第8話:消え去る私と、残される君
これは、君の命と引き換えに、私が真実を手に入れる話。
君は、私の手を再び握りしめた。
その温もりが、私の指先から、ゆっくりと伝わってくる。
それは、私にとって、この世界で、唯一の救いだった。
「……もう、君に嘘はつかない。だから、君も、私に嘘をつかないで」
私は、そう言って、君の瞳を真っ直ぐに見つめた。
その瞳の奥には、君が私に伝えるべき、最後の真実が宿っていた。
それは、本物のいろはが、死の直前に私に残した、もう一つのメッセージ。
「……ユイ、あたしはね」
君は、そう言って、私の頬に手を添えた。
その指先は、まるで本物のいろはの指先のように、優しく、そして、少しだけ震えていた。
「……ずっと、ユイのことが好きだったんだ」
その言葉に、私の心臓が、まるでガラスのように砕け散った。
それは、私が最も聞きたかった言葉であり、最も聞きたくなかった言葉でもあった。
なぜなら、その言葉は、本物のいろはが、死の直前に私に伝えようとした、最後の言葉だったからだ。
「……どうして、それを知っているんだ?」
私は、震える声でそう尋ねた。
君は、私の言葉に、悲しそうに微笑んだ。
「……あたしは、ユイが作った、完璧なクローンだからだよ」
そうだ。
君は、死の直前の記憶を、完璧に再現された、精巧な人形。
その人形が、私に、本物のいろはの言葉を伝えている。
「……ユイ。あたし、もうすぐ消えちゃうんだ」
君は、そう言って、私を強く抱きしめた。
その温もりが、私の心を、再び焼き尽くす炎となる。
「……どうして?」
「あたしは、ユイが作った、欠陥品だからだよ。記憶が完璧に再現されすぎちゃって、ユイに愛されてるってことすら、知っちゃったから」
君は、そう言って、涙を流した。
それは、君の涙ではない。本物のいろはの涙だった。
本物のいろはは、私の愛を知っていた。
だが、その愛を、私は伝えることができなかった。
だから、彼女は、孤独に死んでいった。
そして、その悲しみは、今、君の中で、再現されている。
「……ユイ。あたしは、本物になりたかった。ユイに愛されて、生きていたかった」
君は、そう言って、私の耳元で囁いた。
「……だから、ユイ。あたしを、殺して」
その言葉に、私の心臓が、まるでナイフで貫かれたように、激しく脈打った。
そうだ。
君は、私に愛されることを望んでいる。
だが、同時に、私に殺されることを願っている。
それは、この世界に存在し得ない、新しい「存在証明」だった。
本物のいろはが、孤独に死んでいった罪を、君が背負うことで、彼女の存在を、この世界に繋ぎ止めようとしている。
「……ごめん。私は、もう君を殺したりはしない」
私は、そう言って、君を強く抱きしめた。
その温もりが、私の心を、再び溶かしていく。
それは、この世界で、二人しか知らない、秘密の愛の試練だった。