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11.連覇術技

 

 ◎




 空が橙と淡青色の境界に染まった黄昏時――。


 その日の講義を終えたノアは重い足取りで廃れた邸宅を改装した寮に帰って来た。入口すぐにある食堂の窓際の席で主が肘を付いているのに気づくと、気持ち早足になる。




「ただいま戻りました、レーゼ様」


「あ、おかえり、ノア。遅かったね」


「はい……少々、トラブルに巻き込まれまして。大したことではありませんでしたが」


「なーんだ、詰まんない」


「お食事を取るのですか?」


「そのつもり」


「ご一緒します」


「ん」




 三分もしない内にマダムが晩御飯を乗せた木製トレイが届けに来た。トレイをニコニコ待っていたレーゼインの席の前に置き、対面のノアを見る。




「帰ってたなら言いなさいよ、幽霊じゃないんだから」


「すみません」


「別に良いけどさ」




 ノアにも料理を届けるとマダムは食堂奥の小部屋へ姿を消した。


 レーゼインはマダムが振る舞う惣菜を寄せ集めた晩御飯に舌鼓を打つ。ヴァイススター邸宅では味わえない塩分強めの料理が疲れた身体に効いた。




「この寮では洗濯、ってどこでするの?」


「魔法を使えばどこででも可能かと」


「うわぁ……じゃあ、ノア、お願いね」


「はい、レーゼ様の身の回りの世話は私の仕事ですから」




 食事を終えた二人は一階奥のシャワールームで烏の行水宜しく身体を清める。サイズは違えどお揃いのワンピースタイプのパジャマに着替えた二人は食堂を横切って上階へ戻る。


 レーゼインの足が唐突に止まる。後ろのノアは急停止、部分的にぶつかってしまう、というか乗ってしまう。レーゼインの頭にノアの胸が丁度乗った。


 まさに定位置かのような安定感だった。




「申し訳ございません」


「そのまま動かないで欲しくはあるんだけど――」




 立ち止まったのは逸れ者寮の扉が開かれたからだ。午後十時という夜も深まった時間帯の来訪者が訳ありでないはずもない。


 扉を押し退けたのは腕にも背中にも荷物を抱えた金髪の少女。




「ごめん下さい、夜分遅くに申し訳ありません」


「セレナじゃん」


「あら、レーゼ様……? ですか?」




 空前絶後の美少女は目を丸くしてレーゼインとその上に乗っかったノアを捉え、どちらも寝間着姿ということに気づく。




「もしかして、二人共ここに住んでいるんですか?」


「そうだよ、行く宛のない生徒の寮なんだって」


「……今の私達にぴったりですね……」


「達?」




 セレナの呟きにピクリ、と反応するレーゼイン。扉は完全に閉まっていなかった。もう一人、入って来る者がいる。


 荷物を抱えるうだつの上がらない少年が寮に足を踏み入れた。




「ゼント君さぁ」


「レーゼイン……どうして?」




 月並みに驚いたゼントは困ったように幼馴染の横に並んだ。貴族のレーゼインがこんな寮にいるのが疑問らしい。


 待っていてもマダムが現れる様子もないので、レーゼインは話を進めることにした。




「空いてる部屋は使って良いんだけど……どうしてここに?」


「……『魔術概論』の授業中、貴族の方とトラブルを起こしてしまい、厄介者として寮から追い出されてしまったんです」




『魔術概論』と言うと、レーゼインとゼントが受けた『基本剣術』とは別の必修講義。


 トラブル、と言うとノアもそれらしいことを発言していたはずだ。


 セレナは申し訳なさそうにノアを見遣る。


 目敏いレーゼインはすぐに気づいた。




「ノア、何か隠してる?」


「隠していることはありません。隠していないこともありませんが」


「全く……そんな回りくどい台詞どこで覚えたの?」


「レーゼ様です」




 今すぐにでも話を聞き出したいところだったが、セレナを玄関先で立たせる訳にはいかないので部屋に向かわせる。




「ノア、セレナ達を案内してあげて。私は食堂で待ってるから」


「畏まりました。どうぞ、こちらです」


「ありがとうございます、ノアさん」




 セレナは先行するノアを追って階段を昇った。更にその後ろをゼントが付いて行く。


 レーゼインはすれ違い様に少年に囁いた。




「セレナと同じ部屋じゃないよね?」


「当たり前だろ」


「なら良いけど」


「勘違いしてるだろうから言うけど、俺とセレナはそんな関係じゃないからな?」


「見ればわかるわよ――」




 ――セレナに気がある訳ではないことは。好意に気づかない鈍感系に分類されることも。


 レーゼインが盛大に溜息を吐くのでゼントは堪えきれず視線を逸らした。




「逆にチャンスでもあるからいっか。その調子で頼むよ、ゼント君」


「……よくわからないけどわかった」




 ゼントを無理矢理送り出した後は食堂の一席で瞑想してノアを待った。彼が敵ですらないのなら、やりたいようにできる。そのための布石も既に打った。


 瞑想は二分で飽きて、それからは退屈凌ぎに人差し指の間で稲妻を発生させて遊ぶ。一本ずつ増やし、五指全部から放電したタイミングでノアが戻って来た。




「遅過ぎ、どうお仕置きしようかずっと考えてたよ」


「どんなお仕置きにするんですか? 拘束ですか? 跪かせますか?」


「それは全部試したからなぁ……やっぱり――これは最後に取っておくこうかな」


「……そうですか」




 どこか残念そうに呟いてノアは腰を下ろす。


 放電を止めたレーゼインはテーブルに肘を付き、指を組んだ。戦艦の指揮官気分で問い詰める。




「ノアちゃん、言うべきこと、あるよね」


「……そうですね。自力で解決できる見込みはありましたので報告しませんでしたが、レーゼ様がご所望ならお話します」


「私はご所望だよ」


「あれが起きたのは魔術概論の授業を受けていた時のことです――」




 ――ノアから語られたのはレーゼインとは別の講義を受けていた時のことである。




 実践的な魔術の習得を目的とした『魔術概論』は初日から、超巨大円形闘技場にて行われた。数十人の生徒は、いきなり講師――ナビオン・エルビオンという老人魔術師の手本に魔術を放つことになったらしい。


 幼い頃から魔術に触れて来た貴族連中には容易いことだが、何も知らない平民は唖然としていたという。レーゼインから魔力操作の手解きを受けていたノアは問題なかったものの、いきなり生徒達は二分されたという。


 ナビオンは専ら有名な貴族優遇主義者。それは初回講義でも露骨なものだった。典型的な貴族優遇、平民冷遇。


 教えを請うた平民には横柄な態度を取り、馬鹿にする。かと思えば、貴族にはまるで好々爺。


 ノアとしては講師が誰であろうとどうでも良かった。雲行きは怪しかったものの授業は基本は放任なので個人的に魔法を学ぶ分には好都合だった。


 大地属性に分類される魔法を試行錯誤しながら行使していると突然声を掛けられた。


 三人組の貴族男子――今朝、レーゼインに舌戦で敗北した者達である。アルカサはレーゼインが周りにいないことをしっかりに確認してから、




「どうやらご主人様はいないようだな?」


「はぁ……何か御用でしょうか」


「御用も何もあるか。あの恥晒しのせいで不愉快な気分なんだ。それ以外に理由がいるか?」




 早朝の論破がかなり効いているようで、相当ご立腹な様子だ。朝は舐め回すような下卑た視線だったが、今回は怒りに染まっているように見える。


 あの一件を、道行く生徒達に小声で囁かれていたのだろう。


 レーゼインの居ぬ間に屈辱を晴らすつもりのようだ。




「付き合って貰うぞ。お前に拒否権はない」




 アルカサ・ヴァレナは右掌をノアに向け、手首に左手を添えた。赤色の魔法陣が起動する。殺傷能力の低い初級魔法《火炎》である。


 授業に乗じてメイドであるノアを叩きのめせば、レーゼインにやり返したことになる、と思っているのだ。


 実践魔術に失敗や怪我はつきもの、多少の怪我は仕方ない。その尺度は講師が決める。ナビオンはノアの味方をしない。




「それは困ります。レーゼ様に叱られてしまいますから」


「その程度で済むと思っているのかッ!」




 ノアは火炎に焼かれるよりも速く《隠蔽結界》を展開する。《結界》はレーゼインが得意な魔法の一つであり、子供の頃に徹底的に叩き込まれていた。


 一定強度の魔力を浴びなければ見えない面の結界で空間を隔てた。しかし、結界の出番は訪れなかった。




「――止めて下さい!」




 その時、一人の女性生徒が声を張り上げたからだ。両手を広げてノアとアルカサの間に割って入ったこは透き通るような金髪を有した少女――セレナ。




「魔法を人に向けたらいけません、怪我をしてしまいます!」




 セレナは推奨された使い方ではない、ということ広く主張した。


 余りにも当たり前のことを口にしたため、ノアもアルカサも一瞬理解できなかった。その上での行動なのは誰が見ても瞭然だからだ。




「怪我をする? 当たり前だろう、怪我をさせるためにこうしているんだからな」


「どんな理由があっても人を傷つけはいけません。ご両親から教えて貰わなかったのですか?」




 虫酸が走るような綺麗事にアルカサは舌打ちした。


 聞こえようによっては煽りにも聞こえてしまう正論。元々の苛立ちに積み重なる新たな不愉快存在に青筋が浮き上がる。




「貴族である俺が平民をどうしようと何の問題もないんだよ、それがこの国の掟だからな!」


「そんなの理由になりません、心優しい貴族様がいることを私は知っています。それに掟と言うなら、学院では平民と貴族は平等とされています」


「ッ、そんなの体裁に決まっているだろう!? 本気で信じてる奴なんかどこにいる?」




 アルカサは挑発するように周囲を見回した。


 平民は目が合わないように反射的に地を見下ろす。


 つまりはそういうこと。支配者側も被支配者側も関係を暗黙に受け入れてしまっているのだ。


 それでも、セレナの理論は正しい。どんな理由があっても生存権を否定する理由にならない。




「だとしても、あなたは間違っています」


「どうして俺を苛つかせるッ……ならばお前から焼いてやる!」




 アルカサは再度、魔法陣に火を灯す。


 狙いは少女の顔面である。アルカサは真珠色の金髪が綺麗だ、と思った。その象徴を炭にすることで心を満たすことにした。




「――一理あるのぉ」




 二人目の乱入者。


 百戦錬磨の貫禄を感じさせる嗄れた声。


 アルカサは鋭い目つきのまま音源に向き、驚きに瞳孔を開く。


 ナビオン・エルビオンが仲裁に入ったのだ。


 貴族派代表に止められ、大いに混乱するアルカサにナビオンは説く。




「才能の下に平等……実に結構、この学院でも揉め事は魔法を持って決めるのが習わしだ。即ち――『術技ストライク』である」




 学院で習う技術、その試合形式には各々に名前がついている。


 昨日、レーゼインが行った剣術のみの勝負を『ブレイド』。

 対して魔術のみの勝負を『アビリティ』と呼ぶ。


 そして、剣術ブレイド魔術アビリティを混合した総合戦闘が『ストライク』。


 ストライクでは純然な戦闘能力で覇を競う。


 意図に気づいたアルカサが声を上げた。




「なるほど、そういうことですか。では、術技の一対一を三度行う――『連覇術技ストライク・プレイヤー』で決めるのはどうでしょう?」


「それは良いのぉ、本来は二年からだが、先取りしても問題あるまい。『連覇術技ストライク・プレイヤー』の試合を許可する」


「ありがとうございます、マスターエルビオン」




 入学二日目のノア、間に入って来た少女も状況が理解できないまま話は状況は進んだ。理解できたのは連覇術技ストライク・プレイヤーと呼ばれる謎競技に参加させられたことだけだった。




「――と、些細はこのようになっています。正当性を賭け、一対一の試合を三度行うようです」


「行うようです、って凄い他人事じゃん。参加プレイヤーになってるんでしょ?」


「どうやらそのようになっているみたいですが、レーゼ様も巻き込まれてるんですよ」




 一番他人事みたいにしていたのはレーゼインだった。




「ノアとセレナは確定だけど、三人目は決まってないでしょ」


「あの貴族の男はレーゼ様を狙っていたのですよ」


「でも、私が出るかはまだ決めないでおくよ」


「……そうですか」




 ノアは何を考えているのかわからない主の物憂げな表情をただ見詰めていた。






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