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12.激重感情

 

 ◎




「――試合は一週間後だ、精々無駄な努力をしていることだな」




 高らかな哄笑を上げてアルカサと取り巻き二人は踵を返した。円形闘技場における『魔術概論』の授業の最中のことである。


 辺りは一瞬静まり返り、数秒後には魔法による爆発が点々と起こった。


 唐突に言い捨てられたノアとセレナは顔を見合わせる。




「一週間後みたいですね……」


「そんなものでしょう――それよりも、どうしてここにいるんですか、レーゼ様」




 ノアが問い掛けると、レーゼインが背中からピョン、と飛び出した。




「『基本剣術』は免除になったから暇潰しに来てみた。いやぁ、広いね。こんなところで戦うんだ」




 今頃、ゼントは教練場で馬鹿みたいに木剣を振っているはずだ。


 観客席が少な目のベースボールスタジアムとでも表現できる石造りの闘技場には恒常的に魔力強化が付与されている。多少どころか、かなり強めに魔法を撃っても傷一つつかない、という触れ込みだ。




「免除だなんて……凄いです、レーゼ様!」




 瞳を煌めかすセレナにふふん、と胸を張る。




「まあね。でも――私のことはレーゼ、って呼んで欲しいんだけどな」


「で、ですが……貴族様ですし、緊張してしまいますから……」




 セレナは少し俯いて頬を朱に染める。


 それだけでレーゼインはハートを撃ち抜かれた。




「様付けも呼ばれるのは好きだから良いんだけどね!」


「では、これからはレーゼ様と呼ばせて頂きます」


「わかった……うん、これからね」




 ノアは綺麗な女性に現を抜かす主に複雑な気分を抱く。先日、『恋人にしたい』と言っていたのはセレナのことだったらしい。


 レーゼインが好きそうな清楚で可愛い顔をしている。


 身体付きはノアと比べたら控え目。とは言え、傾国の美女特有の怪しい色香が漂っている。


 レーゼインが骨抜きにされる図が容易に想像できた。


 居ても立ってもいられず、ノアはレーゼインと手の甲を触れ合わせる。




「ノア? どうしたの?」


「いえ……」


「そう? 男共の実力は何となく予想がつくけど、セレナは魔法使えるの?」




 セレナは思い出すような相槌を打つ。




「そうですね……私が使えるのは光の魔法ばかりですが」


「光魔法が得意なんて珍しいね」


「そうなんですか?」


「うん、初めて見たくらいだもん」




 多種多様な魔法の才覚を有するゾルステア貴族にも完全に光に特化した魔力性質を持つ家系はいない。


 セレナは魔法史上で『特殊属性』に分類される稀少な才能の持ち主ということだ。




「魔法で戦ったこととかはあるの?」


「ないです。魔法で人を傷つけるなんて考えたこともありませんでしたから」


「なんて清楚なの……!」


「そ、そんなことないですよ」


「可愛くて清楚なんてセレナは生きてるだけで偉いね」


「レーゼ様? そんな褒められても困りますから……! それにレーゼ様の方がずっと可愛いです、って!」




 恥ずかしそうに目を伏せるセレナにご満悦だったレーゼインは突如、爪先に走った痛みに悶えた。ノアに踏まれたのだ。身長差・体重差が大きいので見た目以上に痛苦を感じる。




「ノア!? 何してんの? 私の足踏んじゃ駄目なんだよ?」


「すみません、虫が止まっていたので」


「擦り付けられてるけど!?」


「失礼」




 そう言って、ようやく足を上げたノアはとても不愛想だった。


 レーゼインはにやけているのがバレないように口許に手を寄せる。


 セレナと仲良くすることでノアを嫉妬させたのはレーゼインの策略だった。美少女二人の可愛い顔を拝める完璧な作戦である。


 ――やっぱり、両手に美少女だよね!




「ふふっ」とセレナが堪え切れず、という風に笑う。「お二人は仲が宜しいんですね」


「何だかんだ……八年くらい一緒だからね。そう言うセレナとゼント君も長いでしょ?」


「はい、物心つく前から一緒にいました」




 幼馴染中の幼馴染である。


 淡い期待を込めてレーゼインは問う。




「兄妹みたいな感じ?」


「そうですね、ただ唯一の家族です。困った時は助け合って生きてきました。ゼント君はとっても優しくしてくれました」




 セレナが語るゼントの事柄に込められた実感と尊い感情に、レーゼインの脳が炙られる。明らかにゼントとは比べ物にならない激重感情を含有していた。




「大人よりも大きな熊に襲われた時も、暴漢に襲われそうになった時も、私を守って、自分が怪我することを厭わず戦ってくれました」


「凄いね、それは」


「震えながら勇気を振り絞ってくれるんです。だから私はゼント君を――」




 乙女の顔をして男を称賛するセレナに堪えられなかったユニコーン――レーゼインの瞳は淀み、壊れた機械のような笑い声を漏らした。


 その肩を揺するノア。




「レーゼ様、お気を確かに」


「あ、あぁ……嫉妬と憎悪に頭が爆裂四散するところだった」


「話が逸れてますよ」


「足を踏まれたところから始まったけどね。それで『連覇術技ストライク・プレイヤー』のことだっけ?」


「レーゼ様とノアさんに押し付ける訳には行きません。私もできることはするつもりです」


「頑張り屋さんなんだね、可愛いし」


「レーゼ様、ってば」




 ちょっと怒られてもレーゼインは愉快だったが、流石に話が進まないので少しは真面目な顔つきになる。実際は半分くらいはにやけたままだったが、レーゼインの圧倒的美少女パワーにより感じの良い娘にしか見えない。




「セレナが三戦目を担当して、先に二勝すれば戦わなくても済むよ」


「私にとってはありがたいですが、お二人は……」


「ノアは大丈夫だよね?」


「構いませんよ」


「ということだから、大丈夫。それに、出るのは私じゃないからね」


「では……誰が出るんですか?」


「ゼント君」




 レーゼインはこともなげにここにいない人物の名を出した。


 何処かの誰かが丁度くしゃみをすることなんてことはなく、少年は依然として馬鹿みたいに剣を振っている。








 ◎




「――という訳で、ゼント君宜しく」




 第一修練場、素振りの休憩中に現れたレーゼインの第一声である。八級ライセンスを取って早々にいなくなった、と思えば、唐突に現れた。


 ゼントにとってこの小さな少女は悪魔のようだった。直接何かされた記憶はないが、ことあるごとに突っ掛かって来るので精神的に辛いものがある。




「……いきなり、何を言ってるんだ?」


「『連覇術技ストライク・プレイヤー』に出て、って言ってんの」


「言ってない。そもそも、ストライクプレイヤー? ってのも何かも知らないし」


「一から説明するの? 面倒だなぁ」


「素振りに戻って良いか?」


「良い訳ないでしょ」




 レーゼインはゼントに事の触りを説明した。アルカサ一派に目を付けられたノアとセレナが公衆の面前で試合を行うことになったこと、三人目がゼントであることだ。


 ゼントの一言目は予想通りのありきたりなものだった。




「話を聞く限りレーゼインが出ることを想定されてる、と思うけど」


「それはそうだけど、ゼント君に譲ろうと思って」


「……面倒だから?」


「あんな奴ら指先一つでダウンだよ、労力ですらないね。だからね、言葉通りなんだよ。ゼント君にその気があるなら譲るよ」




 傍から見ればレーゼインの恩着せがましい提案を、ゼントが断りきれない図。


 しかし、見事にゼントの心は揺らいでいた。


 レーゼインはセレナからの話を聞いて、ゼントの心の輪郭を見透かしていた。浸け込むように言葉を弄した。




「セレナに危ない目に遭って欲しくないんだよね?」


「それは勿論だけど……俺なんかより君の方が強いだろ」




 瞼の裏に焼き付いたレーゼインとグランの熾烈な試合。


 あの眼にも止まらぬ絶技を見て自分がやる、とはとても口にはできない。込められた技術を理解できない程の差。馬鹿みたいに素振りしながら実感した。




「こんな小さくてか弱い美少女に戦わせるんだ」


「か弱い……か?」


「私が戦いが大好きで大好きで堪らない人間だと思うの?」


「――」




 力を持っている者が必ずしも戦わなければならない道理はない。


 ゼントは口を噤み、考えた。あまりにも異様な少女、その衝撃に本質を見誤ったかもしれない。


 その影は大きくとも、目の前の彼女は見下ろす程に幼い。敬意は時に人を盲目にさせる。


 守られたくない人間だ、と決め付けていた。


 本当は守られたかったかもしれない少女を――。




「――わかった、俺が出る。それで君を助けられるなら」


「私を助ける?」




 繰り返したレーゼインの眉が吊り上がる。


 彼女に渦巻いた心のざわめき。その理由は自分でもわからなかった。


 とても大切なことな気がして――だが、像を結ぶことなく真意を曇らせる。


 喉に物が詰まったような不快感を隠し切れなかった。




「私を助けるなんて八年は早い」


「……だろうな」


「じゃあ、そういうことで」




 レーゼインは淡白に返した。用を終えた、とばかりに修練場を去るレーゼインをゼントが呼び止める。




「その代わり……俺に剣術を教えてくれないか? 追い付きたい人がいるんだ」








 ◎




「ゼント君が出てくれるなんて心強いです!」




 橙色の魔力灯が照らす酒場のような雰囲気の寮の食堂に弾んだ声が響いた。


 ゼントが連覇術技ストライク・プレイヤーに参加する、と伝えるとセレナは見るからに頬を緩ませたのだ。




「完全に成り行きだけどな……」




 レーゼインの実力を知りながら代打を受け入れたゼントは不安に苛まれ、大凡自信というものは皆無だった。本当は選手変更しない方が心強かった等と、今更言えやしない。




「ゼント君、ノアさん、一緒に頑張りましょうね!」




 隣に話し掛けていたセレナが斜向かいに座っていた美少女も見遣る。『連覇術技ストライク・プレイヤー』の参加選手が確定、翌日からの作戦会議に向けて指揮を上げるつもりのようだ。


 しかし、ゼントは不安な押し潰され、ノアは微動だにせず仏頂面。




「頑張ろうねっ、セレナぁ」




 圧倒的美少女セレナの鼓舞が効いたのは正面に座っていた試合に無関係のレーゼインだけだった。


 四人の寮生がボックス席で晩餐を囲い、今後の方針を固める。




連覇術技ストライク・プレイヤー』の開催は一週間後に決まった。それまでに勝利する算段を立てなければならない。


 ノアはあまり頼りにならなそうな三人に冷ややかな視線を巡らせ、ため息を吐いた。




「……全く、暢気な人達ですね」




 その時、木が軋む音が鳴った。寮のドアが開かれたのだ。食堂から顔を出したレーゼインとセレナが見たのは身の丈以上の荷物を背負った眼鏡の少女である。


 更にその後ろから姿をぬん、と姿を現したマダムが鼻で笑った。




「今年の逸れ者は女子が多いねぇ、全体的に性格が悪そうだ」




 揶揄するような台詞に眼鏡の少女は不機嫌そうにしながら、後ろ手に扉を閉める。新たな寮生で間違いないようだ。


 眉を吊り上げたまま来訪者は不躾に問う。




「ここ寮なんですよね、部屋空いてますか?」


「階段を昇って右側が女子部屋で、更に右が一人部屋だよ。左側は二人部屋だね」


「そうですか」




 言い捨てるように答えると、俯いた姿勢を維持したまま少女は階段を昇って行った。


 彼女がこの寮に来た理由はわかり易い。典型的なコミュニケーション能力の欠如だ。


 野次馬は元の席に戻り、居残り組に新たな寮生の新寮生について伝えた。




「また女子が増えるね、ゼント君」


「何故俺に言う……」




 レーゼインの意地の悪い発言にゼントは全力で横を向くことしかできなかった。




 食事を終え、部屋で一休みしたレーゼインとノアはシャワーを浴びた。滝のように降って来る冷水を被り、身体を清める。


 すぐに魔法で身体を温めるのが上手く浴びるコツだった。




 更衣室で着替えていると新寮生である眼鏡の少女が入って来た。部屋の広さは一般的な学校の更衣室と同等程度なので、必然的に顔を見合わせることになる。合った視線はすぐに離れた。




 少女が見たのはレーゼインとノアの裸体。どちらも規格外な胸の大きさ。思春期の少女としては意識せずにはいられなかった。


 己のそれを見下ろせば、足下まで視界が広がっている。得も言われぬ気分に身体を丸めた。




「私はレーゼイン。君の名前は?」


「っ!」




 レーゼインが身体を隠そうともせずに尋ねるので少女の肩はびくり、と揺れた。声を掛けられることは想定していなかったようだ。


 振り返らないまま、新寮生は上擦った声を出した。




「――……み、ミコノ」


「ミコノね、宜しく」




 そそ、と脱衣してミコノはシャワー室へと向かった。眼鏡は装着したままだった。


 着替えたノアが依然として裸体のレーゼインに服を着せる。




「彼女がどうしたんですか?」


「可愛い娘だな、って」


「……女性なら誰でも手を出そうとするのは良くない、と思います」


「出さないよ。もう手は埋まってるから」




 空いている右手で掴む相手はもう決まっている。


 レーゼインは、次こそセレナとシャワーのタイミングが一致するように立ち回ることを決めた。






 ――そして、一週間はすぐに過ぎ去る。

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