肘を伸ばし気味にして相手の右目を射抜くように、左手は相手の腹をぶち抜くように剣を向ける。蒼い瞳の騎士は貫かんとジクジクと燃える殺意を込める。

 それだけで大男は顔面を貫かれ、腹を三度刻まれたような感覚を覚えて冷や汗を感じた。しかし、それに対抗するように腹の奥底に裂帛の気合を込めながら、槍を地面に立てるように構え、さらに一歩踏み出す。騎士は大男の体と槍が一回り大きくなったように思えた。

 それでも騎士も踏み出す。これで大兵の足で四歩。『貫』の機能を失った槍だが、残り一歩で重装甲の甲冑ごと、胴薙ぎに出来る間合い。

 だが騎士も、それを十分承知。先に槍の内側に踏み込んで、剣で切る、いや異常とも言える剣の重さで爆殺させるのみ。

 思考が、意志が、仮想の刃が四歩の間を奔る。更に彼らは意識の内で二十合重ねる、心理の内での殺し合い。彼らの心の中では既に何十回、何百回と相手が殺され、自分が死に掛けて、それでも生きている。身体は動かさずとも、心で機先を制する……


 自然にその機先すら消え、どちらの汗と気息も冷え、ただ待つ。熟した機を、ただ待つ。


 偶然でも、一瞥でも電車の上を見る事の出来た人は驚いたであろう。中空には浮かぶ三つの刃。

 心の動きを消した結果、肉体にあたる部分は常人からは人の形だと感知されぬ程、達人の域に入った強者達。

 先の動の闘いとは正反対の極致。

 ただ、武器だけがその人物のいる虚空を示しながら、持ち主の心気を伝えるように呼吸に合わせて肥大と僅かな縮小を繰り返す。

 湖面の静水に映される月の如く、両者は動かない。

 古来、武芸者はその卓越した静の精神の段階を水月の位と言った。










 そして天頂にも、白く大きな、月。




 同じ電車の対向車、そして、夜間に使われる警笛が互いに鳴る。


 どちらともなく、二つの影はぶつかった……

 The moon is only standing upon the evening air.


 Then, little witch happen to meet the Devil.


 Now the crazy nights come again...

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