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8.メイド兼恋人兼姫

 


 ◎




「――初めからここに来る奴らは珍しいよ」




 振る舞われた晩御飯を頂いているとキッチンから出て来たマダムは荒い鼻息を鳴らした。


 配膳されたのは何の変哲もないパン、スパイスの香り過ぎるスープ、気持ち程度の肉料理という手癖で作ったようなメニュー。味は簡素だがなかなか美味しい、とレーゼインは思った。




「そうなんですか?」


「大抵、他の奴らと反り合わなくて渋々来ることがほとんどさ」


「あぁ……ここの寮はほとんど説明がないですしね」




 学院入学の際に紹介されるのは『邸宅』と『集合住居』のみ。貴族寮と平民寮と呼ばれていないのが小賢しい。恐らく、数人の平民が『邸宅』の方に行って酷い目に遭っただろう。


 どうやらノアの舌は庶民の料理を受け入れられず、あまり食事は進んでいない様子だ。




「私の場合はどちらにしても排斥されることは分かり切ってましたから」


「まぁ、小さいから仕方ないだろうね」


「そんな理由で追い出されたら泣きます」




 あけすけなマダムはレーゼインの気にしていることを平然と言い放った。はっはっはっ、と笑って満足したのかマダムはキッチンに戻る。


 途端に食堂が静寂に包まれた。




「ねぇねぇ、ノア」


「どうかしましたか? レーゼ様」


「さっきね、凄い可愛い娘がいたんだよね。だから、付き合おうかなー、って思うんだ」


「はぁ」




 さも当然のように言うものだからノアはしばらく言葉の意味を理解できなかった。スープを混ぜていたスプーンの動きを止めたのは五秒後のこと。




「レーゼ様……それは――女性ですか?」




 真っ先に確認しなければならないこと。


 レーゼインは不服そうに腕を組んだ。




「当たり前じゃん。プロフィールに書いてるでしょ、『#男絡みいらん』って」


「そう、ですよね……」




 女性に対しての性愛――。


 ノアはとりあえず安堵の息を吐く。


 世の中には凄く可愛い男の子がいてもおかしくない。主がそんなものに引っ掛かった、となればノアとしては強引にでも引き裂かなければならなくなる。




「私がいながら、隣に女性を侍らすのですか?」


「まだ片手が空いてるんだもん。両手に花が良いじゃん?」


「…………」




 こんなこと聞かされて素直に受け入れられるだけの包容力はなかった。左手担当ノアは本心を押し殺し、黙々と美味しさ感じない料理を口にする。


 レーゼインがそう言うなら従うしかない。




「明日からは私がお料理しましょうか?」


「お昼は考えようかな」




 マダムが寮生に腕を振るうのは朝晩のみ。卒のない回答にノアの気分は更に落ちた。釣った獲物に餌をあげないタイプらしい。


 静かにレーゼインの口の端は吊り上がっていた――。




 貴族寮には棟毎に一つずつ、平民寮には巨大な公衆浴場が設置されている。では、逸れ者の寮はどうかと言えば、ただ水が流れ落ちるだけのシャワー擬きが五つのみ。




「ここは隔離施設か何かかな?」




 頭から冷水を被ったレーゼインとノアは最低限身体を洗ってすぐに部屋に戻った。


 使い古された魔光石も夜にゆっくりするには丁度良い明るさだった。椅子に座って足を前後に揺らしながらレーゼインは問う。




「ノア? ご機嫌斜め三〇度、って感じ?」


「何を言っているのかわかりません」




 基本的に表情筋が硬直しているノアの心情を顔色で当てるのは難しいので、レーゼインは声音で判別していた。ただ、そんなことをするまでもなく理由はわかっている。


 椅子から飛び降りると二段ベッドの下段に入り込んだ。




「ノア、もう寝るよ」


「……では、私は上を使いますね」




 レーゼインは身体を横向きにし、空いた部分をポンポン叩いた。ここに来なさい、という意味である。


 ノアが魔力の波動を光の魔法石に浴びせると部屋の光が落ちる。夜目はまだ効かず、お互いの表情の色が見えなくなった。


 添い寝する二人。一人用ベッドに無理矢理二人が入れば身動ぎ一つもできない狭さだ。数センチという至近距離で顔を見合せる。




「おやすみ、ノア」


「おやすみなさいませ、レーゼ様」




 ぐっ、とレーゼインが間隙を埋める。唇と唇が重なった。一瞬触れるだけのフレンチキス。そのまま、ノアの豊満な胸に顔を埋めて眠りに就く。


 ノアは『まともに呼吸ができないのでは』と指摘しても『ここで死ぬなら本望』と言っていたことを思い出した。


 レーゼインの小さな身体を抱き寄せる。


 二回りも小さい、抱くだけで壊れそうな肢体を愛しさと柔らかさで包み込んだ。




「レーゼ様……お慕いしております、誰よりも」




 ノアは朱色に染まった頬で微笑んだ。








 ◎




 レーゼインの登校二日目は鮮烈なものだった。


 浮き足立った空気の漂う寮から学園までの道のりを堂々と闊歩するノアに道行く生徒達は好奇の視線を向けていた。


 生徒は茫然と眺め、間もなくひそひそ、と不愉快な囁きが聞こえて来る。


 ノアがメイド姿で登校した、なんてことない。彼女が抱えているものに視線が注がれているのだ。




「私達、超目立ってるね」


「当たり前です。どうしてこんなことをしようと思ったのですか?」




 呆れ半分の息を吐いて、腕の中に収まったレーゼインに質問を投げ掛けた。


 レーゼインはノアにお姫様ように抱かれている。首に腕を回し、これ以上なく密着していた。


 まさに恋人の距離感。そこに初々しい空気は流れていなかった。




「高い景色好きだから。後、悪目立ちするの好きなんだよね」


「悪趣味ですね」


「優越感に浸れるのが良いんじゃない。平凡じゃない感じがしてさ」


「……そんなことをしなくても十分目立っていますよ」


「小っちゃいだけじゃん」




 二人だけの世界に浸っていたレーゼイン達の道を塞ぐように貴族男子三人が現れた。この年齢の男子はまだ若干幼い顔付きをしていて、努めて威圧的に見えるように表情を硬くしているように見える




「ヴァイススターの恥晒しめ」




 周囲の生徒にも聞こえるようにわざと大きな声でリーダー格の貴族男子は言う。




「生家だけでなく学院、ひいてはゾルステアの品位を落としてる自覚はあるのか」


「え、急に何?」


「学院に給仕を連れて来ることは禁じられている。お前のような女が『八円剣』の血族であるのと到底認められない、これは問題だぞ」




 迫真の弾劾であるが、彼らの口の端は嘲笑で吊り上がっていた。鮮やかな手並みだ、如何にも慣れている風である。




「人を詰るのが趣味みたいね。これこそ悪趣味か」


「すぐに教師陣へ報告させて貰うぞ。どうしてもと言うなら、掛け合って罰を軽くしてやらんこともないが、相応の対価は払って貰わなければな」




 彼らの下卑た視線はノアの身体へ向いている。


 顔も身体も極上中の極上、男が色香に惑わされるのも仕方ないかもしれない。だが、レーゼインは自分のものを誰かに奪われるのを最も嫌悪する。


 今更、何を言われても捨て置くのだが、所有物を奪おうとしているのなら話は別だ。


 自然と口調に冷たい敵愾心を宿らせていた。




「あなたの名前なんだったかしら?」


「アルカサ・ヴァレナ――お前よりも真の貴族に相応しい者の名だ」


「へぇ……聞いたことない家名。第三爵位家か、随分と生意気なこと言ってくれるね」




 階級のことを口にするとわかり易く悔し気な表情に変わる。


 第二爵位家の権力は王家に次ぐ、格下の貴族へ加えられる圧力はかなり強い。制裁の手加減を間違えれば、滅ぶこともある。




「それに相当頭が悪い、と見える。こんな人混みの中で恥を晒すのは自分だ、ってのにね」


「何だと?」


「そもそも、学院はメイドを連れて来ることを禁じてない」


「はぁ? 自己正当化に頭がおかしくなったか? 学院の掟は例え、王家であっても守らなくてはならない。王家に準じないなど、叛逆にも等しいことを理解しているのか?」


「禁じているのは、魔術師以外が学院の敷地に踏み入ること。逆に言えば、魔術師ならば問題なく行動できる」


「まさか……そのメイドも魔術師だとでも!?」




 アルカサが戦慄するのは当たり前。


 魔術という極めて希少な才能を持つ者をただのメイドとして扱うのは余りにも勿体ない。兵や護衛、スパイにもなれる優れた人材に給仕をさせるのは人材の無駄遣いそのものだ。




「そもそも学院が非魔術師の侵入を認める訳ないじゃん。あなたの方こそ学院、ひいては王家を軽んじてるんじゃない?」


「そ、そんな訳が……!」




 レーゼインは恥辱と焦りの汗を流す少年に微笑み掛けた。


 嘲笑を込めた邪悪な笑みはまるで魅了の悪魔のように美しい。




「よくもそんな人前で自分の無知と無能を晒せたものね。そんな低能だからその程度のこともわからないんでしょうけど。きっと、学院中でこう言われるんでしょうね――放蕩娘にすら言い負かされる情けないお坊ちゃん、って」


「ッ、このヴァイススターの面汚しが――!」




 言い負かされ、血が昇った中で搾り出した言葉から底は知れた。


 レーゼインは無価値を下し、視線を逸らす。


 肩を叩かれたノアはレーゼインを抱いたまま校舎へ歩みを進めた。彼らが退く素振りを見せなかったので脇に避けてすれ違う。


 止まっていた時が動き出したかのように観客だった生徒達の足も教室へ向かい始めた。


 世界に置いていかれ、立ち尽くしていたアルカサは奥歯を噛み締め、固く拳を握った。




「ッ、お前のような奴はここでは今に淘汰される! 精々、怯えていろ! 恥晒しがッ!」


「語彙が足りてないよ、私以下の凡人。ていうか、君誰?」




 代替可能な歯車を識別するために脳のリソースを消費するつもりはない、という体で尊厳を踏み躙る。個の存在を否定するレーゼインの精神攻撃だった。


 校舎に入る直前でレーゼインはノアの腕から降りる。




「ありがとね、私のお姫様」


「いえ……それより、大丈夫ですか?」


「ん、何が?」


「少し気分が荒れているようですから……落ち着いたなら良いのですが」


「もう大丈夫、体温は下がってる」




 奴らが屈辱そうに俯いた姿を見て留飲は下がった。


 ノアが屑に下卑た視線を向けられている、と想像するだけで吐き気を催す。脳味噌まで燃え尽きそうな独占欲が渦巻き、体内の魔力の波を収めることの方が大変だった。




「……ノアのノアは制服じゃ全然隠し切れないものね」


「はい?」


「明日からシーツを被って登校しないと。目のところに穴を開けて……」


「意味がわからないことを言っていないで校舎に入りましょう」


「それともノーバみたいな感じにしようか――」




 ブツブツ、と呟きながらレーゼインはノアに続いて学院内へ足を踏み入れた。





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