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22.七大外道魔法

 


 カルナは制服の胸元を掴み、自らの魂の深奥に鼓動を伝える。暗殺者としては恥ずべき行為だが、目の前の敵を倒すためなら暴力という手段を選ぶ。


 展開された赤紫の魔法陣から、凄まじい魔力が立ち昇った。




「《幻影謳歌桜ネビュラ・ミスティカ》」




 一帯に朧霧が漂い、幻想と現実の境目が曖昧になる。


 幻を操り、世界さえ惑わし、騙し通してみせる魔法。


 幻覚を選ばなかったのは、レーゼイン本人に対しての効果は対策されている可能性があるからだ。


 空間に作用する幻影ならば効果が見込める。




 白煙に身を隠したことでカルナの気配は完全に失せた。


 レーゼインが風魔法で霧を晴らせば、月光瞬く夜桜が舞い散った。


 幻想世界『月影桜花』――。


 あり得ない程の美しさ故に幻覚であることを自覚する。しかし、吹き込む風や花弁の感触は現実そのもの。




「五感が完全に騙されてる……現実と幻想の見分けがつかない――っとっと」




 レーゼインは突如ひらり、と一歩飛び跳ねる。更にその場で回転、一メートル程移動して、腰を反らす。


 桜吹雪の中、操り人形のように踊り狂った。それはもう優雅で麗らかな気分だったろう。


 見えない――どころか、嗅ぐことも、触ることも、味わうこともできない何かを避けながら。




「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な……」




 我武者羅にナイフを振って、カルナは叫ぶ。


 幻影を感じているはずのレーゼインが攻撃を認識できる訳がないにも関わらず、全てを回避していた。


 現実と幻想を分けることができない以上、如何なる手段を使っても観測できないはずなのだ。


 首領カオスさえも抗えない《幻影謳歌桜ネビュラ・ミスティカ》がものの数秒で攻略された。これで倒せないならもう――。




「何故、って顔してるね」


「ッ!」




 見えている、レーゼインには焦燥に喘ぐカルナの表情さえも。




「私を倒せる訳ないでしょ、そんな小細工で。初めから単純な戦闘してた方がまだ勝算はあったよ」


「どう、やって……幻影を……」




 レーゼインは人差し指で夜空を示す。否、幻影の先にある戦闘開始時に展開した巨大な結界だ。摩擦操作の《瞬殺鏖殺》・魔眼無効の《魔眼斬殺》・毒無効の《薬毒射殺》といった魔法が付与されていることは既に明言されている。




「五感は支配された。でも、もう一つの観測方法があれば話は変わるでしょ」


「例え、結界に《視界複製》の魔法を付与していても……幻影を透かすことはできないはずです」




 幻想が空間を支配している以上、鳥の視界を得ても、数百メートル先のスナイパーライフルの照準であっても、現実を見通すことはできない。


 にやり、と小さな少女は嗤った。




「波だよ。私が付与したのは電波観測の魔法――《幻想扼殺》」


「電波……?」


「レーダー……って言っても伝わらないか。ネタバラシすると幻想系の魔法は五感を対象としてるから、他の観測方法には全く効かないんだよね」




 五感に対しては無類の効力を発揮する幻想。


 しかし、幻想は幻想。本当に世界を塗り替え、騙し通すだけの力スペックはない。本質は魔力を用いた精緻な誤認だ。




「勿論、電波をも幻想魔法の範疇になるように拡張することはできる。でも、電波が何かを正確に理解して術式に落とし込む必要がある。そんなこと、この世界の人間にはできる訳ないよね――」




 認識すらできないものを欺こうと思う人間はいない。




「で、その情報を直感的に受け取れるように自己幻覚として伝える――《洗脳爆殺》ね。これで世界は元に戻る」


「幻覚と幻想を同時に対策していた……? そんなやり方……そんな定石、存在しない……」


「そりゃそうでしょ! 私が考えたんだもん」




 全部一人で作り上げた。誰にも脅かされない人生を送るために必要だった――というのは体裁で、実際は凝り性なだけなのだろう。


 結界を起点とした付与魔法を披露できてレーゼインは大変満足した。レーゼインは滅多に見せない貴族の礼をする。




「ご観覧頂きありがとうございます。私の至高の結界は如何でしたか? 楽しんで貰えたのなら幸いです」


「あなたは一体……何手先を読んでいたのですか」




 カルナは何もされていない、というのに声の震えが止まらなかった。


 付け入る隙のないレーゼインの独壇場。


 何もかも上手く行かず、全ての手札を読まれていたようにしか思えなかった。


 しかし、小さな影が首を横に振る。




「読んではないかな、全て対策してただけ。全ての初見殺しをね――謂わば、この結界は『初見殺し殺し』」


「初見殺し、殺し……」


「対暗殺者用だから相性が悪かったね」




 暗殺を暗殺する嫌がらせの結界。


 カルナは結界に囚えられた時点で詰んでいた。唯一の勝算は本気を出さないレーゼインをいなしながら、結界を破壊することだけだった。


 結界の弱点としては、様々な効果を付与したことで魔力の割には強度は低くなったこと。だからこそ、範囲を広げて破壊から意識を逸らした。




「私はこれを『外道七大魔法』と名付けた。そして、最後に見せるのは最強最悪の魔法。発動したら終わっちゃう奴」


「ッ――」




 カルナは尻餅をついて倒れた。《空中遊歩》の術式が途切れ、摩擦が限りなく薄くなった地面に滑ったのだ。


 掌の魔力を固定することで寝転がる、という醜態は晒さなかった。ただ、その体勢ではレーゼインの裁きを待つようなものだった。


 カルナは勝利を諦め、銀色の魔法陣を形成する。




「生まれ持った才能も、修練の年月も、経験の差も……私は決して劣っていないはずです。なのにどうしてこれ程まで理不尽な差があるのですか?」




 投げ掛けたのは単純な疑問。


 答えを期待していた訳ではない。ただ、口にしなくてはどうにかなりそうだっただけ。


 案外、考えているのかレーゼインは数秒目を瞑った。




「ぶっちゃけちゃえば努力の質だね。私はズルしてたから、君よりは遥かに効率が良い方法を選べた」




 レーゼインには必要な知識を初めから選別できていた。感覚の前に理論で方法を理解していた。


 最短距離で力を付けて来れたのは、幼い頃から今と変わらない知能を持っていたからだ。




 そして――死にたくなかったから。


 根源的恐怖に苛まれながら走り切ったことで、歪に才能が開花した。


 この理由をカルナに成りすました何者かに言うつもりはなかった。これから殺す相手に希望を仰ぐのは残酷だから――。




「あの時は何故か防がれたけど、これは結界内なら絶対に当たるように改造してある。正真正銘の最終奥義――《死神追憶》」




 結界内の一定以上の知能を持つ生物を対象に、レーゼインの死の記憶を体験させる魔法。


 八年前は完全なカウンターを食らって失敗した。その反省を活かし、〈反・追憶〉で防がれないように幾多の属性を重ねている。


 レーゼインの指先がカルナの額に触れる寸前――。




「――《天鋲転移》」




 銀色の魔法陣が焼き切れ、カルナの身体が光りに包まれる。


 情報体を細分化し、指定した位置に肉体を飛ばす魔法のようだ。




「レーゼイン・アスタ・ヴァイススター――この先、あなたの前に立つ瞬間は永劫に訪れないでしょう」


「だろうね」


「では、さようなら」




 転移魔法の発光はすぐに収まった。


 レーゼインは悪戯が成功した子供のように口許を三日月型に歪ませる。




「――八年前、唯一の心残り! それはあの黒尽くめの首領を確実に殺せなかったこと! 何故失敗したのか……それは転移魔法を使われたから! 私が開発した『外道七大魔法』の原型は対転移の結界!」




 結界に付与された七つ目――否、一つ目の魔法《逃亡轢殺》により転移は失敗する。カルナは無惨に散り行く魔力燐光を茫然と見送る。


 視線を前に戻せば、レーゼインから迸る魔力が死神を象った。そう見えた。




「遺言は聞かないよ。敗者のエンディングを迎えろ。私達みたいな奴は表に出てきちゃいけないんだから」


「――」


「これにて完遂――《七大外道魔法セブンス・フォール》」




 追憶で撃ち抜かれたカルナは異世界の物語を追憶する。








 ◎




 灰色の空を愛おしげに見上げ、間一髪で鉄骨を避ける。爆発するカフェから視線を逸らし、踵を返した。


 駅への道中、降って来る電車が横を通り過ぎた。目の前で二人の人間が圧殺された瞬間が目に焼き付く。


 怪我を負いながら、逃げ延びた先に待っていたのは絶望の金属塊――そして、■■■は死んだ。




 転生するなんて異界的幸運、起こるはずもなかった。






 ◎




「――この魔法学院には破ってはならない法理がある」




 幽玄なる三日月に照らされた館を悠々と歩むのは学院長――である。


 儀式場の役割を兼ねた大部屋の扉は既に開け放たれていた。紫炎に照らされた空間の中央にはオカルト染みた玉座がある。


 何者かが捕らえられていたであろう鎖が足元に転がっていた。引き千切られている。捕らえたのが剛腕の持ち主だったのだろう。


 真っ赤なカーペットに、見にくいが僅かに血痕が付着していた。その血を辿れば玉座の裏へ。




「如何なる理由があろうと、『人体を用いた実験を禁ずる』……これに反した場合、学院長の裁量により罰を受ける。人として許されざる蛮行、生を後悔させよう――」




 そこに顔面に幾多の殴打を浴びせられた青年が海老反りした体勢が転がっている。


 魔法学院三年――シュノン・ソード。トレードマークの眼鏡は原形を失う程捻じ曲がっていた。


 辛うじて生きている、といったところだ。




「――救助に来たものの、まさか返り討ちにしているとは……それもこう一方的に。手を出してはならない者だったようだね。力量を見抜けないようでは、混沌に足を踏み入れるには早過ぎる」




 廊下に出、窓から煉瓦道を見下ろすと少年が少女に肩を貸して歩く後ろ姿。


 注視したのは、真珠のような上品に輝く金髪を垂らした少女の方だ。




「聖なる力に選ばれし者――恋に恋する乙女、と言ったところか。囚われ姫を演じるためにわざと拐かされ、勇者に救出される。今宵は上手くやったようだが、その悪辣がどこまで通じるか……楽しませて貰おう」




 男が物語に干渉することはない、ただ混沌なる可能性を見守るのみ。





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