モブ令嬢(?)Bの憂鬱
皆様初めまして、私フェレナ゠ランスロットと申します。先日うっかり階段から、足を踏み外し前世の記憶を思い出した紛うことなきモブ令嬢Bでございます。
え?モブ令嬢Bとは何かって?
「レイラ様今日の髪飾りもお似合いですわ」(モブA)
「ありがとう」(悪役令嬢(仮))
「ステキですわ」(←これ)
私どうやら大好きな異世界に転生したようなのです。前世では女子高校生として、ありとあらゆるジャンルのラノベを読みまくっておりました。ちなみになぜ死んでしまったかは覚えていません。(キリッ)
記憶を思い出した当初は「私ヒロインかも」ムーブをかましておりました。だって伯爵令嬢に転生し、名前にランスロットとついているんですよ。ランスロットって何となく主人公ぽくありません?
え?家名がランスロットなら、たくさんいるだろうって?
その通りでございます。私5人兄弟の3番目、全員ランスロットを名乗っております。しかも、鏡に映る自分の姿は前世と大して変わらない姿。茶髪にブラウンの瞳の正直可愛いかも……?レベルの女性でした。
おまけに家庭環境も実は庶子で幼い頃に引き取られ、義母や義理の兄弟にいじめられて……ということもなく5人兄弟そっくりな姿をしており(これはこれで残念なのですが……)家族仲も普通に良く、ほどほどに幸せな暮らしをしております。
というわけで、早々にヒロインであることは諦めました。
ま、小説の世界と現実は違うわよねと考えていたところ、何と私に氷の騎士様からの婚約の話が来たのです。
氷の騎士様って?
あら、あなた知らないなんてもぐりですわね。学園に通う者なら一度は耳にしたことがあるはずですわ。皇太子殿下に忠誠を誓い、仲間内でのみ微笑みを見せ、それ以外の者には絶対零度の視線で近付くなオーラを発されているあの方ですわ。
王家の覚えも目出度い筆頭侯爵家嫡男、皇太子殿下の側近、見た目も抜群に良く、銀髪碧眼のあの方と目が合うだけでクラッとくる女性も多数、かくいう私も近くにいるアイドルのノリでキャーキャー言ってました。
私伯爵令嬢とはいえ、5人兄弟の3番目、暮らし向きも可もなく不可もなくと言ったところ。容姿も普通。正直婚約する旨味は全くなく、婚約の申し出も来たこともなく……といった残念な感じな令嬢でございました。
そんな私に氷の騎士様から婚約が来ることになったのは、大好きな友人が関わっているのでございます。
公爵家令嬢で皇太子殿下と婚約されておりますレイラ様。そして、伯爵家令嬢で、騎士団長のご子息と婚約されているミリア様、お二人とたまたま中等部のクラスがご一緒になり、お話をさせていたただいているうちに意気投合し、高等部になった今でも仲良くさせていただいておりました。
そんなある日、いつものように3人で放課後のお茶会をしていたところレイラ様に尋ねられたのです。
「フェレナは婚約者はいないのよね?」
レイラ様は燃えるような赤髪に金色の瞳、出るところは出て引っ込むべきところは引っ込んでいるナイスボディー。そして頭脳明晰。派手目な容姿とは裏腹に謙虚な人柄。正直パーフェクトすぎて誰も太刀打ちできないような人でした。今もバックに咲いている薔薇の映えること。
「はい、残念ながら御縁がなく……」
正直、この年で婚約者無しはヤバいのではと、焦ってはいましたが、どうすることもできず日々過ごしておりました。
「フェレナに婚約を申し込まないなんて、見る目がないのよ」
そう続けてくださるミリア様も、金髪に碧眼、体つきはほっそりされており、少し顔立ちはキツめに見られがちですが、情に厚く、優しいのが特徴のステキな女性です。ちなみに勉強もできます。
「……ありがとうございます……でもこればかりは御縁なので」
正直私は平凡だから、同じ感じの平凡な男性に嫁げたら良いなと思っていますとは言えず、何となく誤魔化して話を濁します。ちなみ私は勉強も普通です。
「実はね、皇太子殿下にまだ婚約してない女性でステキな女性はいないかと聞かれているの」
「皇太子殿下にですか?」
「ええ、それでフェレナを推そうと思うのだけどどうかしら?」
……皇太子殿下。……ステキな女性。……それは私には荷が重いのでは……。
「光栄なお話ですが……」
「まあ、レイラ様。それならフェレナがピッタリですわ。レイラ様を除いてフェレナほどステキな方を私は知りませんわ」
ミリア様!!ミリア様に褒められてこれほど嬉しいことはありませんが、今はマズイです。ここは心を鬼にして断らねば……。
「……ですが」
「やっぱり、ミリアもそう思う?私も推すならフェレナしかいないと思うの」
レイラ様が輝くような笑顔で話を続ける。
うっ……眩しい。
「フェレナ良いわよね?」
「今日にでも皇太子殿下にお伝えしますわ」
ニコニコニコ。2人は笑顔を崩しません。
……私は、2人の美女の圧に負けました。
「……お願いします」
そして、数日後私のもとに氷の騎士ことイーグル様から婚約の申し込みが届いたのです。
侯爵家からの婚約の申し出を伯爵家ごときが断ることもできず、最速の早さで両家の婚約は結ばれました。
そして両家立ち会いのもと、侯爵家で顔合わせが行われたのです。意外にも侯爵様と奥様からは歓迎していただき、我が家も政治的に中立を保っていることもあり、両親とも和やかに歓談しております。
と言っても問題は当人です。
後は若い2人でと侯爵家自慢の中庭にあるガゼボに案内され私とイーグル様と2人きりにされました。
「……イーグルだ。皇太子殿下の側近を務めている」
「……フェレナです」
……。
会話が続きません。
そっと顔を上げて、イーグル様の顔を見ると思わずキャーキャー叫びたくなるようなご尊顔をされています。いつもに比べて人を寄せ付けないオーラは少ないような……。服装が違うからかもしれませんが。
「俺は、あまり会話が得意じゃない。こんな俺でも良いだろうか……?」
良いだろうかって?良いに決まってます!毎日この顔を見られるだけで、幸せです。
「……私も平凡で、特にこれといった特徴もありませんが、それでも良かったら」
どれをとっても無難にはこなせますが、逆に言えばこれという優れた才能もありません。がっかりされる前にきちんとお伝えだけしておかないと……。
「構わない。君のことは、皇太子殿下からステキな女性と聞いている」
レイラ様――!!(泣)
ステキな女性!!……ハードルが高すぎます。
「……正直、なぜそう言っていただけるかが分かりませんが、こんな私でよろしかったら、お願いします」
ま、一緒に過ごせばお互いのことが分かってくるでしょう。ステキな女性ではないと気づかれて婚約解消するまで、役得と思って過ごしましょう。
「こちらこそ、よろしく頼む」
こうして、つつがなく(?)婚約が結ばれました。
次の日、私とイーグル様の婚約話で学園は蜂の巣をつついたような大騒ぎでした。
「あの子がイーグル様の……」と普段いらっしゃらない方がクラスに来られては私を見て「なぜあの方が……?」と首を傾げて帰って行きます。入れ替わり立ち替わり人がいらっしゃるのでクラスメートにもご迷惑をおかけして心苦しく思っていると、当人のイーグル様がいらっしゃいました。
「……散れ。婚約者に迷惑をかける者は我が侯爵家が相手をしよう」
絶対零度のお言葉に、蜘蛛の子を散らすように皆様そそくさと立ち去ります。
「……また、何かあれば言ってほしい」
私のことを気にかけてくださっているようで頬が赤くなります。
「まぁまぁですわね」
「ええ、私の大切なフェレナの婚約者ならもっと早くスマートに解決していただかないと」
レイラ様、ミリア様のお言葉はイーグル様に辛辣ですが、まずまずの評価のようです。
「……では、次の休日に」
そう言うとイーグル様は颯爽とその場を後にされました。
そんなこんなで、意外にも私とイーグル様の仲は順調でした。学園でも特に騒がれることなく(脅しが効いたのと一緒に過ごしてないせいでもありますが)月に一度、お互いのことを知るために街にデートに出掛けます。
イーグル様は口数は多くありませんが、一緒に過ごすうちに好きな物を目の前にすると目つきが柔らかくなることに気が付きました。意外と甘い物に目がないこと、小さくて可愛いものが好きなことなど、イーグル様のいろいろな一面が見えてくるたびにどんどん私はイーグル様に夢中になるという底なし沼にはまっていきました。
今日もいつものように私セレクトのタルトが美味しいカフェに行く約束をしていた放課後、待ち合わせ場所で待っていると珍しくイーグル様の側仕えの方が走って来られました。
「主人が殿下に呼ばれ、今日はこちらに来られなくなりました。申し訳ありません」
仕事なら仕方がありません。
「仕方がありませんわ、お気になさらずとお伝えください」
私はその日はタルトを諦めて帰宅しました。
そしてその日のうちに速達で謝罪の手紙が届きます。
「すまない、来週末行こう」短い文章が何ともイーグル様らしく、私は心がほっこりしました。
しかし、その約束は守られることがなかったのです。
イーグル様が殿下に呼ばれた日、何と異世界から聖女様が現れたそうなのです。そして、その方がこちらの世界に慣れるための友人としてイーグル様は王宮に召し上げられ、学園に来ることがなくなってしまいました。
そもそもイーグル様は優秀で、本年度履修すべき学業は既に修めておられました。ですので学園に登校する必要もなかったのです。そしてそれはイーグル様と仲の良い、騎士団長ご子息、宰相閣下ご子息、魔法団長ご子息、皇太子殿下も同じでした。
会えなくなってからもイーグル様から手紙は届きます。
「すまない、来週末に」
「すまない、また日程を調整しよう」
「すまない、目処が立たない」
「すまない」
会えない日が続き謝罪の言葉が積み重なっていきます。そしてとうとう、手紙も届かなくなります。
そして私は気付きました。
これは乙女ゲー異世界召喚逆ハーものではないかと。
だって異世界召喚された聖女様に皆がつきっきりで世話をしております。しかも身分の高い見目麗しい者たちばかり。
でも、ちょっと待ってください。
このままでは私は断罪コース?
聖女様をいじめた罪(冤罪ですが)で修道院送りか国外追放コース?
立ち位置的に役柄はおそらく、
レイラ様が悪役令嬢
ミリア様がモブA
そして私がモブB
に決まっています。
間もなく聖女様お披露目の夜会が開かれます。おそらく断罪の場はそこでしょう。
これは間違いないと、感じた私はレイラ様とミリア様に夢枕に祖父が立ち、告げられたという風を装いお二人に相談を持ちかけます。
「私たちが聖女様をいじめた罪で断罪される?」
「良くて修道院か国外追放?」
「はい。祖父がそう言っておりました」
私は真剣な眼差しでお二人に告げます。大好きなお二人が辛い思いをするのは許せませんが、私と同じでお二人も婚約者と会えていません。ストーリーは終盤まで進んでしまっていると考えるべきです。
「ですが私たちは聖女様にお会いしてもおりませんよ」
「それに、いじめるなどと人として許されないことは決してしたりしませんわ」
お二人は私の話に困惑気味です。
分かります。普通はそうです。ですが乙女ゲーは違うのです。
「お二人がそんなことをしないことは一緒にいる私が百も承知です。でも、こういうのは何らかの強制力が働き私たちが悪いように仕立て上げられてしまうんです」
とにかく、何とか断罪を乗り切らないと。3人が処刑台に並ぶ最悪のパターンも頭をよぎります。
「それに聖女様は……」
ミリア様が何か言いかけるのをレイラ様が制止します。
「それで、フェレナには何か良い案があって?」
「はい!」
よくぞ聞いてくださいました!
「これです!」
私は袋に入れて、持って来ていたものをテーブルに並べます。
「まあ!」
「綺麗ですわ」
私が持って来たのは魔石のクズ石をビーズに加工してミサンガに編み込んだブレスレットです。修道院か国外追放になった場合、持ち出せる物は少ないはず。そこで、今は注目されていない魔石のクズ石に注目し、それを活用した商会を立ち上げたらどうかと考えたのです。
「これはフェレナが作ったの?」
「はい、もしもの時、お金を稼げるのではないかと思い作ってみました。どうでしょう?」
我ながらなかなか上手にできた自信作です。
「……これは売れるわ」
「はい、皆が欲しがると思います」
お二人の反応も上々です!
「でしたら、修道院に隣接した孤児院で発売したら?」
レイラ様がアイデアを出してくださいます。
「そうですね、元手がほとんどかからないクズ石でしたら、孤児たちの雇用にもつながりますし良いのではないでしょうか」
ミリア様の反応も良さそうです。
「良かった。それではもしも夜会で断罪されたら、やっていないことは否定し、粛々と罰の修道院送りを受け入れるということで……」
「罪を犯していないのだから罰を受ける必要は無いのでは……」
「いいえ、罰を素直に受け入れないともっと酷いことになります!!……と祖父が言っておりました」
お二人は顔を見合わせて頷き合います。
「分かったわ」
「分かりました」
お二人に納得していただけて良かったです。
「三人で修道院なら悪くないわね」
「はい」
「はい!」
私もお二人と一緒なら楽しく暮らせそうです。断罪後の生活も光が見えてきました。
孤児院でミサンガの作り方を教えたり、同級生に頼まれてミサンガを一緒に作ったり、忙しい毎日を送っているうちに、ついにやってきました。聖女様お披露目の夜会が。
イーグル様からは「一緒に行けなくてすまない」と書かれた手紙のみ届きました。やはり、聖女様とご一緒されるのでしょう。
何だかんだ一緒に過ごすうちに好きになっていたので少し胸が痛いですが、胸が痛むくらいのことを気にしている場合ではありません。
私の命、私だけではなくレイラ様、ミリア様の命もかかっているのですから。
夜会にはレイラ様、ミリア様と一緒に参りました。周りを見渡しても皇太子殿下も騎士団長ご子息もイーグル様もまだいらっしゃいません。
こういうのは皆の注目を集めるために、やはり少し遅れてやって来るものなのですね。
固唾を呑んで正面に注目していると、ファンファーレが鳴り響きました。
「聖女様のおなりです」
皆の視線が一気に正面に集中します。
いよいよです。
イーグル様をはじめ、攻略対象の殿方がズラリと並びます。そして、皇太子殿下にエスコートされて、聖女様がいらっしゃるはず……。
あれ……?聖女様がエスコートされておりません。
聖女様はどこでしょう。
皆がザワザワしていると、皇太子殿下のよく通る美声が響きます。
「紹介しよう、夜会が遅くて眠ってしまったのだが、私が背中に背負っている少年 サイトウ ユウキ5歳がこの度聖女として遣わされた。皆、よろしく頼む」
皇太子殿下はくるりと背中を向け、聖女様を皆様にお披露目します。
「えっ……」
嘘でしょ?聖女が男、しかも5歳だなんて!!
これは……乙女ゲーじゃない?
皇太子殿下はそのまま、侍従に聖女様を渡すとこちらに歩いて来られます。
「レイラ、すまなかったな。何分聖女の力が安定するのに時間がかかってな。ここ最近は、つきっきりで魔法を教えていたんだ。何分魔法の威力も桁外れで、下手な人物は配置できず、ミリア嬢やフェレナ嬢の婚約者にも手伝ってもらっていたから、お二人にも辛い思いをさせていただろう」
「いえ、殿下がお手紙をくださっていたので事情はよく分かっておりました」
えっ?
「私も婚約者から、添い寝をしないと泣くから可哀想で離れられないと伺っておりました」
えっ?えっ?
お二方とも知ってたんですか?
私はとんだ勘違いをしていたと分かり、恥ずかしくて俯いてしまいました。
「ですが、殿下。私の可愛いフェレナはたいそう心配しておりましたの」
「はい。それはそれは見ているこちらが辛くなるくらいでしたわ」
「ですので、フェレナの婚約は無かったことに……」
「それは困ります!」
イーグル様が、慌ててこちらに来られます。久しぶりにお見かけするイーグル様は白のスーツに茶色のチーフをアクセントに付けられたお召し物を着ていらっしゃり、それがまたお似合いで、輝くばかりの美形っぷりです。
目が。目が。眩しくて直視できません。
「フェレナ嬢、自分は口下手なのでどうすれば気持ちを伝えられるか分からなかった。だから、物で伝えさせてほしい」
イーグル様は私の前に跪き、指輪のケースを開きます。中にはイーグル様と同じ碧眼の色をした宝石がついた指輪が入っていました。
「好きだ。結婚してほしい」
ええっ!!これはまさかのプロポーズ!!
私は真っ赤になりました。
そしていろいろなことを考えすぎたため、頭の許容量がオーバーしてしまい、人生で初めてその場に気絶してしまいました。
「フェレナ、フェレナ」
遠くで、イーグル様の声がします。とりあえず断罪はされずに良かったです。
1日たって目を覚ました私は、青ざめた顔で私の側に寄り添うイーグル様から事情を伺いました。
聖女様のお世話で最初は会えなかったこと。会えない日々が続くうちに私のことを好きだと確信したこと。自分は口下手だから物で思いを伝えようと思ったこと。どうせなら自分の色の宝石を贈りたいと思い、2週間ほどかけ隣国までモンスター退治に行き今日帰って来たこと。隣国からは手紙が送れなかったこと。などなど。
いや、口下手にもほどがあるでしょう。
次からはきちんと事情を説明してほしいと伝えました。
えっ?プロポーズの返事はって?
もちろんオーケーしました。
だって顔が良いんですもん!!(私にのみ微笑んでくれるのもキュンポイントです)
というわけで、私はモブ令嬢Bではありませんでした。
……あってますよね、神様?
ただの転生者Bです!!
◇ ◇ ◇ ◇
その後のレイラとミリア
「あの時どうしてミリアの話を遮ったかですって?」
「はい、レイラ様らしくなく」
「だって、フェレナが一生懸命で、否定するのが可哀想だったんですもの……それにフェレナは気づいてないかもしれませんが、あの子が一生懸命に話す提案は金より価値がありましてよ」
「……確かにそうですわね。現に今回のミサンガは孤児院の基幹産業になりそうですし」
「前回は食料難を救っていましたわ」
「フェレナの方が聖女様よりよっぽど聖女様らしいですね」




