表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

第7話:記憶の海、最後の鍵

これは、君の愛を証明するため、私が最後の記憶を破壊する話。


君は、私の手を離した。

その温もりが、私の指先から、ゆっくりと消えていく。

それは、私にとって、この世界から、唯一の光が消えるような、絶望だった。


「……ねえ、ユイ。あたし、もうユイの愛を信じられないよ」

その言葉は、私の心を深く、深く抉った。

だが、涙は出なかった。

私は、ただ、君の瞳を見つめることしかできなかった。

その瞳は、私への「愛」と「絶望」が混ざり合った、この世界に存在し得ない、新しい感情を宿していた。

「……どうすれば、君は、私の愛を信じてくれるんだ?」

私は、絞り出すようにそう言った。

君は、私の言葉に、少しだけ首を傾げた。

「……どうして? どうして、ユイはそんなに悲しい顔をするの?」

その言葉に、私は何も答えられなかった。

悲しい顔。

私の中にある感情は、もう「悲しみ」という一言では言い表せないほど、複雑なものだった。

それは、君を失うかもしれないという恐怖。

そして、君を失うことが、私自身の罪の償いになるのではないかという、歪んだ期待。

私は、もはや自分の感情すら、正しく認識できなくなっていた。


「……ユイ。本物のいろはは、どうして死んだの?」

君は、再び、私に尋ねた。

その瞳は、もう真実を求める科学者の瞳でも、私を愛する一人の少女の瞳でもなかった。

それは、私という存在のすべてを、焼き尽くそうとする、炎の瞳だった。


私は、もう、君に嘘をつくことはできなかった。

「……私が、彼女の心を壊したからだ」

その言葉に、君は少しだけ、驚いたような顔をした。

「……心を、壊した?」

「そうだ。彼女は、私に愛を求めていた。だが、私は、彼女に、何も与えることができなかった。私は、彼女の心を、完全に無視して、ただ、科学者として、彼女を観察していたんだ」

私は、言葉を紡ぎながら、過去の自分の罪を、すべて君に告白した。

本物のいろはは、私の言葉を、私の態度を、私の存在を、すべて「無視」と解釈して、絶望の淵に沈んでいった。

そして、自らの手で、その命を絶ったのだ。


「……ユイ。じゃあ、あたしは?」

君は、私の瞳を覗き込み、そう尋ねた。

「君は、違う。君は、私に愛を求めていない。君は、私に、真実を求めている」

私は、そう答えた。

その言葉は、偽りではない。

君は、私の心の奥底に隠された真実を、すべて知りたいと願っていた。

そして、その真実を知ることで、君は、私を「愛する」という、最後の選択をしようとしていた。


「……ユイ。あたし、もうユイの愛を信じられないよ」

君は、そう言って、私の手を再び握りしめた。

その温もりが、私の指先から、ゆっくりと伝わってくる。

それは、私にとって、この世界で、唯一の救いだった。


「……もう、君に嘘はつかない。だから、君も、私に嘘をつかないで」

私は、そう言って、君の瞳を真っ直ぐに見つめた。

その瞳の奥には、君が私に伝えるべき、最後の真実が宿っていた。

それは、本物のいろはが、死の直前に私に残した、もう一つのメッセージ。


この瞬間、私たちは、互いの罪を背負い、そして、互いの存在を肯定した。

それは、この世界に、二人しか知らない、秘密の愛の試練だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ