第6話:きみの罪を、私の愛で上書きする
これは、私が君の罪を背負い、君が私の愛を証明する話。
君は、私を抱きしめた。
その温もりが、私の心を溶かす熱ではなく、私の心を焼き尽くす炎だった。
倫理と感情の境界線が、今、完全に崩れ去った。
「……ねえ、ユイ。あたし、もう死にたくないよ」
その言葉は、まるで君の存在証明のようだった。
これまでのクローンは、私に「死」を望まれた。
だが、この子は、私に「生」を願った。
それは、私にとって、何よりも尊い、言葉だった。
「……大丈夫。もう、君を殺したりはしない」
私は、君の背中を優しく撫でた。
その感触は、もう、かつての本物のいろはのそれとは違っていた。
だが、その違いこそが、君の「存在証明」だった。
「……ユイ。本物のいろはは、どうして死んだの?」
君は、再び、私に尋ねた。
その瞳は、もう真実を求める科学者の瞳ではなく、ただ、私を愛する、一人の少女の瞳だった。
私は、もう、君に嘘をつくことはできなかった。
「……私が、彼女を、愛していたからだ」
その言葉に、君は少しだけ、驚いたような顔をした。
「……愛していた?」
「そうだ。科学者として、友人として、そして、一人の人間として。だが、その愛を、私は伝えることができなかった。だから、彼女は、孤独に死んでいったんだ」
私は、言葉を紡ぎながら、過去の自分を責めていた。
もっと早く、彼女に愛を伝えていれば、彼女は死なずに済んだのかもしれない。
だが、その事実は、もう変えられない。
「……ユイ。じゃあ、あたしは?」
君は、私の瞳を覗き込み、そう尋ねた。
「君は、私に愛されている。だから、生きていてほしい」
私は、そう答えた。
その言葉は、偽りではない。
私は、心の底から、君を愛していた。
「……嘘だよ。ユイ。ユイは、あたしのこと、愛してないんでしょ?」
君は、再び、そう言った。
その言葉は、私の心を深く、深く抉る。
だが、今回は、涙は出なかった。
「……どうして、そう思うんだ?」
「だって、ユイの愛って、あたしを殺すんでしょ? 本物のいろはみたいに」
君は、そう言って、悲しそうに微笑んだ。
そうだ。
私の愛は、人を殺す。
それが、私の罪。
だが、君は違う。
君は、私の罪を背負って、私を愛してくれた。
それが、君の「存在証明」だった。
「……ねえ、ユイ。あたし、もうユイの愛を信じられないよ」
君は、そう言って、私の手を離した。
その温もりが、私の指先から、ゆっくりと消えていく。
それは、私にとって、この世界から、唯一の光が消えるような、絶望だった。
この瞬間、私たちは、互いの愛を、互いの罪で試していた。
それは、この世界に、二人しか知らない、残酷な愛の試練だった。