22.刺部陀(にらぶた)(1/4)
――蒼ひ焔が蝋燭の芯の上で踊る。その命尽きへるまで、踊り狂ふ。
煤が閉じられた空間の中で所在無く上に舞い上がる。暖められた空気で舞い上がった煤は再び塵となって舞い落ちる。
蝋燭に揺れる光の中では闇の中は完全には判別し得ない。正に混沌だった。
その闇と光の境界に男が居た。
目を閉じて語らうのは異言、大陸の詩。いや、そんな詩に似た、――呪詛。
最後に「怨」と一声で世界の奥底、予め決められた法則を発動させた。
陰陽道で【式】とは特別な意味を持つ。【式】は『物事の繋がり』で自然の運行や法則を読み込んで、人為的に干渉することである。しかし、その結果は至極まともなモノである。【呪い】と言う【式】を打つことで他者を意図的に精神錯乱にさせて、自殺や病気にさせることも【式】を打つと言う最古の【魔術】となるのである。星詠み、もとい太陽の黒点の具合による天候の変異や電磁波干渉を予測する事だって【式】を読むと言う、やはり【魔術】となりえるのである。言わば古代の【魔術】の一端は進んだ、進み過ぎた超科学の一つとも言えるのだ。
そして、京で最も【式】を読める男はこの男を置いて右には居まい、と言われるのは安陪晴明と言う一介の天文博士である。陰陽寮の長では無いが、実力は形式で置かれた賀茂と言う呪術の師だった者、その息子である長を明らかに凌いでいると言われている。
現帝からも頭蓋骨の軋む痛みを取り去って(実際はただの偏頭痛の催眠治療)からは、現在では事あるごとに現帝から信頼を置かれる男である。
男が、目を開けた。
「前鬼 あるでひど、居るのであろう?」
「ここに」
まるで空間を飛び越えてきたように、赤い見慣れない衣を羽織った男は片膝を立てていた。ピンと跳ねた髭は上方を向いている。
「『例の女』の息子は捕らえただろ?」
「はっ、我が身に留めております」
時も場所も異なる場所から来た異次元の鬼、いや騎士は応えた。
彼らは、次元も、空間も、法則も違う場所から召喚された騎士である。
彼らの口は異次元と繋がり、王の命を尊守して、様々な接収、言わば、王のための話し相手を拉致ったり、異次元の品を無断で集める異次元の人間であり、彼の世界の言葉を訳すと騎士と呼ばれる、帝のような者に仕える武士の一人なのだそうだ。
本来は彼らの、異界の騎士王の為に激務で謎の緑色の液を栄養剤代わりに飲みながらも飛び回る日々だが、騎士の掟である[ 呼ばれた者には終わるまで応えよ ]があるために現在は晴明に付き従っている。
先の掟はつまり静養の意味でもあるのだが、それでも王からの激務と晴明の命令が大して忙しさが変わらないのは応える相手を間違えたと言った所だろう。個人的には彼は自らの世界である小さな騎士候補の女の子の召喚に応えたかったが、僅かなタッチの差だった。羨ましいです、騎士団の二位の男である上司のヴァカンスを思って心中に刻む日々。加えて、静養中でもくっついてきた騎士候補の男はどうしようもないくらいにだらしがないのだった。胃は無いが、同じような辺りが痛むのは万国共通、いや、全異世界共通と言ったところだろうか?
「そうか、あの女も愛息子を捕られては流石に、手も足も、あるいは尾も出まいて」
宮中では決して見せられないであろう、げらげらと下卑た笑いを晴明は挙げる。
「あとは【予測】と実践のみだ。これで戦を決する事が出来る。あの女は無駄に義理堅いからな。負けさせればその後は結果に従うだろうさ」
「左様ですか。その頃には、私はお役目御免と言ったところでしょうね」
「あぁ、俺としては君ほどの式神を手放すのは惜しいが、契約は契約だ。むろん我が家の十二、三の女中ばかりをたぶらかす幼女趣味の騎士候補とやらを一緒に連れて帰れ」
「分かりました」
「それと奴に言っておけ。アノ娘達は俺専用だ。手出しするな、とな」
「……わ、分かりました」
その返事に機嫌を良くすると、自らに酔うように手で顎を撫でながら顔を傾け、晴明は呪文の効果を高めるために焚いた、香を含んだ蒼い焔の蝋燭を反対の手で摘んで消した。
暗転――。