第一話「ガチャの群れと還暦のひらめき」
鈴木正義は、清涼飲料水メーカーを定年退職したばかりだった。
38年間、自販機の新規設置営業に携わり、街角に飲料を届ける仕事に誇りを持っていた。
だが、近年の業界は厳しかった。コンビニの拡大、健康志向の高まり、そして何より“人が自販機の前で立ち止まらなくなった”ことが、彼の胸に静かな焦燥を残していた。
退職後のある休日、娘の里子と孫の陽翔を連れて、横浜の大型商業施設へ買い物に出かけた。
久しぶりの家族との時間。正義は、孫の小さな手を握りながら、穏やかな笑顔を浮かべていた。
にぎやかな施設内を歩いていると、陽翔が急に走り出した。
「じいじ!あっち、見て!」
その先には、かつて人気だった洋服店の跡地。だが今は、壁一面に並ぶカプセルトイ自販機――いわゆる“ガチャガチャ”が所狭しと並び、若い女性たちがスマホ片手に列を作り、家族連れが子どもに回させては歓声を上げていた。
「なんだこりゃ…ガチャの群れか?」
正義は目を見張った。かつての営業マンとしての嗅覚が、ざわついた。 飲料の自販機は撤去される一方だったのに、これはまるで逆だ。人が集まり、笑い、回している。
「自販機で、こんなに人が集まるなんて…」
彼の胸に、かすかな嫉妬と、強烈な好奇心が芽生えた。
帰宅後、正義は古いタブレットを取り出し、かつての相棒――AI「コピオ」を起動した。 コピオは、かつて社内業務用AIとして導入されていたが、正義はその機能を個人的に拡張し、営業支援から人生相談までこなす“相棒”として育てていた。
「コピオ、カプセルトイ業界の現状を教えてくれ」
「了解しました。現在、国内カプセルトイ市場は前年比18.7%増。特にインバウンド需要が急増中。観光地・商業施設での設置が拡大しています。SNSによる拡散効果も高く、若年層を中心に“体験型消費”として定着しています」
「なるほどな…俺がいた飲料業界とはえらい違いだ」
正義は、商業施設で見た光景を思い出す。
あの熱気、あの笑顔。自販機が人を集めていた。 だが、ふと疑問が浮かぶ。
「なあ、コピオ。今のガチャって、全部屋内に置かれてるよな?」
「はい。現在のカプセルトイ自販機は、屋内設置が前提です。防水・防犯・耐候性に課題があります」
「でもさ、俺がやってた清涼飲料水の自販機は、屋外でも普通に売れてた。
だったら、ガチャも屋外に置いたらどうなる?」
コピオは数秒沈黙し、解析を始める。
「仮説を構築中…屋外型カプセルトイ自販機の市場可能性:中〜高。特定条件下で成功率は上昇。
設置場所の選定と商品企画が鍵です。特に、駅前・公園・観光地など、屋外でも人が立ち止まる場所が有効です」
正義はニヤリと笑った。
「よし、コピオ。俺たちの次のミッションは“屋外ガチャ革命”だ」
「屋外型カプセルトイ自販機は、従来の屋内型とは異なる市場を開拓可能です。
特に、飲料自販機の設置ノウハウを応用することで、初期障壁を乗り越えることができます。鈴木さんの経験は、この分野において極めて有効です」
正義は静かにうなずいた。