俺の唯一
そんな病院生活の中で俺は、俺の運命の番に出会った。
リハビリを終え廊下を歩いていると来院した人たちが休憩するスペースに同い年ぐらいの青年がうずくまっていた。心配になり咄嗟に駆け寄った。肩に手を置き問いかける。
「大丈夫ですか?人を呼んできた方がいいですか?」
青年は息も絶え絶えに首を振った。仕方ないので青年を息のしやすい様、その場で座らせ前屈みにさせた。青年がビニール袋を指差したが、首を振り、答える
「ビニール袋じゃ寧ろ悪化します。今から俺が言うことを聞いて下さい」
青年は苦しみながらも頷いた。おそらく軽い過呼吸だろう、自分が幼い頃によく起こしていたからすぐにわかった。
「まずは…」
暫くして青年は落ち着いてきたのかえんじ色の瞳がこちらを向き視線がバチっと交わった
ドクっ
その瞬間理解した、この青年が俺の運命の番だと。湧き上がる多幸感、腹の底の疼き、彼を本能から欲しているのが分かった。
俺のアルファ、俺だけの"唯一"
次の瞬間、抱きしめられていた。その手を拒めず彼の腰に腕を回す。今まで欠けていた自身の心の隙間が埋まった気がしてその時、この青年と一つになりたいと思った。
次第にお互いしか目に入らなくなり、唇があと少しで近づくというところで、突然青年が動きを止め、俺の肩を引き剥がした。
はっと意識が鮮明になり、急いでポケットから抑制剤を取り出し、飲み込む。すると目の前の青年も同じ様に服用していた。落ち着き始めた頃青年が口を開いた。
「すっすみません…助けて頂いたのにこんな事してしまって…」
さっきまで過呼吸を起こしていたのだ、精神が安定しない中、自分が抑えきれなかったのだろう。酷く申し訳なさそうに話す青年を見てやはり人を呼べばよかったと罪悪感を感じた。改めて青年の顔をみる、最初に目についたのは目の下にくっきりついた隈。寝ていないのか憔悴しているように見えた。
「いやこちらこそごめん。俺も抑えられなかったし、お互い様、それよりも看護師は呼ばなくても大丈夫?」
「えぇ問題ありません。慣れてますから」
「それなら薬は常備してる?」
「…今は持っていないです」
「そう…」
あまり追及されたくないのだろう。聞かないことにした。
「それより、今後のこと話しませんか?お礼もしたいですし。なによりその足じゃ体勢的にも辛いでしょう」
そう言って青年は俺の腰に腕を回し立ち上がらせ、松葉杖を渡してきた。確かに足を曲げられないからおかしな格好で座り込んでいたと思う。
「ありがとう、なら俺の病室に来ない?フロアは別なんだけど、そこなら人に聞かれないだろうし」
「はい」
エレベーターに乗り込み先ほどのフロアより5階上のボタンを押す。確か今日は両親も友人の訪問の予定はなかったはずだ。蒼はいつも夕方ごろに来るはずだし、まだ時間に余裕はある。なんとなく蒼にこの青年は合わせたくなかった。
「どうぞ、何もないけど寛いで、なんか飲む?コーヒー、紅茶、緑茶、オレンジジュースあるけど」
「お言葉に甘えて、紅茶でお願いします。」
「了解」
松葉杖を枕元に立てかけ、小さな備え付けの引き出しに手をかけると肩に手を置かれた。
「座っててください。僕が淹れます」
「さっきまで苦しんでた奴に言われたくないな。いいからそこの椅子に座って」
そう言って座り心地の良さそうなソファを指差した。
「…わ、わかりました」
手際良く紅茶を淹れていると青年は聞いてきた。
「それにしても飲み物のバリエーション多いですね」
「あー来客用だよ」
「ご家族のですか?」
「それと友達用かな。たまに見舞いに来てくれる奴らがいてさ。」
「そうなんですね。」
「「…」」
「はいどうぞ。」
そう言って紅茶の入ったカップを渡した。
改めて彼の顔を見る。切れ長の大きな目、瞳は澄んだえんじ色、スッとかよった鼻筋、薄い唇、指通りが良さそうな艶やかな黒髪を後ろに三つ編みに纏めている。端的に言うと美人だ。
うはー、こんな女みたいに美人な男もいるんだな。
「あっあのさ、俺は来栖 悠月。悠月って呼んでほしい。お前の名前は?」
暫く沈黙が続き、耐えきれなくて俺は聞いた
「僕は…椿です。」
「そうか、椿よろしくな」
苗字は言いたくないのだと思い聞く事はしなかった。どんな付き合いになっていくかは分からないけど今、繋ぎ止めなければこいつはいなくなるそんな危うさがあった。椿の両手を掴み勢いよく縦に振った。
「…よろしくお願いします。」
「てか、その敬語取れないの?」
「これは癖の様なもので…」
「確かに俺のが年上だと思うけどさー」
「え?」
「え?」
「いえなんでもありません」
「?そう、俺は○×大学二年、今は見ての通りこの怪我で休学中。」
「…その怪我について聞いても問題ありませんか?」
「部室等の屋上から事故で落ちた。迂闊だったよ。まさか錆びてたとは、見た目的にまだ大丈夫だと思ってたんだけど」
「そうだったんですか、その…体の方は…」
「もうピンピンだよ!今はリハビリ中、今日はその帰りにあそこをたまたま通って椿を見つけたの」
「その節はありがとうございます」
「気にすんなよ。多分誰が通ってもお前は助けられてたんじゃないかな」
「それでも、あの時助けてくれたのは貴方だ」
微笑みながら言う椿に少し照れ臭くなって顔を覆う。
「で!お前は学生なの?」
「はい、○○高校の三年です」
「えっ?有名私立じゃん!!頭いいのな!」
「偶々勉強が得意だっただけですよ。それに悠月さんも○×大学じゃないですか。あそこも結構偏差値が高い筈ですが」
「それでもお前の高校のがすげぇじゃん」
蒼以外の他人には一歩線を引いて話す事が多いのに、初対面である筈の椿には気負いしないでなんでも話せそうだ。これが運命の番なのか?本能的にそばに居て安心できるとか。
「それで、さ、俺たちのこれからの事話さない?」
椿は視線を下げた
「そうですね…悠月さんも気づいてるとは思いますが僕たちは所謂運命の番同士でしょう」
はっきり言われるとなんかこうむず痒い。
「しかし、僕に恋愛はできません。」
「そっそうだよな。ごめん」
「決して悠月さんに魅力がないわけではありません。僕にはやらなければいけないことがあって」
「そう…」
「でも、偶に会ってもらう事は可能でしょうか?」
「良いの?よかった!そしたら連絡先交換して欲しい!」
病院着のポケットに入れたスマホを取り出し、ラインを起動し、QRコードを表示させ椿の手元のスマホに近づけた
「よしっこれで登録完了、これから友人としてよろしく。椿」
「…はい」
「ところでお前はなんでここに?入院してる様には…誰かのお見舞いとか?」
「はい。弟がこの病院にいます。去年事故にあって今も眠ってます。」
「そう…良ければ今度俺にも会わせてくれないか?勿論お前が良ければだけど」
「はい…」
「椿、お前もしかして眠れてないんじゃないか?」
「最近忙しいからかあまり眠れていませんね…」
「それなら今日は解散して帰宅して眠った方が良いんじゃないか?」
「いえ、一段落ついたので大丈夫です。それに今は悠月さんと話がしたいので」
「うーん、わかった。それなら20分だけ寝ろ。それだけでも体は軽くなるから」
「…わかりました。」
「良かったらベッド使うか?」
布団を捲りながら椿に問いかける
「いっいえ、お構いなく、少し寄りかかれば…」
そういって椿は体勢を何度か変え、眠りについた。
念のため薄いタオルケットを椿の肩から下にかけた。
暫くして、時間になったので肩を揺らして声をかける。するとゆっくり目を開いた。まだ隈はあるが心無し顔色は良くなった。
「不思議です…久しぶりに悪夢を見ないで眠れました」
「それはなにより。でも今後はしっかり睡眠取りなよ」
「そうですね。これは…」
「俺のかけただけだよ」
「なるほど…これで」
「もう使わなければそこに置いといて」
「よかったらもう少しお借りしても?」
「別に良いけど…」
そのあとは暫く他愛のない話をした。椿の知識は豊富でどんな話をふっても返ってくる。こんな経験初めてだった。
気づくと時間はもうすぐ蒼が来る頃になっていた。
「ごめん、これから友人が来るんだ。後片付けは俺がやるから、また今度会おう」
「そうですね。僕もそろそろ弟のところへ戻ります。今日はありがとうございました。」
椿は部屋から出る時に再度ペコリと小さく頭を下げた。律儀なやつ、と笑みが溢れた。最近気が休まらなかったからかあの時間が自分にとって一時の休息に思えた。
「運命の番のフェロモンってあんな感じなんだ」
毎回増やしている抑制剤のおかげか今まで不用意に発情したことなんてなかった。医者には止める様言われていたがαである蒼の隣にいる為、フェロモンを抑える様にしていた。それなのに椿(運命の番)には呆気なく理性を溶かされた。
椿を好きになれたら、蒼を想う気持ちはきっと思い出になっていくだろう。




