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09.叫喚(きょうかん)(2/4)

>>―Side C― 魔術師達視点からの続き。

 -Side A-


〈 鬼――、その起源は古く日本書記(七二〇)の欽明天皇五年(五百四十四)十二月の項まで遡る。


 書に曰く、


『彼嶋之人、言非人也。亦言鬼魅、不敢近之。』

(その島の人、人にあらずともうす。また、おにともうして、あえて近づかず)


『有人占云、是邑人、必為鬼魅所迷惑。』

(人ありて占いていわく、必ずおにの為にまどわされん)


 と記されている。

 具体的にはここに出てきている「鬼魅(おに)」というのは外国人の海賊か何かをさしているのではないかと思われる。

 さて、現代の日本において、幽霊の存在は信じる人が多いが、鬼の存在を信じる人は非常に少数だと思う。しかし「鬼」と呼んでよいものは確かに存在しているようだ。これはたちの悪い悪霊の一種であると考えていただければよいかと思われる。

 鬼はよほど強烈なものでないかぎり、一般の人の目には見えない。通常描かれる鬼の姿というのは、こういったものを感じ取ることのできる人が感じ取った雰囲気を絵にしたものだろう。そういう意味では、あの鬼の姿は純粋な想像の産物とはいえない面がある。

 こういう霊感的な力というのは実のところ誰にでもあるが、こちらから相手が見えると、それに相手も気付くために、逆に危険で、普通の人の場合、小さい頃にそういう回路のようなモノは自然に閉じられてしまっている。しかしまれに、そういう回路が何らかの原因で閉じられなかった人たち、あるいは何らかのきっかけ(一般には大病や臨死体験など)でそれが突然開いてしまう人もいる。

 まれにこう言った鬼を見る力をある者を『視鬼(しき)』と呼び、鬼同様に敬い、忌避された。

 こういった純粋な意味での「鬼」以外に、過去の日本史の中で「鬼」として取り扱われてきたものがある。それは「よそもの」である。

 日本書紀の欽明天皇の巻に描かれた「鬼」は実際問題として外国人のようである。民俗学者の一部には、「鬼」というのは通常暮らしている共同体の範囲外に住む人のことである、と捉える向きがある。これは確かにそういう面があったようだ。

 一般に昔の日本の村では、村の一番外側のところに、道祖神・地蔵・あるいは巨石・古木などがあって、そこが一種の結界になっていた。そしてその結界の外側に存在するものは「鬼」として処理されたのである。

「おむすびころりん」の物語は心理学的にも面白いものである。おむすびがころがり落ちた穴。そこは外界に通じる、結界の外であると同時に、足元にあるもの、つまり心の中にあるものでもある。


 いくら外に結界を張っても、心の奥底には深い闇が広がっている。鬼は私たちの心の中にも潜んでいるかも知れない―― 〉


「以上、『民族学から見る鬼とは?』でした、と」


 私は展示場に備えられたパンフレットを読み終えると、ボゥと暗闇の雨の中で光の傘に入った展示品を眺めるガキンチョを、パンフの角で小突いた。

「何をする?」

 急に我に返ったように国定は、こちらをムッとした顔で睨んだ。

「人の解説を聞かないでヌボーっとしているから、現実に戻しただけ」

「別に殴る必要はないだろう?」

「……いや、目がちょっと逝っちゃってたから」

 その言葉に何か思い当たる節があったのか?

 「いや」と言葉を濁して眼を伏せた。


 彼の視線の先にあったのは虎のパンツや、金棒に紛れて陳列されていた『国宝・童子切り安綱』と言う名刀にして、霊刀のレプリカである。


 異端の交霊武装『七大魔王刀』と比較するのは躊躇われるが、かの『表の世界で有名な』、最悪の鬼子『酒天童子(シュテンドウジ)』の首を切り落としたと言われる刀『童子切り』はその後に備わった想念と歴史によって一級の交霊武装へと昇華している。

 【人外】が通常の物理攻撃で傷付けられないと言われるのは、『装甲結界』という物があるからである。自らの根底に流れる、攻撃を受けつけないと言う強い意志が現実と自らの境目に張られた結界と化したもの、霊気装甲の亜種と言われている。それ自体を破るには死神の対魔兵装か、規格外の交霊武装、インチキめいた結界破りなどが必要なのだ。その規格外の交霊武装に『童子切り』は属するのだ。


 酒天童子と言うのはアレだ。

 私の微かな記憶が確かなら、源氏の電光だか、閃光だかが退治した、日本史上最大にして最強の鬼である。『表の歴史』では作り話と言う事になっているが、怪異の支配する『裏の歴史』ではどうも本当に居たらしい。

 作り話の方では、山に引篭りして、たまに村を襲う程度らしいが、真実の歴史の方は一味違う。


 数々の村を鬼の集団で組織化して襲い、蹂躙し、遂には時の天帝の膝元、京の都まで出兵して天帝を幽閉し、一時は京を支配した鬼の総大将なのだ。

 時の、日本最高の魔法使い『安陪清明』とその源何とかが独自に作っていたと言う退魔集団、そして当時からこっそり力を振るっていたと言う噂の、今は公社の死神の総指揮官の、魔王の協力で京を最終的に奪還。

 京を根城にしていた最後の鬼は、酒天童子を除いて全滅し、その酒天童子も、最後の抵抗も空しく斬首。その首を断ったのが『童子切り』なのである。

 その首は世を呪う言葉を溢れんばかりに吐き、その呪いで生じた瘴気で京の都で伝染病が流行ったとか、切られた首が飛んで源何とかのかぶとに噛み付いたとか、その身体が地獄に引き込まれたとか、とにかく、最後の真実は曖昧で、酒天童子は死んだ、それだけが、伝わっている。



「で、どうしたの? そんなに刀を見つめて?」

「…………」

 だ、だんまりですか?



 暗闇の中に立つ少年は、何だか、儚くて、脆くて、壊れそうだ。

 望郷よりも彼方の地を望む男。彼の瞳は真っ直ぐで、背伸びをして、決定的なまでに掛け離れた。

 何処かまでも続く、夢に見たあの日の、遠いあの場所。


 それを求めるために、人は今だ妬み、争い、焦がれて、そして、貴く、輝いている。


 それを昔の人は、なんと呼んだのだろうか?


「――昔を、思い出そうと思っていたんだ」


 静寂が耳鳴りをするまで続く。周りには多くの展示品を鑑賞する人が居たのに、自分と国定だけが薄紙一枚だけズレて、世界に取り残されているようだった。

 彼は再び目をダウンライトに照らされる、レプリカながらも白銀の刃に向ける。


「魔人になるには、全ての記憶を自ら捨てないとイケナイ。だから、既視感も感じたモノを見ていたら、もしかしたら失った記憶が戻るかも、などと思ってみたりしたのさ」



「嘘吐き」



 私は一言、自分でも何故言ったのか分からない内に、その言葉を吐き出した。

「え……、お、俺が何の嘘を付いているって言う……」

「当たり前でしょ、魔人になるのは、全ての記憶を捨てるんじゃなくて、全ての記憶を『奪われる』じゃない」


 望むわけでなく、ただ『魔人となる』。


「それに、全てなんてのも嘘。だって……」


 最も、悪意を込めた、最悪な記憶だけが、残る。


 不可能を可能にするための代償。

 例え、伝導率1%以下の人間でも、生と死の狭間で渇望すれば、ほぼ霊気装甲を使う事であらゆることを可能にする、無敵の魔人となれる。

 魔人となるために、肉体でなく、魂の伝導率と純度を最高にするために、小さな、一欠けらの人間としての記憶を、何かが悪意を持って残したような初期化される。薄れ、色褪せる幸福に代わって、ただ日々色濃くなる陰惨な記憶の再生が、ただの魔力の塊でなく、人としての形を作り出す。

 結果、悪意を持った記憶の再生によって、狂い、さい悩まれながら魔人は生き続け、『回復できない』魔力で魔力自身となった体を削りながら、最後に『消滅する』。


 それは、甘い栄光をちらつかされて堕された、無限地獄のようなものだ。

 国定は既に狂い、苦しみ、恐怖しながら死ぬ事が定まっているのだ。


 例え、魔人となる事を望んだ理由が、綺麗だったとしても……



 ――そうだった。何故、私はこんなに簡単な、辛い事を忘れてしまっていたのだろう。

 この魔人は既にそんな恐怖と矛盾に千年も一人で闘っていたのだ。


 そんな、色々な思いを言葉に口をしようとして、私は口を閉じざるを得なかった。

 国定はその瞳孔をキュッと絞り、睨むように私を見ている。

 私は怖くて、思わず、背後のショーウィンドウまで後擦り去った。


「く、国定?」

 私は恐る恐る、小さく口を開いてみた。

 その瞳は何かを責めるかのように私は感じた。

 

「――在姫。こちらを先ほどから見ている人間がいる。俺を正面に午の方角、七時方向。つまり左斜め後ろだ」

 私は微かに動揺しながら、国定と同じ様に向き直り、ショーケースのガラス越しに反射した光景をさり気なく窺った。

 灰色と虹色に蠢く群衆の先に、柱から顔を出した太った男が視線を私達に収めている。

 目が合いそうになった瞬間にサッと隠れる、が横幅が広すぎて柱からはみ出ている。

 なんて分かりやすいストーカー。

「非常に不審だ。俺は調べて見る。在姫はそのまま常寵を待って、そして二人で遊んでいろ」

 国定の、小さく囁きかける口振りに淀みはない。

 私は返答も返せなくて一人黙っていると、フンと鼻息を軽く、優しく微笑みながら国定は言う。

「気にするな。魔人となった事に俺は後悔していない」

 踵を返した、国定のシャツの裾が揺れる。

 それが、夢の時の紅い衣を幻視する……

「するとしたら――」



「えっ?」

 何かを呟き、それに問い掛けようとした時には、国定は駆け出していた。迷いを振り切るように、その身を闘争者へと変えて……

「国定……」

 私は、ただ呟くことしか出来ない、魔法使いでも、魔女でもなく、ただ少女だった。


* * *


 -Side C-


「獣臭か」


 そう、一人の異様な風体の人物は、後部のドアの開け放たれた白いバンを覗いて言った。


 下はまともなベージュのズボンだが、黒く、吸い込まれそうな色の半纏。その下の上半身に、顔を含めて完全に包帯を巻かれ、頭頂の髪の毛だけがヤシの木のように立って、包帯の先から毛の見えている。背中には鎖で肩から掛けられた巨大な両手用の斧、(まさかり)が背負われている。

 閉鎖された空間にも関わらず、何か空気のウネリでも生じているかのように黒い半纏が揺れている。

 白いワゴンの隣り、黒い、死を運ぶ車、霊柩車、に似た巡回用の車にその人物は近づき、開いた窓から備え付けられた無線を取った。


「こちら四四号車、本部応答願います。類別不可、獣人種の被疑者は六~七人、吸血種の臭いも同時に感知。他、空間の歪みから呪いの類と推測」

 小さい声にも関わらず、ハッキリと強い語勢の声。

「『例』の魔術師の件に荷担した亡霊騎士かと思われる。非番を解除、斬殺礼状の即時発行と葬査の許可を求む」

 ギョロリと、包帯の間の黒い瞳が動く。

 [非番解除、手当て支給、許可を受諾。礼状は追って発行、それまでは応援の来るまで順次待機]

 無線を無言で切ると、黒い半纏を揺らして口の先で「チッ」と、その人物は毒づいた。

「馬鹿が……、事件が起こってからじゃ、……遅ェんだよ」

 エレベーターに闇よりもなお濃い影を引き連れる者。


 若原 曲(わかはら まがり)


 日本国冥府所属 死神公社の死神はそう、包帯を歪ませて言った。


* * *


 -Side B-


 人と言う水に囲まれた四海の視界。その中にただ一人浮かぶ島である異様な風体で、有体に言えば普通の男がいる。

 遠くから見ても、付近の人とは横幅を異にする男。その横幅に比べて身長はやや低く、形容するなれば『ガスタンク』のような球体にも見えなくもない。真夏にも関わらず、ロングの黒い星が真ん中に付いた白いTシャツにジーパンを着た暑苦しい男。

 俺が駆け出すのに合わせて、手元に持っていた飴のようなモノを取り落としながら、男は逃げ出した。

 俺は敢えて慌てずに、ユックリと獲物を詰めるように、狩りの場を定めるように男の後を追う。


 平日でも、流石に学業を終わらせた学生達や子供の居ない暇な専業主婦達、残業のない公務員の姿で溢れている。

 色とりどりの人々の間を静かに、太った男と少年姿の俺が追いかけっこするのは、上の階から偶然見つけた人には奇異に見えるだろう。

 人の波を掻き分け、ヨタヨタと走る男に対して、俺はその流れに逆らわないように身体を斜めにする擦りぬけるような半身や、身体の小ささのメリットを活用して男を追い詰める。



 ――にも関わらず、俺と男の間は一向に縮まらない。

「バカなっ……」


 自慢ではないが、魔人として記憶を失っていても、記録によれば俺はそんなに脚は遅くなかったはずだ。確かにあの時代では馬術に長けていたはずだが、この身とて野山を駆けていた健足である。いくら子供の四肢でも、現代人の足腰には負けない程度の自信はある。


 装甲をわずかに流動させて、スピードを上げたと同時に、魔術か何かで察知した男はヨタヨタからドタドタくらいまでスピードをむりやり上げていく。たるむ皮、揺れる肉、動く重心。

 それでも間は縮まず、男はエレベーター横の扉から非常階段に入る。

 まずい、早く辿り着かないと。ココはツィンタワーの内、片方の塔。ビルの途中から分かれたツィンタワーの片割れは途中で二つの道に分かれている。つまり、あまり逃げられてはもう片方の塔か、階下かと言う二択を迫られる。

「……これは、俺に対する挑戦状だな」

 俄然、やる気が無駄に沸いてきた。

 急激に後ろに四肢を跳ね上げるように加速。獣の俊足で扉まで追い縋る。

 それを見ていた何人かはあまりの速さに驚きで歩みを止めているか、あまりの速さで気付かないかのどちらかだ。実際、100mを六秒弱で走るスピードを、子供の姿の俺が出していたら驚愕か、見なかった事にするか、どちらなのは当然だ。

 その俺を振り切ると言うのは男の何らかの魔術だろうか?


 扉を素早く開けて見てみると、非常階段が肉の質量で揺れている。


「それにしても……、速過ぎないか?」


 あの男、あの巨体、もとい肥満体にしか見えない体で、階段の間から踊り場まで飛び降りたのだろうか?


「でも、俺はやりたくないなぁ」


 この間のように霊体でいくら着地の衝撃が殺せると言っても怖いものは怖い。機像使いの女と戦う直前は興奮していたから図書室からの高さには気付かなかった。だが、既にマジマジとその高さを見せつけられているビルに昇らされれば、まさに一目瞭然。階段を使わないと、とてもじゃないがこんな高い所からは下りたくない。

 と下らない事を考えている間に、肉による揺れが段々と遠ざかっている。

「逃がすか!」

 俺は手擦りに掴まりながら、一段ずつ、しかし高速で降りていった。


* * *


 -Side A-


 巨大なシャンデリアが頭上で輝くその場所。頭上三階まで打ち抜いた造りは、こんなド田舎にビルを建設、設計した『遊び人』の心意気を感じる。そのお陰が否か? 建設してからは日増しに和木市の人口は増えているらしい。無論、人だけではなく、人外もいるけど。まぁ、それは日本国冥府の政霊指定都市だからかも知れないね。

 たくさんの人々、それぞれがそれぞれに幸せを携えている。それは日頃から歩きながらも熱中する携帯電話のゲームアプリだったり、両手に持った三段重ねのアイスクリームだったり、目の前を楽しそうに互いの幸せを手と手で絡めあって、乳繰り合っている恋人同士バカップルだったりする。


 で、ベンチに座った九貫の魔女である私は目下六人(マイナス一人)の魔術師から心臓を抉り出されようとしている不幸な少女である。ちなみに言うと雀どころかハチドリの涙に近い母の遺産(魔法の方ではなくの現金の方)をやり繰りしているため、お金が勿体ないので携帯なんてないし、アイスは家に特売日に買い置きしたのを帰ってから食べるために我慢しているし、家族はおろか、恋人なんて存在が居るはずも無い孤独な、幸せの枯れ井戸の状態。生活に、潤いがない。

「つまり、トータルで言えば凄く不幸なんだよね~」


 溜息をつくと、頭から伸びた、不自然な一本の、アンテナのようなくせっ毛がピコピコと揺れた。頭の脇の髪はピンで、腰まで伸びた髪は九貫の護符の髪留めで押さえられるが、この一本だけはどうにもならないらしい。まぁ、同じクラスで前日にジョウチョーを「モエー」なんて命知らずな事を言った歌代くんにしてみれば、それこそ萌えなのかもしれないけど……、女の子である私の立場からすれば、まさに収まりのつかないだけである。


「……世の中不満だらけ」


 髪の毛はキチンとセットできないし、父親は誰だか分からないし、母親は地獄に行っているし、肝心のジョウチョーは未だ待ち合わせに来ていないし、その理由を携帯で問い正す事も出来ない。つまり、携帯が無いのは不幸だからであって、ついでにお腹が空いたのにアイスが無いわけで……


「うわっ、不幸で頭の中が循環しているよ、ってか、いくら小声でも」

 自分で自分に突っ込まない方が良いって。

 だが、いつものこの一人会話(?) に突っ込みをいれてくれる人物はこの場に居ない。あいつの事だ。突然帰ってきて、「未熟者が居なかったから余裕だったゼ、ハハハ」とでも言うに決まっている。アイツの事は放って置いていいや。てか、アイツが不幸の元凶と言う事にしよう。実際、アイツと遇わなければ標的にならなかったわけだし……

 んじゃ満場一致(一人)で国定 錬仁は極悪不幸運び屋と言う事で決定。


 それにしても……国定か、あいつの事はイマイチ謎だ。魔人って事で年齢は不詳。国定って苗字が正しいなら、かの地獄へと繋がる門を守護する一族である。


 【地獄】とは一般的に言われるような悪い事をした人間が死後に到達する場所ではない。


 【地獄界】とは人間の住む場所、分かり易く【人間界】と呼ばれる物事の起きる世界に最も近い、魂の集まる世界の事である。魂は、通常死後は昇華されて輪廻の輪に戻り、魂が循環する。しかし、まれに死の直前に『一定の未練』があった場合、地上に留まって死神公社によって昇天させられるか、もしくは別の物質界である『地獄界』に引き寄せられる。これをブラインドなんたら現象とか言うらしいが、私は天才でも変態の神秘院には関わりはないために良く知らない。悪人は現世への欲望が強いために地獄に落ちやすいのが業界の通説である。むろん、未練が強くあれば、誰でも落ちる場所。故に、その有り方がこの世界で定義された『地獄』と似ている為、そのまま【地獄】と言う名称になったのだ。

 一説に寄ると地獄は元々は『閻魔』と呼ばれる支配者によって治められていたそうだが、立て続け(地獄の時間にとってはの意味で)に第一次、第二次大戦での死者の大放出で地獄の人口爆発が始まった。自体を危惧した統治者である『閻魔』は、自らの無限転生の力を使って地獄をそのまま人間界の一部とドッキングさせたとか。無論、これで地獄の人口爆発による『魂同士の摩擦による本当の爆発』は防げたが、代わりに地獄の不死者である『屍徒』や、幽霊の『人間界への逆流』などエライ騒ぎが起きたなんてマメ知識がある。一体誰が今統治しているのやら?


 とにかく、繋がってしまったからには私達の世界には扉はある。

 特別有名で大きなのは『バミューダ三角海域』の【食宙門(くうちゅうもん)】である。おかげで、あの付近はやたらに失踪船と不思議な飛行機事故(百%乗客乗員全て行方不明)が多い。

 そしてもう一つ有名なのが、私がこの間遭遇した【四時五分に止まる電車】である。

 もしかして、あの『電車』は国定が国定の力で呼び出したモノだったりするのだろうか?


 ――亡霊騎士との戦闘。不測の事態で負傷した国定。何らかの形で起きた霊気装甲の不具合に、国定は最後の力を振り絞って、線路の上か何処かで召喚。


 でも、それはないだろう。私の推理は間違いだ。【国定】の名の通り、その身は『国の境界を定める事』を意味する。つまり、地獄との境を曖昧にして、死者を逆流させるような行為を国定の身は出来ないはずだ。

 と言う事は、彼は国定であって、国定ではない。不思議な関係だ。国定の名前は意味があるのだろうか?


 魔人はその気になれば、悪夢にさい悩まれる事を覚悟すれば何百年と言う単位で生きる事が出来たはずだ。しかし、人間としての器である以上、大抵の魔人は十数年で力を使い切ったり、教会の『ソロモン王より伝わる魔人使いの秘蹟』によって飼い殺されたりするのが通説だ。しかし、あの偉そうな口振りから、おそらく現世に百年以上に渡って現界を続け、教会の呪縛(いや、聖縛か?) を振り払って、轟然と存在しつづける男だ。


 国定 錬仁。あいつは本当に一体何者なのだろう? 驚異の武芸の達者で、家事万能、元は百九十を余裕で越える体躯なんて、まるで何処かの物語から出てきたみたいだ。もしかして、あいつ、日本の歴史に載るほどの有名人だったりして。


「だとしたら、武蔵坊弁慶だね。性格悪いし」


 でも弁慶は美形ではないからなー。義経かな? でも貴族っぽくなくて、むしろ品が無い。でも、子供の姿ってのもあるけど、女の子でも羨ましがるようなスベスベした肌をしているし、体の均整も取れていて子供ながらモデルのようだ。かと言って軟弱そうかと言うとそうでもなく、獣のよう、野生の狼とか子供ような逞しさが顔にも表れている。口の悪さと時折バカにする時に細める『ー』の形の目でも無くなれば、私はいい男だと思う、まぁ今は子供だけど。


 ……でも、そこまで魅力的でも、どんなに綺麗でも、彼の瞳は見れない。人の瞳、それに縦に亀裂の入ったような黒い瞳は、何故か終わった瞳としか言えない。見つめていると、彼の送った鮮烈な人生が流れ込んできそうで怖い。


 夢で見た、あの日の影の軍勢。届かない叫び。彼の戦う姿は苦痛を知りながらも、その先にあるのは更なる苦痛でも、今日の戦いが明日の戦いでも、その先にあるのは空っぽで、何も無くても、ただ一人で向かって行く。彼は人として生まれなかった。だから、人として拾われても、人としての幸せを放棄した。ハッキリ言ってバカだ。愚の骨頂、天然の真骨頂と言っても過言ではない。とにかく、彼は人生を他人のために無駄にし過ぎた、と思っている。それだけは、夢の流れの中で、時折逆らうように見える残滓から読み取れる。


 『我は忌み、故に意味無し』なんてバカげている。


 ……もし、私が魔女だけでなく、人外との半々の出自でも後悔しないだろう。例え、それが人喰いだとしても、吸血鬼であろうと、私は受け入れる。この世に生まれたからには自分のために、目的を持って生きなければイケナイ。母とあの『大師』の言葉が正しければ、私は父と母が愛し合って生まれた子供だ。

 私の生まれのために身を隠して、数年間魔女として行動せず、大師に匿われながら私を出産した。その事から私の父親はどんな人間なのかは想像くらい付く。私は父の手に抱かれた事はあるのだろうか? もし、彼が今だ犯罪者として活動していたらそれを許せるだろうか? それ以前に私が、私の生を許せるだろうか? 口だけでいくら決意をしても足りない。

 私は何かと対峙した事が少ない。現代の仙人、有体に言えば『引篭り』、結界を自宅に付けての『立て篭もり』をしている魔法使いや魔女にはよくあることだ。私が、本当に試されるのは目前で戦う、その時、その瞬間だけだ。


 ……て、既に待ち合わせ時間の六時半なのに、学校に五分前に登校するように「いや、在姫。待たせていたが、少女趣味な妄想はしていなかったかね?」なんて含み笑いをして、片手を地面と直角に上げながら戯言を言うジョウチョーの姿はまだ見えない。実質、約束の時間から十五分遅れだ。何だか珍しいなぁ。何か有ったのかな?


 ふと目を向けた、二つあるエレベーターが両方同時に上がっている。どちらかに乗っている可能性は高いだろう。私は暇な時間を持て余すのも何なのそちらに目を向け続けた。


 扉が開いた。


 異様な風体だった。全身をタイツのようなモノで包み、顔の中央には巨大な、ゴーグル型の遮光器が嵌められている。痩せ型よりも骨と皮と言った方が良いような、『魔術師』にしか見えないの男は、背後に捻子くれた体躯のエレベーターの『両方』から出てきた『獣達』を従えて、こう言った。


                  「さぁ、皆さん、人質の時間です」


 朗々と言った。


* * *


 -Side B-


 さて、このツィンタワーだが、あの吹き抜けには構造上一つの問題がある。


 途轍も無く、広いため清掃が追いつかない事があると言うのだ。無論、昼間の開店中は清掃員をあたら多く出す事は出来ない。


 その欠点を見越されたためか、ツィンタワーの反対側には同じ様に吹き抜けがあり、パンフレット曰く、それを四週間のローテーションで交換して使っているらしいのだ。今回使っているのが、その北側の塔である。


「さぁ、着いたぞ。魔術師。ここまで来るなら十分だろう?」


 俺は埃っぽい空気が充密して澱んだその場所についた。電灯の落されたその場所は、夕方である事と相余ってやたら暗い。全ての黒いモノが影絵のように意思を持って動きそうな程、そこには埃と同時に闇も充密していた。


 息を肩でついた男は、ちょうど北側と同じようにシャンデリアのある場所の真ん中に居た。


 俺は男から十歩以上離れた場所から睨みをつける、って何でひるむんだよ。


「ここここ、ここここ、こここっここここ、こここ殺さないでくださぁい」

「…………」


 生理機能は人間と同じだが、それとは関係なく額を汗が伝った。何なんだ? こいつは?

 両手を掲げて、その後ろに隠れるようにしながら、俺から目を背けている。

 脱力感を全身に感じながら、溜息を吐く。とりあえず事が終わるまでは気を張ろうと思い、背筋を正した。


「お前は、魔術師だな? そうだろ?」

 そう言いながら、三歩間合いを詰めた。殺し合いをする気のない人間を殺るのも何なので、素手の当身でも中てて気絶させよう。それから、在姫の魔法で『誓い(ギアス)』の魔法でも掛けて、彼女の師父に何処かに捨てて置いて貰おう。


「はぁい、そそそそそそうですよぉ」


 やたらオドオドとした口調でコメカミに血液が溜まりそうなのだが、俺はもう一度怒りを吐き出すように溜息をして、また間合いを詰める。


 男は震える手でポケットから何かを出す。


 俺は一瞬身構えたが、それがただの甘味物、ドロップだと分かった。

 それを指ごと口に突っ込みながら満足そうに食べているのを見ていると、またコメカミの一部が膨れていくのがよーく分かった。

 と言うか我慢なら無い。

 後は大股で四歩弱、さっさと片付けて帰ろう。残した在姫も心配だ。


「で、お前の名前はなんと言うんだ」

 答えると同時に終わらせよう、そう思った。




          「魔術師同盟 アイオーン 『斬刑』の斐川 荻(ひかわ おぎ)




 答えると同時に終わらせよう、そう思った瞬間。


             俺の胸に『強烈な打撃』、掌低が一瞬で打ち込まれた。


 このホールは三十メートル以上の広さがあり、そのほぼ中心に俺は立っていた。だから、何処ぞの騎士のように瞬間移動でも使わない限り、十五メートル先の壁に叩きつけられる事は有り得ない。


 有り得ない打撃で無い限り――


 コンクリートの壁に叩きつけられてブラックアウトした意識が戻ると、俺はその場から離脱した。前蹴り、俺の腰くらいを砕こうとして外れた打撃は、豪快にコンクリの破片を撒き散らした。


「このほら吹きがッ!!」


  左斜めに摺り抜けて、男に反撃を繰り出そうとした俺に、ピタリと『槍を出したタイミング』で必殺を狙うように男はくっ付いてきている。先ほどの肉の暴れるような歩みではない。オーケストラが著名な指揮者の手で高度な、一つの有機体となったような、動きと呼ぶのはおこがましい、まさに舞い。

 俺のお返しとばかりに放った拳が、円を宙に描くように廻された掌に柔らかく受け止められ、そこから続く片手の、僅かな指先の伸びだけで弾き飛ばされた。

 だが、今度は自らの掌でしっかりと受け止めて着地する。それでも、男は再びピタリと『槍を出させない』絶妙な間合いに陣取っている。掌には抉られた穴が二つ。防御をしてなければ、脇腹の下、動脈を抉られていた。


 まさしく、男はガラリと変わった。

「魔術師ですから……、ホラの一つや二つは当然です」

 遅れて、思い出したかのように『余裕』を持った笑みを浮かべた男。

 情報によれば、アイオーンで『最も白兵戦能力のある魔術師』、斐川 荻。


 両手は僅かな捻れと相反するような余裕を持って掲げられ、手の小指側を俺に向けた手刀で自分の中心を守りながら、こちらの体のど真ん中をポイントしている。胴体は腰の上辺りで捻られ、足先は俺ではなく、俺よりややズレた方向を指している。


八卦掌(はっけしょう)


 新しい中国拳法の一つ。縦横無尽の歩法の『走圏』と、掌を使った柔らかい千変万化の攻撃である『手法』、そして修練によって力からより剛強かつ統合された力、『勁』を使用する武術である。ちなみに歴代のマスターとなった者で対人戦で敗北した者はいない、武術でも最高峰の部類に属する中国武術。


 その実力と威力は咄嗟に後方に飛びながらも、既に半ダース折れた俺の肋骨から証明できる。



「僕の技は、正確には遊身(ゆうしん)八卦六十四掌です」


 男の上半身は先ほどの掌低で発した筋肉の流動力、発勁によってロングのTシャツが内側から引き裂かれていた。

 Tシャツの下は何とも勘違いも甚だしい、何と言う筋肉の密度だ。腕は年輪を重ねた大木のように太く、胴体は薄い、引き伸ばされた脂肪の下からでも腹筋や脇腹の筋肉の、一筋一筋の厚さが伺い知れる。背中なんて正面から見えるほど広い。おそらく、脚も自分の体重どころか三百kgのバーベルを背負ったまま片足でスクワットが出来るほど鍛えられているはずだ。


 この男は『デブ』ではない、恐ろしいまでの筋と肉の密度を持った熟練の『拳士』である。


 俺は胸に霊気装甲をより多く流動させて自己回復を促す。

 だがそんな時を待ってくれるほど、敵は優しくはない。

「では、自分が殺されたくないので、あなたから死んでください」

 微笑を浮かべた魔術師の体が突然視界から消えて、再び俺は弾き飛ばされた。


* * *


 -Side A-


 吹き抜けは唖然となっていた。当然だろう。目の前には明らかに見覚えのない異形と奇人が存在しているのだから。

 二メートルすらやすやすと超える体躯。その人と同じ形の胴体には猪のような、あるい象、牛のような顔が乗っている。それらは一様に、元の生物なら持ってはいないはずの、牙と赤くギラついた瞳を持ち、辺りを眺め廻している。そこに理性のようなモノは感じられない。金属を身体に直接打ち付けられ、急所の大半、心臓、股間、背骨と言った場所を守らされている。その身体に鈍重さの欠片として見受けられず、力強さの大半をその外見から発散させている。

 それら、獣と呼ぶのはおこがましい生物が六体。

 その中心には、周りを囲む生物よりも明らかに、むしろここにいる人間の大半よりも貧弱に見える、異様な痩身の男。生きた黒蛇の鱗のごとく、奇妙に身体にフィットしたボディースーツに、目を丸ごと覆う遮光器はまるで男の異常性を表しているようだ。


「フム」


 男は軽く、周りを見渡す。

 周りの人々はあまりの、『常識を越えた』状況故に動けない。

 私も、『常識を超えた』存在である魔女、そして『狙われた獲物』故に動けない。

「皆さん、動かないように…… 死にたくはないでしょう?」

 首を斜めに、ユックリと傾ける。遮光器越しの視線は舐めるように群集から私を探そうとしている。

 無論、私は悟られないように、その脅威に対して反逆しようと駆動する魔女の心臓を必死に押さえつける。

 魔女や魔法使いの感性でなく、職人のような技術で磨かれた魔術師の、魔力の動きを捉える勘は容易に私の居る場所を見つけるだろう。

 だからこそ、私は今にも動きそうな自らの一部を必死に留める。

 暫くの沈黙、それと同時に、男が顎をしゃくった。

 視線の先には、警棒を構えて、それでもなお動けずにいる若い警備員。

 牛の形をした獣が、その巨躯からは計り知れない予想外のスピードで迫り、顔の強張った警備員の頭を、蹄でなく五指に分かれた手で、しかも片手で掴み上げる。

 警備員は突然の不条理にもがきながら、警棒をその豪腕に叩き付けるが傷どころか痛みすら与える事が出来ない。

「魔女、九貫在姫さん。いるのでしょう? 出て来ないと大変な事になりますよ? 制限時間は三十秒、です」


 狂気の宣言と供に何処からか出した懐中時計。それはやたらと大きな秒針の音を立てている。


 その言葉を聞き取った警備員は以前にも増して激しく警棒を打ち付ける。警備員が未知と暴力への恐怖でありったけの力を奮い、警棒がひしゃげても、獣の腕は皮一枚として傷付かなかった。


 ちょうど、その光景のあるエレベーターの斜め右。その近くのベンチに私は座っている。

 何も出来ない歯痒さを戒めるように歯を食い縛った。今、ココで名乗り出る事は出来る。だが、近接戦闘力に欠ける私が名乗りを挙げても心臓を抉られるのがオチかもしれないだろう。無論、名乗らない事だって出来る。魔女はその身を隠し、秘する者。そして、その身に払う犠牲、他の身に払う犠牲すら省みない者。

 しかしそれは、私の『他に犠牲を払わないで魔女でいた信条』に反する。勿論、そんな者は魔女として余計だ。意味すらない。


 それでも、私は、その『無意味』すら重要に思えた。

 魔女であると同時にある、人の理性。それと遥か昔に見た『澄んだ目、澄みすぎて、逆に済まない眼』。あの優しい魔女、母ならこんな状況にすらなる事を許さないはずだ。



       こんな時に国定(アイツ)がいたら……



「……三、二、一。はぁ、遅いですね。ペナルティです。その男の腕を折りなさい」


 その言葉に、片手で割り箸でも折るかのように無造作に獣は反対の方向を変えた。


「あぎゃっぁひゃぁぁぁぁあぁああぐぇああ」


 警備員は何かの引き付けようにビクンビクンと身体をしならせ、失禁しながらも、それでもなお、まだ無事な手で警棒を握っている。


「もう三十秒、待ちましょう」


 表情すら隠したスーツ越しに再びカウントダウンが始まる。警備員の男は再び狂ったように声を挙げ、唾を飛ばし、いや実際狂って、ひしゃげた警棒を打ちつける。

 突然と始まった圧倒的な、調律された暴力に子供は泣き叫び、大人は何も出来ずに佇み、あるいは隙を見て逃げ出そうと、もしくは、壁の影に隠れて超現実から逃避している。


「……ゴメン、国定」


 私は小さく呟いて、ベンチから「よっこらしょ」と微妙に年寄りじみて立ち上がる。私の小さな胸の奥には、力強く鼓動する心臓。それだけを根拠と勇気の頼りにして……

 拳から親指を覗かせると、その先端、噛み切り痕のついたその先端を糸きり歯で噛んだ。

 親指から血を滴らせながら、私は男に真っ直ぐ向かっていく。


「……四、三、にぃ?」


 男が、私に気付いた。

 我ながら小さい歩幅で、それでも拳を振りながら、その獣達の前に近づく。

 周りの人々は不思議な、そして呆けた顔をしている。獣人に、魔術師、そして、小さな魔女とくれば、常識の九十%は麻痺しているだろう。

 そしてとりあえず、男の五メートル手前で、国定の真似ではないが腕を組んで胸を反らしてみた。

「……何か、呼びましたか?」

 威厳も、この小さな身長、百四十四コンマ三センチ(計測済み)では存在すらもしないだろう。

 それでも、私は負けるつもりはなかった。

 さて、どうしたものか。男は、私が魔女なのか納得し兼ねたように、一定の調子で、ユラリ、ユラリ、と首を傾けている。

「貴女が九貫 在姫ですか?」

 ユラリ、とその言葉を吐いた後に、首を左に四十五度傾けたまま言った。

「そう言う貴方は何処の何様よ?」

 男はユラリ、と右に四十五度の角度で顔を傾けた。

「魔術師同盟アイオーンの『物理学者』 保隅 流水(ホズミ リュウスイ)と申します」

 物理学者? この男は魔術師ではないのだろうか?

 私はその疑問を頭の隅に追いやって、再び自称物理学者の魔術師に鋭い視線を投げかけた。

「アンタ、何考えているの? 衆人環視で吸血種と獣人の『合成魔獣(モザイク)』なんて持ってくるのは協定違反、いえ、反逆行為じゃないの? しかも違法霊薬のドーピングして、アンタ、同盟からすら抹殺されるよ」

 その言葉に彼は何が可笑しいのか? シャックリの連続のような笑みをしばらく続けた。



「協定違反? 笑わせないで戴こう。元より、魔術師に協定など意味はない。歩んだ道のその先にあるのは山屍血河の領域。故に法も違反もない、何にもない」

 男は指を高々と上げた。


 やっぱり…… この男ッ!!


「それにね。『 皆 殺 し 』なら、目撃者も居ませんよ―― さぁ、喰い殺せ」


 指を鳴らす音に合わせて、獣達はググッと身を沈め、『私はそれより早く呪文を紡いだ』。


* * *


 -Side B-


 一振りの鉄塊が胴体にめり込む。その一撃で常人なら内臓破裂、脊髄損傷、圧殺滅壊する衝撃。

 その鉄塊は人の技。指先を揃えた手刀、肉の刃である。

 だが、人体を構成する同じ肉でも、彼の拳は生物を確実に殴殺する鈍器と化していた。玄翁、ハンマー。手刀のような形容表現と同じ刃物とまでは言わないが、そんな殴殺器具にすら似ている。

 それでも俺が立っていられるのは、魔人と言う存在である事と残った霊気装甲、そして自らの体術に他ならない。


 刹那。魔術師の拳が、勁の作用によって体内で弾ける直前に、床の埃を巻き上げて宙に舞う。


 俺は大鎧を着たまま、海に並べた船の間を飛び交うような身軽さで、足の踏ん張りを零にして打撃とは逆の方向に飛ぶ事で軽減する。

 舞踏にも似た死の舞いは刻々と時と命と運を削りながら闇の充密したホールを廻る。


 俺には反撃の余地すらないに等しい。打撃殺人と間合いの詰め方は今まで出会ったどの武芸者よりも卓越している。いや、出会った中で一人だけ挙げるとするなら、俺を一撃で殺し去った最強の暗殺者がいる。拮抗すら問題なく、ただ最悪の戦況の中でのコンマ以下の勝率。あの暗殺者は絶望の中から勝利を掴み取った。能力無き、ただの人として今代は最強の武人として名高い【拳王】、もとい【大災害】すらあの動きを美しいと言うだろう神業の体術。あれほどの男が極東の島国で、無名のただの暗殺者としてしか居なかったことが異常だ。だから……


「ガァッ!?」


 僅かな回想の思いに浸らせる合間すらなく、間隙と感傷を肉で破壊するように魔術師が舞う。

 当たったのは顔面。野郎、手加減をそろそろ止めてきたようだ。速度がドンドン速くなっていく。あの鈍重にも見える体の中に凝縮されたスタミナは並ではない。軽自動車にポルシェのエンジンでもつけたような加速と馬力である。いや、装甲のような筋肉や鋼の拳足によって、もはや人サイズまで圧縮した重装甲戦車に他ならない。

「シッ!!」

 俺は肺の空気を吐き出しながら拳の反撃。それを魔術師は背中を見せるように回転して避けながら、そのまま背中で回転の勢いでの体当たり、中国拳法風に言うなれば(こう)と呼ばれる打撃を炸裂させる。

 当たった瞬間は痛みよりも先に、浮遊する感覚が先行するほどの叩きつけられたスピード。再び迫る壁に、獣のようにフワリと、両手両足で猫のように『壁に着地』をする。

 そのまま重力に逆らって、壁の微妙な凹凸に指を引っ掛けて張り付く。


 再び、間合いが取れた。だが、彼の神速の歩法を持ってすれば瞬きほどの間に俺を三度即死させる事すら出来るだろう。

 彼は独特の胴体を捻った構えを見せずに、ただブラリと手を下ろしている。全身の緊張は完全に解かれている。だが、それは次にどんな動きをするかすら予測のまるで付かないほどの極まった真の脱力である。


 達人。この若さでここまで達しているのはこの時代では俺の知る限り【大災害】の直弟子である規格外の【小災害】くらいしか知らなかった。だが、無名とは恐ろしいと、いつも肝に命じていたはずだ……


 俺は極東の暗殺者ギルド、【闇殺舎】の魔物【錆びた拘束(ラスティチェイン)】の美しい動きを再び思い返しかけ、回想を断ち切る。いくら、『元の身体』を望んでも、削れ過ぎた霊気装甲故に、子供の体なのは致し方ない。だが、このままでも必ず、勝利を持って在姫を守る。


 そう思いながら、無表情に徹した顔に反して、自然と壁を掴んだ手に力が篭った。


「彼女が、心配ですか?」

「俺は守護者だ。勘違いをするな」


 よくよく考えてみると『彼女の意味』を俺は取り違えているが、男は大して構う事はなかった。

 男はこちらに顔を向けたまま、コロリと口と中にドロップを含んだ。いつの間に?

 雲が晴れ、いよいよと待ち望んだ月明かり。立待月よりさらに僅かに欠け、昨日より遅れて出た居待月(いまちづき)としてボォと燐光で辺りを照らす。

 淡い光に浮かぶようにただひっそりと微笑みながら居待つ男。

「運動すると甘いものが欲しくなりますからねぇ。私の体だと常人の二十倍のカロリーは必要なんですよ?」

 言い訳をするような弱弱しい言い方に反して、その行動には隙が一片と見当たらない。

 そしてこの男の雰囲気は、ただ魔法を求める魔術師とは違って見えた。むしろ、このまま『武芸者』となれば【拳王】に成り変われるのではないかと思う。何故……


「何故、お前は魔法を求める?」


 俺の問いに、男はほんの僅かだけ隙を見せたが、俺はそれを狙う気にはなれなかった。


「【魔法使い】になりたい。ただそれだけですよ」


 二つ目のドロップを口に含む。回想でもしているのだろうか? 自然と視線は宙に定まらないように見える。気になったのだから仕方が無い。もしかしたらわざと見せているかもしれない隙と割り切り、俺は続きを問う。

「魔法使いになって何を求める?」

 三つ目のドロップは口に含まれなかった。


「……妹が、居ましてね。彼女は僕が【魔術師】なのに【魔法使い】だと思っていた。微妙な言葉の違いですが、『夢』を壊して、彼女をこれ以上悲しませたくありませんでした……」

 三つ目が口に含まれて、しばらく堪能すると再び言葉は切り出された。

「妹には幼い頃に一緒に居てやれなかったのです。その頃、僕は親の作ってしまった借金と妹の無事と引き換えにロシアに売り出されました。ウラン鉱採掘と木こり、他にも極寒での蟹漁など色々やっていましたね。お陰でこの通り筋肉は付きましたよ。あぁ、これは関係なかったですね。実はですね。妹は両親が亡くなった時の火事から僕が救い出して以来、僕を【魔法使い】だと思っていたんです。だから彼女の夢を壊さないようにしようと思いました。そして、いつか借金を返せたら、ロシアの素性も知れない荒くれ者達の噂に聞く【魔術師】くらいにはなれるだろうと思っていたんです」

 彼は弄っていたドロップ缶をポケットから出して振るが、音がしない。逆さまにして底を叩くと、大きな、色とりどりの塊が掌に出た。

 それを口に含み、缶を仕舞う。

「そして、ロシアで木こりとして出ている時に、見つけてしまったんです。陸上で最大の肉食生物『北極熊』を圧倒する『超暴力』を……、それは老人でした。痩せた手足が奮う拳。そして……、自分でも『何を見たか忘れてしまう』ほどの『(わざ)』を見せつけると、彼は僕を見つけて言いました。『知りたいですか?』と、日本語で。僕は魔法だと思ったのですが、ちょっと違ったみたいです。まぁ、色々と手順を少々変えて僕の魔術があるわけですが……」


 畏敬を持った沈黙の後、俺はそれを言葉にした。

「その、暴力の名は?」


「『大災害(オーヴァーハヴォク)』と、それしか聞きませんでした」


「貴様、だ、『大災害の直弟子』だというのか?!」


 霊気装甲を持たず、魔術すら使わず、交霊武装、そしてナイフ一本すら帯びるの拒否し、ただ肉体の一つを持って人外の戦場を狂わす【人類最強】。


 驚いた彼はその厚い皮に包まれた掌を振る。


「まさか! 大災害の直弟子はただ一人『捕食者(プレデター)』ならびに『小災害(デミハヴォク)』と呼ばれる彼だけです。僕はただ単に『イロハ』を学んだだけのペーペーですよ。確かに彼、【大災害】は『挑戦しますか?』と聞きましたが、僕は【魔法使い】を目指していたので断ったし、それ以前に無理だったんですよ」

 微笑み、その中にでも垣間見える自分の肉体と技への信頼。長年の技術と才能。加えて【大災害】に『挑戦を許可された』存在。『夢』を壊さぬため、故に【魔術】としてまで昇華した彼の技があの歩法と連撃だけに止まるはずがない。



         「――ところで、身体も冷めてきましたし、続けますか?」



 男の微笑みに俺は、【亡霊騎士】と対峙した時とは別の感情の高まりと共に笑顔を浮かべる。


「魔術師、【魔人】を舐めるなよ? そろそろ、お前の、【魔術】を見せろッ!!」


 壁を蹴って空中への疾走。死の舞は二度目の幕を上げた。


* * *

>>-Side A- 在姫視点へ続く。

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