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7.運命の再会

 

 ◎




 魔法学院校門前には長大な馬車の列が形成されていた。貴族の子息子女が丁重に送り届けられるからだ。それでもって、はけるまで数分は掛かるものだから道は完全に封鎖されていた。




「――だろう、と思ったから徒歩で来たのよね」


「流石の采配です、レーゼ様」




 レーゼインとノアがいるのは表門ですらなく、入学生が使わないであろう裏門。


 教師と思しき人物とすれ違ったりもしたが、当然のように歩いていれば案外どうにでもなる。表に回ると校門前に幾つかには小さな集団ができていた。


 早速、下らない諍いさえ起きている。




「うわぁ……学校、ってやっぱりこういう感じだよね」


「学院に通うのは初めてでは?」


「そうなんだけどね」


「…………」




 妙な態度を隠そうともしないレーゼインにノアは訝し気な視線を向けた。レーゼインが幼少の頃から本を読み漁り、大人顔負けの知識を有していることは既知のこと。しかし、わかったような台詞を口にする時の実感は妙にリアリティがあった。




 在学生や教師陣による順路誘導に従って講堂へ向かった。内装はコンサートホールを思い起こさせた。中央ステージから離れるごとに席が高くなっている。席のランクはそれに反比例した。旅客機のシステムである。


 レーゼインは魔法学院の理念の一つを口にする。




「『才能の下に平等』だっけ?」




 ――『ゾルステア王国』では一五歳になった貴族の子女は首都にある魔法学院に通わなければならない。貴族の源流は魔術師の家系であり、子孫にも脈々と才能が受け継がれている。


 力を正しく扱うために教育機関で魔法を学ぶことが義務となった。


 稀に平民が突然変異的に魔法の才能を獲得することがある。そのような者もスカウトされて入学する。


 学院では魔法の才能の下、社会的地位に依らない平等が謳われているが、その話を初めて聞いた時、レーゼインは鼻で笑ったし、今も笑っていた。




「だろう、と思った。行くよ、ノア」




 王侯貴族のお膝元、首都に建てられている時点で権力と切り離せる訳がない。


 レーゼインは溜息を吐いて階段を昇った。エコノミークラスの席、最後尾に腰を下ろす。ここが一番見晴らしが良い。




「……私に付き合わなくても構いませんよ」




 由緒正しき家のメイドでも出自が平民ならば平民。


 お手本のような制服姿のメイドにレーゼインは肩を竦め、耳元に唇を寄せた。ノア以外誰にも聞こえない囁き息を漏らす。




「私はあなたの何なの?」


「……れ、レーゼ様」




 途端にノアは頬を赤く染めるとメイドがしてはいけない上目遣いを主へ向けた。隣の席に座り、誰にも気づかれないように手の甲を触れ合わせる。




 どんなに幼い見た目をしていても貴族特有の圧を放つレーゼインの周りを人は避けて通っていたが、ノアの隣に座った者はいた。


 居心地の悪そうな男女二人組が言葉を交わして緊張を紛らわせている内に、講堂のステージ脇から男が姿を現す。


 二十代半ばと言った顔付きの男は魔法学院の校長。数年前に顔を合わせたことがあるのだが、衰えは見えなかった。


 学院長の話に興味がなかったレーゼインは目を瞑り、ひたすら終わりを待った。








 ◎




 レーゼインは十字路の中央に仁王立ちしていた。


 どの道を進むべきか彼女は思案する。そんな幼い後ろ姿をノアはただ見詰める。




 学院に所属する生徒は寮生活を強いられる。若い内に親元を離れて自律を云々、という理由ではなく、幅広い人間関係の形成に主眼を置いているようだ。


 この体制を学生らしい、と評価するのは平民だけだろう。貴族の子息は専ら、自らの立場を確固足るものにするために奔走することになる。


 そんな思惑入り混じる中、悪い噂の多いレーゼインは敬遠されるどころか、冷遇される存在だった。


『八円剣』から生まれたとは思えない恥晒し、とは何度なく聞かされ、これからもそう言われる。


 レーゼインとしては馬鹿にされるだけで余計な人間関係を切れるのならむしろ良いくらいなのだが、そのお陰で進むべき道を惑うこともある。




 各々の道の先には一年生向けの寮がある。右側には貴族が使う荘厳な館の連なりが、左側には小屋を縦横無尽に後付けすることでできた奇形マンションが建っていた。


 放蕩娘として名が通っているため貴族寮では針の筵。ノアまで連れて行けばどんな扱いをされるのか分かったものではない。


 平民寮でも結果は同じ。貴族に対する敵意が強い傾向にあり、良い顔はされない。


 では、どちらにも行けない者は何処に行くのか――。




「はぐれ者の進む道は真っ直ぐみたいね」


「……この道、森林に続いているように見えるのですが、大丈夫なのですか?」


「最悪野宿すれば良いよ」


「野宿は嫌だと昨日言っていましたよ。そうなるくらいなら貴族寮へ行って下さい。『八円剣』の家系なら簡単に手出しはされないはずです」


「冗談よ、冗談」




 煉瓦道が薄暗い森林のトンネルを進んで行く。最低限の人の出入りはあるらしく、道は箒で掃いた程度には整備されていた。


 およそ三分後、刳り貫いたような開けた空間に出る。そこで寂れた館はひっそりと息をしていた。




「……ここが本当に寮なのですか?」




 信じられない、とばかりにノアが呟く。


 平民とは言え、幼い頃からヴァイススター邸で生きていた彼女も貴族に近い価値観がある。清潔感のない外観に一瞬、頭がくらり、としていた。




「物凄く廃れてるね……でも、人はいるみたい。扉が新しい」




 はぐれ者の寮は元々は貴族の館だったものを改修して作られてようだ。雪のように白かったはずの外壁は黒ずみ、蔓が這っている。


 正面扉は風雨に晒されて劣化している、ということなく、目新しい栗色の両開き戸は色が合わず、見事に浮いていた。




「とりあえず入ってみようよ」


「は、はい……」




 引いたまま戻って来ないノアを置いて躊躇なく寮へ足を踏み入れる。レーゼインは外観の割に掃除の行き届いているエントランスに感嘆を漏らした。




「想像よりずっと良い場所じゃない」


「……街の宿屋、という感じですね。風通しが良くないです。光魔石もかなり劣化しています」




 レーゼインとは真逆でノアの表情は険しかった。メイドの視点では綺麗とは言い難いようだ。


 踏めば軋む階段を昇り、一際暗い通路の最奥の部屋を使うことにした。十年近く暮らしていた館とは比べ物にならない質素さにノアはまたも頭が眩んだ。


 六畳間の二人部屋。机と二段ベッドが置かれているため、実質的なスペースはもっと狭い。




「……ここ、倉庫ではないですよね?」


「倉庫にベッドはないでしょ」


「馬小屋の方が広いですよね?」


「貴族の家ならね」


「……レーゼ様はどうして平気な顔をしているのですか?」


「狭い方が落ち着くから」


「そんな理由で……」




 以前からわからないところがある主であったが、お嬢様にあるまじき適応能力まで有しているとは脱帽せざるを得なかった。


 レーゼインがここにする、と言うのならノアとしては頷く他ない。お互いの息遣いさえ容易な聞こえて来る狭さでの生活に不安が募った。




 二人は荷解きを後回しにして一階の食堂に向かう。酒場のような雰囲気の食事処だった。


 貴族寮には専属シェフがおり、平民は自分の手で料理をする。どうやら、はぐれ者寮では恰幅の良いマダムが料理を振る舞ってくれるようだ。


 女性はレーゼイン達に気づくと訝し気な表情をする。




「ここの新寮生かい? この時間はまだパーティーの時間だったはずたけど……」




 学院長の挨拶の後は立食パーティーが催された。心底どうでも良かったレーゼインは完全無視を決め込んでここまで来た。




「はい、奥の部屋を使わせて貰ってます。退屈だから来てしまいました」


「あ、そう。言っておくけど、料理の準備はしてないから何も出せないよ」


「はい、大丈夫です。厨房を借りることはできますか?」


「……別に構わないけど」


「この娘が作りますから」




 どうやらレーゼインを貴族だとは思っていないようなので正体を明かさず、平民に装って接した。


 どこか毒気を抜かれたような顔をしたマダムは食堂の窓際の席に座ると早々に船を漕ぎ始める。




「ノア、軽食作って」


「承知しました。調理道具の場所がわからないので少し時間が掛かる、と思われるのでゆっくりしていて下さい」


「じゃあ、そこら辺を探検しようかな」


「お気をつけて」




 寮を出て深呼吸を一度。林に囲われているだけあって空気は澄んでいた。とは言え、山の麓にある実家程の爽快感はない。


 十字路まで引き返し、学院校舎を拝む。




「――私がここに来た理由」




 幼い頃に基本的な魔法を粗方修めたレーゼインに学院で勉強する意義はほとんどない。


 一定の知識と練度を認められれば講義の免除も認められている。そうなれば、校舎へ足を運ぶ必要もなくなる。


 そうわかっていながらここに来たのは――。




 その時、一陣の風が吹いた。突風に前髪が上がり、開けた視界で捉えたのは桃色の花弁。


 レーゼインは直上に三メートルは跳び、それを掴んだ。




「これは……桜じゃなくて――紐?」




 空を漂う桃色を咄嗟に桜の花弁だと思ったのは暖かな風のせいだろう。何の変哲もない桜色の飾り紐が思い出させたのは『出会いの季節』。




「――すみません、それ私の髪留めです!」




 着地と共に爪先を軸に振り向いた。


 可憐な乙女が胸を手で抑え、息を繰り返す。真珠色の長髪を垂らした可憐な少女だった。


 いつかに忘れていた胸の高鳴りが全身に熱を伝える。手の中の紐のことは忘れ、口が勝手に動き出す。




「――あなたの名前は?」


「私は、セレナです」




 セレナ――無条件に良い名前だ、と思った。


 まじまじ、と顔を見上げていると『あの』とセレナが困った風に眉を八の字にした。思い出したようにリボンを手渡すと、セレナは頬を綻ばせた。




「ありがとうございます。急に強い風が吹いてしまったもので」


「全然気にしなくて良いよ。セレナちゃんも新入生?」


「はい、そうです。ということは、あなたも……お名前、聞いても良いですか?」




 心臓の鼓動は留まることを知らない。頬に熱が灯る感覚はどんどん強まる。


 レーゼインが学院に入学した理由は――運命の出会いを果たすため。


 この瞬間のためにここに来た、と確信できる生涯を共にするに相応しい何者かに逢うために――。




「私はレーゼイン。これから宜しくね、セレナちゃん」


「宜しくお願いします、レーゼインさん」


「私のことはレーゼで良いよ」


「れ、レーゼさん?」


「『さん』はなくても良いけど……うん……」




 自分の手で頬を扇ぐが、ちっとも熱味は引かない。


 緊張を感じるのはいつ振りだろうか。相対するだけで、下手すればプロポーズに匹敵する勇気が必要だった。




 レーゼインは嵐のように渦巻く心情の中で至上命題を定義した。




 ――セレナを恋人にしたい。絶対する、私のものにする。


 恋人を探しに来たレーゼインは心の底から愛しい、と思う相手と初日にして出会ってしまった。人はそれを『運命の出会い』と呼ぶ。




「ねぇ、セレナ……私達、以前どこかで――」




 言葉は最後まで紡がれることはなかった。


 足音が一つ近づいて来たからだ。




「――セレナ、急に走り出したら危ないだろ」




 小走りでやって来た少年は当たり前のようにセレナの隣に並んだ。運動に慣れているのだろう、息は乱れていなかった。




「髪留めが飛ばされてしまって、この方に拾って……取って貰ったんです」


「そうだったのか」


「彼はゼント君です。私の幼馴染みで、一緒に学院に入学しました」


「へ、へぇ……――」




 ゼントと呼ばれた黒髪の少年。


 どこにでもいそうな優男風な顔付き、平均的な体躯、特別な魔力も感じない。言うところのない一般的な人間だろう。


 単に『幼馴染み』という称号と、二人の距離感に鼻が付いた。満更でもなさそうなセレナの表情も複雑な感情を助長する。




 レーゼインは小さく息を吐いた。


 動揺に染まっていた相貌はすっ、と妖艶な微笑みに移ろう。現実への需要が完了した。


 ――なるほどなるほど、完全に理解したわ。私がこの学院でやらなくちゃ行けないことを。


 悲願のための目的を得たレーゼインは華麗な動作な胸に手を当てた。




「私はレーゼイン・アスタ・ヴァイススターと申します――宜しく、宿敵ゼント君」


「え?」




 隠すつもりが一切ない敵意を浴びせられた少年はたじろいだ。


 相手が同性? 全く関係ない。


 レーゼインの瞳に負ける気配は微塵もなかった。



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