17.デート
◎
「セレナ、私とデートしよっ」
――逸れ者寮、食堂にて朝食を摂っていたセレナとゼントの視界に侵入したレーゼインの第一声である。
朝っぱらから声を浴びせられ、面食らい、食事の手を止めた二人がドヤ顔のレーゼインを見上げた。
「えっと……まずはおはようございます」
「うん、おはよ」
「その……で、デートと言うのは?」
頬紅く煙を噴き出した幼馴染が恥ずかしそうに尋ね返す中、ゼントは食事を再会して事の成り行きを黙って窺う。
レーゼインは何考えていなかった、という風に首を傾げる。
「一緒に街を歩きたいな、って」
「そ、そういうことですか。びっくりしました。私もフォームフォーラルを一度回ってみたい、と思っていたのでご一緒して頂けるなら是非!」
「やった。じゃあ、行こうか。今から」
「今からですか!?」
レーゼインはセレナの背中を押して連れ出すと校舎とは逆方向に歩き出した。少女の動揺の叫びが遠のいて行く。
台風一過。取り残されたのはゼントとノアである。
常に無表情のノアだが、心なしか目付きが鋭い。主人に放置されたことに怒っているだけではなさそうだ。
「あー……ノアさんはまだ朝食摂ってないよな。準備はしてるみたいだからマダムに言えば……」
気まずさに負けたゼントは白々しい言葉を口にする。
「お気遣いなく。私はそちらの席を使わせて頂きますので」
「あ、うん……」
ノアがわざわざ違う席を指差してまで言ったので、少年の心は凩に巻かれたようだった。
気分を下げながら窓から外を見渡す。空は青く、晴れ晴れしい。まさにデート日和である。
「急にどうしたんだ」
レーゼインが衝動的な行動に出るタイプだ、とは思わず、どうにも気掛かりだった。
◎
首都フォームフォーラル――王国最大都市だけあり、文明と流通の発展を感じさせる活気溢れた街並みが広がっている。特に、建物や布の彩色という点で地方とは比べ物にならない。
首都に別荘を持っているとは言え、レーゼインも滅多に来たことがないので練り歩くだけで発見に満ちていた。朝早くに出たため、お店は出ていないが人は少ないので二人並んで歩きやすい。
「セレナ、手繋いで良い?」
「構いませんが……良いんですか? 私なんかと」
「セレナが良い」
「きゅん――」
あまりの可愛らしさに撃ち抜かれたセレナはその場に崩れ落ちる。
おずおずとセレナが出した手を掴むと指と指の間に自分の指を絡ませた。恋人繋ぎだ。強く握り、身体を引き寄せる。腕に胸を押し当てた。
「れ、レーゼ様!? その……当たってますよ?」
ふひっ、とレーゼインはニヤついた。
「何が?」
「それはっ……む、胸が……」
レーゼインは清楚な女の子に恥ずかしい言葉を言わせる、という背徳感に悦びを覚えた。そして、女として一度は言っておきたい台詞を発言するタイミングだった。
「当たってるんじゃないよ、当ててんの」
「あ、当てて……!?」
これ以上なく顔を朱色に染めたセレナの足取りは酔っ払いのようにたどたどしくなる。同性に性的に誘惑されるのは初めてらしい。
レーゼインは熱冷めやらぬセレナを街へ連れ出す。普段なら何かと人目を浴びる二人が気ままに散策できる機会は驚くほど少ない。
彼女らが踊るように商店街を駆け抜ければ、次々と露店が開店し始める。活気を引き連れる二人の通り道が陽光に照らされた。
「楽しい? セレナ」
「はい! とっても大きくて綺麗な街で、あるものあるものに目を奪われてしまいます」
天を突く時計台、捻れた市庁舎、絢爛豪華な神殿、移動要塞でもある魔法師団寮舎――首都フォームフォーラルは観光地でもあり、一日二日では堪能し切れない。中でも、一番人気はやはり王城である。
「あのお城、王族の方が住んでいるんですよね?」
「そうだよ。見た目からよく『白金城』って呼ばれてる」
城の外壁は太陽光を浴びて白く輝く、魔力の通った石灰でできている。魔力と自然現象の化学反応は未だに謎が多い。そんな神秘と美しさを煌めかせるのが白金城である。
「子供の頃、一度だけ入ったことあるんだよね」
「そうなんですか? 王城に入れるなんてレーゼ様は凄いご令嬢なんですね……」
当時は凄かった、とレーゼイン自身も思う。
あの時はまだ自分が自分ではなかった頃。魔法を覚えることに酔っていた時代でもある。だから、理を乱す魔法を軽い気持ちで公表してしまった。
レーゼインにすればそんな功績は後悔の塊だった。
「……頑張ればセレナも入れるよ」
「そんな訳ないじゃないですか」
セレナは可笑しそうに笑うが、冗談で言ったつもりはない。『聖女』ならば、王城でも神殿でも立ち入る機会は幾らでもある。
人々の営みが本格的になる前に二人はゆっくり話せる場所へ移動を始めた。
石畳の階段を登り、街を一望できる展望台へ向かう。
「わあ、天気が良いので遠くまで見えますね!」
吹き込む風で舞う前髪を抑えながらセレナは声を上げた。
広場になっている展望台には初代ゾルステア王の銅像がある。というのもここが前王城跡地だからだ。建材のほとんど白金城に流用されたのでここには何も残されていない。
レーゼインは見渡す限りに詰め込まれた街並みを見下ろす。
「本当に……綺麗だね」
「レーゼ様に連れて来られなければこんな綺麗な場所知らずに過ごすところでした。改めてありがとうございます」
セレナは深々と頭を下げる。
平民と貴族の溝を埋めるのは容易ではない。悩ましさもあるが、感謝は感謝として受け止めた。
「どういたしまして。でも、私もセレナと来れて良かったからありがとう」
「そ、そんな……私の方こそレーゼ様と仲良くなれたかな、と思って嬉しいです」
そんな台詞を真顔で言うことはできずまたも顔を紅くした。
仕草に愛おしさを覚えつつも、レーゼインはその奥を覗き込もうとする。
セレナの特別になるためには賭けに出るしかない。どんな手段を使ってでも――。
「――セレナ、最後に行きたいところあるんだけど……良い?」
「はい、構いませんよ」
そうして、二人が向かったのはフォームフォーラル郊外、裏路地とも大通りとも取れる一際変わった場所だった。俗に言う『歓楽街』である――但し、真っ昼間なので街は眠りに就いていた。
ただ、少し休憩する場所はありそうだ。
頭が狂いそうになるほど強く、艶やかな残り香が漂い、セレナは顔を顰める。
「あの……ここ、ってもしかして――」
「そうだよ。行こう」
「ちょ、レーゼ様……!? 一体何のために?」
「本当のセレナに触れるためにだよ」
どこかで芽生えた邪悪が花を開く――。
◎
「…………」
人混みの影から少女達を黒い視線が追う。
浮かぶ赤き眼光は獲物を狙う狩猟者のそれだった。
人間を狩猟対象とすることに躊躇いはない。悪意が虎視眈々とセレナを狙う。
◎
『基礎剣術』の授業を終えたゼントが帰って来た時にはすっかり日は落ちて、鮮やかな夕暮れに照らされながらの帰寮になった。
珍しいことに剣術講師――アルティ・プラーナの手解きを受けた。事実としては、指導という体でボコボコにされただけだったが、貴重な体験ということにする。そうでなくては惨めが過ぎた。
そんな訳で疲労は蓄積し、帰り足取りは重い。寮の扉を押すのも一苦労だった。
「おっ……どうも」
ドアを開けたすぐにノアが立っていた。両手を腹部で組んだメイドの待機である。
「道中、レーゼ様を見掛けましたか?」
「見てないけど」
「そうですか……」
声音は平静。しかし、主を待っているにしては焦りを感じた。思えば朝から――レーゼインがセレナをデートに誘ってから妙だった。
――レーゼインを取られて嫉妬しているのか?
「そんな顰め面しなくてもすぐ帰って来ると思うよ」
「……軽々しくそんな台詞吐かないで下さい」
「え」
軽い気持ちではなかった。心配だったから一声掛け、あわよくば落ち着いてくれる、と思っただけの善意。
受け取り方は相手次第。善意は時に人を傷つけることをゼントは理解していなかった。
「あなたは何も理解していません。レーゼ様の本性を――女という生き物を」
「それは……どういう?」
「正直とか正々堂々とか潔さとか――そんな美しいものはありません。セレナさんが今どうなっているのかすらわからないんですよ」
「セレナが……!? レーゼインがセレナを傷つけるなんてことあり得ないだろ」
肉体的にはそうだろう。ノアもその心配はしていない。
だが、精神はその限りではない。何らかの変容が起きたとすれば由々しき事態だ。ノアの絶対法理が狂う。
自分が何者かをレーゼインに確かなければならない。
「今に後悔することになりますよ」
「は?」
それ以上、言葉を交わすつもりはなく、以降、ゼントに話し掛けられても口を一文字に結び続けた。
「…………」
思い返せばセレナと初めて相対した時からずっと警鐘が鳴っていたではないか。
ああ、そうだ。
いざとなれば――。
◎
レーゼインとセレナが帰って来たのは夕餉が始まる直前だった。
ノアに迎えられたレーゼインは何らいつもと変わらない態度で帰寮の挨拶をする。同様にセレナも普段通りたおやかだ。
距離感を見ても、同性の友として仲良くなった程度。妙な関係になることを恐れていたノアの心配は杞憂だった。
食堂でノアの発言について懊悩していたゼントはセレナの顔を見て一安心する。
「……おかえり、セレナ」
「はい、ただいま戻りました」
先に食堂へ向かったセレナは少年の正面に腰を下ろし、晩御飯を囲んだ。
そんな中、ノアはレーゼインを玄関扉に押しやっていた。体格差があるのでやられる側は想像以上に圧を感じる。
「レーゼ様」
「どうしたの?」
あくまでもレーゼインは白々しい反応を返す。
本当はわかっている。ノアが嫉妬することも、心を傷つけていることも。
「セレナさんのことです。本当に彼女と交際する気があるのですか? 既に想い人がいることはご存知ですよね?」
「ゼント君ね。まさに目の上のたんこぶだったけど……ついさっき、事情が変わったんだよね」
レーゼインは片隅でデートの記憶を思い返す。セレナとの関係を縮めるつもりだったが、結果的には事態の複雑さばかりが増した。
当初とは関係性が変わるが独占することは難しくない。
「事情?」
「うん、まぁ……セレナからゼント君を引き剥がすことは不可能だ、ってことはわかったけど、逆は可能だからさ」
レーゼインが今やるべきはそのために布石を打つこと。転変の落差を大きくするための仕込み中。
「私はセレナの特別になりたい。でも、ノアを手放すつもりもない。だから、あなたは私のことだけ見てれば良いの、わかった?」
「レーゼ様……わかりました。私の身体も心もあなたのものです、ですから……」
握った手を胸に抱いたノアは一歩後ろに下がった。
潤んだ瞳で見詰めて来るメイドにレーゼインは優しく微笑み掛ける。このところセレナに傾倒して構ってやることができなかったことに罪悪感がないでもなかった。
「ご無沙汰だったけど、今夜はよしよししてあげるから。ね?」
「はいっ……愉しみにしてます」
機嫌を直すどころか今にも抱き締めんばかりに感極まってしまったノアの様子を見て、一息吐く。
――好感度調整、って案外難しいなぁ。
不謹慎なことに恋愛シミュレーションみたいだな、と考えていた。ここは現代の主流であるアドベンチャー形式にして欲しかった。
「それに……レイザーの言ってたことも真実味を帯びて来てるし、きな臭いなぁ」
小さく呟き、路地裏の向こうに姿を消した影を思い出す。デート中に感じた視線、只者ではない気配だった。
レーゼインはゼントと言葉を交わすセレナに指で作った銃を向けた。横にずらし少年の眉間に狙いを定める。
将を射んとする者はまず馬を――。
◎
――その一室は紫色の炎で照らされていた。
そこは、闇を崇拝する玉座の間。
最奥に黒色の宝石で象られた王座、左右の柱に刻まれた文字にどんな意味が込められているかは知れない。
触れてはいけない魔法学院の裏側である。
「それで……『聖女』の実力はどれ程のものだ?」
箱庭の王は凍えるほど冷たい声で目下に跪く少年に問う。
膝をついた姿勢のまま黒い眼の少年は、
「大した者ではありませんでした。出で立ちも反応も素人同然です。捕らえることはそう難しくないでしょう」
「ならば、速やかに役目を果たせ」
「はい」
少年は立ち上がり、一礼。踵を返すと玉座の間を後にした。
残された王は紫炎に目を細める。
魔法学院三年――シュノン・ソード。前髪を掻き上げ、眼鏡を掛けた青年は拳を力を込めた。
「聖女の力を我が物とすれば『七帝王』の座も近づくというもの――」
野望を秘めた脅威の偽王の魔の手は表側の世界へ伸ばされる――。




