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21.裏ボス

 

 ◎




「――囚われの姫は勇者に助けられたとさ、めでたしめでたし」




 レーゼインは夜風吹き荒ぶ学舎から寮への路中で立ち止まった。舞い上がる髪を抑えながら、一寸先の暗闇に言葉を投げ掛ける。




「って、訳にもいかないよね。聖女の登場は預言の書によって宣言されていた。何故かこの学院がその舞台に選ばれた……全く、嫌になるよ」




 王侯貴族にのみ伝えられるはずの預言の書の記述を一介の学生さえ知っている状況――敵が一組織と考えるのは希望的観測が過ぎる、というもの。


 聖女を中心に力の渦が発生しているのだ。恐らく、レーゼインもその一翼を担っている。




「流石に君が相手だとゼント君じゃ勝負にもならないだろうからね」




 影から姿を顕にした何者かの顔が月光により照らされた。


 顔面の造詣がはっきりとした切れ長の美女。レーゼインはこの学生の名前を知っている。




「――カルナ・フレインさん、だよね」


「覚えて……いたのですね」




 学生らしさを感じさせない無機質な低音。ただ言葉を発するだけで声音は死んでいた。


 このカルナは数週間前に第一教練場で学院剣術八級を取得した時の対戦相手である。




「美少女の顔と名前を覚えることにおいて私に並ぶ者はいないよ」


「…………」


「あなただよね? セレナのこと尾行してたの」




 ゼントに押し付けた三年の男子生徒の更に背後から、セレナを付け狙っていた。一般人なら素人ストーカーを撒いて終わりだが、レーゼインはいち早く二重尾行に気づいていた。


 そして、気づかない振りをすることでここまで接近する機会を得たのだ。


 堪忍したようにカルナは深い息を吐いた。




「相変わらずの化物加減ですね、レーゼイン・アスタ・ヴァイススター」


「以前から私のこと知ってるの?」


「知っていますよ。驚異の天才児――」


「いや、それはたまたまで……」




 幼い頃軽い気持ちで父親に魔法を披露したら、城に呼ばれるまでの大事になってしまったことがある。


 レーゼインは思い出したくない過去筆頭に顔をグチャグチャにした。


 カルナは鋭い目付きはそのままに首を横に振る。




「いいえ、もっと前から……究極に至った虹色のことも知っています」


「――……」




 途端にレーゼインから表情が消え失せる。覆ったままの掌の隙間から覗く眼光に宿るのは疑いである。


 八年前にヴァイススター領で起きた子供の大量誘拐事件――レーゼインにとっての運命の日。生死のやり取りの中で魔導の深淵に到達し、不幸の輪廻を退けた。


 近頃はあの日のことを知っている者が現れ過ぎている、まるで何か引き寄せられるように。




「……君みたいな可愛い娘がいたら絶対に忘れないはずだけど?」


「この姿は借り物です。そうでなかったとしてもあなたは私の顔を直接見てはいません」


「そんな奴いたっけ……――いや、まさかローブを着ていた人の中に?」




 当時のレーゼインと同程度の体格の何者か。首領を倒した後に潔く身を引いた五人の幹部格の一人がこの少女なのだという。


 戦いの些細まで知っているのは《減衰結界》で魔力憔悴していなかった猛者のみ。八年前の時点で相当の実力を有してたカルナも十分天才に呼ばれるに足る。




「同窓会でもやる、ってんなら参加することも吝かではないけど。セレナを狙うなら容赦しない、私のものにするんだから」


「あなたは正真正銘の化物です。あの戦いを見た者なら、立ち向かうと考えること自体が愚かだと考えるでしょうね」


「何の前振り?」


「…………」




 空気をぶち壊すことに定評があるレーゼインは平然と口を挟み、無事にカルナを黙らせることに成功した。成功してしまった、と言って方が良いかもしれない。




「……私はこの学院に潜入してから、あなたを見ていました。偶然の巡り合わせで剣術の試合もしましたね」




 数秒の静寂、何事もなかったかのようにカルナは話を再開した。




「そして、理解しました。レーゼイン・アスタ・ヴァイススター――あなたの戦闘能力は劣化している。八年前を全盛期に、衰え続けていますね」




 虚空からナイフを引き抜いたカルナは純度百パーセントの殺意を金髪の少女へ注ぎ込んだ。


 刀身が禍々しく分岐した紫の短剣を前に、もう片方の硬派なナイフは無造作に提げている。


 レーゼインの表情は依然として険しいものだった。敢えて目を逸らしていた事実を突き付けられれば苦虫を含んだような顔にもなる。




「才能を使い果たした今のあなたなら殺せないこともない」


「弱体化してることもバレてたのか。それを言うためだけにお喋りしてくれたんだね……性格が悪い」


「それだけで動揺が誘えるなら安いものでしょう」


「実に合理的で好みの答えだよ。それに私、相手が美少女なら性格が悪くても全然大丈夫だから」


「気持ち悪い」




 一言で吐き捨て、一呼吸よりも早い刹那にカルナはレーゼインの目の前へ移動した。禍々しくも月の白光に生える赤紫の刃が目にも止まらぬ速度で振り下ろされる。


 レーゼインが更に速く展開した面の《結界》により、振り下ろしが最大速度に達する前に動きは止まった。カルナは接近でも使った《身体強化》の上位魔法である《強化転身》で距離を取り直す。


 首を回しながら小さな少女は深い息を吐いた。本格的な魔法戦闘はそれこそ八年振りだ。カルナ相手にいつもの脱力状態では足下を掬われる。




「実際、私は弱くなったよ。もう普通に落ち込むくらいね。魔力操作技術も、戦闘センスも、可用魔力量さえ、見るからに衰えてる。まぁだから、と言って蓄積されたものが何もない訳じゃないけど!」




 レーゼインは指を鳴らして球の《結界》を広げた。無害な結界は物体をすり抜けて際限なく広がって行く。


 結界術の基本に習い、範囲を固定してから魔法効果を付与する。




「試してあげるよ、あなたと今の私と実力差がどれほどのものか」






 ◎




 ――私は、あの日見た虹色の光を今もまだ忘れられていない。




 今から約八年前、ヴァイススター領にて行われた作戦にてそれは起こった。


 私が所属する『世界階段』は首領カオスに命に従い、十歳以下の子供を周辺地域から片っ端に誘拐していた。


 ヴァイススター領の中心的な都市を選んでまで子供を集める理由は知らされていなかった。そんなことは気にもならなかった。殺す為であることだけは確かだからだ。




 物心ついた頃から言われたことだけをしてきた。もしかすれば、生まれてからずっとかもしれない。生まれたことさえも思惟かもしれない。


 ただ誰かを殺すため技術と魔術だけを教えられた。


 あの事件の数か月前に初めて殺した。そこから七人殺した。これからも殺し続けろ、と言われている。


 だが、その時は首領カオス直々に手を下すようだった。目的の為なら年端も行かない子供を殺すことさえ、当たり前なのだろう。




 だが――始まったのは虐殺ではなかった。


 至高の殺し合い。


 最高峰の魔術のぶつかり合いが繰り広げられた。驚くべきこと首領カオスと渡り合っている子供は私と同年代だった。


 追い詰められた少女は虹の極光を放った。


 私は綺麗だ、と思った。生まれて初めての感動だった。その瞬間から、物言わぬ人形ではいられなくなった。


 案外誰かと話すことが好きだなんて知らなかった。


 だから、心の底から、あなた以外には殺意も恐怖も抱かずに人を殺す。








 ◎




 魔力強化でカルナは身構えたが、結界に積極的攻撃性は付与されていなかった。効果を判明させないことには警戒は解けない。


 カルナは再び、接近しようと大地を蹴った。しかし、油でも敷かれていたかのように綺麗に滑って倒れてしまう。起き上がろうとしても手も滑り、顔から地面に激突した。魔力強化のおかげで怪我はないものの下らない足止めを受けたことに多少なりとも心はざわつく。


 レーゼインはショーの開幕を宣言するような口調で言う。




「《瞬殺鏖殺》――動摩擦係数の軽減、それが私が結界に付与した魔法。まともに動くためには地表に触れないように浮かなくちゃならない。もしくは、もっと強い魔力で弾く必要がある」


「自ら種を明かすとは……」




 言った通り、《空中遊歩》の応用で接地面より僅かに浮くだけで摩擦軽減は無効化できた。


 結界内ではレーゼインの魔力で溢れているため魔法の発揮を事前に感知することができない。感知できたからと言って摩擦操作という珍しい術式を初見で対処することはできなかっただろうが。




「このような小細工、八年前は使っていませんでしたね」


「そりゃそうだ。あれから考えたんだもん」




 いきなり命のやり取りが始まることを想定していなければこの結界は作っていない。


 カルナは片眼を閉じた。左瞼の裏に魔力が注ぎ込まれ、幾何学模様を描く。


 瞳に魔法陣に宿す術理が解放される――《心痺の魔眼》が瞬き、中央にレーゼインを映した。


 魔眼とは――視界に捉えた全てを範囲とする異界技術でも模倣不可能な魔法的権能。




「ッ……!?」




 対象を視界に捉えようとしたカルナは視線を逸らして魔眼を閉じた。突然、輝煌が差し込み、目を開いていることができなかったのだ。


 再度、魔眼を開いても視界は真っ白に染まる。


 不自然な光は魔法による産物に他ならない。結界に付与されたもう一つの魔法である。




「どうしたの? 眩しそうに眼逸らして」


「魔眼にだけ反応する光の魔法……まさか、魔眼に対してピンポイントの対策をしているとは……」


「だって、視界に入れたら即発動、って狡いじゃん」




 付与結界を破壊しない限り魔眼無効は続く。


 自分の周囲の魔力濃度を更に上げる、という対抗手段もあるが、レーゼイン謹製の魔法となれば膨大な魔力が必要になる。そして、それを許すほどレーゼインは甘くない。




「《魔眼斬殺》――魔眼に捉えられたことを条件とした魔法。魔眼に頼った戦い方をしてる人ならこれで詰みなんだけど……そんな簡単には倒せないよね」


「…………」




 想像以上に抜かりない対策に暗殺者は素直にレーゼインの能力を評価した。常套手段はまず潰される、と思った方が良いのだろう。


 ならば、試されるのは純粋な戦闘能力。


 カルナは《強化転身》を発動、両剣の魔道具に魔力を注ぎ込んだ。


 《空間遊歩》で空を蹴り、一気に真横に飛び跳ねる。まずはレーゼインの視界から逃れ、予備動作に干渉する《結界》を避ける。


 目にも留まらぬ速度で縦横無尽に跳ね続けた。


 レーゼインは目で追うことを止め、自らを球の結界で包み込む。何処からでも問題ない、と言わんばかりに隙だらけだった。


 カルナは天を蹴り上げ、強力な両の刺突を結界の中心落とす。返ってくる反発力は凄まじく、結界に《反射》が付与されていることをすぐに理解した。




 レーゼインはただただ強い。だからこそ、撃ち抜いた後は脆い。


 左手に握る飾り気のない短剣に力を込めたカルナは《重心重全》を発動した。効果は単純――加重。注いだ魔力に比例して加重の倍率が上がる。


 重さは力。過剰な力に耐え切れず《反射結界》が内側に反り、間もなく、亀裂が走った。その間、数刹那。


 結界の崩壊と共に身を引くレーゼインへ右手の刃を煌めかす。体表面の《結界》を僅かに削り取るに留まる。


 レーゼインが辿々しく後退することで二人の距離は開いた。




「まさか《反射結界》が破られるとは……頑丈なナイフだね」


「…………」


「っ、な、ん――!?」




 突如、膝から崩れ落ちたレーゼインをカルナは冷たく見下ろす。


 切っ先が三つに分岐した暗殺武装『毒刃ゲフェウス』の魔法――《魔力壊毒:赤》が発動したのだ。対象の肉体ではなく、魔力を侵す毒魔法。


 交錯の一瞬に一撃見舞った。結界を削る程度の威力だが、それで十分だった。結界に魔力を注ぐ為のパスを遡り、侵す。




 症状は魔力を介した全身麻痺、衰弱、人体破壊。レーゼインほど魔力量が多くとも十数秒で死に至る強力な毒である。


 間もなく、小さな身体が地面に投げ出された。身動ぎ一つしないそれはまさに屍だった。


 間もなく、張り巡らされた結界から力が失われた。




「……演技の才能は持っていないようですね」




 カルナは確信と疑心の半々で口にした。


 毒殺に成功したのか、死んだ振りをされているのか――『毒刃ゲフェウス』を投擲する。勿論、刃には神経毒が塗られており、触れればすぐさま死に至る。


 突き刺さる寸前、レーゼインの身体が跳び上がった。指先には真っ赤な《魔弾》が生成されている。




「折角、《魔力隠蔽》したのに……今度からは本物の死体を用意しないとね」




 軽薄な態度は変わらず、まとも相手にされていないのは明白である。


 それはカルナの心を折る戦い方。


 尾行先を看破し、あらゆる手段の殺人を否定する。暗殺者としてカルナを殺すつもりなのだ。




「魔力毒を一点に引き寄せ、排出する魔法――《薬毒射殺》。普通の毒も対策はしてるよ。だって、毒なんて一瞬で勝負ついちゃうじゃん」


「それの何が悪いんですか?」


「急いでる時はそうだけど、ゆっくりしたい時もあるじゃんさ」




 言いながら、即死の弾丸を撃ち出した。


 指先から軌道を呼んだカルナは最小限の動きで回避する。




 初めから上手く行くとは考えてはいなかったが、想定以上に分が悪い。


 全盛期が過ぎても魔法発動は異常に速く、常に一呼吸早く対応策を準備されてしまう。


 当てられたとしても、魔法ならば全て抵抗レジストされる、と思った方が良いだろう。




 レーゼインが立ち塞がるだけで至上目的である聖女の殺害が遂行不可能になる。


 不可能とは失敗。暗殺失敗。


 絶対に許されない。


 存在意義。価値の根底。自我の根幹。


 暗殺者であることが■■■の全て。


 殺すことが生きること。


 ■■■に失敗は許されない。必ず使命を果たす。障害は全て排除する。




「――否定するのは私です。あなたを殺します」


「何よ、主人公みたいな覚悟決めて……なら、私は悪役みたいなことを言おうかな。やれるものならやってみなよ、暗殺者風情が」



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