第三話「業界の壁と一筋の光」
A社との面談を終えた鈴木正義は、横浜の街を歩きながら、かつての営業時代を思い出していた。
「設置場所の交渉、筐体の故障対応、深夜の補充作業…あの頃は、汗と足で稼いだ仕事だった」 だが今、自販機は“人が立ち止まる理由”を失っている。
それに比べ、ガチャは人を惹きつけていた。
「屋外に置ければ、もっと自由に展開できるはずだ」
彼は、次なる一手を打つため、コピオに指示を出した。
「コピオ、中堅のカプセルトイ企業を調べてくれ。設置よりも企画に強いところだ」
「条件に合致する企業を6社抽出。うち1社――株式会社トイリンクは、商品企画に特化しつつ、自社ブランドを展開。
代表は三浦健一氏。元A社出身で、独立後に業界内で一定の評価を得ています」
正義はうなずいた。
「面識はないが、元A社なら話は通じるかもしれん。よし、連絡してみよう」
数日後、三浦社長から返信が届いた。
「ご相談内容、興味深く拝見しました。業界の現状や今後の展開について意見交換できればと思います。来週水曜の午後、弊社にてお時間いただけます」
正義はスーツを整え、名刺を用意し、トイリンク本社へ向かった。
トイリンク本社にて 応接室に通された正義は、少し緊張しながら名刺を差し出した。
「鈴木と申します。突然のご連絡、失礼いたしました」
三浦社長は名刺を受け取り、穏やかに微笑んだ。 「いえ、こちらこそ。屋外型ガチャという発想、正直あまり聞いたことがなかったので、興味を持ちました」
正義はゆっくりと話し始めた。
「私は長年、清涼飲料水の自販機営業をしておりまして。最近、孫と商業施設に行った際、ガチャのコーナーに人が集まっているのを見て驚いたんです。自販機であれだけ人が集まるのは、久しぶりに見ました」
三浦はうなずいた。
「確かに、ガチャは今、屋内では非常に強いですね。ですが、設置場所はもう飽和状態です。商業施設も駅も、空きスペースがない。うちは今、商品開発に全振りしています」
「そこで思ったんです。屋外に展開できれば、設置の自由度が広がる。公園、駅前、観光地…人が立ち止まる場所はまだまだある」
三浦は少し考え込んだ後、現実的な口調で答えた。 「おっしゃる通り、屋外に置ければ可能性は広がります。ただ…技術的なハードルが高いんです。ガチャ業界の筐体は、基本的に屋内前提で作られていて、防水・防犯・耐候性の設計がされていません」
「飲料自販機の技術を応用すれば、可能性はあると思うんですが…」
「それは面白い視点ですね。ただ、弊社は商品企画が中心で、筐体の開発は外部委託です。正直、屋外対応の筐体を一から開発するのは、コストもリスクも大きすぎる。ガチャ業界の中だけでは、難しいと思います」
正義は静かにうなずいた。「つまり、ガチャ業界の中では、屋外型を作る土壌がない」
三浦は少し声を落とした。
「実は、私自身もこの業界の“閉じた構造”に危機感を持っています。設置場所の奪い合い、価格競争、そして似たような商品ばかり。屋外展開は、確かに突破口になるかもしれません。ですが…それを実現するには、ガチャ業界の外と手を組む必要があります」
帰宅後、正義はコピオに語りかけた。
「コピオ、屋外ガチャの鍵は、ガチャ業界じゃなくて、俺がいた飲料業界にあるかもしれん」
「解析結果:屋外型カプセルトイ自販機の実現には、異業種連携が不可欠です。
飲料自販機メーカーとの協業、または中古筐体の改造によるプロトタイプ開発が現実的です」
正義はノートに新たな見出しを書き込んだ。 『屋外型ガチャ:異業種連携プロジェクト』
そして、ページの隅にこう記した。 “業界の外に、未来がある”
彼の目は、再び営業マンの光を宿していた。