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4.未来からの殺意

 


 そこはヨード街の人間が『魔狼の森』と呼ぶ森林。


 非常に気性が荒い狼の魔物『殺人狼ウェルフィン・シュバイツ』が棲息しており、滅多に人が寄り付かない区域となっている。だからこそ、暗躍するには絶好の場所でもあった。




 針葉樹林に紛れるただ建てただけ、という風な無骨な倉庫。かどわかされた子供達はその中へと運び込まれる。


 倉庫は見た目以上の広さを感じさせる吹き抜け構造。全三階層あり、一定間隔で区切られた部屋が効率良く詰め込まれていた。四畳半にも満たない空間の全てが鉄格子で閉じられる。


 子供は牢屋に入れられ、拘束を解かれた。誘拐の首謀者にとっては顔が見えることが肝要らしい。


 被せられた革袋を外されたレーゼインは灯りの眩しさに目を細める。倉庫は天井から吊るされた魔光石によって照らされていたが、牢屋の奥までは届かずやや薄暗い。その場に立ち竦んでいると背中を蹴られ、倒れ込むように牢屋に入った。




「痛っ」


「さっさと進め、餓鬼が」




 威嚇するような低い声で男は言って、閂で鍵を閉めた。もう片腕に担いでいた子供も隣の房へぶち込んだ。


 レーゼインは起き上がり、服に着いた砂埃を払う。体表面に魔力を纏っていたため転んだ拍子に傷がつくなんてことはなかった。




「三階の角部屋……」




 怪しい男達が子供を牢屋に入れるというカオスな光景を鉄格子から覗ける。誘拐犯一味は見えるだけでも六人。


 レーゼインが人身売買の典型例で真っ先考えたのは奴隷だった。『ゾルステア王国』は奴隷制を認めている。本来は犯罪者や職のない者がなるものなのだが、残念ながら、子供を奴隷にすることも黙認されていた。権力者の趣味嗜好か、単純に利権の問題か。




「富を得た国は必ず腐敗する……特に権威は老いると惜しくなる。自らの死を恐れ、今を満たすことで安心しようとしているのかもしれないが……現実逃避は醜く憐れなものだ」




 どんな利害があるか知れないが、老いれば否応なくしがみついてしまうもの。それが人間の性だ。これに抗う理性を持った支配者足る人間は中々いない。


 とは言え、表立って活動できないから危険な森にいる訳で、ヴァイススター家直属の騎士団に報告すれば瞬く間に包囲殲滅されるだろう。




「通報が一番丸いんだろうが、首謀者は確実に消しときたい。そもそもここにいるかも怪しいが」




 子供の輸送が終わったのか雑多な足音が響いていた牢獄も静かなものとなる。監視を除いて、男達は倉庫の外へ出て行った。


 監視員は各階に一人ずつ、筋肉隆々な男が武器を片手に通路を練り歩く。泣いている子供がいれば鉄格子を揺らして黙らせた。




 鞭を手に通路を練り歩く髭面の男。荒々しい歩き方からは退屈さが感じ取れる。それは下っ端構成員の宿命だった。


 男が自分の牢を通り過ぎたところでレーゼインは鉄格子に手を掛ける。確認するまでもなく鉄製。大人の力でも捩じ切ることは叶わない。


 普通の人間を閉じ込めるには十分な強度だ。




「《熱線》」




 レーゼイン・アスタ・ヴァイススターは転生者であり、既に成熟した魔術師である。


 指先に生成された緋色の魔法陣が焼き切れると、ライターのような小さい光が灯った。一息に真横の線を引く。赤熱した鉄は煙を吹き、ドロリと歪んだ。


 鉄格子を上向きに押し曲げ、牢屋からゴキブリのように這い出る。




「さっきはよくも蹴ってくれたな――《魔力糸》」


「かっ――!?」




 背を向けている男に魔力の籠った指先を向けるだけで首を絞め上げた。


 首筋に貼り付く何かを引き剥がそうと首を掻き毟っているが、魔力の糸を外側から外すことはできない。一分もしなかっただろう、三階層の門番の意識を落とした。男が生きているのか死んでいるのか、レーゼインは運に任せた。




「完全犯罪成功」




 そのまま二階も制圧するつもりだったが、体勢を低くして入口の様子を窺う。全身をローブに包んだ何者かが倉庫に足を踏み入れたからだ。




「――ッ!?」




 瞬間、空気が変わった。感覚の話ではなく、黒尽くめの男の纏う魔力が大気を物理的に抑えつけているのだ。只者ではない、ならばこの男こそ――。




 ――今まで出会った中で一番強い。乱れのない洗練された魔力が実戦経験を証明している。奴隷商売の首領を務めるだけの貫禄はある。


 次いで、同じ恰好をした者が五人追随した。五人目に関してはレーゼインと同等の子供ような体格である。彼らが纏う魔力もまた見事に練り上げられていた。


『奴隷商人』よりも、『殺し屋集団』というイメージが強い。




「…………」




 転生してから七年、魔法を学び続けた。そこらの魔術師にも引けを取らない、と自負している。だが、初めて見た底知れぬ力を秘める魔術師に恐れを覚える。


 魔力の威圧のせいでもあるだろう。


 一歩を踏み出す勇気は出なかった。


 決断――こればかりは転生前の人生でもしてこなかった。流されるままに生きて、灰色の世界が普通になっていた。


 根本的な変化がなければ、レーゼインの人生でも同じ未来を辿るだろう。




「それは嫌だな……」




 あの災厄がなければ、死ぬまで歯車の人生を送っていた。自分で何も選ばない人生。それは楽だが詰まらない。退屈で死にたくなる。成功している誰かを見て、自分が一番下らない、と思ってしまう。




 その時だった――突き刺さるような魔力に刺されたのは。


 食らいつかれたような感覚に沈んでいた顔を上げる。原始的な恐怖の発生地点は誘拐事件を引き起こした首領と思しき人物。


 容赦ない悪意、熾烈な害意、冷徹の殺意がレーゼインを貫く。


 その指先に真っ白な魔法陣が浮かんだ。光属性中級魔法――レーゼインが認識した瞬間には発動し、放たれた輝光が左肩の数センチ先を焼き焦がした。倉庫を貫き、暗夜に照らして消える。




「……わざと外した?」




 魔力越しに感じ取った殺意にいたぶって殺すようなサイコパス性はなかった。単純に外したのか、狂戦士の気質があるのか。


 何にせよ、隠れていることはできなくなった。


 戦う以外の選択肢はない――また、選ばずに始まってしまった。




 レーゼインは立ち上がり、黒尽くめの男を見下ろした。ローブで全体の輪郭は隠れているが、大きな武器を携帯してはいないようだ。


 影の中で瞬く眼光は確かにレーゼインを映した。


 首領が左手を上げると、後ろの幹部らしき者達は身を引いた。一対一をご所望らしい。レーゼインに異論はない。




「……しかし、脱獄しただけで仇みたいな扱いされるとはな」




 炎天下に晒されたように汗が滲み出る。放たれる魔力を浴びているだけで多大な精神的ストレスが掛かっている。


 この濃密な殺意の波動に対抗するには同等以上をのエネルギーを持った波動で相殺する他ない。つまり、臨戦態勢に入る、ということだ。


 ――これが初陣だが……手本通りに魔法を使うだけだ。


 生成した魔法陣が砕かれ、発動したのは《飛行》と《結界》である。手摺から跳び上がり、浮き上がった身体を球状の結界で覆い尽くす。




「――《八連装填式鋭刃盾エッジ・シールド》」




 次いで、発動したのはレーゼインのオリジナル。


 本格的に魔法を学んだ四年で編み出した、自分の戦闘スタイルに最適化させた魔法。


 魔力によって生み出されたロングシールドが周囲を旋回する。先端は鋭利な刃となっており、攻防一体の武装は一度発動すれば、魔力が尽きるまで自由に動かせる。


 結界の周囲を八枚の盾が円の軌跡で循環する。着想は記憶に古いアニメーションから。




「殺さなければ殺される……なら――」




 正当防衛の言い訳ができ、殺人への抵抗感は薄れる。


 高所を陣取るレーゼインに対抗して、黒尽くめも魔法陣を展開。その三つの魔法陣を見て、レーゼインは思わず息を漏らした。


 《飛行》+《結界》+――。




「――《十六連装填式鋭刃盾エッジ・シールド》」




 よく通る低音で魔法名は告げられた。


 浮き上がった首領を球状の結界が覆い、更に外側を攻防一体の盾が旋回した。その数十六枚、レーゼインの二倍である。




「何故……どうして、その魔法を……」




 レーゼインは鏡写しの光景に戦慄を禁じ得なかった。


 これは、基本円に盾の数だけ小さな円を接続、遠隔操作機能を組み込むレーゼイン自身も何故作れたかわからない意味不明の魔法陣。


 確かに、同じようなことを考えて実行した人物が全くいない、とは言い切れない。ノーベル賞に選ばれる発見が同時に起こった、という逸話もある。可能性としては低くてもあり得る。


 だから、と言ってすぐに受け入れられるかは別の問題。




「ッ、マイナーチェンジ版を使うくらいだ……根本的な戦術は間違ってなかったことを喜ぶべきか」




 この布陣が強い、という証明が為されたのなら今後の展開も少しは期待できる。


 敵のエッジ・シールドの数は二倍。レーゼインにも数を増やすこと自体は容易で、対抗することはできる。八枚なのは防御力の保証と、魔法攻撃に干渉しない、という条件で最もバランスが良かったからだ。


 ――ならば、相手は防御特化型なのか、それとも。


 実際、戦ってみないことには真意を明かすことはできない。




 天井に近い高さで、結界越しに黒尽くめの男と視線が交錯する。呼応するように、エッジ・シールドが互いの敵に標的を合わせた。


 刹那の静寂、魔力が凪ぎ、先手の行方が揺蕩う。


 口火を切ったのはレーゼインが展開した炎の魔法だった。




「《焼焔熾炎ブレイズ》――」




 先制は炎属性上級魔法。効果はシンプルに炎の砲撃。一呼吸で展開された真紅の魔法陣から、視界を歪める程の熱を放つ炎塊が撃ち出された。


 首領のエッジ・シールド半数が殺意を持って飛来する。対抗してレーゼインもエッジ・シールドで合わせ、どちらの盾も粉々に砕けた。硬度は同じ、ならば勝負は次弾の展開速度次第になる。


 次弾装填完了、同時に撃ち出された盾は再度対消滅。再び、装填が始まる。


 火炎球はそのまま首領の結界にぶつかるがしかし、爆発せず球の周囲を滑った。




「な――!?」




 そのまま周りを一回転、レーゼインに打ち返して来た。視界を埋め尽くす炎熱を結界強度を上げて受け止める。


 煙幕が晴れた先、レーゼインの隙を逃さず、首領は魔法陣を描いた。《結界》である。但し、魔力は紫に変色している。励起と共に一気に範囲を広げた結界はレーゼインをすり抜け、倉庫を軽く内包する。


 無害な結界は硬度がなく、魔力と限りなく同化、物質をすり抜ける性質がある。


 では、何のために展開するのか? その解答はすぐに提示される。




 レーゼインが不気味な結界に眉根を寄せていると――パリン、とレーゼインのエッジ・シールドが一方的に打ち砕かれた。


 そのまま迫り来る刃を結界で凌ぎ切り、後方へ距離を取る。首領の周りに戻ったエッジ・シールドは全数十六枚で循環した。


 盾を再装填しながら目を凝らす。黒尽くめのエッジ・シールドに翳りは見えない。




「問題はこっちの方か。本来の出力が出ていない? ――じゃない、減衰してるんだ……それがこの結界に付与された効果!」




 倉庫を完全に飲み込んだ紫紺の結界を壁越しに睨みつける。


 爆発に紛れて首領が発動した無害な結界は範囲固定が終わった後に効果が付与された。効果は自分以外に対する魔力減衰。吸収した魔力で結界自体を維持する、という副次効果もある。


 ――結界魔法は簡単な魔法なら付与することができる。とは言え、《減衰結界》はその中で最上位難易度だ。


 顔には出さないが、冗談では済まない技術差がそこにあった。レーゼインの結界魔法の運用技術はこの域に達していない。


 すぐに相殺の結界を張ることはできないので、通常よりも過剰に魔力を込めて、時間稼ぎに徹する。




「ま、考える時間はくれないよな――」




 首領の十六枚の盾が放射状に飛び出し、全方位から刃を振り下ろされる。


 後ろに回り込むような厭らしい軌道に苦笑いも浮かばない。エッジ・シールドと《衝撃烈波》で凶刃を弾き飛ばす。


 魔力減衰は想定以上にレーゼインの力を削いでいた。魔法防御を突破され、結界に盾が突き立つ。魔力燐光を散らしながら何度も結界を揺らす。


 金属同士を打ち付けたような爆音を慣らされ続け、レーゼインの憤怒が口調に現れ始める。




「こいつ、嘗めやがってッ――」




 結界を回転させ、盾を弾き飛ばす。


 右腕を振るうとクリアブルーの魔法陣が連なり、細く鋭利な氷柱が生成された。表面を魔力で圧し固めることで減衰を相殺。


 首領へ次々と槍の雨を降らせる。


 エッジ・シールドの猛攻に耐えながら、咄嗟に出せる限界硬度の攻撃の行方を見遣る。




「――《覇王刃エア・フォース》」




 首領はゆらり、と伸ばした左腕で魔法陣を貫く。不可視な魔法現象の励起。


 結果、まるで避けるように氷柱は地面に突き刺さった。




「――……!」




 レーゼインは眼を見開いて、その一瞬の光景を瞼に焼き付ける。レーゼインという少女の脳は非常に優秀で、魔法陣を一度見ただけで記憶できた。


 但し、魔法陣への魔力の流し方がわからないため再現することはできない。


 自分の攻撃を防いだものだ凶悪な魔法だとしても、美しい模様はできるだけ脳に刻みつけてたい。


 同時に、一朝一夕では超えられない壁を理解する。才能と呼ぶべき魔力量以外の全てで劣っている。


 否――もう一つだけ勝っている部分があった。




「一つだけある……奴を殺す方法が――」




 最高のアドバンテージは言うまでもなく前世の記憶だ。その知識を使えば初見殺しを決めることができる。


 その為に首領の懐まで潜り込まなければならない。


 文字通りの命懸けの突貫になる。それでも、恐れなかったのは必殺の過信があるからだ。


 レーゼインは首と肩を回したが、幼い身体の骨は鳴らなかった。




「――《反・減衰結界》」




 攻防の中、開発した対《減衰結界》用結界。結界範囲は倉庫の外壁に絞る。付与効果は減衰。維持力に長けさせ、結界同士が魔力を食い合う千日手を狙った。


 デバフを解除に成功、次の段階へ進む。




「《零点氷槍グレイヴ》」




 レーゼインは出し惜しみせず、無数の氷柱を次々撃ち出した。エッジ・シールドも合わせ、防御を強要する。


 遠距離から攻撃していても埒が明かない。弾幕を囮にして接近し、直接結界を破壊する他ない。


 レーゼインは背筋の凍る攻防の中で、黒尽くめの男の致命的な隙を見つけていた。




「チャンスは一瞬――」




 虎の子であろう《覇王刃エア・フォース》という魔力現象の癖に魔力が感じ取れないバグ魔法を知覚するための風を纏う。《凩》という鎌鼬の竜巻を起こす魔法を魔改造、流れの変化をいち早く感じ取れるように改変した。


 攻撃密度は接近する程苛烈になった。魔力の余波だけで結界が軋む。最早、結界を維持は考えていない。


 破壊の嵐の中に自ら飛び込む。真っ直ぐ飛来したエッジ・シールドに結界を砕かれる。否――わざと砕かせ、道を拓いた。




 防御結界を代償に苛烈な戦域を抜け、空白地帯に躍り出る。


 予想通り、首領は《覇王刃エア・フォース》の魔法陣を展開して待っていた。その数は五つ。五方向から見えないエネルギーを叩きつけられる。


 分子運動に反応する感知魔法は鮮やかに《覇王刃エア・フォース》の軌道を描いてみせた。


 正体は分子を撃ち出すことによる斬撃魔法。《衝撃烈波》と根本原理は変わらない。しかし、不可視かつ、割に合わない高出力で防ぐことはできない。




「避けられない――普通なら。だが、この身体になら捻じ込める隙間がある!」




 首領の致命的な弱点は『ずれ』である。


 魔法戦闘に長けた首領でも子供と戦う経験はなかったのだろう。彼が放った魔法はレーゼインを狙うには角度が足りな過ぎた。七歳程度の子供なら通れる隙間が刹那だけ存在したのだ。


 恐れを飲み込み、身を捩って斬撃の間隙に飛び込む。斬り裂かれた金髪に見向きもせず、首領の結界に張り付いた。回転は魔力による摩擦で熱に変える。


 ずん、と壁に指先が沈んだ。




「――!?」




 男の血相が変わり、レーゼインはほくそ笑んだ。


 ――結界を透かすのは苦手じゃないんだな、これが。


 レーゼインは邸宅の対侵入者用結界を超えるために研究をしていた。他者の結界に干渉する能力が異常に高い。


 手首まで潜り抜け、首領の顔に掌を翳す。指先の魔法陣が焼き切きれた。




「――《追憶》」


「ッ……!」




 ――《追憶》とは自身の記憶を他者に追体験をさせる魔法。記憶の共有とは異なるのは、当時の感情の状態まで完全に再現できる点。


 自身の体験が元になるため、暴力的な使い方は難しく、殺傷能力という点では皆無。専らトラウマ製造機として使われている。




 だが、レーゼイン・アスタ・ヴァイススターは普通ではない。常人が持っているはずのない『死』の記憶を有している。


 死を追体験した者がどうなるかはレーゼインも試したことはない。


 対象が首領に設定され、魔法効果が発動する。


 魔力燐光が瞬き――バチン、とレーゼインの腕が弾かれた。驚愕と指先の痛みに目を見開く。


 魔法発動と共に起こったのは――『拒絶反応』。


 これは、相反する属性同士をぶつけた時に起こる魔力現象。




「無効化された……!?」



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