第二話 ATM男
私の結婚相談所に来る人。彼女らは宝くじでも買うノリでやってくる。
C子はブランド品ではないがそれに近いデザインの、いわゆる高見えする服を着てきた。カバンはおそらくアウトレットで安く手に入れたブランド品だ。髪はおとなしめなグレージュカラーで、毛先を綺麗に巻いている。爪を見ると、十本の指全てに違う絵柄のネイルアートがほどこされていた。
「私、ずっとタワマンに住むのが憧れだったんです」
少し声のトーンを落とした、ゆっくりと聞きやすい口調でC子は話し始めた。
「うちは田舎の商店街で乾物屋をやってて、もうシャッター商店街になっちゃって、うちの親もやってないんですけど。子供の頃は古臭い田舎で人生無駄にするのがすごくイヤで。東京出てきたら誰でもタワマンに住めるんだって思ってました」
私はC子のプロフィールを見る。
C子
・二十九歳
・事務員
・年収百~三百万円
・趣味、旅行、ホームパーティ
希望の男性のタイプ
・年齢二十五~三十五歳
・年収高ければ高いほどいい
・専業主婦させてくれる人
なるほど。彼女の人当たりの良さは仕事で培われたスキルのようだ。事務員のなかでもおそらく窓口対応などで客と直接会話するタイプのものだろう。見た目のおとなしさに反して、彼女の希望はかなり野心的だ。
「でも、実際そうじゃないみたいじゃないですか。都内の大学に入って必死に勉強したのに、オートロックもついてないアパートにしか住めないなんて、そんな事あります? 私もう本当に許せなくて。なので、とにかくお金持ってる人と結婚したいんですよね。タワマンに住んでる人とかいませんか?」
「弊社にご入会いただいている男性では、タワマンを買えるくらいの年収の方は在籍しております」
「そうですか!」
C子は目をキラキラさせた。
「どんな人ですか? できればホームパーティとかもやりたいんです。財界と繋がりがある人とかを呼んでうちで高級なワインとか飲んだりしたいんですよ。新婚旅行は海外で、プール付きのホテルに泊まりたいです。毎年ハワイにも行きたいし、それに、お洋服もたくさん欲しいのでウォークインクローゼットがある物件がよくて――」
C子の話が止まらないので私は黙って紹介できる男性のプロフィールを見せた。
「――え、この人、素敵‼」
C子は言いかけた事を忘れて、プロフィール写真の日焼けして歯が真っ白の、紺のストライプスーツを着た男性に見入った。
D介
・三十四歳
・大手商社勤務
・年収一千万円~
・趣味、海外旅行
「D介さんは港区在住とのことですので、タワマンの可能性もありますね。趣味は海外旅行となっているので、C子さんのご希望に添えると思います」
「すごくいい! この人、いつ会えますか?」
「お見合いの打診をして、了承が得られたらお会いする日にちを決めることになります」
「ぜひ、お願いします!」
こうして、C子とD介のお見合いがセッティングされた。
場所はC子の希望でフレンチレストランでのディナーデートとなった。
当日の昼過ぎ、あらかじめ交換しておいた連絡先にD介からC子にメッセージが届いた。
≪集合時間は夕方ですが、早く会いたいです。よかったら少し早めに集まりませんか?≫
C子はD介の誘いに胸が高鳴った。すぐに返事をし、出かける準備に取りかかった。
予定の集合場所はレストランの最寄り駅だったが、車でC子の家の近くまで迎えに来てくれるそうだ。C子は自宅の最寄り駅をD介に伝えた。
「D介さん。今日はお迎えまでしていただいて、どうもありがとうございます」
C子は礼儀正しくお礼を言った。気持ちがどれだけ高ぶっていようと、子供みたいにはしゃいではよろしくない。C子は常に気を張って、落ち着いた大人の雰囲気のある女性を演じていた。
「いえいえ、こちらこそ、急に予定早めちゃってすみません」
「とんでもない。私も同じ事を考えていましたので」
D介はC子を助手席に乗せた。それなりの値段がするワゴン車だ。ソロキャンプにハマった時期があり、後ろにキャンプ用品が積まれていた。
「結局、二、三回しか行かなかったんですけどね、なんとなく捨てられなくて。またそのうち行く気になるんじゃないかと思うとね」
「ソロキャンプ、私、やった事ないんですよね。楽しいですか?」
「楽しいですよ。昼は大自然の中で肉焼いたりとかして、夜は焚火見ながらぼーっとするんです。で、見上げると満天の星空が広がってて」
「わあ、ロマンチック」
「でも、すぐに飽きちゃいましたけどね」
C子は笑った。D介の軽妙な語り口にすっかり気を許していた。D介とならいつでも楽しく過ごせそうだ。アウトドアは苦手だが、D介となら楽しめるかも? そんな事を思っていた。
D介の車はレストランの手前の商業ビルの駐車場に入って行った。
「ここの駐車場を借りるんですか?」
「まあ、そんなとこです」
D介は空きスペースを見つけて車を切り返しながら続けた。
「ディナーの前にちょっと買い物でもしませんか?」
車を停めると、D介はC子の半歩先を歩いて商業ビルのエレベーターに乗り込んだ。迷わずフロアのボタンを押す。どうやら行きたい店があるらしい。C子は戸惑いながらもD介について行くと、C子の憧れの高級ブランド店に到着した。
「C子さんの服、ここのブランドに似てるなと思ったんですけど、合ってますか?」
D介の言葉にC子は驚いて目を見開いた。
「あ、あの、似てはいるんですけど、違うっていうか、その……」
「違うんですか。そっか。ごめんなさい」
「あ、い、いえ! 嬉しいです! あの、ぶっちゃけた話、これ、似てるデザインの安物なんです。私の給料じゃ、こんないい服買えなくて」
D介はパッと顔を明るくしてC子の手を取った。
「それじゃ、僕がお金出すんで、ここでちゃんとしたのを買いませんか?」
「ええ⁉」
「今日はせっかく高級フレンチを食べに行くんですから、服も贅沢していいと思いますよ」
「い、いいんですか⁉」
D介がニッコリ笑ってうなずく。C子は飛び跳ねて喜んだ。
「やった! 嬉しい! どれ選んでもいいの?」
「もちろん、好きなのを選んでください」
「わーい‼」
C子は子供みたいにはしゃぎ回って服を選んだ。今まで雑誌の写真でしか見たことがなかった憧れのブランドの服が目の前に並んでいる。どんな値段のものでも好きに買っていいだなんて、夢みたいだった。
C子とD介はその後もデートを重ねた。D介がC子の好きなブランドの服やカバンを買い、夜は高級な飲食店でディナーというコースが定番化した。季節ごとに人気の観光地へ行ったり、旅行をしたりもした。その度にC子はお土産をたくさんねだった。
C子とD介の結婚式はハワイで行われた。家族や親戚、友人をたくさん招いて、盛大に祝われた。式後、そのまま新婚旅行という運びで、ハワイを満喫したのち、そのままニューヨークへ飛び立った。そのため、D介は丸々一ヶ月仕事を休んだ。C子はすでに退職していた。
帰国したときには二人の荷物は三倍に膨れ上がっていた。
C子は新婚旅行で買った服やカバン、靴を大量にウォークインクローゼットの奥にしまい込んだ。D介もニューヨークでスーツを仕立て、高級腕時計を買った。明日からの仕事で使うためにきれいに手入れをして、すぐに身に着けられる場所に保管した。D介は翌日は朝早くから仕事なのでさっさと寝てしまった。
翌朝、D介は予定通りに出勤した。C子は朝の十一時頃に起き出して、昨晩、空港の売店で買った朝食用の菓子パンを食べた。
「ニューヨークで食べたパンと全然違う」
それがC子の正直な感想だった。ハワイでは結婚式でハワイ風の味付けがされたフレンチを食べた。ニューヨークでは流行りのお店に毎日行って、ありとあらゆるグルメを堪能した。一ヶ月もそんな生活を続けていたら、日本のスーパーやコンビニで売っている菓子パンではとても満足できない。もちろん、それだけ金額が違うのではあるが、C子には何もかもが許せなかった。
C子はニューヨークで買った新しい服とカバンと靴を身に着けて出かけた。財布には現金はわずかしか入っていない。D介が自由に使っていいと言って渡してくれたクレジットカードがあれば何でも買えるからだ。
C子は風を切って歩き出した。高級ブランド店のサングラスの金縁のロゴが日光を浴びて燦然と輝く。ハイヒールの足音さえもフィルハーモニーの打楽器のように美しい。C子はなんだか自分が強くなったような気持ちで百貨店へと向かった。
その夜、D介は十九時に帰ってきた。
「ただいま」
「おかえりなさい、D介さん。ご飯できてるよ」
C子はルンルンとリビングへ戻っていく。玄関の脇に大量の靴の箱がたたんで縛ってあるのが目に留まった。しかし、D介は何も思わずC子の後ろをついていった。そして、その惨状を目の当たりにした。
ダイニングテーブルは二人分のランチョンマットが敷かれ、その上に高級レストランのように皿とカトラリーが置かれている。だが、その反対側のソファにはコートやカバンが無造作に投げ出され、百貨店の紙袋が見えないようにソファの向こう側に置かれていた。
「今日、何してたの?」
D介は明るい口調でC子に質問する。
「今日はね、百貨店に行ってきたの。新しい服着てみたくてさ」
「そうなんだ。で、どうだった?」
「楽しかったよ。でも、ちょっと靴のサイズが合わなくて。アメリカの規格だと幅がキツイみたいなのよ」
「ふうん」
D介はキッチンの奥にゴミ袋が隠されているのを見つけた。何が捨てられているのかまでは見えなかった。
「じゃじゃーん! 今日は百貨店で買ったローストビーフでーす!」
C子がD介の視界を遮るようにして皿に盛りつけたローストビーフを出した。
「おお! おいしそうだな」
D介はまだC子を泳がせるつもりでローストビーフに喜ぶ素振りを見せた。
D介の反応に安心したC子は次から次へと百貨店の惣菜を出してきた。総額いくらになるのだろう。おまけにワインまで買ってきて、一体どういうつもりなのだろうか。
「こんなにたくさん買ってきて、重かったんじゃない?」
「うん、本当に重かった! 靴もまた三足買ったし、服も何枚か買って、あと、かわいいお皿もあったからそれもすごく重かったしー」
「靴、また買ったの?」
「うん。だって、合わない靴履き続けるとよくないし」
「え? どういうこと?」
「だから、アメリカで買った靴、全部ダメそうだったから捨てたの」
「はあ⁉」
さすがのD介もこれには思わず大きな声が出た。夕食どころではない。D介はウォークインクローゼットへと向かう。
「ちょっと! どうしたの、D介さん。ご飯冷めちゃう!」
冷めるも何も、初めから惣菜だ。もう一度温め直せばいい。
それよりも、この一ヶ月で買った服やカバンは今どうなっている? その事の方がD介には重大だった。
ウォークインクローゼットは昨晩、夜遅くに帰って無理矢理荷物を押し込めたときの状態とほぼ同じだった。
「捨てたのは靴だけだよ。服は試着してから買ってるし、カバンもサイズとかないから使えるもん」
C子はまずいと思ったのかそう言い訳する。だが、捨てられていないことだけが重要ではない。
アメリカで買った服は現地でぎゅうぎゅう詰めに梱包したときのまま放っておかれている。そんな状態で長時間放置したら皺になってしまう。合わない靴の対策をしたり、履き鳴らしたりもせず捨てたC子なら、ちょっとでも服に皺が寄ったら捨てるのではないか?
「お店の人に日本に着いたらすぐにハンガーにかけて皺伸ばししてって言われたよね」
「あ、ああ、うん。そんな事言われたっけね。えへへ」
「僕は自分のスーツ、今着てるけど、昨日のうちにはちゃんと準備して寝たんだけど」
「今日やろうと思ってたんだよ。でも、百貨店に行っちゃったからさ」
D介は梱包が開いている箱を見つけた。今日着た服はここから出したのだろう。その箱の奥から服を一枚引っ張り出して広げてみた。立派にしわくちゃな跡がついてしまっている。
「これ、どうするの?」
「どうするって?」
「着るの?」
「うーん、どうかな……」
C子は考えてから答える。
「なんかさ、アメリカの服の色とか、形ってさ、日本だと浮くなあって思っちゃって」
「じゃあこれも捨てるの?」
「え、あ、いや――」
「日本だと浮くんでしょ?」
「そうだけど、捨てるかどうかは私の勝手でしょ!」
「勝手? 全部僕の稼いだ金で買ったのに?」
C子はまずい事を口走ってしまったと後悔した。しかし、長年抑えていた欲望は一度解放されると止まらなかった。
「D介さん、欲しい物は何でも買っていいって言ったじゃん! 欲しくて買ったけど、要らなくなった物は捨てて何が悪いの? 私、結婚したらもうお金のことで悩まなくてよくなると思ったのに、どうしてそんなケチくさいこと言うの⁉」
D介はため息をついてウォークインクローゼットを出た。今日買ってきた物が何なのかを確認する元気もない。この分なら、きっと出会ってから今までのデートでD介が買い与えた物は全てろくに使いもせずに捨てられていたのだろう。
「ちょっと外の空気を吸ってくるよ」
D介はそう言って家を出た。
C子は五分間だけD介が帰ってくるのを待った。でもすぐに惣菜が冷めるのを気にして一人で夕食を食べることにした。翌日になったらまずくなってしまうのがもったいないので、買ってきた惣菜はD介の分まで全部残さず食べてしまった。
C子はD介からクレジットカードを取りあげられてしまうことだけを恐れていた。そうなってしまっては、せっかく金持ちと結婚したのに意味がなくなってしまう。C子の心配事は金のことばかりで、D介の心配は一切しなかった。
翌朝、C子はソファで目を覚ました。投げ出していたコートが布団代わりに掛かっていた。自分でかけた記憶はないから、D介が掛けてくれたのだろう。
ふと、ソファの備え付けのローテーブルに封筒が残されているのが目に留まった。
C子は封筒を掴んで逆さにした。コロンと音を立ててD介の結婚指輪が出てくる。C子ははっとした。
封筒には他に紙も入っている。D介からの手紙かもしれない。C子は封筒の中に手を入れ、紙切れを取り出した。それは三枚の宝くじだった。
その宝くじは一等前後賞が当選した総額五億円の当たりくじだった。C子はあまりの衝撃に絶叫した。これだけあれば一生遊んで暮らせる。それしか考えていなかった。D介がいなくなったこともすっかり頭から抜けてしまっていた。大金を目の前にして、わずらわしい人間関係など全てどうでもいいことだった。
C子はその後、宝くじの五億円で一生遊んで暮らした。仕事もせず、世界各国を飛び回り、好きなだけ遊び、疲れたらD介が残した家に帰って眠る。独り身ならいくらでもそれが可能だ。C子の幸福度は使った金額でのみ表されるのだった。
結婚を贅沢な生活を実現するためのツールだと思う人にふさわしい相手は現れない。
人と人が愛し愛され、支え合い、添い遂げることは口で言うほど簡単ではない。
相手と真剣に向き合うこと、相手の心に寄り添うこと、相手の希望と自分の希望をすり合わせて、二人だけの理想の家庭を築くこと。結婚には相手の人生を幸せなものにするという責任と覚悟が伴う。
人を自分が贅沢をするための装置とみなし、贅沢をするためなら他人の労力を軽視し、己の欲望のみをひたすら満たそうとする。それでは結婚生活は成り立たないのである。
相手を幸せにすることで、おのずと自分も幸せになれる。それができるお客様にピッタリな相手を見つける。それが私達、婚活アドバイザーの矜持なのだ。




