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23.史上最悪の告白

 

 ◎




 ――あの日、私の人生は新たな始まりを迎えた。




 幼馴染と共に人攫いに拐かされ、牢屋に囚われたあの日が全ての転機だった。


 あの虹色を見た瞬間、私は私に宿った力を自覚した。


 私が世界に選ばれた特別な人間だと理解した。


 そして、灰色の世界で唯一光り輝く君は、特別な私が選んだ特別な人間。


 だから、離さない。


 私のものにする。あなたのものになる。


 私の愛をあなたに。だから、あなたの愛を私に。




 それが、あの始まりの日から決まっている運命。


 その為なら全てを利用する。


 邪魔する者、思い通りにならないなら――。






 ◎




 自分の中で非日常でも、関係ない他人にとっては変わりのない日常が過ぎて行く。


 劇的な出来事が起きたとしても、蓋を開ければ極狭い範囲で一喜一憂しているだけ。


 世界は勝手に動いて、世界は勝手に終わる。誰の意思も上手く行かず、どこかで歪んで狂いながら。


 ――そんなことは八年前から理解していた。




 あの一晩で完結したセレナ誘拐事件を経て、夜は明けた。


 セレナ、レーゼイン、ノアはまるで何事もなかったかのように談笑しながら登校していた。


 ゼントは三人の背中を追いながら肩を小さくする。




「気にしてるのは俺だけか」




 興奮が収まらず寝られなかったのはゼントだけだったらしい。あの暗闇を斬り裂いた瞬間、手の中にあった熱は今も残っている。


 こういうものなのだろう。誰もが、自分の世界の出来事が一番重大に見える。物語のような出来事も、成長の実感も、他人から見れば二の次なのだ。


 日常は数人の意思の力では壊れない。


 当たり前のように続くから日常なのだ。


 ただ、いつもと違うこともあった。




「ゼント君――講義が終わった後、私の部屋に来てくれませんか? 伝えたいことがあるんです」




 セレナが俯きがちに、心なしか頬を紅くして言った。


 二つ返事で頷いた訳だが、要件に想像はつかない。お礼だとすれば、昨晩に浴びるほど受け取った。


 幼馴染からの愛の告白とは考えつかない辺り、ゼントの純情無垢は筋金入りだった。




 ――放課後、帰路に着くゼントの身体は痣だらけになっていた。いつものように剣術講師アルティに滅多打ちにされたのだ。




「打ち傷は治りにくいんだな……」




 神聖力の自動回復は生命の危機に強く反応するらしい。


 帰って来た寮はアニメの劇場版で衣擦れ音が響くような静けさだった。


 食堂にマダムの気配はなく、夕陽が沈んで濃くなる影に不吉な予感を覚える。


 階段を登り、その足でセレナの部屋へ向かった。


 扉の前にゼントと同等程度の身長の女子生徒が立っている。




「ノアさん……どうしてここに?」


「あなたを待っていました」


「俺?」


「セレナさんが待っています」




 ノアは視線を下げたままゼントに応答する。




「レーゼインがいるのか?」


「…………はい」




 何故かセレナの部屋にレーゼインがいるらしい。そうでもなければノアがゼントを待つなんてことするはずもない。


 もしかすれば、レーゼインとセレナが結ばれたのかもしれない。それならノアの表情に影が差している理由も納得できる。


 ゼントが扉に手を掛けた瞬間――。




「――本当に開けるのですか?」


「……先にノックするべきだな、指摘ありがとう」




 ゼントが扉にノックする瞬間――。




「――ノックするのですか?」


「ノックの前にすること……何だ? やっぱり、一回シャワーを浴びるべきかな?」


「引き返すなら今しかありませんよ」


「引き返す? でも、セレナに呼ばれてるから」


「……そうですか」




 妙な食い付き方をしてくる。まるで部屋に入って欲しくないかのようだ。


 心配しているようにも見えるのは気の所為だろう。ノアがゼントに優しさを振る舞うはずがない。


 だが、一度だけ忠告のようなものを受けた記憶が――。




 ゼントはノックして、返事を貰ってから扉を開いた。部屋の電灯は点いておらず、今にも落ちそうな橙の陽光が辛うじて室内を照らす。


 パタパタ、とセレナが扉の前まで来る。




「態々来てくれてありがとうございます、ゼント君」


「これくらいお礼を言われるようなことじゃない、と思うけど。それで、何かあった?」


「うん、ゼント君に見せたいものがあるんです!」




 セレナは頬を緩ませると部屋の奥へ向かう。暗さに目が慣れず、何かを手に持って来たことくらいしか見えなかった。




「少し前、ペットが欲しい、って話したこと覚えていますか?」


「覚えてるよ」




 遣い魔召喚の講義が行われた日の放課後、食堂での談笑の話題の一つにそんなものがあった。セレナは遣い魔を召喚していないからか、やたらと思いを馳せていた。


 セレナは嬉しそうに指先を合わせる。




「実は今日、ペットを迎えたんです」


「そうなんだ、いつの間に」




 講義中に《眷属召喚》が成功したのか――片隅で思ったところで、セレナの指に輪っかが掛かっていることに気づいた。輪からは紐が伸びていた。


 首輪とリードだ。そのペットとやらを繋いでいるのだろう。




「とっても可愛いのでゼント君にも見て貰いたくて呼んじゃいました」




 目を細めて微笑んだセレナはリードを軽く引いた。影の向こうから何かがのそのそ、と歩み寄って来る。


 それは予感――深淵に潜む悪魔に背筋や首筋に撫でられて全身が総毛立つような。


 その場で反転して、駆け出さなければ足を引き千切られるイメージ。だが、縫い留められたように足は動かない。




「これが私のペットです。可愛いワンちゃんですよ」


「――は?」




 ゼントは瞳を見開き、喉の奥から一息の動揺を漏らした。セレナの握るリードに繋がれていたのは人間だった。


 ペットに服など勿体ないとばかりの全裸。


 進化で得た二足歩行の技術を捨てた四本脚。


 くぅん、という猫撫で声の犬鳴き声。


 必要もないのに剥き出しにする舌。


 陽光を思わせる流麗な金髪はそのままに――。


 ゼントは震える肩を抑えながら、幼馴染のはずの少女に問う。




「セレナ、一体何を言っているんだ……?」


「すっごく可愛いと思いませんか? 撫でると擦り寄って来るところとか。夢だったんです、こんな可愛い子を飼うのが」


「何の冗談だ、これは――」


「……私、何か変なこと言いましたか?」


「は?」




 何もかも変で、何もかも狂っている。


 人に首輪を着けてペットのように扱うことのどこが普通なのか。冗談にしても限度がある。




「なあ、一体どういうことなんだ! 説明してくれよ、セレナ! ――レーゼイン!」




 人としての尊厳を失った姿をしたレーゼインへ言葉を投げつけた。どうして、この状況で悦楽に塗れた表情ができるのか。


 不思議そうに首を傾けるセレナに純粋に怒りを覚える。例え、幼馴染であってもこの光景を受容することはできない。




「人はペットじゃないだろ!? こんなことおかしいとは思わないのか!」


「え、急にどうしたんですか? ゼントく――」


「――レーゼインは友達だったろ!?」


「落ち着いて下さい、ゼント君は少し勘違いしてますよ」


「少しッ!?」




 話を聞いても理解できない可能性を大いに感じながらも、ゼントは息を整え、耳を傾けた。


 幼馴染や尊敬する人物に激情に近い感情をぶつけたことに罪悪感があったからだ。


 セレナはあくまでも笑みを絶やさず、思い出すように語り始めた。




「私も初めは驚いたんですよ? デートの時にレーゼちゃんが私のペットになりたい、なんて言うから」




 うっとり、と頬を手に当てたセレナはまるで恋する乙女。


 ゼントの憤怒の昂りは極まった。


 頭を掻きながら、発言を繰り返すばかり。




「レーゼインが……? 自分から?」


「そうです! 運命だ、と思ったんです! ペットを探していた私と飼い主を探していたレーゼちゃん、奇跡だと思いませんか?」


「奇跡……」




 日が落ちる、と共に見慣れた笑みが恐怖の象徴へと移ろう。魔石電灯が染み込むように照った時には、ゼントのセレナを見る目は幼馴染へ向けるそれではなくなっていた。


 人をペットにするなどという悍ましい行為を肯定できるはずがない。


 逆に、何故同意を得られる、と思っているのか。


 そして、自らの尊厳を差し出すレーゼインの狂乱した精神性に怖気が走る。


 なりたかったのは恋人だったはずだ。どうして、平然と隷属を受け入れられるのか。




 そして――セレナとゼントの理解は完全に分かたれた。


 暗闇にも似た根源的恐怖がゼントの全身に絡み付き、恐慌へ走らせようとする。


 精神への異常は視界が真っ赤に明滅する、という形で現れたのは、心が崩壊しないように五感を現実から乖離させているからだ。




「あ、あぁ……ッだ、は?」


「もう一匹飼えることになったのでその時も呼んでも良いですか?」


「ふォ――」




 ゼントも狂って闇へ落ちるか、と思われた。


 ぬるり、と視界に入り込んだ人だった犬が足下で喉を鳴らす。その仕草が喉を掻き毟りたくなるくらい気持ち悪かった。


 定まらなかった視界は強烈な嫌悪感から一点収束する。ただ唯一の感情の波が押し寄せた。




 ――気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。キモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイ――。




 そして、ゼントの中のセレナとレーゼインが完全にぶっ壊れた。




「あああああああああああああああああァァァがあああああああああああああああああああ――ッ!」




 絶叫を上げたゼントは衝動のまま部屋を飛び出した。階段を転がるように降り、一心不乱に寮から逃げ去る。




「あら? 外の空気でも吸いたくなりました?」




 セレナはそれでも、ゼントが自分から離れるなどとは微塵も思わなかった。








 ◎




 ――セレナとレーゼインのデート、二人が最後に向かったのは『歓楽街』。その一角にある、特殊性癖を満たすための道具が販売されてい売店。


 店内の窓は閉め切られ、電灯は定期的に点滅する。


 居心地悪そうに身を小さくしてセレナは問い掛ける。




「あの、どうしてこんなところに?」


「プレゼントしようと思って」


「プレゼント……?」


「これ」




 そう言ってレーゼインが手にしたのは動物の皮で作られた輪っか。輪から紐が一本繋がっている。




「――首輪、ですか?」


「ペット欲しい、って言ってたでしょ」


「……そんなこともありましたね」


「だから」




 首輪をセレナに手渡すと、レーゼインは制服の胸元をはだけた。首元を顕にするために――。


 終始無言で行為を見下ろしていたセレナに最後の一押し。




「ペット、欲しいんでしょ?」


「そ、れは一体どういう意味で……」




 セレナは息を呑んだ。その瞳からハイライトは失われ、真っ黒な愉悦に染まっている。


 震える手で首輪の留め金を外し、尊厳を差し出した少女に剥き出しの欲望を向けた。




「……っ、良いんですか? レーゼ様、本当に?」


「欲しいんでしょ? こんなペットが」


「――」




 レーゼインは幸福の真っ只中という風な満面の笑みを浮かべ、人としての誇りを差し出した。


 セレナがレーゼインに首輪を嵌めれば、興奮の余り、息が乱れる。


 弾みに紐を引くと、レーゼインの喉奥から嗚咽が漏れた。




「あ、あぁ……私のに……」




 子供のように小さい貴族令嬢をペットにした、という事実はセレナの支配欲を満たすには十分だった。


 下腹部に強烈な熱味に悶えていると、首輪に繋がれたレーゼインがあるものを差し出して来た。


 瞬間、セレナの瞳孔は最大限まで見開かれた。




「え、良い、の? 良いんだよね……私のものになったんだから、何しても良いんだよね!?」




 受け取ったのは鞭である。家畜の躾に使うものでないにしろ、本気で叩けば血も出るだろう。


 首輪に繋がれた時点でレーゼインは全てを受け入れる覚悟をしている。


 セレナのレーゼインへの視線は既に、尊敬や友情から乖離し、欲の対象へ変化していた。


 二人は嗤う。鏡写しの混沌を秘めた瞳を交錯させる――。




 ここに、史上最悪の告白が実った。








 ◎




「――だから、言ったんです……」




 ノアは現実に耐えられなかった少年へ幾度目かの溜息を吐いた。


 ゼントの運の良さはレーゼインに通ずるものを感じたが、決定的に女運がない。


 生まれてすぐにセレナと幼馴染の関係だったことを鑑みれば、こうなるのとは宿命だった。そして、その先にあるのは絶望のみ。


 アイデンティティとも言い替えられる、守りたい人物と尊敬する人物が同時にぶっ壊れたのだ。これ以上の最悪はないだろう。




「これがレーゼ様が言っていた事情」




 セレナの本性――嗜虐的支配の権化。


 まず常人が受け入れられる訳がない特殊性癖。


 彼女は本気でゼントに受け入れられるつもりだったのだろうか? だとすれば、セレナという少女の倫理観は砕け散っている。


 レーゼインでなくとも、ゼントはセレナから離れるであろうことは容易に予想がつく。




 結果、レーゼインはセレナの寵愛を得た。それは恋愛なんて高尚なものではない。暗く悍ましい人の性の最果てにあるどす黒い欲望そのもの。




「どちらも壊れている」




 歪んだ欲望を受け入れられる人間もまた歪みを持っている。


 美少女に対する破滅的情緒。


 境のない性愛と恋愛。


 欲に侵されながら極めて理性的な一面もある。


 レーゼインもまた、他人に理解されない精神性を有する。


 そんな二人が噛み合えば、それはもう災厄以外の何者でもない。




「……幼馴染の彼が健常ということは、生まれながらだったんでしょうね」




 ノアのセレナに対する本能的な嫌悪は正しかったのかもしれない。それとも、主にも似た底なしの闇を畏れたのか。


 何にせよ、これまでのような平穏無事な日常は終わりを迎えた。彼女の本質を鑑みれば今までが出来過ぎだったのだ。




 ノアはゼントに価値を問わなければならない。


 悪意ではない、人の純粋な黒色を眼前にした少年へ。


 ――あなたはそれでも自分の言葉を貫き通せますか? 後悔しない、と言えます? 憧れも理由も粉々になった今でも同じことを言えますか?




 その答えが変わらないのならその時は彼を認める。


 そうでなければこの手で絞め殺そう。


 その時、ドアが開いた。諸悪の根源が手を伸ばし、ノアの腕を掴む。




「――ノアちゃん」


「かしこまりました」




 部屋に引き摺り込まれると共に制服と下着を引き剥がされた。セレナは一糸纏わぬノアの白い首に隷属の証を嵌めた。


 主であるレーゼインがペットなら、そのペットであるノアも当然セレナの所有物だ。


 ゼントはノアをまともな部類の人間だ、と考えているが彼女は既にレーゼインにより調教されている。隷属に喜びを感じる精神性に捻じ曲げられていた。


 うふふ、と清楚な笑みが部屋に響く。




「ゼント君の恰好良いところも見れたし、可愛い可愛いペットが同時に二匹も増えたし、学院に来て本当に良かった」




 セレナが夢想する世界――。


 ゼントと結婚する未来。物語のお姫様のような広い家に住みたいとは思わない。人の温もりを感じられる小さな家でペット二匹と共に暮らすのだ。子供は二人は欲しい。


 その願望はお嫁さんになることを夢とする乙女くらい痛々しいが、人が辿り着くべき理想の世界なのかもしれない。


 そこに巣食う邪悪から目を逸らせればの話だが――。




「ゼント君、あんまりこういうの慣れてないからびっくりしちゃったかな? でも、優しいからわかってくれるよね?」


「「ワン」」




 二匹のペットは声を合わせて鳴いた。反吐が出る可愛らしい声音だった。


 セレナは満足気に微笑み、足を開いて跪くレーゼインとノアの頬を撫でつける。


 首輪の紐リードを強く握り、闇より黒い淀んだ瞳で見下ろした。




「可愛いがって可愛いがって……滅茶苦茶にしちゃうけど良いよね?」




 以降、表現自主規制――。

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