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9.苦労を受容する理由

 

 ◎




 学院の新入生が受けなければならない必修科目に『魔術概論』・『魔導概論』・『基本剣術』がある。


 魔術理論は実践的魔術の前提。


 魔導理論は魔法陣解析の前提。


 基本剣術は魔剣術の前提。


 総計百人程度の新入生が三つに振り分けられ、順番に講義を受けることになる。俗に言う『クラス分け』に近いが、一回生のみのシステムなので以降は大学のように自分で選択して講義を受けることになる。


 レーゼインに割り当てられたのは『基本剣術』。基礎の王国剣術三級の習得を目指して訓練する授業である。


 基本剣術を学ぶ生徒達は動き易い服装に着替えて修練場に集まっていた。レーゼインは長い金髪を一本結びにして後ろに垂らしている。


 講師は二十代後半といった様相のグラサンを掛けた女性だった。目付きが非常に悪く、戦の世界に浸かっていたであろうことが察せられる。




「三級は基本的な型を覚えるだけだ、やりゃ誰でもできる。できない奴は集中力の欠けている人間か阿呆だな」




 木剣を伝説の剣のように地面に突き立て、仁王立ちする。


 その女性をよく見ればかなり筋肉質だったが、かなり均整の取れた肉体をしていた。口調は攻撃的だが、剣術に関して言えば柔軟性を活かしそうだ。


 講師は一度だけ型を披露した。止めるところは止めて、技の流れは流麗だった。




「自分が必要だと思った鍛錬をしろ。やり方は個人の判断に任せる」




 それだけ言うと生徒に木剣を配布し、修練場の片隅に背を預けた。


 初心者への教育なんてさらさらやるつもりはないようだ。放任主義なのはレーゼインとしては望ましいことだった。


 まともに授業を受けるつもりはない。汗搔いたら嫌だ、という実に乙女らしく下らない理由である。




「そうでなくてもできないけどさ――」




 型の打ち合いをするために二人必要でもレーゼインが誰かに相手として選ばれる道理はない。以前からの悪名に加え、数時間前の貴族同士の諍いの件も既に広まっている。底辺同士の醜い争いである。


 既に貴族・平民に関わらずアンタッチャブルな存在として認知されていた。




 堂々とサボタージュするのも退屈なものなのでまるで意味があるかのように修練場を歩き回る。講師気取りで生徒達の実力を観察してみた。


 やはり、貴族生まれは剣術の指導を受けていることが多く、既に三級以上の実力を有している者が多い。彼らは更に上位の級を目指して各々の鍛錬を積んでいた。


 対して平民は初めて剣を振るう、という者が多く、持ち方からして危うい。


 その中に殊更見ていられない初心者を見つけた。




「ゼント君じゃん」


「あ……どうも」




 少年は煮え切らない会釈をする。


 どうにもどんな態度で接するか迷っている様子だ。レーゼインにすればこんな態度を取られるのも珍しくなかったので特に何とも思わない。




「変な噂でも聞いた?」


「噂というか、実際見ましたけど……」


「あ、そう」


「――貴族の方だったんですね、本当に」


「疑ってたの? 別に何と思われても良いけどさ。後、その片言の敬語聞いててうざいから止めよう」


「うざい……」




 ゼントは女子にストレートに悪口をぶつけられ、月並みに落ち込んだ。




「じゃあ、普通に話すけど……罠じゃないですよね?」


「しつこいなぁ」


「……ごめん」


「謝んないでよ、挨拶みたいなものだから」


「貴族の挨拶は怖いな」




 敬語を止めていたものの声音から情けなさが滲んでいる。状況に慣れていない、という色合いが強い。




「まぁ、それだけ」


「あ、そう……」


「素振り続けて」


「はい」




 レーゼインに言わるままゼントは木剣を振るう。


 明らかに歪んでいる剣筋。


 ゼントは木剣を提げて振り向いた。




「……あんまり見ないで貰えると助かるんだが」


「自意識過剰なんじゃない」


「そうかな……」




 ゼントは針の筵のような気分で素振りを繰り返した。


 空気椅子に落ち着いたレーゼインは頼りになさそうな背中をジッ、と見詰める。片田舎から出て来た少年にしか見えない。


 特筆すべき点は零。




「逆に主人公タイプか、これは……」




 苛立たし気に呟いていると――ガシッ、と頭を掴まれた。UFOキャッチャーのように持ち上げられ、直立姿勢になる。


 剣術講師――アルティ・プラーナは苛立たし気を隠そうともしないで舌打ちした。




「さっきから塵芥虫みたいに動き回るな、五月蝿い」


「大声は出していませんけど」


「無闇に魔法を使うな、と言っている」


「あぁ、そういう……」




 レーゼインは気配と足音を魔法で薄めながら練り歩いていた。魔法を纏いながら教練場内を動き回ることで妙な流れができたらしい。




「余計なことはせず馬鹿みたいに棒を振ってろ。お前は学院長からも警戒されている問題児だからな、変なことはするなよ」


「学院長から? 怖いですね――ところで、『基本剣術』の免除は何級からですか?」


「五級だな。精々一般人一〇人を同時に相手取れる程度か」




 アルティはいとも簡単なことのように言うが、それがどれだけ洗練された技術が必要か改めて考えなくてはならない。


 基本剣術の粋を出ている。この講義を受けているだけではまず達成できない。


 しかし、レーゼインは顔色一つ変えなかった。




「今、他に剣術の講義しているところありますか?」


「……第一教練場で八級の剣術指南が行われているはずだが」


「八級……まぁ、良いか。ありがとうございます」




 一礼、踵を返したレーゼインは速やかに修練場を出て行った。その際、ポケットからハンカチを落としたことには気づかなかった。


 堂々としたエスケープにアルティも言葉を出せなかったようだ。








 ◎




「――ひけらかすのは好きじゃないけど、サボるためだから仕方ないよね」




 自己正当化の言葉を呟きながら、校舎から最も遠い教練場に足を踏み入れた。瞬間、木刀が空気を切り裂く重音の連なりがレーゼインの鼓膜を揺らす。




 緊張感が明らかに違う――。


 生徒二〇人程が黙々と素振り、もしくは掛かり稽古をしていた。一つ一つの動作が洗練されている。ここまで来るとプロと言っても差し支えないだろう。


 生徒達の合間を通り抜ける凛々しい目付きの若い男が講師だろう。翡翠色の眼をしている。


 レーゼインは置いただけ、という風の孤独な教壇に立った。ほんの少しだけ視線が高くなる。大きく息を吸い込み――。




「――誰か私と試合してくれる人いませんかー!」




 幼さ満点の高音が第一教練場に響いた。九割方は稽古の手を止め、訝し気にレーゼインを見遣る。一割は動じることなく剣を振っていた。




「いないかー? 私に勝てそうな人はいないかー?」




 レーゼインの悪名は貴族界全体に轟いている。貴族にはまた奇行を始めた、と相手にされない。


 しかし、彼女をよく知らない者からすれば単純な挑発に聞こえた。それも猫撫で声で言われれば意識せざるを得ない。


 狙い通り、静謐な空間に剣呑な空気が流れる。


 最初に声を上げたのは当たり前ではあるが、剣術教諭の男だった。




「――元気が良いことだ。しかし、君は誰だい?」




 色男特有の柔らかな声がレーゼインへ質問を投げ掛けた。




「レーゼイン・アスタ・以下略と申します。試合をしたいので審判をお願いして良いですか?」


「審判?」




 有無を言わせないままレーゼインは教練場の中央へ躍り出る。長方形の白線が敷かれた内側で剣闘が行われるルール。


 当然、対面に入ろうとする者はいなかった。


 レーゼインは適当な生徒を指差す。黒髪が綺麗な女生徒が『え』と眉を上げた。




「あなた、ここに入って」


「え、え?」


「試合開始を宣言して下さい、先生」


「私のことですか?」


「では――」




 言われるがままおずおず、と白線を踏み越えた女生徒。困惑と理不尽が脳裏を渦巻いていたことだろう。


 しかし、レーゼインが剣を抜いた瞬間――表情から色が消えた。一瞬の内に動揺を鎮め、木剣を構える。


 口の端を吊り上げたレーゼインは男性教諭に目配せした。


 場内における両者の抜剣を両者の合意と見なし、男は声を張り上げる。




「試合開始!」




 突如始まった試合を好奇心で観戦する学生達は戦慄することとなる――。








 ◎




 悪名高い少女に運悪く指差された少女――カルナ・フレインは小さな息を繰り返す。


 どうしてこんなことになっているのかはこの際置いておく。彼女にとって人選に意味はないはずだ。


 目の前の敵をこの剣で打ち据えるまで、余計なことは考えない。両手で握った剣の切っ先をレーゼインへと向ける。


 そのレーゼインは片手で握った木剣をだらり、と低い位置に下ろしていた。その出で立ちは余りにも隙だらけ。


 一息に距離を詰め、胸を突く、という道筋を描いたカルナは呼吸を深め、一気に踏み出した。


 瞬間、ぞわり――と悪寒が背中をなぞる。カルナが『しまった』と思った頃にはレーゼインが眼前に迫っていた。




「はっ――」




 小さな身体から繰り出される剣閃の速度を捉えることができない。だが、軌道は予測できる。多少、無理な体勢になったが辛うじて防御を間に合わせた。


 ――一度、攻撃を受ける。距離を取ってもう一度……。


 そんな予測を裏切り、斬撃は直前でキャンセルされた。剣筋は反転。ぴたり、と足首に木剣を添えられる。




「?」


「せーの」




 覇気のない掛け声が聞こえた刹那、カルナの視界が反転した。掬い上げられた、と認識したのは床に倒れ伏してからだった。


 端から本気を出すつもりもなかったらしい。


 レーゼインが鼻先に刃を突き付ける。




「……降参します」


「試合終了、レーゼイン・以下略の勝利」








 ◎




「いえーい」




 気持ち程度の喜びが教練場に淡く響く。


 見物していた生徒達は信じられないものを見る目をレーゼインへ向けた。小さな身体にあるまじきパワーと技術に息を忘れたようだった。


 身体強化の類いの魔法を使っていないのは審判が確認している。純粋な実力でカルナ・フレインを下したのだ。


 レーゼインはカルナに手を貸した。




「ありがとうございます」


「こちらの台詞だけどね」


「強いですね、あなたは」


「実は百戦錬磨なんだ」




 気を悪くするどころか称賛までくれた良い女にレーゼインは微笑みを返した。良い女にデレデレしてしまうのは彼女の性だった。




「これで一人目。次の相手は誰ですか?」


「――私」




 場内に入ったのはレーゼイン程ではないがかなり小柄な少女である。髪は肩より上で切り揃えられ、彼岸花の紅色が波打った。


 目付きは鋭く、話好きという風には見えない。




「お名前聞いて良い?」


「ヴァトナ――ただのヴァトナ」


「私はレーゼインね。只者じゃないレーゼイン」






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