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10.叫喚(きょうかん)(3/4)

>>―Side B― 国定視点からの続き。

 -Side A-



 『――I summon one from blaze universe in Nodence' name . Repeat, Efreeti, Psalamander !!

  ――I summon one from abyss universe in Cthulhu' name . Repeat, undine , Slime !!

  ――I summon one from blow universe in Ithaqua' name . Repeat, Sylph , Hippogriff !!

  ――I summon one from deep universe in Niggurath' name. Repeat, gnome , Spriggans !!

  ――I summon one from another universe in Azathoth' name. Repeat, null , Shadow corps!!』



 私の喉が一度に『五つの呪文』を紡ぐ。急激に、いつもとは在りえない程の魔力が失われ、『私が地面に零しておいた血液が触媒となって』魔法を起動させる。


 それぞれの呼び声に応えて、世界の扉が開き、その場の空間を満たすエーテルによってそれぞれの仮の肉体を閃光と爆音と共に与える。


 ノーデンス、クトゥルフ、イタカ、二グラス、アザートスの世界から、火霊素、水霊素、風霊素、地霊素、そして失名素の力を持ってして、私の世界に五つの異生物召喚を成功させた。


 火竜(サラマンダー)、スライム、ヒッポグリフ、そして、久しぶりに召喚し直した地の守護妖精スプリガンに、実体を持たない影の兵士であるシャドウコープスが勢ぞろい。


「Go!!」


 私の意志を読み取り、火竜は伝承では数千度と言われる業火を撒き散らして獣達を後退させ、十t級の二体のスライムはその身を伸ばして業火の熱波から人質の人々を守った。

 緑色の帽子を被った老人の妖精は私の膝くらいの背丈からドンドン身体を巨大化させて、警備員を掴んでいた獣人を殴り倒す。獣人が取り離した所をすかさず、ヒッポグリフに騎乗していた私が警備員の人をキャッチ。それを追撃しようとした獣達を、薄い影が直立したようなシルエットの西洋の兵士三体とスプリガンが行く手を阻んだ。



「何ッ! 馬鹿な! 呪文は一つしか唱えられぬはずだぞ!!」



 その通り、魔術師の彼の言う通り、確かに一つしか呪文は唱えられない。人の口は一つで有る以上、言葉は一つに付き、一つの呪文しか紡げない。魔法を刻み付けられた身体は一つの呪文にしか反応しない。故に一つの呪文につき一つの召喚しか出来ないのは世界の(ことわり)である。


 だが、何事にも『 例外 』なんてものを作り出すことは出来る。それが魔女ならなおさらである。


 九貫の秘法、『圧縮連唱(パイルコマンド)』。

 左右二つの声帯を別々に震わし、横隔膜で音を作り、骨を震わせ、全身を口として同時に五つの呪文を唱えられる秘中の秘、(ことわり)(いつわ)る技法である。


 無論、どんな呪文でも唱えられたりするわけでない。予め、パソコンのプログラムのように決められた、選択して練習した呪文のみを同時に出すのだ。つまり、私は今召喚したのと同じ異世界の魔物しか毎回呼べないのである。言うまでもなく、一発で一日分の魔力の九割を持っていく技法のため、むやみやたらと使うわけにはいかないのも理由である。


 スライムの中に既に気絶した警備員を放り込んで避難させると、私はヒッポグリフを再び旋回させる。シャンデリアの真下、煌々と照らす灯りを受けて、私は魔術師を見下ろす。

 人質を避難させた今、やるだけやってやろうじゃない!



 獣人の背後に隠れ、恐れ戦く奇怪な男。

 私は口の端をニヤリと曲げて命じた。


「Beat up them all!! (ブチかましなさい!!)」


 火竜はその存在を心の底から震わせる雄叫びを挙げながら、今までで最大の火力を持って口腔から火焔を渦巻かす。



 だが、

             「やはり魔女、油断も隙もあったモノではないな」


 その業炎をまるで団扇で仰ぐように、二つの鉄塊が薙ぎ払った。


 業炎の『切り裂かれた』場所には溶けたタイルとショーウィンドウガラス。そこは人では決して歩めぬ焼却場を、甲冑を着た『呪い』が歩く。

 熱の巻き上がる風で棚引く黄金の(たてがみ)。その熱波すら凍らせて燃える蒼い瞳と銀白の鎧。その両手には『竜』すら打ち殺す刃物に似た爆発物。


 現代最大の【呪い】、テンプル騎士団の亡霊騎士。ガーブリエル・オギュースト。


「ガぁぁーブリぃぃぃエぇぇぇルぅッ!! 貴様、何処へ行っていたのだ!? 私と言う賢者を差し置いてッ――」

 そこから先の言葉はゴーグル型のサングラスに、ピタリと、傷付けずに当てられた剣が止めた。残念ながら私の目には、いつ動いたかのかすら分からなかった。

「【魔術師】、我が身は【地獄使い】の攻撃で傷付いていた。それを貴様が『勝算がある』と言うから乗ったのだ。――だが蓋を開けてみればなんだ? 貴様は無実の民を人質に取り、傷付け、あまつさえ皆殺しにしようと企み、あまつさえ失敗するとはなんと言う『体たらく』だ。騎士を呼ぶ戦いではない」

 剛剣がスルスルと引かれ、それは私に向けられた。

「だが、ココまで来たなら仕方ない…… 【魔女】、貴様の心の臓、意地でも貰うぞ!!」

 その言葉に反応して、五メートルをやすやすと超える火竜が地響きをあげて(あぎと)を開く。

 牙と言うより乱杭歯に近い、三十センチの刃物群が襲い掛かる。

 だが、騎士はそれを真っ向から、一瞬で、一撃で叩き切った。

 音も立てずに縦に頭が割れ、同時にこの世界に留まれぬほどのダメージを受けた火竜は風に吹かれた砂粒のようにザラリと消えた。

 背後からのスプリガンの巨拳。それを騎士はまるで後ろに目でも付いているかのように鮮やかに回転して交わし、振り向き様に胴体を斜め下から上に撫で斬る。

 僅か三秒かそこら、騎士は私の攻撃手段を二つも奪った。

 でも空中に居れば、亡霊は空を飛ぶ事は出来なかったはずだ。攻撃する手段なんかない。今のうちに、もう一度召喚を……

 だが突然、騎士は剣を逆手に持ち替える。一体何を?

 その問いの答えは、次の思考の瞬間には目前に有った。


 視界が意に反して動く。ヒッポグリフの羽が翻ったのだ。


 制服の上をスレスレで引き裂く白光。

 背後のシャンデリアが物凄い勢いで弾ける。

「剣投げた!?」

 驚きのあまりに助詞すら抜かす。

 レイザービームにも匹敵する投擲剣。ヒッポグリフが反応して避けなければ、確実に私の心臓を抉っていた。

 しかも剣は彼の呪いの霊気装甲から湧き出たモノ。次の瞬間には両手に魔力で作り出した剣を携えている。

 影の兵士達は獣人の牽制のために動けない。

 再び、騎士は剣を逆手に持ち替える。ちょっと待て、その攻撃は抉るとかそんなんじゃなくて胴体ごとブッ潰す気でしょ!?

 私はヒッポグリフの機動性を信じて、かわし続けるしかないのだろうか?


 いや、大丈夫。私は、いや、『私達』はきっと勝てる。

 今はそう信じて、私はヒッポグリフの鷲羽と判断に、今は身の全てを委ねた。


* * *


 -Side B-


 空中から襲撃。俺は全身のバネを使って飛び蹴りを放つ。狙うは顔面と顎の一点のみ。筋肉の鎧で打撃を止められる以上、顔面への、さらに一撃での気絶を狙う事以外に絶対の勝利はない。

 顔、顎、それに類する場所であれば脳を揺らす事が出来る。脳が揺れれば、意識の断絶、気絶させることが出来る。

 身長差のある以上、空中での攻撃なら高さでの利はこちらが持てる。

 俺はシャンデリアまで届くほど上に跳んで、その顔面を打ち抜くように落ちた。

 だが、その俺の機動性に男はやすやすと追いつく。飛び上がりながら、俺の蹴りを外側から魔術師の内回し蹴りが打ち落とす。

 俺がそれに対して、魔人の持つ驚異的な空中機動性を使って宙で廻ると、反対の足での蹴りを出す。

 狙いはほぼ背中を向いている、がら空きの後頭部!!


 ――瞬間。

 魔術師の攻撃が『それだけではない事』に気付いた。


 蹴りを行なった足、その『反対』の足の踵が、横から竜巻のように渦を巻きながら迫る。

 二段回転蹴り、中国風に言うなれば旋風脚か。

 だが、そこまで分かっているのであれば避けるのは容易い。その足を手で払い落とすように受けるだけ。

 瞬転。真下から俺の下腹部に超絶の衝撃。何が起こったのか、俺はその相手の姿を見て、気付いた。


 ――なんて空中バランスだ。俺の蹴りを打ち落とした蹴りで、もう一度蹴りだと?!


 空中三段回転蹴り。それを使える人間、しかも実戦で、これほど使いこなせる人間がこの世界にどれだけいるのだろう? 一連の動きに遅滞はなく、ただただ洗練された舞いである事に変わりはない。人の身で魔人の運動領域にまで達する人間。


 俺には何故、そこまでの力が無かったのか? 何故、俺は何も出来なかったのか? 何故、願いは叶わないのか?

 混濁した意識は地面に、斜めに叩きつけられる事で再び回復した。

 受身など取る間もなく、ぶつかった勢いのそのままでゴロゴロと後ろに転がり、間合いを取る。

 優雅に、プリマのように着地した魔術師は、ユッタリとした歩みで隙無く近づいてくる。


 再び飛び掛る俺。

 俺の顔面に迸った男の掌低に合わせて、あえてぶつかるように額で受ける。額に留まったままの、掌低を行なった手首を両手で掴み、腕に密着するように飛んだ。

 両足を腕に挟み込み、同時に首と胴に掛け、手首を掴んだ両手と背筋で肘を逆方向に持っていく。

 関節技、飛燕腕十字固め。いや、固めるつもりはない。肘を逆に折る。


 だが、後ろに持っていこうとする腕は、男が掴まれたのとは反対の手で、俺が掴んだ手首の下辺りをガッチリと掴まれていた。

 つまり、俺はまるで抱っこちゃん人形のように魔術師の腕に抱きついているようにしか見えない……

 子供の体重とはいえ、ありったけの、魔人の筋力で関節の方向に逆らう動きを止め、さらに同時に支えている男の筋肉も凄まじい。だが、男は支えるだけでなく、そのまま俺を『地面に叩きつけた』。



「ガッハ?!」


 再び持ち上げる。先ほどよりも高く、落とすと言うより叩き付けるための上昇。落下に加えて、地面への急発進、急加速。

 内臓がそれぞれを固定する膜を破って、全てが飛び出るほどの打撃。俺の口から自然に出た、胃の破れたドス黒い血が魔術師の顔を染める。

 その中央の両眼はただ破壊のためだけにあり、敵意も、驕りもなく、無機質な虹彩。

 五度の直撃を受けてから、数瞬。意識が白濁に濁った。

 そして、俺は朦朧とした意識の中で、自分が組み付きを解いて本能の内に後退した事に気付いた。

 慌てて、睨みつけると同時に構えた俺に男は超然と佇んでいる。


 依然として武器を取り出す暇も無いほどの緊張。男のダメージは零のまま、俺との間合いと呼吸、タイミングを計っている。

 男が狙うのは完璧なる勝利に他ならない。圧倒に次ぐ圧倒。凌駕する術を持って構築する戦闘支配。

 打撃も関節も勝負に、いや小話にすらならない。


 ふと、男の輪郭から僅かに外れた先には黒い、澱んだ空と車の証明が発する光の軌跡群が映った。

 鼠色の雲が緩々と中天を這いずる中で、俺も這いずり掛けている事を自覚してみる。

 空がやけに近い気がするのは何故だろうか? 俺の死期が近いからだろうか?

 いや、違う。そうか、ここは地上百メートル上空か……

 ――もし、ココで魔術師を投げ飛ばす事が出来れば、奴を窓の外に放り投げる事が出来れば、戦況は一気に逆転。それどころか打ち勝つ事すら一瞬で出来る。

 ……取っ組み合いか? 彼我の能力と彼の筋力の差、それを埋める事は叶うのか?


 記憶が蘇る。


 ――そうだ。俺にはあった。彼に対抗出来る技があったのだ。長い間、この二百年は使った覚えはない。身体に残っているのか、それすら疑問と疑念に駆られる月日。

 いや、それでも俺は負けるはずがない。特に取っ組み合いで俺が負けるはずがない。

 熊すら片手で投げ飛ばすと、歌にすら詠われた、俺の『力技』が負けるはずが無い。



 俺は両足を開いて、身を屈める。両手は拳のまま、軽く地面に付ける。


「相撲ですか」

 男はちょうど、土俵の仕切り線と同じ位の所に立つ。そして、同じく、両足を開いて構えた。

「余興と言うか、貴方に挑戦してみるのも悪くないですね。ちなみに僕は身長こそ百七十センチかそこらですが、体重は六%の体脂肪を除けば百二十キロはやすやすと超えています。それは承知ですか?」

 相撲は最初の立会い。ぶつかり合いの衝撃で、頭部だけでも掛かる衝撃は一t近い。体重が違えばその全身に掛かる衝撃の量もまさに段違いに、桁違いに違う。


 それでも、


          「発氣用意(はっきようい)……」


 勝てる自信は有った。


 全身を巡る霊気装甲が今まで駆動しなかった人の神秘を為そうと(みなぎ)る。

 それは俺の体内でしか伺い知る事しか無い事。体表からは計り知れないほど俺の『力』が体内で背骨を伝って螺旋し、隆起する。

 それは絶対的な勝利に結びつく、ただ一つの奇跡。


                          「――残ったァッ!!」


 仕切り線、七十センチ内での剛力と剛力のぶつかり合い。妥協の余地もなく、体一つを弾丸と化す最強の国技。

 百キロを超える男達が互いの腕力と突進力を信じて臨む神聖なる闘争。

 そしてぶつかりあった瞬間、勝負は決まった。

 魔術師は声を出す間もなく、『押されていく』。四捨五入すれば百キロ近い体重差を、俺は物ともせずに押していく。

 靴の摩擦係数など関係なく、二日前に嗅いだゴムの擦れる音と臭いが発生。彼の筋力全てに俺の突進力が反逆する。

 既に魔術師の背後、一メートルまで迫った一枚板のガラス、それより先は目下百メートルまでの垂直落下のコードレスバンジージャンプ。


「噴ッ!!」


 魔術師は気合と供に筋肉を全稼動させる。押し出す力に絶対的な体格の差が現れる。

 それでも、俺の突進力は些かも衰えない。肉体、技術、気力、そのどれでもない、絶対的な勝利の方程式を叩きつけていく。

 ゴムの臭いはますますきつくなり、さらに彼と俺の爪先の抉りこんだタイルが砕ける音を立てながら背後で弾けていく。


 覆い被さるように俺を止めようとしていた魔術師の体が、ついに俺の突進力で、完全に浮いた。


「しゃだらぁぁぁぁぁッ!!」

 弾ッ!

 子供の手垢のついた一枚板のガラス。そこにピタリと、魔術師はまさに肉薄した音を立てた。背中につくガラスの冷たさは死への冷たさを予感しているかもしれない。

 精緻なガラスに罅が入るかもしれないな、と思った瞬間、俺はそこで突進を止めた。

 濛々と煙立つ背後。俺が魔術師の攻撃を避けた結果、破壊され、竜巻に巻き尽くされたようなコンクリートの背景。それに比べれば、その線路のように刻まれた二本の線、爪先がめり込んだ痕など大した事はないだろう。



「何故、止めてしまったのですか?」


 魔術師は、あくまでも戦闘への中断へではなく、絶対的な勝利を持った技。それを止めた事について聞いた。

 俺は持ち上げていた魔術師の身体を下ろすと、魔術師に顔を向けたまま後ろに下がった。


                 あぁ、昔の悪い癖が出ちまったな。


 俺は皮肉げに口の端を歪めて、その問いに答える。

「あんたの技を見ない内に倒すのが惜しくなったんだよ。(ひた)ぶるに力比べけむ、って相撲の神様も言っていただろ? ただの殺し合いじゃなくて、熱くなったら互角にしないと詰まらないだろ? 日本書紀を読んだ事無いのか?」


 当代の天皇の名によって、最強と伝えられた二名が召喚された。最強に名高い相撲の達者、當麻 蹴速(たいまの けはや)を負かすため、出雲国より呼び寄せられた闘争者、野見 宿禰(のみ すくね)


 日本で最初に行なわれた打蹴投極、何でもありの、殺人すら許容された角力と呼ばれた頃の原始の喧嘩相撲、その最初の記録である。そして天覧試合で蹴速は腰を砕かれ討ち死に、最終的に神として祀られた相撲の神、宿禰。



「神様達が『等しく力を比べたい』って言っていたんだ。俺が相撲への恩寵(おんちょう)を受けて、それを使っている以上――」


 再び、架空の仕切り線に身を沈める。


        「――魔術師のお前も等しく【斬刑】を使わないと意味がないだろう?」


 在姫が目の前に居なくて良かった。実に馬鹿だ。救いようもない悪癖なのだ。それでも、その熱さが俺の、記憶以外に残った唯一のものである以上、俺はそれに従いたかった。


 熱く燃えるのも、長生きする秘訣だ。


「大陸では孔子様が『礼記(らいき)』で「武を講じ、射御を習し、以て角力す」って言っているしな。ここは礼を持って、等しくしようでないか」


 未だに劣勢ながらも、思わず晴れ晴れと笑ってしまった。魔術師も苦笑とも何とも取れない表情を醸し出していたが、何かに納得するように頷くと、構えを変える。


 異様だった。八卦掌の構えではない。足先を俺からズラして、斜めから俺の攻撃を効率良く受けていたのが彼の技法だった。

 しかし、今や肩幅よりやや広げた両足先はコチラを向け、肉弾のようでありながら、筋肉塊の胴体が限界までに捻られている。柔軟性などとも言えない程、肩関節やら肋骨やら背骨の限界可動域を試す、そんな捩れ方。螺旋の力を効率よく使う『勁』の技法、纏絲勁(てんしけい)とはまったく異なる、中国拳法のどの構えにもない異常性が滲み出る。しかし、肘を天井に向けて鉤状に曲がった右腕の先と胸に添うように当てられたそれぞれの手は八卦掌で『牛舌掌』と呼ばれる『手刀』のままの形態だった。


 足だけをコチラに向けて、顔をコチラに向けてほぼ背中を見せた状態。これで必殺が繰り出せるのか疑問よりもインチキさの漂う体法。


 ……それでも、魔術師から発せられる殺気や兇気は尋常でなく、今までで一番放射する気配で最も強い。

 俺の戦闘思考が『 警 告 』の二文字を浮かばせる。


 俺も顎を引きながら、必殺の構えを取った。次の一撃、俺が(はや)ければ魔術師が吹っ飛び、魔術師が疾ければ、おそらく名の通り斬殺されるのだろう。



                「発氣用意……」


 魔法使いの呪文にも似た言葉の暗示。それは再び俺を一つの弾丸へと変える儀式。山獣の王者を放り投げるほどの能力(ちから)、ここで見せてやろう!



           「魔人、首斬に(しょ)す」


 魔術師もそれと同時にまったく呼応するように、短く、謡うように自らの呪文を唱える。


 常人なら吐き気を及ぼすような圧迫感と危機感。お互いの額から汗が垂れる。

 肌の汗腺から、汗が滲む間にも視線で七度殺し合う。

 瞬きたりとも出来ぬ、緊張すら廃絶する圧迫感。

 お互いの言葉が、鐘の音のように――静寂、無と消えた瞬間に、動いた。



                       「――残ったァッ!!」

                       「――(シャ)ッ!!」


* * *


 -Side A-


 粉雪が飛ぶ。それは幾千モノ、散り散りと舞う硝子の片。ホール照らす燐光に乱々と反射、屈折、光輝し、辺りに降り積もる。

 燦々と木っ端する硝子達の元は豪奢な、私の後ろのシャンデリアである。そのシャンデリアを撒き散らすのは一つの凶器。

 硝子とは対比にもならぬ荒々しさと重厚さを持つ鉄塊。それは剣と呼ばれる武器であり、人の手で振るわれる物である。

 だが、その凶器は振るう使用者の手中では無く、一つの弾丸となって宙を疾走している。

 投擲剣。実際にある技法にしろ、その威力は人の手で巻き起こせるモノではない、純然たる怪奇中の怪奇。


 【亡霊】、生前の思いを遂げられずに天使に回収される事も、地獄に堕ちることも無く現世に留まり続ける現象。不可視の束縛よりも強く、地上へと束縛される記憶の宿った力の塊。その最も強く、その思いによって【呪い】として現実に干渉、いや現実を掌握しようとする存在を【亡霊騎士】と私達、魔女は呼ぶ。


 その亡霊騎士でも西欧で最悪の部類に挙げられるのが、ガーブリエル・オギュースト。悪名高き『 テンプル騎士団 』の騎士長である。


 約六百年前、テンプル騎士団は教会の人間によって打ちたてられた騎士の組織である。しかし、何時からか? 教会の理念は失われ、象徴である赤い十字が象徴するものが罪を流す血でなく、罪、そのものであると知れる頃には教会が隠匿出来ないほどの事態にあった。


  曰く、神でなく、魔王に身を捧げた。

  曰く、儀式の為に妊婦の胎を裂いていた。

  曰く、その嬰児を取り出して魔王に捧げた。

  曰く、赤子の生き血を啜り、丸呑みにした。

  曰く、そして魔王の眷属となった。


 それが真実にしろ、虚偽にしろ、教会がそれを許す事なく、その組織は解体、全ての当事者と責任者は処罰された。

 その中の一人、高名な【責任者】にして、その身を『本当に教会の目的のみに捧げた真の騎士』【ガーブリエル・オギュースト】は無実の汚名を着せられ、その断罪のために生贄の子羊となった。

 私財没収、縁者皆殺、名誉剥奪、汚名授与、そして、当時のあらゆる拷問刑を受けた上での首斬刑……


 その背後で手引したのはテンプル騎士団のあり方を変えた一人の【魔女】と言われていた。噂が噂を呼ぶうちに彼は【亡霊】として蘇生し、主人は無く、自らの復讐に従事する【亡霊騎士】となったのだ。

 海を越えた大陸では、殺した魔女は百年の間に千を超え、教会の昇天呪文【聖葬詠唱】すら断ち切り、教会の斬殺を繰り返す悪鬼。


 その数にも比する魔女への怒りは凄まじいモノだ。怒りによって漲る力はランゲヴェリツ・プロセスなんか通り越して、限界どころか人外の所業であることは明白だ。

 自然界から怒りと怨念を持って、強制的に引き上げる力。そして、それをありのまま渦巻き、吐き散らしている。

 そして、散らすのは突風では無く、剛直な剣風。


 一直線に魔女を狙う剣は、心臓を抉ると言うより圧壊させると言うべきだろう。しかも、わずかに掠っただけでもその箇所が勢いで斬殺、爆殺させられる。


 それをヒッポグリフィスは鷹の双眸を持って、最初の動きを見切り、避け続けていた。召喚者を守るために双翼を翻す姿は、神話と同じ勇猛さと主への忠実さを表す。

 しかし、その身体は私のスッカラカンに近い、そこから僅かに流れるか細い魔力の維持のみで支えられているのだ。普段の百%の供給量なら悠々と避けられるモノが、時折白い羽毛や黄色の毛皮の下から細かな鮮血を撒き散らす。

 痛みが召還獣に感じられるかは分からない。彼の見て感じたモノを知覚することは出来ても、それをどう感じたかを共感する事は出来ない。だが、彼はその意思を言葉でなく、ただ回避と言う行動で表されている。

 私の頬も、後方のシャンデリアが砕ける度に硝子片で赤い糸を引く。しかし、そこに痛みはなく、ただ私の中に内在する魔力を流動、維持させる一つの機械となって私は、私の心臓は動いている。


 眼下では三体の影の兵士達はそれぞれの体が他と入り混じりながら、七つの獣との攻勢を続けている。魔術師の男はウロウロとただ右往左往するだけで何も行なってはいない。

 お陰で反対の非常階段からは、男が手札として残すべきだった人質、一般人達は逃げる事が出来ているようだ。あの警備員も神南高校の制服を着た学生達に、背負われ、運び出されている。

 イカれた獣達から私の兵士達には支障はない。ただ影、二次元の住人である彼らには三次元の物理攻撃は意味の無いモノだ。しかし、影に有りながら三次元への影響力を持つ影の騎士達は、硝子を爪で引っ掻くような音、奇声を挙げながら獣達の体を引き裂いていく。大して獣達はそれを引き剥がす事も出来ずに、それぞれの武器、棘の付いた球体や鉄爪と言った原子的な武器を自らの身体に叩きつけて自滅しかけている。

 それでも吸血種の因子を埋め込まれた彼らは、獣人種の生命力と合い余って全身から血噴を撒きながら生き続けている。影の兵士達が居なければあの狂戦士(ベルセルク)が解き放たれると思うとゾッとする。


 そしてその感覚と合わせるように、電気が背中を駆け上るほど、近くを飛び荒ぶ無骨な鋼。

 さっきよりも投擲の間隔が早いッ! 見れば猛り狂った亡霊は片手で剣を呼び、片手で投擲をしている。効率を上げてきているのか?!

 攻撃的な呪文を一通り考えたが、どれもビルを丸ごと吹き飛ばし兼ねない上に、霊気装甲としての格上の亡霊にはかすり傷さえ負わせる事は出来やしない。

 彼を傷つける事が出来るとしたらより上の、ハッキリ言って大禁呪級、大魔法級の存在消滅法か、己よりも強い者のみを斬ることのできる交霊武装、魔王刀でも無いとやってられない。


 もしくは彼と同じ霊体の【魔人】のような男でなければ倒すことは出来ない。


 まったく、あの高所恐怖症馬鹿は一体何をしているんだ!? か弱い魔女を一人置いて、デブちん如きにまさかボコボコにされて、あまつさえ余裕も無いのにその勝負を楽しんでいるのでは無いだろうか?!


 その私の怒りに血の昇り掛ける思考を、目の前の(げんじつ)が呼び戻す。

 頭を伏せる。轟音重来。

 頭の元々在った位置を凶器が通過。手を当ててみれば一本だけ出ていた癖っ毛が少しだけ短くなっている。


 あの野郎…… 女の命(髪)を切り取るとは何事だぁ!!

 私の微妙に泣きそうな気持ちとは裏腹に、蒼く燃える瞳が直視する。乙女の怒りを矮躯に秘めた、睨み返す私に尚のこと執念を燃やす。

 そこで私は気付いた。今まで片手で投げて、もう片方で作り出していただけの剣が、今は両手。その双拳に握られた剣は小指に刃を向けている。その先ほどのダーツに似た投擲スタイルに使っていた逆手ではなく、今は剣を振るのと同じ、親指に刃を向けた順手。いつかの国定と戦った時の構え。

 どれほどの怪力を秘めたのか分からない双腕が、苦も無く鉄塊を二振り、同時に頭上にまで上げられ、肩の、鎧の上に置かれる。重みで鎧を破壊しないかと、そんな下らない事を考える暇は一瞬しかなかった。


     そこから両肩に担ぎ上げた剣が、それまで真っ直ぐ、ダーツのように投げられた状態から『横に振られる』。


 斜めに、カーブするような変速的な軌道を持って迫る双つの剣。霊気装甲の作用を付加された剣は中途から、曲がった軌道からにも関わらず、それを無視して加速する。直線よりも速く、到達する時間も瞬きよりも早く。

 その片方が斜め右下と左真横から迫る。避ける暇なんて零、零、零、零、零、零、零、零……



                      熱い紅が、私を赤く染める。



 ヒッポグリフィスが鷹に似た甲高い悲鳴を挙げた。

 私のヒッポグリフィスは、その片方、斜め右下を振り切り、左真横に胴体から突っ込んだのだ。


 私の乗っていた、ヒッポグリフィスの背中からちょうど後ろが吹き飛ぶ。巻き上げられた血の量は消滅を意味するほど、それでも彼は最後にもう一度、千切れ掛けた羽を大きく動かし、スロープになった場所、逃げ遅れている人質からも、亡霊騎士から遠い場所に墜落した。


 背中から転がるように飛び降りて私が抱いた鷹の頭は、光の粉を飛ばしながら、短く「(コゥ)」と鳴いて、重量を完全に無くした。


 悔しい。確かにこの世に仮初の肉体を与えられただけの、他の世界の住人だ。何度でも、呼び出そうと思えば呼び出せれる。それでも、私を慕い、私を命まで賭けて守った存在が消滅させられたのは、途轍も無く悔しい。


 眼に力を込めた私を、剣を投げた場所からまったく動く事無く、そのまま再び剣を持って佇む【亡霊】。



 生き残らしてくれた命を無駄に散らすわけにはいかない。


 それでも歯痒いほど、霊気装甲の薄くなった私を【呪い】が束縛する。必死に力を込めても鼓動は私の全体に響かない。



                      「爆砕しろ、魔女」


 二度を持って、担ぎ上げられた剣。それは再び回避不能な軌道を描きながら、私を爆殺するのを幻視する。

 本当に、どうにも、何か方法はないのか? 魔力の枯渇しかけた体が、少女としての心を取り戻して、ただ震えてくる。怖い、単純にあの巨大な刃が怖い。国定、お願いだから、意地悪しないで早く……、早く来てよ……



 亡霊の瞳が一際大きく輝いた時。



 些か間抜な、エレベーターの到着音。遅れて扉が開かれる。騎士はこの事態に驚いて、剣を僅かに挙げたまま硬直している。

 私はすかさず柱の後ろに隠れたが、騎士は反応すらしなかった。


 異様な人物だった。下はまともなベージュのズボンだが、黒く、吸い込まれそうな半纏姿。その半纏の下の上半身に、顔を含めて完全に包帯を巻かれ、頭頂の髪の毛だけがヤシの木のように立って、包帯の先から毛の見えている。両手には鎖のついた巨大な両手用の斧が握られている。


 黒い鹿皮のブーツが音を立てて亡霊に近づく。

影の兵士を無視して、その怪人に改造獣人が殺到する。

次の瞬きの瞬間には、獣人達、全てが斬殺されていた。再生能力を破砕する兵器によって回復は覚束無い。そして、最終的にはグズグズとミュータンジェンのような桃色の液体に変わってしまった。


 怪人は周りを見渡すと、騎士に、標的を定めた。

「日本国冥府所属 死神公社 死霊課 若原 曲 警視。ガーブリエル・オギュースト、魔女連続殺人容疑、及び不法越境に加えて私物損壊と魔女殺害未遂。死神公社の名の下【現行犯斬殺】する」

 騎士が剣を降ろす。それは降伏でも、剣を投げるためでもなく、唯一戦いのための洗練された構え。

 騎士は獲物の私よりも、目前の、自分を斬殺に追い込む脅威を殲滅する事を選択した。

「死神だな?」

 騎士の確認に、包帯越しの瞳が細められ、巨大な斧が無言で、両手で腰だめに構えられた。

「そうか……、私の邪魔する者は……、例え『死』でも踏襲しようぞッ!!」

 銀光が目映く煌めき、刃金と刃金がぶつかった。


* * *



 -Side B-


 地面とほぼ平行。前に進める、足と言う支え棒がなれば、顎を着くほどの低い弾道で俺は突進する。

 一歩にして高速、二歩にして音速、三歩を経て、光速へと至らんと加速。

 体当たりと言うものほど、単純で、合理的で、これほど凶悪な打撃はない。全体重を持ってして、あらゆる古来の打撃技法で効率良く目標を粉砕し、転倒させる極技中の極技。

 その虎のように伏せた俺がそこから僅かに舞い上がると同時に、相手である魔術師が「()ッ」と短く呼吸をする。


――同時に、筋肉が弾けた。


 始めは、ユックリとした海の胎動のような動きだった。だが、それは俺が三歩目を踏み出す頃には津波のように、水面に隠された大きな対流が全身を流れている。知覚出来ないほど細かく分けられた筋力は、それぞれの方向性を持って正しい流れを定める。それは雷雲の彼方で今か今かと落ちるべき場所を静かに探している雷雲のごとく、その一撃はそれ以上の必殺。伝説にもある雷神を切った刀、『千鳥』のような研ぎ澄まされた技。

 俺の荒々しさに対抗すべく、電光の一撃のみに掛ける。


 そして、俺の小脇を締めた体勢の、額と掌が当たる直前。


 光が奔走した。


 視界の端に映った両腕の肘から先が、あまりの速さに見えない。

 単純な速さ、音速の手刀、首斬、斬撃、斬殺、斬刑。


 だが、頭で分かっていてもコチラも必殺となって居る事は分かっている。今更、攻撃の軌道は変える事は出来ない。出来たとしても更なる、追撃の的になるのみ。



――つまるところ、俺が光よりも速ければ倒せるという事だ。


 光を両手に纏った魔術師を突き抜けるような、強引なイメージ。

 意識が気力を導き、気力が力を引き出し、力が技を変える。


 更なる加速。その加速で、スレスレで斬撃の結界の内に入った。

 横に振られた剛刀、左の手刀を直前で潜る。痛快な程に凶悪な空裂音は僅かに俺の背後。

 魔術師を轟然と吹き飛ばした。


 だが、その刹那、魔術師の、右の指先が俺の左腕を触れていた。

斬、と冗談のように骨と骨、関節の間を縫って手刀が左腕を吹き飛ばす。

 まるで本物の刃物のように、人の体が肉を斬った。筋や肉の吹き飛んだ腕はその身体を繋ぎとめていた圧力の反動でクルクルと回りながら、斬撃の衝撃によって後ろに戻っていく。左右の手刀の二段構えだったのか?!


 だが、それでも俺の踏み込みは止める事は出来なかったが……

 地面と言う支えを失った魔術師の、吹き飛んだ体の制御など出来るはずはない。熊殺しの秘法とも言える体当たり、まともな人間が食らえばダンプカーの衝突、いや、飛び立つ直前の大型旅客機の衝突と変わらない。

 魔術師の男のぶつかった衝撃で、たわんで砕けた闇色のガラスが四散する。ガラス達は重力を忘れたかのようにそのまま同じ位置を留めて、やがて落下した。


「な!」


 肝心の魔術師は――、なんて奴だ!

 『先ほどの俺と同じ様に』、清和源氏に伝わる秘法である【浮身】で衝撃と共に飛んで、反対側のビルにまで跳んで移っていた。

重力に引かれて落ちたため、彼は俺よりも僅かに下の階に留まっている。

 一瞬でもタイミングでもズレて、遅ければ体当たりの衝撃で頚骨くらいは衝撃で粉砕され、早く跳び過ぎれば反対側のビルまで辿り着く加速を得られない中での、刹那の十分の一以下での判断。


 この男はヤバイくらいに強い。


 割れたガラスのコチラとムコウから、覗くように三度、魔術師と俺は睨み合う。

 だが、魔術師は体当たりで胸骨が凹んだためか? 先ほどの木目細やかな呼吸をせず、遠方から見ても分かるほどに肩を使って粗くしている。口の端から血をダラダラと垂らして、視線の方向を見失い欠けている。

 対して俺は、腕を切り落とされたとは言え魔人。この程度の負傷は障害にはならない。


 ――左肩関節神経群痛覚域遮断。一時的措置による部分循環止血完了。偽装措置。再生組織の為の帰還措置組替え――


 視線を伏せるように背けた魔術師は胸元を抑えながら踵を返す。足も引き摺っているのは、やはり人の身体では落下と飛ばされた着地の衝撃に耐えられないと言うことか。膝くらいは壊しただろうな。

 あの負傷と機動性の度合いなら在姫のガントでも一撃で何とかなるだろう。


 俺も魔術師の退却に合わせて、振り返って自分の腕を拾ってくっつける。

 ――患部接合。全神経接続。霊気装甲復元、展開、流動。情報流転再開――


 途端に、我慢していた痛みが顕在化した。嫌な、熱を持った粘り気のある汗が額を通って首筋に垂れる。白目を剥きそうになったところで歯を食い縛って、右手で左肩を抑える。

 強制再生した細胞が熱を挙げて、白い煙を挙げていた。

 とにかく、荒い息を隠さないと後で在姫に何かを言われそうな気がした。


 在姫……


 振り返った、反対側のビルのガラス越し。そこには在姫と【魔術師】と【亡霊】と、【死神】が立っていた。


* * *


 -Side A-


 三つの鋼の舞踏曲(ロンド)

 打ち重ねられる音と共に、その見えない速さの刃と音を視覚化するように火花が散り散りと霧散する。

 二つの鋼の打楽器を遣うは亡霊騎士。なんど説明しようと信じてはもらえないような二振りの剛剣。一刀の長さは一メートルほどの普通の剣とは変わらない。しかし、その太さと幅は一つ半倍、いや二倍にまで重ねた鉄塊だ。それを両手に持って、身体を正面に向けたまま、肩から先の筋力だけで打ち重ねる。しかし、一見力だけの打ち込みに見えるそれは、そこには力だけでなく技の加味された至極の殺人撃が待ち構えている。生前に鍛えられた肉体は呪いと言うプロセスを経て、正しく最高最悪の亡霊の騎士へと達している。その肉体の大半を覆う白銀の、美しい薔薇の意匠を施した鎧は絶対の防御を施している。しかし、顔面には額当てすらなく、その凄烈とも言える異国の美しさを晒している。金髪の、右の片方のもみ上げをお下げのように結い上げ、金糸のような金髪を肩より上までに伸ばした碧眼の男性。いや、碧眼と言うよりも時折チラチラと光を上げる瞳は蒼い、呪詛の冷たい炎と言っても過言ではない。

 その炎を切り裂こうとするのは黒衣の怪人。おそらく、ほぼ全身を包帯で締め上げ、頭頂ではチョンマゲのように、あるいはヤシの木のように包帯でそのまま結い上げた髪が揺れる。闇を、夜の帳の一部を切り取ってつけたかのような半纏は怪人の動きに反して、まるで意志でもあるかのようにのたくり回る。アメコミのコスチュームかしら、アレ? そして、その怪人の両手には剛直な、亡霊にも負けない刃が携えられている。両手用の斧、(まさかり)が空気を割るように、横から振られる。あの細身の体の何処から力が湧き出るのか? 腕と同じくらいの長さと太さの鉞の柄と人の頭部より重たく大きな刃を持って、二本の騎士の剣を巧みに反らして打ちかかる。その動きは魔人と比しても劣らない。


 【死神】、魔術と錬金術の粋を規して造られた転生による人造の人外。下級の神、魔すら問わずに打ち殺し、昇天させる対魔組織の尖兵。


 打ちかかる騎士の剣に対して、身を屈め、同時に翻った半纏が騎士の足元を払う。布のように見えた断面はまるで意思を持って巻き付き、その足を掴んで転がす。しかし、転がる直前に騎士の肉体がボヤけるとそのまま霊体の形を変えて、直立の状態に戻しながら再び実体化する。その実体化と同時に唐竹を割るような、真上からの斧の斬断。しかし、瞬時に身を斜め、半身の状態に変えて、その場の勢いで片手での突き。それを斧の刃の横にある部分、刀と同じでそれよりも断然に広い(しのぎ)で斜めに弾く。


 と、ここまでが私の目で捉えられたところだ。それから先は魔力を通して強化した視覚にも捉えられない。例えるなら、走行中のタイヤのロゴを判別するのに等しい、それほどのスピードなのだ。少しでも好奇心で近づいて巻き込まれたら、あまりのスピードの凄まじさに弾けるように体が四散するに違いない。

 だが、亡霊騎士は下級の神魔にも通じる程だと言うのか? 一切の油断の無い変わりに、死神の挙げていく力とスピードと技に易々と着いていく。


 私はこのまま逃げるべきだろうか? 私の与えた魔力でなら、暫くは影の兵士達で獣人は足止め出来るだろう。

 だが……、


      「よくもここまで、やってくれたわね?」


 背後に近づいてきた、イカれた魔術師を逃すつもりは無かった。

 片手を腰に当てて振り向く。先ほどの秘術で魔力は細々としたものだが、まさか

 に負けるほどでもないだろう。

 加えて、スロープのお陰で些か視点が上のため、見下すように言えるのはやたら心地が良い。

 スロープ下、十五メートル先のモジモジくんもどきの変態全身タイツをどう調理しようか、と考えながら見据える。

 しかし、その魔女の不敵な視線にも関わらず、魔術師はクツクツと嗤い出した。

「何がおかしいの」

 私の睨みつける所作にも気に止めず、首を縦横に、いや回転させながら狂った嗤いを続ける男。

 そして、キッカリ五秒でピタリと嗤いと同時に珍妙な動きも止まると、魔術師は言った。

「これから魔女を殺す事が出来ると、楽しくてままならなくてな」

 色々と事前の準備が掛かるために元々から動いているはずである外部の、魔術を起動させるための霊気装甲の流動は無い。この距離なら魔術の発動の前に、フィンの一撃どころか、ガントの一撃で倒せるだろう。まったくおかしな魔術師だ。魔術師が準備無しに魔女の前に来るのは可笑しいとしか言い様がない。

「遺言は何かしら?」

 私の台詞に男は再び狂った嗤いを見せた。イライラする。

「一体全体、何が可笑しいのよ」

 私の殺意の篭った視線を、肩を震わせながらも視線を向け返した。

「まさか、一日に同じ台詞を二度も受けるとはな」


 男はカクカクと首を震わしながら、一歩踏み出す。

「どう言うこと?」

 私の問いに男は立ち止まった。それと同時に首を斜めに傾けて嗤いだす。

「昨夜の事件を知らないかな? 見せ掛けの実力を持った量子物理学者もどきを殺してやったが、どうやら無能な警察は自殺としか判断出来なかったようですな」


 ……そう言えば、そんな特番を見たと国定はさっきのバスで言っていたかもしれない。確か三年前に新しい物理理論を学界に突然持ち出して、無名からノーベル賞受賞で一躍有名なった人だったのは記憶に新しい。

「……まぁ、私の研究を盗んだ罰だ。まぁ、彼の実力では私の出した真の研究の成果を出す事が出来なかったようだがね」

「なっ、あ、アレは盗作だと言うの!?」

「その通りだ」

 私の声に男は指立てて肯定した。

「四十年も研究を続けてきた。妻も娶らず、子供作らず、私はただ一人研究に没頭し、ついに新しい理論とその研究成果を生み出したのだ」

 男の指先が拳と変わり、片方の手を後ろの腰辺りに当てて、演説のような自らの独白を繰り返す。

「大学からも見放され、隣近所からもイカレていると言われている事もまま在った。それでも私はただ一つの事実、真実のために、全てを犠牲にし……、それを全て奪われた」

 男が、ゴーグル型のサングラスを外して、頭のタイツを剥ぐ。その下は爛れて、蝋のように崩れ、一部の肉が剥がれた顔だった。瞼は肉が溶けてほぼくっ付いた状態のため、開けているのか閉じているのかも判別できない。頬の一部の穴から呼吸のために横から空気が漏れ、透けた肉がゴム膜のように膨らんだり、縮んだりを繰り返す。その肉の腐った臭気に思わず、顔をしかめて、背けたくなるのを我慢して睨みつける。

「奴は何処からか聞きつけて私の助手として志願した。資金作りと話術以外は無能としか言い様がなかったが、私の研究は大いに飛躍した。その完成と同時に奴は私を焼き殺そうとしたのだよ……。未だ体表の八十%が皮膚呼吸も不可能だがな。そこを私は【元魔術師】と言う男に偶然にも助けられた。そして、始まったのだよ。復讐が。そして、昨日呆気なくも終わったのだがな」

 男はタイツを被り直す。

「そして私にその元魔術師は言ったのだ。全てを元に戻すために時間を戻すのは現在の科学では不可能だ。だが、【魔法】なら可能だと」

 男は私に近づいてきた。

「研究と復讐に費やした私の身体は長くはない。願わくは私は元に戻りたいのだ。分かるか? 全ての無駄を削ぎ落とし、その費やしたモノを奪われ、それに朽ちる男の惨めさがッ!! 結果は全て分かっている。私はもう一度、別の人生をやり直したいのだよ。それが、科学に反するとしても願い、叶うなら欲しいのは当然であろう?」

 男は揺ぎ無く進んでくる。

「さぁ、この憐れな男に第二の生を与えられるのなら、ここで退こう。もし、叶わぬのなら……」

 男は腰に当て、振るっていた双方の拳を広げて、何かを、頭上から迎えるように広げた。

「私自身が、再び研究して叶えよう」


 ……なんと言うか、呆れて私は物が言えなかったが、ようやく口に出した。


「つまり、自分の研究が無駄だった事に気付いて、人生を無駄にしたと思ったからやり直ししたいってこと?」

「貴様」

 魔術師の首が、コキリと左斜めに傾いた。

「人生無駄にする研究だなんて気付くなら、最初からやらなければいいじゃない」

 私の人生は私が選択し、私が望み、私が目指し、私が叶える。

「今更自分のした事に未練を持つなんて男らしさの欠片も無いわね。だから、貴方について来るような女性もいないし、慕うような隣人も居ないし、隙だらけだから実験を奪われるのよ」

 私の、原初の理由が憧れだとしても、それを目指すのは私の意思に他ならない。だから、私は私のする事に後悔はない。

 と、言うわけで。

「とっとと未練を昇華させて、見逃してあげるから一人で整形外科病棟に行きなさい」

 私の溜息と同時に吐いた言葉に男はおこりに掛かったかのように震わせながら、コチラを禍々しい瞳で見入る。

「……そうか、ならば強制的に心臓は頂こう」


……アンタ、そんなカンシャク持ちだから友達居ないんじゃないの? と言って更に沸点を上げるのも可哀想に思えてきた。

「交渉は元から決裂してるのよ、惨めったらしい言い訳でも電波でも聞かせたいなら……」

 指先に溜める魔女の呪い。

「精神病院のカウンセラーにでも行きなさいッ!」

 打ち出す。反動は無く、ただ、脱力感と体の熱が奪われる感覚。

 凶悪なまでに凝縮した魔女の呪いが指先から放たれる。


 それを男は地面に『沈んで』避けた。

 男が完全に地面に『 沈み込む 』。

「……へっ?」

 と気の抜けた、実際何が起こったのか理解してない私の頭に、同時に危機感と言うものか? そんなモノを感じて飛び退くように体が無意識に後退する。

 ほぼ同時に、タイツの装着した手が水面から出るように私の居た位置を薙いだ。

 男は顔だけを地面から出す。


「これが、私の研究成果の真価だ。全身のタイツの発する振動が他のあらゆる物体、微粒子の綻びの間を通り抜けさせる。つまり量子的な隙間に私が同時に存在すると言う研究の成果だよ。もっとも彼は『実演』をすることは出来なかったようだがね」


 そりゃそうだ。そんな気持ちの悪いタイツなんて誰も着たくはない。

「さて、私の【魔術】、いや、『 科 学 』にどう対抗するのかな! 実験開始だ!」

 男は再び、地面に潜る。


 つまり、私の残り10%を切った数少ない魔力による、ガントを使ったモグラ叩きの開始を意味していた。


* * *


 -Side C-


 死神は焦っていた。何を焦っていたのかは言うまでも無い。


 ――騎士のその技量。

 ――騎士のその速度。

 ――騎士のその膂力。

 ――騎士のその切迫。

 ――騎士のその存在。


 全て、死神として凌駕すべき要素を亡霊は追従してくる。


 その性質は死神の枢機、静謐の死に対して、激情たる憎悪。

 怨と殺を持って振るう凶器は、死神の、両手斧と言う特大の得物や最小の梃子の力で最大の力を引き出す槍を持ってしない限りは弾く事すら出来ないだろう。

 呪いとは二つある。相手に叩きつけるモノ、そして、自らを蝕むモノ。

 彼の中心にある呪いは、相手に叩きつけながらもその実は自らを未来永劫に渡って蝕むものである。

 呪いが狂気を生み、狂気は力と成り、力は凶器を振るう。


 殺意を振り撒く永久機関と化した者。


 戦う死神自身も、若原 曲(わかはら まがり)もその本質はよく似ていた。曲の所属する家系、若原は古来より戦闘至上主義を旨とする武闘派集団にして、死神でも屈指の、最高の戦力とも言える【交通忌動隊】の面々を弾き出すエリートの血筋である。彼らは幼少の内に狂気を身に受け、その身を【亡霊】と化して、さらに転生して死神として永遠に戦う姿に変化させる。

 無論、曲も傍系の血筋。直系ではないながらも若原の名を受け、曲は死神公社の本部で、戦闘とは関わりの薄いながらも課長に冠するほどでもある。無論、本部の課長クラスとも言えば、中級から上級の神域にも手も届こうかと言う化け物の別称である。


 しかし――



「ぐっッ……」


 横殴りに頭と腹、同時に叩きつけられた場所を縦に構えた斧で防ぐ。しかし、その衝撃を感じたと同時に、軽装甲、低重量の曲は吹き飛ばされた。更に、空中に吹き飛ばした曲を追い駆けるように空を疾駆する騎士。その騎士の三度、両手のそれぞれの剛剣での突きを斧で回転させて受ける。飛散する火花。そして、僅かに二階のフロアに曲は先に着地。いや、接地したその場で斧を背中から、弾けるように斜め下から切り上げる袈裟懸け。

 空中の騎士は叩きつけるように双剣を振り下ろす。ならば、無論の事ながら宙にいる騎士が不利のはず。が、一瞬よりも僅かに長い拮抗。


 跳ね飛ばされた騎士は元の広間へと、金属の足鎧を僅かに音を立てて着地する。


 睨み合い……


 死神としての優位の見せつけられなかった曲は目に見えた疲労は無い。しかし、常日頃から蹂躙にも等しい制圧と斬殺を繰り返していた僅かな精神の欺瞞から、精神に微少にして微小の亀裂が走った。


 熱く滾る力が奔走し、身体に巻いた包帯を弾けそうな程である、自らの力の劣りに対する怒り。


 兜の被らない騎士の顔には、その冷徹な容貌にも似た余裕の空気が読み取れる。


 舌打ちをした事に曲は気付かずに、数瞬後、僅かに心の亀裂を増やしながら、二階から踊りかかった。

* * *


 -Side A-


 人差し指の先から放たれた黒い燐光が、同じく黒い光の筋を引きながら疾走する。直後にちからと熱が私の体から奪われる。その燐光は黒いだけでなく、その燐光の周囲の風景を魚眼レンズのように禍々しく歪ませている。それは【呪い】。魔女の呪い。魔力によって凝縮された呪いが物理的圧力と攻撃力を伴っているの示す、魔女の即戦力である。

 ガント撃ち、強力なモノはフィンの一撃。その魔法はそう呼ばれる。かの大魔女、待崎死織のような鬼神の拳とは言わないが、その気になれば人の頭蓋骨を砕く事すら出来るほどの物理衝撃は私でもある。本来は凝縮した呪いで相手を即席の病や身体の悪変調を引き起こすモノだが、霊気装甲の密度と伝導率が極端に高い私は、生物に当たった時に物理的な反発、肉体的なダメージすら引き起こすのだ。

 勿論、同年代で、しかも攻撃呪文の不得手が使うのだから自分ながら大したものだと思う。それでもそれは『当たらなければ意味がない』。

 白い床から音も無く出てくる渇色の怪腕が、私が五秒前に居た場所を薙ぎ払う。その腕に向けて放った黒い呪いは、腕があった場所を通過し、無機物に当たる。瞬きの後にエノク語で記された藍色の文字の渦を巻きながら、呪いを辺りに拡散させる。霊気装甲の密度の薄い空気中ならまだしも、無機物、『物』としてかたちを為した物はその『物』の持つ霊気装甲によって呪いが解かれる。生物に作用する呪いは無機物には、魔力としての僅かな衝撃しか痕を残さない。

「このッ、うろッちょろッ、鬱ッ陶しい!」

 私の悪態を嘲笑うかのように水面、いや壁面、そして床面から顔を覗かせるしたり顔の男。ゴーグル型のサングラスがいつの間にか天頂から射した月光を鈍く照り返す。覆面の下の唇が孤を描いたように見えた。

 私の再び飛ばした一撃を奇怪に腰と頭を左右に揺らしながら悠々と避ける。イルカか何かのようなしなやかな動きで地面に向かって潜水を行なう。あの長身痩躯の何処に力があるのか気になるところだ。

 いつもなら膨大な魔力で円筒機関砲(チェーンガン)の様に両手の五本指で連射するのだが、今日は大魔術を使用したお陰でかなりセーブ気味である。

私は頭に昇り上がる血と魔力を抑えて、冷静に敵を分析する。


 敵は一人の魔術師。物体を通過する【魔術】を行使。結界は皮膚表層のスーツ。未だ獣人を保有しているが、私の残存の魔力と召喚生物でギリギリの足止めが出来る。亡霊騎士と死神は私の見る限りは互角の戦いを見せているので、此方まで来るような事が無ければ剣風に巻き込まれて爆殺、細切れになる事は無いだろう。

 それにしても、魔術師は何故私を、『物体越しの私を物体の中から捕捉出来るのだろうか?』 透視の類である魔眼なら霊気装甲の流動が出来るため、つまり『魔法使いとはなり得る』。だが、奴は霊気装甲のまったく無い魔術師なのだ。魔術師はどんな手段で壁越しから私を見ているのだろう?

 X線? ソノブイ? ソリントンレーダー? とにかく、彼は何らかの手段で私の居場所を突き止めているのだ。

「気ッ色悪い」

 その言葉と同時に、魔力で強化した全身の受容器官に悪寒。魔力を足に込め、壁に向かってジャンプ。そのまま直角を保って二階に跳び上がる。

 私の踏み込んだ壁から二本の痩腕が飛び出る。B級のホラー映画、しかもゾンビ系で壁から手がウヨウヨと無数に出てくるのを思い出したが、二本の味気ない手が空振りをする。それは不気味と言うより、何処ぞの前衛芸術家が壁から生やすように作った彫像のようで、何処か陰鬱な気分にさせる駄作だ。

 空中から腕に向かって打った二連射のフィンの一撃を、魔術師は再び察知して壁の中に潜る。


 残るは影の兵士達を五分間維持するのと超人的な身体能力を発揮させる、ギリギリの魔力を除けば、フィンの一撃を放てるのは五発。

 焦らず、虎視眈々と、好機を窺う。この間のように精神の糸で網を作り、私の半径十メートルを覆う結界を作る事も出来るが、奴は魔術師。職人技で私の結界のほつれを見つけて、入り込むかもしれない。

 私は逡巡に入り込まれないように、動きながら考えている。そうでなければ簡単に取っ掴まる。

 魔力を通した体でスカートを抑えながら(しまった、今日はスパッツ穿いてない!)、後方宙返り。今度は片足に絞って狙ってきた手が空を切る。フィンの一撃の二連速射(ダブルタップ)は外れ、残弾数が三に減る。

 大量の魔力の通し過ぎで血管が痛み、太股の少し上が鬱血して青くなった。うぅ、ただでさえ美貌とは掛け離れているのに、青疸(あおたん)なんて出来たらますます惨めじゃない!

 ふと、掴まれる瞬間を狙う事も考えたが、今はそんなリスクの高い賭けをする機会ではない。

 どうする?

 白馬の王子様(むしろ年齢的には小公子様か?)を期待する案もあった。だが、『未熟者』呼ばわりされるのも癪なのと、同朋を殺した意味も含めて、魔女の私自身が魔術師だけでも断罪しなければならない。

 ともかく、先ほどの、亡霊に拘束された弱気など切り捨てて、私は今一度立ち向かわなくてはならない。

 ……そう言えば、あの魔術師は私の足を狙ってきているが、私の足を擦り抜ける事は無いのだろうか?

 『量子的な隙間に私が同時に存在する』と言った魔術師。スーツとゴーグルで塞がった全身のみは同時に存在すると言う状態なのだ。つまり、光の粒子、光子(フォトン)すらゴーグルを透過すると言う事は光を得られない。つまり視覚は塞がれている事と大して変わりはない。

 では何故、彼はそれが出来るのだろうか?

 その答えが、何かが閃こうとした瞬間に当事者の横槍、もとい腕が入り込む。

 白と黒のソックスを掠った指先が赤い線を宙に引く。

 痛っ~~! 微妙に引っ掻かれた。どうやら、結界の一部のオンとオフは自在のようだ。痛みの罰に比べれば安い情報収集だ。奴は確実に、私を触れる事が出来るのだ。しかも細身は霊薬のドーピングで筋力強化してあるようで、私の胸から心臓を抉り出すのは恐らく造作も無いことだ。

 残りの呪いは後三発……


* * *


 -Side C-


「……脆いな」

 騎士は、目の前に崩れ、倒れた死神をそう評した。

 鈍いくらいに、粘り気のある液体の落ちる音が二度、三度。

 死神の黒い、闇の帳のように黒い半纏が、腹の辺りで切り裂かれ、上半身を固めた包帯の一部を赤く滑らせている。

 荒く、未だ熱い息が包帯の間から漏れた。


 コロしアいのトチュウでタオれたら、シぬ。


 緩々と、その四肢に限りある力を込めて、立ち上がる。

 その姿は、満身創痍にして、窮地だった。斧の柄を握る指だけがやたらと固く締められている。それに続くように、曲の目元は鈍く、それでも奥底から鋭い眼光が騎士の蒼く、仄暗く燃える眼孔を射抜き返す。

「死神とは疾く速く、魔を風塵に帰す化け物どもだと聞いたが、私の聞き違いだったようだな」

 斧の柄に重心を幾ばか預けて、再び足元だけでも倒れないように固める。

 騎士の剣風が僅かに、触れたとも感じぬほどに掠ったその場所は、皮膚を抉り、筋を分け、衝撃で肋骨をすら砕いていた。

 口元まで巻いた包帯が一点に赤を注すと、そこから湿るように広がる。胃にまで達した衝撃が胃を破裂させ、血が逆流を繰り返す。音を立てて、口許まで血を飲み干した曲は斧を両手で掲げる。それは守りでなく、未だ攻撃を重視する型。

()ッ!!」

 倒れ込むようにしながら、死神は己ごと旋転させながら斧を振るう。

 僅か一歩、それを騎士が避けるだけで、斧の質量に、己が質量に耐え切れぬように倒れた。

 僅かながらに力を受けた斧が床を滑り、……回転して止まる。

「なりふりを構わなくなってきたか。だが……」

 次の一撃で終わりだと、蒼い焔が視線で答えた。

「……ンッ、ふ、……う」

 熱く漏れるのは血潮だけだろうか? 包帯から覗く目元が微かに潤む。

 悔しさ。ただそれだけを訴えながらも、曲の身体はそれ以上動く事は無く、意志を失った。

 振り上げられた刃金。

「…………」

 死神は死んではいなかった。ただ、騎士はこう考えただけだった。

『止めを刺すにも値しない』

 屈辱を唾棄する以外の、何物でもなかった。

 騎士はユックリと百七十年間も忘れた呼吸を思い出したようにすると、背もたれの些か壊れたベンチに腰を降ろして、しばし、【魔術師】と【魔女】の戦いを見る事にした。詰まらない戦いを忘れるように、彼は吸った空気をもう一度吐く。吐いた空気は呪いで穢れ、濁っている。

 その行為は騎士時代、一度も行なわなかった余興に過ぎない。無論、魔術師が倒れるようならば、それを叩く。無限の時を過ごす中でのイレギュラー、ただの余興なのだ……


* * *


 -Side A-


 イレギュラーフリー、接合特異点、輪廻外。

 とにかく、魔女などが使う言葉で、これらはある専門的な事を意味する。大抵、普通の一般人は『そこに何かの意志があるように』その『怪異に触れる事はない』。怪異とは場が捩れない限りはそこに一般人を磁力のように引き付けるわけではない。大量殺人のあった怨念の溜まる場所、神隠しのあった山、自殺者のための崖。そう言った狂った場所は魔女などの常識から外れた、怪異側の人間しか訪れる事はない。

とにかく、常識の捩れた場所、『常識の軸』から外れた場所を【輪廻外】などと呼んだりする。

 本来は場に使うのだが、稀に物凄い、それこそ天文学的確率で『身体自体が怪異を引き付けてしまう』不幸な人もいるとの事。これは蛇足。

 先ほどの通り、怪異を磁力のように引き付けるのであれば、一般人を磁石のように跳ね除ける、斥力(せきりょく)を輪廻外は発揮する。人は常識の軸である【輪廻軸】に捕らわれて、怪異に出会う事は滅多にないのだ。


 さて、呪いの塊に魔人、魔術師、魔女。これだけの怪異が揃った中で……



「――遅くなって済まないな。少女趣味な妄想はしていなかったか? 在姫」


 何故、一般人の女はココにいるのだろうか?


「ジョウチョーッ!!」

「何だね?」

 走って学校から来て、更にエレベーターが止まっていたから非常階段を昇ってきて疲れました、と如実に汗の量で語る少女。空色のハンカチで額の汗を拭う右手。学校帰りのままの汗で透ける制服。


「う……ぉ」


 ――そして、左手には、壁から生えた魔術師の頭が握られていた――


 もう、ビックリだ。何が何だか分からない。魔術師に足元から詰め寄られて、突然、後頭部を強かにぶつけた、そのぶつけた本体、非常階段の扉から出て来たのはジョウチョーだったのだ。

 コンマ二秒以下、唖然とする私と魔術師の関係を把握すると既に無力化していた。

 魔力を通した私の筋力と同じでは無いか? そう思えるほどのあきれた膂力。

 確か、「冗句だ」と言って、十円玉を親指と人差し指で半分に折り曲げたのを見た事が有るかもしれない。それを目の前で見ていたナンパ師軍団は三秒で逃走した記憶もある。何処の空手家だ。

 魔術師の鼓膜は骨を伝えて、頭蓋骨の軋みを聞こえさせているだろう。


 魔術師は両方の手刀を閃かせて、ジョウチョーの手を叩こうとする。その直前、魔術師の顔が吹っ飛んだ。

 発勁と言う奴だろうか? 指を離した瞬間に、頭部に零距離で加えた打撃は脳震盪とかじゃ済まされない凄みがあった。

 魔術師が弾け飛ばされて壁から出た魔術師と同時にジョウチョーは跳ぶ。倒れた魔術師の顔面に踏み降ろし。

 が、寸前に魔術師は床に沈みこんだ。

 ジョウチョーの顔が強張る。当たり前だ。一般人が魔術を見て平静で居られるはずがない。


「しまった、サービスで女子高生のスカートの中を見せてしまった!」

「ごっつ変な状況で普っ通ですな、貴女!」

 ジョウチョーは憮然とした顔で、それでも微妙に顔を赤らめつつ、スカートを押さえていた。そもそも、貴女は「蹴りも使うからスパッツ常着」と言っていたではありませんか? あっ、今度からもう一枚予備を買って私もそうしよう。

「で、これは一体どんな参加型アトラクションかね?」

「貴女、遊園地の戦隊物ショーと勘違いしていらして?!」

 混乱して自分でも何を言っているのか分からない口調で言いつつ、周りに気配を巡らす。

「こっちだ」

 私を人生で始めての『お姫様抱っこ』で抱えると、壁を足場にして香港映画のように駆け上がり、宙返りをして、さらに後退。魔術師の真下から突き上げた手先が空を切って、再び沈む。

「なるほど、あのような手口で婦女子に手を掛けるのか、犯罪だ」

「それ以前に突っ込みどころがドエライあるでしょうが貴女ッ!!」

「少し、落ち着きたまえ。あぁ、それにしても在姫。君は……、私の腕の中に収まるほど小さくて、可愛いんだね。ふふっ」

 うわぁー、こんな状態に関わらず背景で薔薇が咲き乱れるおかしな精神状態と情景描写になってるぅー。うひゃ! しかも、何で支えている手が脇を通して私の胸辺りに?! 何で? 何で!? 何でッ!?


 混乱の絶頂の中で、互いに顔を赤らめて百合百合状態を維持しながらも、ジョウチョーは華麗な、舞踏のようなステップで魔術師の追撃を空回りさせていた。


 再びおかしな状況に引き摺られる前に視線を巡らすと、死神の倒れる傍には亡霊騎士。


 死神が、倒れている?

 ――嘘。魔獣、妖魔、人外、何でもござれの対魔の尖兵、死神が倒れている。

 私の絶望的な心境の中、騎士は双剣を床に突き立て、片方の剣に両手を掛けて寛いでいた。

 そして、その頑強な、過去は実直であった容貌をわざと歪ませるように笑みを浮かべた。

『楽しませてもらうぞ』

 そう、語るように聞こえた。

 絶望的な戦力を嘲笑うように、騎士の唇の片方、その端だけが上がった。


「ふむ、地面に潜って気配を消されると、中々難しいものだ」

 そんな私の失望と裏腹に、落ち着いた眼鏡越しのジョウチョーの表情。

 怪異にこれだけ反応したなら大したモノだ。でも、ここから先は私の仕事だ。だから――

「――を出す」

 遠くを見据えたまま、彼女は何かを言っていた。

「え? 何?」

「――を出す。私の眼鏡を取ってくれ」

「……えっ?」

「二の句は告げないぞ。『本気を出す』、眼鏡を取ってくれ」

 彼女は淡々と宣言した。

 何の本気を出すかは分からない。多少、と言うかかなり腕が立つと言っても、相手は【魔術師】なのだ。一般人が手を出せるような相手ではない。

 ……でも「本気を出す」と言う、その言葉に誘われるように、私の諸手はジョウチョーの眼鏡に手を掛けて、外した。


* * *


 -Side B-


 恐る恐る下を見る……

 指先に触れた、割れていたガラスの小片が月光を吸い込みながら、闇に落ちる。

 車が何かの模型のように小さく、煌々と眼下を照らす光がやたら遠い。

 ……高ぇ。

 ほんの少し前にした決意が揺らぐ。

 言い訳がましい言い方だが、トラウマやら精神病、強迫観念の類は一人の手でどうにか出来るモノではない。

 以前、上司にムリヤリ付き合わされて見せられた映画は、恋人を助けるためにトラウマを克服、幸福、終章。と、言った構成だった。

 あまりのご都合主義な展開に、映画で眠れないのに大いびきをかいたフリをして、レンジン一行は出入り禁止と映画館の看板になったほどだ。

 とにかく、強迫観念などの類は克服する事などは並大抵では出来ないのは臨床師が公認する事実である。


 だがそれでも、より大きな目的と言うもので、一時的に打ち消す事が出来る。

 俺はいつもそうして、仕事では平然としたフリをしている。

 今回はその決意が少しばかり大きい。いや、大き過ぎる。


 高所恐怖症一時的忘却の心得その一、ここは地上であると想像する。

 ……ほら、地面の感触が気持ち良い。このまま歩けば…………、百メートル下に真ッ逆さま……

 今のは無しだ。熟れたトマトがアスファルトに広がる不吉な想像、じゃなくて、これは妄想だ。


 鷹のように高めた双眸。もう一つのビルには、魔術師と戦う在姫。亡霊騎士は傍らで、優雅に観戦している。

 まさか、神殺しの死神が倒れるなどとは想像もしない展開だ。くそ、誰だこんなくだらない展開を考えた奴は?!


 悪態も程々に、俺はビルの内部の、もう一つのビル側の壁とは反対側の壁ギリギリまでに行く。

 もうここまで来たらヤケクソだ。こんな下らない事を考えた奴の鼻を明かすぐらいの展開を創ってやる!

 地面に手を付けて身体を倒す。足は前後に僅かに開いている。膝は折り畳まれ、顔は正面。陸上競技で見られるスタートダッシュの体勢。爆発的な、相撲の時よりも超爆な加速を得るための予備動作を用意。

 もう、後には退けない。呼吸と精神を整えて、後はただ真っ直ぐと進むだけ。

「在姫、先に死んだら承知しないからな……」

 霊気装甲の静かな流動を確かめながら、目を瞑る――


* * *

>>-Side A- 在姫視点へ続く。

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